ハッピーエンドだ。……今の所は
『すまない軍曹、予定より手間取ったがもう終わる! そちらは?!』
「休憩中だ」
『は?』
「……なんだよ。思ったよりトカゲどもが少なかっただけだ」
イオは射殺したウィードランの死体からビームシールドを剥ぎ取り、腕に装備してみた。
丸盾の内側に起動スイッチがある。目を引く機構はそれだけで、酷く簡素な造りだ。
『拳銃弾、小銃弾、低出力のエネルギー弾に対して有効なシールドです。
しかし大口径弾丸や爆発物を完全に防ぐことは出来ません。注意してください』
「(コイツは便利だ)」
まぁ物って奴はギミックが多い程壊れやすいモンだ。そのシンプルさは信頼感に繋がる。
スイッチを押すと膜が展開される。長身のイオをぎりぎり覆えるサイズのシールドだった。
「敵第一波は撃破した。だが増援が来る。急げ」
奥の扉が開き、リーパーが走って来る。
部屋の内外に散らばるウィードランの死体にリーパーは感嘆の声を漏らした。
「これを一人で? 大した奴だ。……コイツを任せたい」
言いながらリーパーはパッケージを差し出してくる。
さっき手に入れた治療薬のサンプル。その二つあったパッケージの片方だ。
「リスクの分散だ。もし私がやられたら最悪そのサンプルだけでも持ち帰ってくれ。
その場合、可能なら私の端末も回収してもらいたいけど、多くは望まない」
パッケージはかなり頑丈そうに見える。イオは急所を守るアーマーのサイドポケットにその小さなパッケージをねじ込んだ。
「任務が最優先。どんな犠牲も厭わない。分かるね?」
「まぁ良いだろう」
よし
一つ頷くとリーパーは小走りに部屋の外へと出た。
転がるウィードランどもの屍を踏み付けながら真っ暗闇の中を前進する。
「脱出ポイントまで直線距離およそ1000。決して止まるなよ」
「リーパー、敵が近い」
下水路の突き当り向かって右側から気配がする。距離70。
イオの言葉にリーパーは僅かに前進速度を落とした。足音を消し射撃準備。
コンタクト。敵部隊は無警戒に飛び出して来た。先頭の一体とそれに続く一体をリーパーが即座に撃ち殺す。
「軍曹! 制圧射撃!」
敵が首を引っ込めた。リーパーに従ってイオは発砲した。敵の反撃を封じるためだ。
イオが足止めしている間にリーパーは通路の奥まで到達。破片グレネードを握り締めている。
「響くぞ! 注意しろ!」
投擲されたグレネード。壁に中って跳ね返り、敵が居ると思われる通路へ。
爆発音が下水路を満たす。不愉快な耳鳴り。
リーパーは右折路に僅かに身を乗り出し射撃した。残敵を更に削ると振り返らず前進する。
「急げ!」
イオもそれに続く。敵の僅かな生き残り、或いは死に損ないを丁寧に処理しながらも足を止めない。
『背後にウィードランを感知』
「リーパー、後ろから追ってきている!」
「次の曲がり角まで走れ!」
マガジンを交換しながら叫ぶリーパー。イオはその言葉通り彼女を追い抜いて次の曲がり角まで走った。
そのまま膝立ちになり射撃準備態勢で待機する。間を置かずリーパーが滑り込んでくる。
「一本道だ。遮蔽物も無い。軍曹、このポイントで敵を足止めしてくれ」
「ふん、お先にどうぞ」
「私はこの先を確保する」
リーパーはイオの肩を叩いて更に先へと進んだ。
イオは曲がり角の壁に身を隠し、限界まで露出面積を少なくして待った。
ウィードランと言うのはどうも健脚である。と言うか肉体の性能全般が人間に比べて優れている。
足音はどんどん近くなる。早い。
「ようこそ爬虫類」
通路に飛び出して来たウィードランに射撃。
ナイトヴィジョンの為に視認し辛いが重装だ。シールドまで展開している。
「足が出てるぜ」
シールドの展開範囲外、ウィードランの足を狙い撃った。
転倒するその個体に向けて更に弾丸を撃ち掛ける。
イオはそこで顔を引っ込めた。敵からの応射が下水路の壁を削る音。
暫く待って、敵の銃撃が途切れた頃合いで銃口だけ突き出しブラインドショット。敵からの更なる応射。
それを何度か繰り返す。無駄弾を撃っている気がしてどうも性に合わない。
「リーパー、そちらへ向かう」
『急げ! トカゲどもに礼儀を教えてやってる所だからね!』
敵を警戒させる事は出来た筈だ。イオは足音を消してリーパーを追う。
――
