強制没入ミッション
『見ろ! この胸筋!』
そう言いながら緑色の肌をした巨漢がアドミナブル・サイを決める。
「馬鹿、男は背中だ背中!」
対する褐色肌の巨漢はダブルバイセップスを披露した。
オリエンタルな香りの漂う木造建築物。
松明が焚かれ、人骨が散らばり、足元には無造作にSFチックな銃器やツールが投げ捨てられている。
どこからか虫の鳴き声と、ほほほほーぅと言う野蛮な雄叫び。匂い立つ未開の地の風情。
『作り込みは俺の方が上だな』
「マッスルがキレ過ぎてて気持ち悪い」
『おめーなぁ……。ってかお前そのフェイススキンなんだよ。たらこ唇にキラキラ睫毛って』
「がんもちゃんだよ。大学の近くの惣菜屋のゆるキャラだよ。分からないのか?」
『高レベルでリアルに落とし込まれてて気持ち悪い』
「これな、すっげー時間掛かった。一昨日は徹夜した。
おかげで昨日のディスカッション課題はボロッボロだったぜ」
『そなた、ひょっとして知能指数よわよわなのでは?』
「今に始まった事かオラ―!」
褐色肌の巨漢が踊り始める。見事なダンディーステップ。
力強い握り拳。盛り上がる肩。エフェクトでキラキラ輝く睫毛。
ユウセイがクリエイトしたキャラクターだ。
真正面、肩を竦めるオーバーアクションで感情表現する緑色の巨漢にはジョナサン・リッジが没入している。
『しかしこのゲーム一応シューティングだぞ。
迷彩効果ゼロじゃねーかそのがんもちゃん』
「お前だって似た様なモンだろ」
『俺は茂みに隠れりゃ保護色だ』
「肌に光沢あり過ぎて無理だろ……」
『まぁ良いや。もしもの時は真っ直ぐ近付いて格ゲーにしてやるだけだ』
「前そう言って4ゲーム0キルだったよな」
ぐはははは、と笑い合う馬鹿二人。対戦ロビーで敵を待つ。
キャラクリエイトの自由度が売りなこのゲーム、最近リリースされた中では最もアツい。らしい。
シタルスキア大陸で人類の為に戦うのも悪くは無いが、偶には浮気したくなる。
ユウセイはここ暫くの間イオに没入していなかった。
でもちょっとサボり過ぎたかな? プレイしていない時でも戦況が動き続けるゲームだ、アレは。
そろそろ再開すべきか。
「そうそう、今からやるカスタムマッチなんだけど……」
ジョナサンとゲームメイクの打ち合わせをしようとした時だ。唐突に周囲の映像が消え失せた。
真っ暗闇の中に取り残される。光も音も無い。上も下も無い空間で、ユウセイは舌打ちした。
「あークソ、エラーか? 再起動しないと」
システム制御用のインタフェースを呼び出そうとして気付く。
ユウセイの手が激しくぶれている。幾つもの映像データが重なっては消え、輪郭を変えていく。
少し待つと何処かで見た様なデータになった。埃塗れの野戦服とアーマー。傷だらけの手。
作戦ID、イオ・200
「……ふん?」
急速に心が冷えていく。慌てて当然の状況の筈だが、不思議と落ち着いていた。
まじまじとその異常現象を眺めていると、ここ最近で聞きなれた声がする。
『エージェント・イオ。シタルスキアへの介入を要請します』
「ゴブレット。お前、どうやった?」
『今回の戦闘は我々の最終目標に大きく影響すると判断しました。戦闘準備を』
「ゴブレット」
暗闇の中を泳ぐ水色のボインちゃんを睨む。
ゲームをプレイ中のユーザーを、他のゲームのコントロールAIが強制的にログアウトさせるなど。
そんなのは聞いた事も無い。システムのセーフティインターロックを覗ければやれるのか?
