せいぶんがたりない
探検服の様に見える衣装を身に纏い、翡翠を思わせる鮮やかな緑髪を後ろで一つに纏めて揺れる左胸に掛け、これが接客態度だと教わりましたと胸を強調させつつ臍下辺りで手を組む女性。
ショトさんの大きくて柔らかそうなそれとは違い、弾力と形が良さげな双丘、男性であればその胸に、されど私は女(強調)というわけで、見ていて不安になるほどに髪を胸を言葉すらも揺らしながら対応する受付嬢、その名を『アプテ』さん。
「へへへへへへ兵士の方ですか?!ごごごごごめんなさい?!ドドドドドドドどの子もお出かけ中で…!?」
うん、むしろ何か押し寄せてきそうな、飲み込まれそうな雰囲気もありますね。
受付台越し、私よりはやや低い背、それでもクマさんと彼女とではごにょごにょがありますからね。
おどおどしている感じなのに精一杯の接客をしようと、それが逆に圧を生み出しているといいますか、そんな対応を普通に受け流しているクマさんにも驚きと言うか、ごめんなさいと言うか。
必要なのは明日以降と淡々と『コ・ネコ』の予約手続きを進めている。
『コ、ネコを、知ってるの?あれから、聞いた?』
壁からそのお尻を覗かせていたアプテさんが出てくるまでの間、猫談議に花を咲かせ私の世界にもいると知れば、説明役として何を思ったのか眉を顰めたクマさん。
家にはよく野良猫が来ていたので、そんな姉の変化を気にせず猫愛について語り尽くして暇を潰していた。
結果今の塩クマさんが誕生しましたとさ。
…天岩戸神話の様にアプテさんがひょこっと顔を出してくれたのは幸いでしたが。
二人の視点は一点で交わる。
世界の事情から書類等は必要ないのに下を見続けている。
どうやらアプテさんもその手の人間のようです。
クマさんもその性格からクキョさんがやらせていた……いえ自分が面倒臭いからやらされていたが正解ですね。
兵士であれば無条件で借りられるということで私もクマさんにお任せしたのですが失敗でしたか…?
ですが…やや離れて二人の様子を見ていましたが、アプテさんの一生懸命さはこれでもかと伝わってきました。
「……ぁー」
表向きは適正ばっちりのカンコさんがいたり、適性が無さ気でありながらも熱意は彼女を超えるアプテさんであったりと、色んな方がいらっしゃいますね。
クキョさんが怒っていたのはこういうことでしょうか?
道は示されている、けれど皆進んでその道を歩くということなんですね…。
「……ぁー」
さっきから耳が気になって気になって仕方ないのですが?猫みたいにぴくぴくしちゃいますが?
クマさんはいつものきゃらは保ちながらもてきぱきと進めようとしていますが、あわあわ言っているアプテさんの慌て様を見ればまだまだ時間が掛かりそうだと判断せざるを得ない。
ならば見学するくらい良いのではないかと独断す、いえにゃんにゃんとにゃんしたいなんて思ってませんよ?
私を呼んでいるから行かないとと無茶な言い訳しつつ、そろそろ限界を迎えそうな姉を放置してこっそりと家に招かれた。
猫、それは私の楽園。
世話をする暇があるなら稽古を、ということで家では飼えませんでしたが野良ちゃんたちのおかげで気分は味わえました。
欲を言えばご飯をあげたりとかもしてみたかったのですが、自治会で餌付け禁止等徹底されていたため、所謂名家の家が率先して破るわけにはいかなかったのです。
そんな昔語りよりも優先されるべきは、にゃんをにゃんしてにゃんにゃんされてにゃん。
…いけませんね、ショトさんが言うところの成分が足りないようです。
至急補給すべきです。
「…ぁー」
近いですね。今行きますよ!
話を聞く限り世界が違えどコ・ネコは猫、今も耳に幸せを運ぶのは聞き慣れた声。
誘われるままに更に奥へと進んでいった。
「大きすぎませんか…?」
鳴き声から生まれて間もないと思っていた。
実際その通りだと知るのは後のこと。
今はただ、目の前の獅子に葛藤を感じるのみ。
三匹仲良くくっついて寝ていたようだが一匹だけお目覚めで、まだ世界の広さを知らない目が耳が親の存在を感知できず、ならば呼べばいいじゃないと愛らしい声を出している。
その光景を記憶にあるものと重ねれば自然と顔は緩むのだが、現実を見ればその大きさに筋肉が引きつる。
これが成長限界だとすれば、犬ぞりの様に複数匹で荷台なりを引かせるということでしょうか?
この子たちを生んだ親がいる以上そんなわけないのだが、この時はまだ赤ちゃんだということを頭が認めていない。
ここへ至るまでの間子猫たちの鳴き声に意識を奪われなければ、馬房の様に一つ一つ区切られた大型車用車庫を思わせる空き部屋を見ていれば、その考えは間違いだと否定出来ていたのに。
しかし今はどうでもいいのだ、そんなことは。
ううぅ、触りたい!
けど噛みつかれた危険ですよ、この大きさは。
でも触りたい!
獅子を想像してください。それでも感情を優先しますか?
もふもふ、もふもふ!
グシャァァア、バリバリボリボリ…。
手を出しかけては引っ込めを繰り返すこと数十回。
背後から声を掛けられることでその輪廻から抜け出せた。
「姉に、押し付けて、何、やってるの、この、駄イモ」
「ごめんなさい。ほんの出来心なんです…」
その場で正座をしてしょぼんとする。
周囲の規格外の大きさもあって自分が本当に小さくなったようだ。
座布団戴けますかとチラッと目だけ向けたら、おネーさんに睨み返されましたごめんなさい。
「関係者、だけ。ね?」
クマさんが同意を求めて隣を向けば、赤子を残して空き家同然となった砦のような猫小屋に、ひゃいと震えた声が木霊する。
思いの外大きな声を出してしまったのか、アプテさんは恥ずかしそうに体を揺らしながらも私を擁護してくれる。
「ここここここここコ・ネコは、かかかかかかかかかわいいででですから。きききききき今日はほほほほ他に人いいいいいいませんし、ダダダダダ大丈夫です…」
すごいことを発見してしまいました。
彼女、全く噛みません!