下水路の雰囲気が変わって来た。管理施設付近と比べ舗装が真新しく、ライトが点いている。
イオはナイトヴィジョンを解除する。
「銃声だ」
ほぼ一本道だ。迷う要素は無い。
先に進んだリーパーを見つけた時、彼女は大柄なウィードランに組み付いた所だった。
ボディブローからヘッドバット。ウィードランはハンドガンを抜いて抵抗しようとするがリーパーはそれを許さない。
「ぐぉっ」
ウィードランが苦し紛れに乱射した拳銃弾がイオの右肩に中った。アーマーに守られていない部分だ。
最低の不運である。ジワリとした痺れが肩を中心に広がる。だが痛みと言う程ではない。ゲームで強い痛覚を再現する事は法律で禁じられている。
『弾は貫通。エージェント・イオ、ナノマシンの活性化を開始します』
「(久しぶりに食らったな)」
『ナノマシンによる応急処置の効率が低下しています。
解りやすく言えば貴方は疲労が蓄積された状態です』
「(トカゲどもを前に“疲れた”なんて言ってられまい)」
『…………』
青い女神様はイオの言葉を肯定したのか無駄口を止めた。
「軍曹? ……被弾したのか、見せな」
ウィードランを仕留めたのかリーパーが駆け寄って来る。
「肩か。綺麗に貫通してる。まだ戦えるね?」
「あぁ」
ゴブレットから付与された特性、天賦の肉体だ。イオの身体は負傷や苦痛を物ともしない。
「緊急処置ジェルだ。動くなよ」
リーパーがはんだごてのような道具をイオの肩に近付ける。冷たい感触がして緑色のジェルが塗りたくられた。
「脱出ポイントはもうすぐそこだが、敵が待ち伏せしている可能性がある」
「……ここでのんびりしてると挟み撃ちにされる」
「その通りだ。やるよ」
リーパーは手早くマガジンを交換。イオもそれに習う。
これで手持ちの弾薬はゼロだ。最後の弾倉を撃ちきったら後は敵から奪うか、それとも殴り掛かるか。
「研究施設での交戦でコイツを鹵獲した。俺が先に行く」
「トカゲどものディフェンダーか。こうまで小型化出来るのは奴等だけだ。好都合だね」
このシールド、ディフェンダーと言うのか。
イオはレイヴンを背負い、ハンドガンを抜いた後、ディフェンダーを展開した。
『ディフェンダー、エネルギー残量60%。注意してください』
「(はいよ)」
『……エージェント・イオ、停止してください』
ブルー・ゴブレットの制止は遅かった。
適当な返事を返しつつ次の区画への扉を開いた時だ。そこには爆発物が設置されていた。
赤黒い光が瞬いたかと思えばイオは爆風に吹き飛ばされていた。宙を舞った後床に叩き付けられる。
「なん……」
言葉にし難い衝撃だった。全身の感覚が無い。
少なくともディフェンダーが無ければバラバラになっていただろう。
『複数個所の出血、骨折を確認。ナノマシンの活性化を続行。
骨を繋ぐのは幾ら貴方のボディと言えど負担が大きい。注意してください』
“負担が大きい”で済むのかよ。スゲェな。
ゴブレットが状況を報せてくる。リーパーが扉の奥に向かって銃弾をばら撒いている。
「クソトカゲどもめ! 軍曹、生きてるか!」
耳鳴りと揺れる視界のエフェクト。
イオは全身が痺れる不快感を堪えながら這いずるようにして壁際へと逃れた。
手を握ったり開いたり。身体が動くかを確認する。
「(アバターはまだ大丈夫だな)」
『一時的に私が感覚を補正します。立ってください』
地面に手を突きながら立ち上がろうとするがどうにも上手くいかない。
『エージェント・イオ、立ってください。……立ちなさい!』
初めて聞いた。ブルー・ゴブレットの強い語気を。
演出の細かいゲームである。そんなに心配するなって。
イオは唸り声を上げて立ち上がる。
「……イベントでゲームオーバーにはならねぇよな?」
『イオ、貴方は混乱しています。深呼吸してください』
イオの発言をどうとったのかゴブレットは何とも呑気なアドバイスをしてくる。
「そんな余裕は無い」
ここまでノーコンティニューでやってきたんだ。出来ればこのまま維持したい。
「クソ、ゲロ犬だ」
リーパーの舌打ちが聞こえる。ウィードランの追跡部隊が放ったリーチドッグの群れだ。
無数に居る。少なくとも10前後。イオはハンドガンをしまってレイヴンを掴んだ。
二匹射殺するが群れは止まらない。肉薄して来た数匹がイオに飛び掛かる。
