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暗所戦闘



 アクションシューティングゲームのシチュエーションとして、イオは暗闇が好きだ。

 暗所での戦闘は良い。こんな風にナイトヴィジョンを使っているのならば尚更。


 ゲームにもよるが大体の場合は先手を取らせて貰える。息を潜め、敵を観察し、一息に襲い掛かる。

 後には何も残さない。戦いの余韻すら。


 特にこの……未だタイトルすら定かでない没入型シューティングは戦闘面の自由度が高い。イオが慎重、狡猾であればあるほど敵を圧倒する事が出来る。


 闇の中のイオは無敵だった。



 「湿った音がする」


 飢えたジャッカル。鋭敏な感覚はエネミーの存在を捉えた。


 下水路は変わらず水の流れる音が反響している。先を進むリーパーはその場で停止し、イオを振り返らず前方を警戒しながら疑問を口にした。


 「よく聞こえるね、私には分からない」

 「確かに居る。近いぞ」


 イオは有無を言わせずリーパーの前へと出た。

 互いのポジションを交換し下水路を進む。T字路に差し掛かった時、手を上げて背後のリーパーを制止。


 「少し待て」


 殆ど這い蹲るような格好でT字路の右側を覗き込む。

 異常に出っ張った後頭部。ヒルのような醜悪な口をつけた四足歩行の獣。


 リーチドッグだ。信じられない程でかいドブネズミに嬉しそうに吸い付いている。

 この汚らしいエネミーキャラクターは成程、この下水路に相応しいと思った。


 「リーチドッグ三匹。飼い主は近くに居ない」


 イオは報告しながらその三匹を即座に射殺。サプレッサーはレイヴンの発砲音を確かに抑制した。


 「クリア。行け」

 「ふむ……」


 リーパーは足早に前進する。追従するイオ。


 その後も素早く道程を消化する。二度ほどリーチドッグに遭遇。そのどちらもイオが察知し、射殺した。


 「チャージャーから聞いた通りだな。耳が良いだけじゃない」

 「……そうか」

 「その調子で頼む。……そろそろ目的のポイントだ」


 それはリーチドッグなどではない、ウィードランと遭遇する事を意味していた。


 リーパーは最後の扉のタッチパネルに触れながらイオに目配せする。

 イオは扉を挟んでリーパーの反対側に着き、即座に突入出来る態勢を取る。


 中は明かりがついているようで光が漏れていた。暗視装置を解除する。


 「開けるよ」


 微かにエアの流動する音がして扉が左右に開く。イオは直ぐに突入し、右前方を確認した。


 「右良し」

 「こちらもクリア」


 イオに続いて突入したリーパーが膝立ちの状態で左前方を確認する。トカゲどもの姿は無い。


 そこは、ここまで通って来た下水路とは明らかに雰囲気が違っていた。

 用途不明のフラスコや手術器具。保護ケース等が乱雑に配置され、床には何かの資料が散らばっている。


 リーパーは下水の管理施設を仮の研究施設に仕立てたと言っていた。

 ここから先はほぼ一本道だ。


 「奥に気配。トカゲどもが何か騒いでる」

 「ロックを解除しようと躍起になってるんだろうね。

  ……待て、敵の設置したセンサーだ」

 「何処に?」


 ゴブレットが視界の中で泳いだ。


 『視覚効果を補強します』


 途端に壁と天井の一部が紫色の光を放った。偽装されているが周囲と毛色の違う卵型の装置がある。


 「これか。気付かなかったな」


 ここまで静かに行動していたのが台無しになる所だった。


 リーパーの舌打ち。


 「解除する為のデバイスは前の戦闘で失った。壊しても良いが……さて、どうしたもんかな」


 ブルー・ゴブレットがイオの視界の中を泳ぐ。


 『私ならば無効化が可能です。センサーの感知領域限界まで接近し、端末を近付けて下さい』

 「……リーパー、こっちで解除する」

 「お前が? どうやって」


 企業秘密だ。イオはリーパーの疑問に答えずセンサーに近付いた。


 『センサーの無効化を敵に気付かれる事はありません』

 「(成程、完全に不意を打てるな)」

 『アクション。無効化まで6秒』


 きっかり6秒後、ゴブレットは作業完了を伝えてくる。

 同時に卵型のセンサーは紫色の光を失う。


 「そんな型遅れの端末で……よく出来たな。ウチにだってそんな事が可能なユニットは居ないよ」

 「敵はこちらに気付いていない。やれるぞ」

 「あ、おい」


 イオは通路を前進する。次の区画に通じる扉の前で耳を澄ます。


 「(ゴブレット、スネーク・アイを起動)」

 『周辺の機器類によって感知範囲が狭まっています。注意してください』

 「(何とかなるだろ)」

 『スネーク・アイ、起動』


 イオの視界にオレンジ色の人型が浮かび上がった。扉の向こう側、確認出来るだけで四体のウィードラン。

 扉に手を付け、息を潜めて観察する。部屋の隅で棒立ちになっているのが二体。前かがみになって何かの作業をしているのが一体。そして扉の付近で床に座り込んでいるのが一体。