だがそんなのは間違いなく危険行為である。
「俺に、何をした」
唸る様に低い声。まるでシタルスキアのイカれたソルジャー、イオのように問い詰める。
『アクセスルートを逆走して貴方の情報体をピックアップしました』
だから、どうやってそれをしたんだ。
そう吐き出しそうになるが無意味な質問だと気づいてしまう。
彼女は出来るからそれをした。どうやって、とはただの技術的な質問になる。
「……安全機構を無視したアクセスは、脳機能にダメージを与える可能性がある」
『私の保全能力に限り、その可能性は極めて低いと思われます』
「チッ、まぁ良いか。今更だ」
好き好んでアングラなゲームにダイヴしているんだ。ちょっとやそっとの事でビビるつもりは無い。
今までだってゴブレットからのメッセージで作戦への参加要請やら接敵報告などが送られてきた。昨今のゲームでは珍しくも無いシステムだ。
その延長だと思えば、どうって事も無い。
「良いだろう、トカゲ狩りだ。祝福のキスを頼むぜ、勝利の女神様」
ブルー・ゴブレットは二度、瞬きをし、イオの要求に応えた。
――
――シタルスキア統一歴266年。5月5日、PM01:35
――カラフ大陸中央部、スコーディー・ジャケット湿地帯。インカーバルアウトドアフィールド
作戦ID、イオ・200
「軍曹、軍曹? 聞いてる?」
ナタリー・ヴィッカーに詰め寄られ、イオは肩を竦めた。
「(何事だ? 前後の状況が分からないと不便だな)」
イオの視界の中を水色の女神が泳ぐ。右端、いつもの定位置に着いてしたり顔。
『3552小隊はカラフ方面軍主軍が発した救出部隊とのコンタクトに成功しました』
「ほぅ? ……ミス・ナタリー、少し頭の中を整理する時間をくれ」
「えぇ、それは妙案ね! 貴方が考え直してくれる事を祈るわ!」
イオはナタリーと二人、コテージと言った風情の建物の中にいた。
窓の外には湖が見える。湖面は陽光でキラキラと輝いて、こんな状況でも無ければ暫く見とれていたくなるような風景だ。
イオはセルフチェックを行った。ズタボロの野戦服と弾丸の装填されたレイヴン。
何処で手に入れたのか見覚えの無いツールが幾つか装備に加わっている。腕に装着されたリトル・レディには多少傷が増えていた。
何はともあれいつでも戦闘可能だ。ゴブレットがイオをこうまで強引に呼び出したと言う事は急を要する事態の筈だが。
「(救出部隊は?)」
『正確には救出部隊の先遣隊です』
「(その先遣隊は何をしてる)」
『敵に捕捉され、被害は甚大。コンドルと兵員輸送機が行動不能に陥り、十数名の隊員が負傷者と共に孤立しています』
「(ミイラ取りがミイラか。助けに行けって事だな?)」
『孤立している隊員の中に重要度の高い人物が居ます。
救出に成功すればその“貸し”は、将来的に人類種にとって大きなプラスになるでしょう』
イオは腕組みした。イベント分岐と見た。
ゲームと言う奴は困難な状況に飛び込んだ方が得てしてリザルトが良くなる物なのである。
「少尉と話したい」
不安げに指先を擦り合わせていたナタリーが顔を上げる。
「考え直してくれた?」
何と言うべきか。イオがここまでにどう言った発言をしていたのか、まだ把握していない。
「考えあぐねてる所だ」
「……軍曹、今まで散々貴方の恐ろしい所を見て来たけど、今回ばかりは無謀だわ。
敵は完全武装の戦闘部隊よ。今までは偵察隊やパトロールを不意打ちで突破してきたから何とかなったけど、今度のコレは訳が違う」
焦燥と共に言い募る彼女の薄汚れたジャケット。弾痕らしき物が見える。
緊急治療ジェルで何とかなったようだが、既に彼女までもが重傷を負うような事態らしい。
「隠れるか、逃げるかよ。彼等を助けられなくても貴方のせいじゃない。
誰も貴方を責めたりしない」
「救出部隊は……具体的にはどうなってる。