一匹はレイヴンのストックで頭を叩き潰したが続くもう一匹に押し倒される。
圧し掛かられた状態で思い切り右足を突き出す。吹き飛ばされるリーチドッグ。しかしまだ無数に来る。
「軍曹」
リーパーの鬼気迫る声。
「軍曹、すまない」
「なにっ」
なんとリーパーはイオを放って遁走した。
あぁー、そう来るか、という感じである。
「ここで置いて行かれるかよ」
此処に至ってロールプレイの化けの皮も剥がれてきた。
まぁ彼女の立場になれば仕方ない判断である。
負傷した上に複数のリーチドッグに嬲り殺されそうな仲間。直ぐ背後まで迫る敵の追跡部隊。
彼女の任務は研究データと治療薬の回収だ。自分が死ぬのも覚悟の上なら、仲間を見捨てるのも覚悟の上だろう。
『イオ、危機的状況です』
「そうだ、な!」
イオは仰向けに倒れた状態でもう一度足を振り上げた。飛び掛かって来た新手のリーチドッグを蹴り上げる。
すぐさま跳ね起きて次に対処する。ぬめった身体を受け止めて首を圧し折る。
落ちたレイヴンを拾い上げた。目立った損傷はない。
「盛り上がって来たぜ、ゴブレット!」
『イオ、ふざけている場合では』
リーパーが消えた通路に入り、後ろを向きながらレイヴンを構える。
ウィードランの咆哮が聞こえた。本当にもう直ぐそこまで迫っているようだ。
『ありません』
「こういう時、焦った方が負けるんだなコレが」
アクションゲームは焦ったら駄目だ。どんな時でも冷静に。
後退しながらゲロ犬どもを撃ち殺す。通路の行き当たりまで後退った時、とうとうウィードランが現れた。
「マジかよ」
四連銃身のガトリングガンを持っている。大型のボックスマガジンを取り付けたごつい奴。
マンホールから入った訳じゃ無いな、どこから持ち込んだんだ?
レイヴンは此処に来てとうとう弾切れ。
後はハンドガンしかない。こちらも残弾は殆どない。
イオは身を投げた。ひぃぃん、と甲高い音がして、鉛弾の嵐が通路を引き裂き始める。
何もかもがバラバラになっていく。イオはレイヴンを投げ捨てて起き上がり、全速力で走り始めた。
ぐちゃぐちゃと形容しがたい水音を立ててリーチドッグが追って来る。
「スリリングなゲームだ」
上に通じる梯子が見えた。マンホールらしい。
イオは跳ぶようにそれにしがみ付き、登り始める。
リーパーが通った後なのかマンホールは開きっぱなしだった。転がるようにそこから出た後、イオは未だ痺れが残る身体に鞭打ってマンホールを閉じた。
『旧式の電磁ロック機能があります。このマンホールをロックします』
座り込んで溜息。
忌まわしい地下からの脱出。ゲーム内でこんなにも陽の光を有難く思う日が来るとは。
『お見事です、エージェント・イオ。ほぼ脱出不可能な状況を貴方は切り抜けました』
「……今のはマジでヤバかった。……ん?」
ヘリのローター音がする。シンクレア・アサルトチームの物に違いない。
空を見上げれば正に今、コンドルが上昇していく所だった。
「クソ、おいリーパー!」
端末に向かって怒鳴る。
「リーパー! 答えろ!」
『軍曹、生きてたのかい!』
「何とかな。今脱出ポイントだ。トカゲどもがマンホールを吹き飛ばす前に戻ってきてくれ」
『分かった、すぐ戻る。……悪かったよ軍曹、でもアンタが生きてて……』
『リーパー! レーザー照射を受けている! 掴まれ!』
ぽしゅ、と何処からか気の抜けた音がした。
空中を、煙の尾を引きながら、何かが飛んでいく。
「ミサイルか?」
イオの見ている前でそれはリーパーの乗るコンドルに着弾したかに見えた。
そうはならなかった。コンドルに迫った飛来物は、命中直前に破裂し、無効化された。
一瞬青い膜のような物が見えた。
「あれは?」
『連合軍のディフェンダーです。ウィードランとは違い歩兵装備レベルまでの小型化には至っていません』
「成程」
呑気に情報を得ている間にも悲鳴は続く。
『防御システム維持不能、次は食らっちまうぞ』
『チャフを撒け、軍曹を回収するよ!』
『ネガティブ!』
『カウンタードローンと検知レーザーを!』
『ネガティブと言った! 協力者の事は諦めろ!』
急上昇するコンドル。爆発音などの大騒ぎに引き寄せられたか周囲に人影が増えて来た。
言うまでも無い、この街を彷徨う感染者達である。