味方がいないと知ってか他の理由か、クマさんはもういいやと溜息を吐いた。
そこで帰ればいいのに誘惑に負けた私は目をキラッと光らせ見学しようと言い出したのだった。
コ・ネコ、その存在は王国設立時から人に寄り添う存在として、初代女王トスファに親しい人物が命名したとされている。
獣と同じ存在でありながら人の寵愛を一身に受け、コ・ネコ自体も人を信頼しており襲い掛かることは決して無いのだとか。
そしてその巨体で人類の発展に貢献しこれからもその関係は変わらないのだとアプテさんは溌溂に語る。
見た目は確かに呼び名の通り、けれど手は当然として膝上にも収まらない子猫たち、違う世界で更には成猫も一括りでそう呼ばれることに何故にと疑問には思うが、今の状態では思考がままならず。
「で、その子は、いつ、帰る?」
「は、はははははははいぃ、ききき今日中にはは?」
何故疑問形?
猫だからお帰りは自由気ままに、です?
そんな疑問も遊び飽きた猫の様に一瞬でもふもふ触感に変化していく。
現在許可が下りたので子猫たちを撫でたり触ったりと堪能中。
だらしない顔で姉の冷たい視線を受け止めながらもその手は縦横無尽に柔らかな毛に愛情を加えていく。
今の私を止める術はない、あにさまでさえ溜息ついて諦めるのだから。
正気に戻そうとおネーさんが足でげしげししてきても、この子たちの愛情溢れる甘噛みに比べたら愛が足りません。
「あああああの、うう生まれて間もなく、ははは歯もないとは言ええええ、ああ危ないですかららら…」
更に発見しました、一音一音が澄み渡る空のように鮮明に聞こえます!
足で駄目なら手でどうだと、頬が引っ張られたり豚鼻にされたり悪戯されてましたが、そんなことよりもふもふです。
にゃんにゃん成分補給完了まであと僅か。
「堪能させて頂きました!……ところであれは何に使うものです?」
ごろごろ鳴き疲れてぐでっとなっている子猫たちを視界の隅に入れつつ、気になる物体を指差す。
形状的には馬に騎乗する際に使う鞍に似ている…?
いや、座る部分――騎座はなく、楕円を弧状に曲げたあおり革…でしたか?
巨人専用ですかと人には不釣り合いな、加えてそれを取り付けるであろう生物はこの子たちの親、つまり猫。
猫背と表現されるほど丸まった背に合わないのではないか、可能だとしても人が乗るには余りにも何もない。
鐙も無ければ他の乗猫具?轡のようなものもない。
抱き着くにしてもそれなら直接の方が良いのではないでしょうか、感触的に。
「あああれは荷台を取り付けるためととと、ここ、拘束のためですすすすぅ」
「柔らかい、から、負担は、ない」
クマさんと一緒になって猫用鞍に触ってみる。
すると見た目の感じよりもずっと柔らかな、それでいて強度もある感触が伝わってくる。
獣の革……なめしの技術でしょうか?
これは座面に使えるのではと、猫成分で満たされ研ぎ澄まされた脳に電流が走る。
「この職人さんもここに?賢魔さんです?」
「そそそそうです、こここにはいませんけどどどど…」
「紹介していただけませんか?作ってもらいたいものがあるのですが…」
「ええええっと、そそその……おおおお忙しい方ですかららららら…」
両手を広げても全く手の届かない鞍、それにシジカさんの手袋の素材も同じもの…。
数年先まで予約で一杯です、といったところでしょうか。
長時間座ることになるのですから良い物をと思いましたが、その分休憩を多くとればいいでしょうか?
解決策を思案しているとそれが顔に出てしまっていたようで、
「あああの!わわわ私からお伝えしておきましょうかかかかか?」
強張っていたのだろうか、筋肉が緩むと同時に気を使わせてしまっただろうかと思い違いをしているアプテさんに弁明する。
「お願い、する」
…予定でしたがクマさんが頼んでしまいました。
注文しようとしたらせっかちな連れが勝手に頼んでいた、程の間は無かったように思うのですが。
「はは、はいぃぃぃ。かかかかか必ず!おお伝えしますうううううう!」
これは一種の特技ですね…。
とりあえず決まったものの絵が無い。
それにシジカさんの様に伝わらない可能性もある。
ならば未完の完成品を持ってくるのが手っ取り早いのではないだろうか。
人を乗せる前の試運転にもなりますし。
そんな訳で今日のところは事情を伝えるだけにして、他の用事を済ませるために店を出ることにしたのだった。
天上の世界、それは美の象徴。
でも見続けていれば目がメタボになってしまうから僕はよく下界を見ていた。
程よく美しい下の世界、でもある日、僕は気付いてしまった。
「そうだ、汚い、汚すぎるよこの世界は!私が浄化しなければ!」
違う世界に住んでいれば仕方のないことだとは思っていた。
僕の兄は潔癖症なところがあった。
それがまさかこんな形で現れるなんて。
「美しいバラには棘がある、逆に言えば棘があるからこそ美しい!我が…ぐはぁ?!」
回想にまでカチコミやめて?!
次回~一回戦 刀VS魔法~
見てくれないと我の体が……ひでb?!