この人数を移動させるのにヘリと輸送機が一機ずつって訳は無い」
「敵の攻撃を受けて残りの連中はとんぼ返りしたわ。
……きっと彼等には、心底から3552を救出する気なんて無かったのよ。
メディアや市民に言い訳がしたかっただけ。『救出の為の努力はした』ってね」
イオはレイヴンのスリングを肩に掛ける。
「正直、ショックだわ。私のやってる事は正しかったって……そう思ったのに」
「ミス・ナタリー。アンタの意見は分かった」
「……何よ、今日は随分と他人行儀な呼び方ね」
なんだ? 妙に馴れ馴れしい。
そこまで親しかったつもりは無いが。
『これまでの“密着取材”で、イオは彼女を少なくとも十六回、命の危機から救っています』
「(成程、そりゃ多少は……親しくもなるか)」
自動で好感度を稼いでくれるとはユーザーライクなシステムである。
「あー……ナータ」
「その呼び方好きじゃないわ」
「面倒な奴だ、ナターシャ。やるかどうか、もう一度少尉と話してから判断する」
面倒な奴、と言われてナタリーはそっぽを向いた。
「だがナターシャ、軍の考えがどうであれ、俺はアンタが居てくれて良かったと思ってる」
彼女のはにかんだ笑みは、諦念の入り混じった複雑な物だった。
――
外に出れば草木の匂いが鼻を突く。つんとした青臭さがある。
所々茶色に禿げた草原だ。湖畔には幾つものコテージがあり、それら全てが異様に大きい。
湖からコテージを挟んで反対側には綺麗に整備されたヘリポートがある。
富裕層向けの保養施設か。やはりこのマップも細かい所までよく作り込んである。
『イオ、あまり時間はありません』
「どういう状況だかまだ良く分かってないが、要は救出と陽動を同時にこなせば皆がハッピーな訳だ」
『困難なミッションになるでしょう』
「今までもそうだった。……少尉はあそこか」
湖のほとりでクルーク少尉が工兵達と大きな箱相手に悪戦苦闘している。
無線装置らしい。
「ですから、増援を! モイミスカチームは撤退しました! 我々は敵中に取り残されている!」
『……司令部……の命…に更新……い。これ………戦力は出せな………』
「見殺しですか! 我々も、モイミスカ02も!」
『困難な状況……るのが、貴官らだけ………な!』
「……了解しました! もう十分だ!」
言うやいなやクルークは無線装置を蹴っ飛ばす。
それに飽き足らず小さな体でそれを引きずり、湖に放り捨てた。
冷静さを失っている。最近こんな姿をよく見るな。イオは苦笑いしながらクルークに声を掛けた。
「状況は最悪らしいな」
「軍曹……。望みは絶たれた。脱出の手段は……失われた」
「ふん? らしくない。諦めるのが早いんじゃないか?」
「この合流ポイントに来る前ならばまだ可能性はあった。こうなると分かっていれば、こんなトカゲどものど真ん中に……。
済まない軍曹。無理を言ってここまでのルートを探してもらったと言うのに」
おや、そうだったのか。すまし顔で聞き流すイオ。
肩を震わせるクルーク。カーライル達工兵もやるせなさを表情に浮かべている。
クルークと言うキャラクターの選択を誰も咎められはしないだろう。
常に敵の存在と全滅の危険性に神経をすり減らし、正に命を削ってここまで逃げて来た。
味方と合流出来るとなればそれに縋ったとしても仕方ない。例えどのような危険を冒したとしても。
「脱出ルートは」
「そんな物分からない。偵察もままならないのに」
「伍長、スカウトの真似事は出来るか?」
カーライルは選択の余地なし、と答えた。
「やるしかなさそうですな。しかし、軍曹は?」
「そのモイミスカとか言う連中と合流する。派手に敵の注意を引いてやる。脱出のチャンスを作る。
少尉、隊を頼む。伍長達なら何とかするだろうさ。何せ、結構なタフガイどもだ」
「本物のタフガイにそう言われても御世辞にしか聞こえませんな。