「また鬼ごっこか?」
『イオ、この場に留まるのは危険です』
「だろうな。…………おいリーパー、取り込み中らしいな」
『軍曹、退避しな。巻き込まれるよ』
「良いから聞けよリーパー。
今回の事は貸しにしておく。大きな貸しだ。いずれ取り立てに行くから覚悟しとけ。
……以上だ。さっさと行け」
端末の向こう側でリーパーは大きな溜息を吐いた。
『……バックアッププランとして脱出用の車両を準備してある。予備の銃器も中に。……ポイントを送る。
許してくれとは言わないよ、軍曹。アンタが金貸し宜しく取り立てに来るのを待ってるさ』
「ふん」
イオはそれ以上何も言わず、鼻で笑った。
――
すったもんだの末にイオはリーパーの言っていた車両を確保し、ヨルドビークから脱出した。
そのコンパクトな軍用車には予備の火器類や爆薬まで準備されており、脱出の助けになった。
「まぁ悪くない結果だろ」
クリアランクSとかは行ってんじゃないか、このシナリオ。
『エージェント・イオ、ブルー・ゴブレットは現状を“最高の出来”と考えています』
「へぇ」
『貴方は装備、支援、シチュエーションの全てが劣悪な状況に於いて任務を達成し続けています。
ブルー・ゴブレットは貴方を選出した事が正解だったと確信しています』
ふ、とイオは笑った。ゲームのナビゲーションAIらしくない物言いだ。世界観にはマッチしているが。
「幸運のキスを頼むよ、女神様」
ジョークを飛ばすとブルー・ゴブレットは少し沈黙し、イオの視界の中を泳いで視覚情報の中へと立体化する。
そして頬へのキス。
『ブルー・ゴブレットは今後更なるリソースを貴方に投入し、支援を行います』
「ふぅん、そうかい」
『人類の夜明けを、共に』
「そうだな、共に」
3552は事前の打ち合わせとは違い、南東の荒野でトラックに偽装を施して待機していると言う話だ。
取り込み中らしいクルークの代わりに通信に出たパックスの声は沈んでいた。
『伍長が……噛まれました』
「……直ぐに合流する」
成程な、と思った。ルート分岐か。
リーパーのミッションをクリアしておかないと伍長が化け物になってしまうんだろう。
イオはアバターサポートに任せて車を運転しながら小さなパッケージを開いた。
黒い筒が四本並んで収められている。
『外傷治療薬のデバイスと互換性があるようです』
イオもプレイ中に度々世話になっている回復薬の事だ。
リアル志向の為か所々ゲームバランスの可笑しい部分もある作品だから、これが無ければ両手の指でも足りないくらいにはゲームオーバーになっているだろう。
イオは拳銃のようなグリップをしたデバイスにパッケージ内の筒をセットする。
小さな崖の下、隘路にトラックを隠した3552と合流した
少年兵達は皆意気消沈している。顔を伏せて泣いている者も。
車を降りたイオにパックス達が駆け寄って来る。
「軍曹!」
「伍長は」
パックスは赤くなった目でトラックを見遣る。出発前よりも激しく損傷していた。
怒鳴り声が聞こえた。トラックの陰で言い争いが起きているらしい。
「イオ軍曹……無事でよかったわ」
フレッチャーTVの取材班も現れた。イオは皮肉を飛ばした。
「どうした。スクープチャンスじゃないのか?」
ナタリーが睨んでくる。彼女は良識ある人物だが、マスメディアの性なのかスクープ、視聴率、と口にすることが結構ある。
「……もう撮ったわ。でも……これ以上は無理よ。こんな……こんな事……」
相棒のドレースが彼女を慰める様に肩に手を置いた。
パックスが堪えかねて嗚咽を漏らす。歯をカチカチ鳴らしてひぐ、ひぐ、と泣いていた。
イオはパックスを安心させるように笑い、頭をガシガシ撫でた。
「安心しろパックス。伍長は助かる」
「軍曹……? それって」
「クリスマスプレゼントだ。サンタクロースは俺さ」
クリスマスには程遠い時期、気候だった。ゴブレットが茶々を入れる。
『イオ、シタルスキアにサンタクロースの伝承はありません』
細かい事は良いんだよ。イオはぽかんとする一同を放ってトラックに向かう。
「それは貴官らの仕事ではない」
「アンタに何が分かる」
「伍長は私の指揮下にある、これは……私の義務だ」
「ガキに任せられるかよ」
言い争っているのはクルークと工兵達だ。