…………何にせよ、ここまで来たら少尉と軍曹に従いますよ」
クルークは目を閉じ、唇を噛んでいた。
「軍曹、それは私に……また貴官を置いて行けと言う事か?」
「場合によってはそうなるが気にする程の事じゃない。
そうなったとしても適当にトカゲ駆除しながら、俺も東に向かうさ」
イオはクルークの癖毛をぐしゃぐしゃに掻き回した。自然とアバターが動いていた。
「隊を守れ。ガキどもを生かして帰してやれ。
アンタがそういうから、俺はアンタに付いて来たんだ」
クルークはイオの手を払い、帽子を被り直す。
「……行動に移るぞ。いつも通りだ軍曹、貴官を信じる」
――
『救援対象は間もなく敵と戦闘に入ります』
「まだ始まってなかったのか。撃墜されたんだろ? 直ぐにでも皆殺しにされそうなモンだが」
『正確には敵対空攻撃に被弾後、兵員輸送機は数㎞飛行してから不時着しました。
コンドルは無傷のまま輸送機の護衛の為に同行。ある程度の戦力を保持していると思われます』
ミッションとしてはまだマシなシチュエーションらしい。
何だかこのゲーム最近になって、ストーリーに沿って進行すると言うよりもオープンワールドっぽい演出になってきた。
オープンワールドシューティング。ストーリー分岐あり、(恐らく)マルチエンディングあり。
さくっと楽しむにはボリュームがあり過ぎるが、イオは嫌いじゃない。
「あの山だな。大きな施設が見える」
『発電施設です。モイミスカチームはあそこを拠点としているようです』
「えーと……目的地設定は」
イオは自動運転機能を備えた青い車に乗っていた。先程のキャンプ場から拝借した物である。
アバターサポートがあれば運転は出来るのだが、どうも車載機能のあれこれが操作出来ない。
サポートが適用されない。つまりイオはそれを知らない、と言う設定らしい。無駄な所にまで凝ってやがる。
『モイミスカ、接敵間近』
「駄目だ、面倒臭い。ゴブレット、車を動かせるか?」
『可能です』
「敵がモイミスカとやり合ってる所を奇襲したい。
不意打ちじゃなきゃ負ける」
『了解しました。エージェント・イオ、貴方の判断を信頼します』
AIが信頼と来たか。
悪くないぜ、女神様。
軽口を叩こうとしたイオだったが、荒野の向こうに動く鉄の塊を発見する。
「敵だ。ターゲットか?」
『哨戒部隊のようです。砲戦兵器トモスを確認』
「大蜘蛛か……。距離はある。振り切れるか?」
『問題ありません』
「……いや、そうだな」
自由度の高いゲームだ、これは。
もしかしたらもっと大胆な事も出来るかも知れない。
「ゴブレット、トモスを奪う事は出来るか」
『成功の可能性は十分にあります』
以前、夜戦ステージでゴブレットはトモスを自爆させた。
コントロールを奪う事が出来ても不思議じゃない。
『しかしそれは貴方がリスクを冒し、且つラッキーボーイである事が条件です』
「言い回しが俺好みになってきたな」
『ブルー・ゴブレットは日々学習を続けています』
イオは装備を確認した。
傷だらけのレイヴンと緊急治療ジェル。複数のツール。
それと襤褸切れでそれっぽく作ったらしいギリーフード。身を隠す装備だ。
「やるぞ。突っ込め」
大急ぎでフードを被ると車の窓から身を乗り出す。
ゴブレットは車を急加速させた。轟音と共に砂煙が舞う。
急激に縮まる彼我の距離。トモスが多脚で大地を踏みしめる。
関節が固定され、身を沈めた。
『トモス、砲撃体勢』
「飛び降りる。車はそのまま走らせろ」
『砲撃、来ます』
一息に飛び出す。上手く転がって衝撃を緩和した。
間を置かず爆発音がした。車は一撃で破壊され、疾走の勢いそのままに車体が吹き飛んでいく。
黒煙と砂煙で視界が塞がれる。ぎぃ、ぎぃ、とトモスが足を動かす音がする。
「スネーク・アイ」
『スネーク・アイ、起動』
イオは即座に発砲した。