問題の伍長はトラックの追加装甲に背を預けながらへたり込んでいた。
ヘックスとノイマン。彼等がクルークにこうまで反抗的な態度を取るとは。
「良いか! 俺達は6年伍長の下に居た! アンタがロースクールで算数のお勉強をしてる時から、俺達は一緒に戦っていたんだ!」
ヘックスの怒声はやるせなさを叩き付けるようだった。
「だから、俺達で始末を着ける……!」
クルークの声は苦し気だったが、冷静でもあった。
「……ロースクールになんて行っていない。私は強化兵だぞ。軍の特別カリキュラムを受けていたさ」
「そうかい。その訓練プログラムじゃ、こういう時の上手いやり方は習わなかったらしいな」
「……そうだな。だがどうすれば良いかは知っている」
ノイマンが吐き捨てる。
「少尉もヘックスも止めてくれ。下らない言い争いは。……これ以上伍長を苦しませたくない」
そう言って彼は太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。
「ノイマン、抗命罪だぞ!」
「どうとでもしてください、少尉。
…………伍長…………光栄でした」
イオがその場に踏み込んだ。
「何をしてる」
「……軍曹、無事だと思ってました。でも今は取り込み中だ」
「伍長を殺さなくて良い」
「他に選択肢は無い! 彼もそう望んでいました!」
ヘックスは泣いていた。ノイマンの拳銃を持つ手が震えている。クルークは歯を食い縛っている。
「駄目だ。伍長にはホームパーティに呼んでもらう約束だ」
「アンタ状況が分かってないのか?!」
「彼は助かる」
「なにっ?!」
クルークがイオの持つデバイスに気付く。
「その黒いカートリッジは」
「薬だ」
「薬? ……本当ですか、軍曹。嘘じゃないよな?」
「話は後だ」
イオは信じられないと言った表情の一同の間を擦りぬける。
カーライルは失神している。呼吸は荒く、激しい発汗が見られた。
ゴブレットの判定。
『ヨルドビーク地下研究施設のデータが確かならば十分に治療可能です』
イオはカーライルの首にデバイスを押し付けた。彼は頭を振り乱して唸り声を上げる。
とても理性ある人間の出す物とは思えない獣のような声だ。
「クソッ! やはり薬なんて……!」
「黙って見てろ!」
ハンドガンを構え直すノイマンにイオは怒鳴り付けた。カーライルが目を開ける。
真赤に充血している目が見る見るうちに戻っていく。
「軍曹……?」
「調子はどうだ?」
「最悪だ……。身体が震えて、手が勝手に……」
でも、変だ。カーライルは自らの手を見詰める。
「全然苦しくないんだ……。楽に……なってきた」
「実は伍長の奥さんの料理には期待してる。こんな所で死ぬのは無しだぜ」
二人はにやりと笑い合い、そしてカーライルは再び意識を失った。
『薬は極めて効果的に作用しています』
ゴブレットの言う事なら無条件で信じられた。システムメッセージ(に近しい物)を疑うのは不毛だ。
「もう大丈夫だ」
「本当か? 信じられない。伍長は助かるんだな?」
「彼は無事だ。何度でも言ってやるぞ」
「……今更疑う物か!」
クルークがずるりとへたり込む。
「チクショウやったぜ! あぁ神様! アンタとイオ軍曹に感謝します!」
Fooo! と叫ぶヘックス。ノイマンはハンドガンを地面に投げ捨てながら汗を拭った。
「……また、借りが増えましたね、軍曹」
「安心して良いぞ。ウチは無利子無担保だ」
「ハハハ、なら遠慮なく借りておきますよ」
深呼吸を繰り返すノイマン。
クルークが座り込んだまま命令した。
「何をはしゃいでる、工兵! 先程までの暴言は聞かなかった事にしてやる! さっさと伍長を介抱しろ!」
「yes・sir!」
大急ぎでカーライルを担いでいく工兵達。
「……あぁ、クソ」
クルークは罵った。震える足を叱咤するように何度も殴り付けている。
「立てん、情けない……。軍曹、立たせろ」
お姫様の命令通り、イオは彼女に手を差し出した。
クルークはイオの腹に抱き着くようにして表情を隠す。
「本当は……無理だった……!」
「何がだ」
「伍長を……撃てるもんか……! 私には出来ない、そんな事、出来る筈がない」
「ふぅん?」
小さな体が震えていた。
「心配するな、ハッピーエンドだ。……取り敢えず今の所は」
――