 「左手側に一、右手側に三。……士気は低いな。完全に無警戒」

 「何故分かる。足音だなんて言うなよ」

 『スネーク・アイ、シャットダウン。リチャージ120秒』


 一体どこから電力を供給されているのか、付近は下水路の大型ファンの音でごうごうと煩い。下水路の水流の音よりも煩いかもしれない。


 「質問するより急いだ方が良いんじゃないか」

 「……確かにその通りだ。アンタが正しくても間違っていても、やる事は変わらない」

 「フラッシュバンはあるか?」


 彼女から返されたのは肩を竦めるジェスチャー。


 「なら俺が先に行く。扉を頼む」


 リーパーは開閉の為に壁のタッチパネルに触れた。

 イオはレイヴンを構えながらやはり扉を挟んで反対側に着く。


 「軍曹、開けるぞ。施設の損傷は最小限にとどめてくれよ」

 「いつでもどうぞ」

 「3カウント。3……2……1……」


 イオは呼吸を止めてレイヴンのアイアンサイトを覗き込んだ。


 「行け」


 リーパーの静かな指示。途端、時の流れが遅くなる。全てがスローモーションになる。

 ゴブレットの声。


 『戦闘支援開始』


 ブルー・ゴブレットのサポートだ。狙撃や強襲の際、イオの体感時間を急激に引き延ばして戦闘を有利に運ばせてくれる。

 止まって見えるとはこの事だ。


 扉がもどかしい程ゆっくりと開く。イオは既に狙いを付け終えていた。

 左手側、壁に背を預けて座り込んでいたウィードランを射殺。ダブルタップ。胴と頭に一発ずつ。


 そのまま視界を右にずらして行けば大型のコンピュータに取り組んでいる一体を確認。コイツは反応が遅れている。後に回す。


 更に視界を右に。何事か話し込んでいたらしい二体のウィードランは咄嗟に小銃を構えようとしている。


 だが何もかもが遅くなったイオの世界の中では、やっぱりそれも遅かった。

 二体にそれぞれ二発ずつ。血飛沫を上げて崩れ落ちようとする鱗で覆われた身体。


 そして先程後回しにした一体に狙いを付ける。この個体は身を捩り、腰からハンドガンらしき物を引き抜こうとしていた。

 イオはそれをさせなかった。胴体にやはり二発。ウィードランは撃ち抜かれた衝撃で背後のコンピュータに倒れ込む。


 「……クリア。設備の損傷は軽微」

 「カバー、チェック。……オーケー、クリアだね。

  良い腕だ。アタシの立つ瀬がないね。強化兵ってのは一体どんな訓練を?」


 後から突入してきたリーパーがイオを見遣る。

 表情はヘルメットに覆われていて窺えないが、驚いているのが分かった。


 「仕事を進めよう」


 イオが回答を拒めばリーパーはそれ以上追及してこず、大型のコンピュータに向かった。

 そこに倒れ込んでいたウィードランに息があるのを確認すると床に引き摺り倒して小銃を向ける。

 発砲。頭蓋が爆ぜて肉片が飛び散る。何事も無かったかのように作業に取り掛かるリーパー。


 「いいね。この間抜けどもはここでさぞ時間を無駄遣いしたに違いない。

  ……研究データの吸出しを開始する。サンプルも回収しないと」


 コンピュータと自身の端末、両方を操作するリーパー。


 イオは探索しようと部屋の奥、資料室らしき場所に足を向ける。

 しかしリーパーはそれを制止した。


 「軍曹、そこは良い」

 「ん?」

 「そこには何も無い。……私の仲間達の死体以外は」


 イオは何も言わずにおいた。


 「アレだ」


 少しすると、明らかに後付けされたと見える大型の冷蔵保管庫が開いた。

 中には掌大のパッケージが二つ。


 「少ないな」

 「データとサンプル。これらがあれば直ぐに増産出来る。

  感染した奴等も治療できる筈だ」

 「さっさとおさらばしよう。隊が待ってるんでね」

 「データの吸出しにもう少し掛かる」

 「……データの吸出し……んん……?」


 …………これは。


 よくある奴だな、とイオは思った。こういうシチュエーション。

 敵がわんさか押し寄せてくる奴だ。制限時間いっぱいまで防衛するタイプの。

 シューティングゲームなら御馴染である。


 イオはレイヴンのマガジンを交換しながら言った。


 「……敵が来る。明かりを落としてくれ」

 「ん?」

 『周辺でデータ伝達が活発化。ウィードランと思われます』


 ゴブレットが告げたのはほぼ同時だった。



――



 「こうなる事は予想出来てた。覚悟の上さ」

 「あとどれくらいかかる」

 「五分も要らない」


 端末を操作しながらリーパー。

 あぁそうかい。イオは装備をチェックすると扉の外へと向かう。


 「ライトを」


 イオの要求通りリーパーは明かりを消した。ナイトヴィジョンを起動する。視界が緑色に包まれる。


 「データ吸出し後、この部屋を爆破処理する。その為の爆弾を仕掛けたい。

  少しの間頼むよ」

 「やれるだけやるさ」


 イオは一つ前の部屋、卵型のセンサーが設置されていた仮設実験室で耳を澄ます。


 複数の足音、金属質な何かが擦れ合う音。ウィードランどもの不快な鳴き声。

 確実に近付いて来ている。かなり多い。


 「スネーク・アイを」

 『スネーク・アイ、起動。同時に警告。

  ナノマシンに負荷が蓄積されています。可能な限り使用を控えて下さい』

 「トカゲどもにやられるよりマシだ」


 イオはじろりと壁を睨む。部屋の外でウィードラン達が突入準備を進めている。

 扉はリーパーがロックした。奴らは突入の為に手荒な手段を取るだろう。


 緑色の視界に浮かび上がった二足歩行のトカゲ達が扉の左右に分かれて待機した。一列縦隊。


 先程もそうだったが、ナイトヴィジョンとスネーク・アイの同時使用は視界が悪過ぎる。慣れが必要だな。


 「ゴブレット、レイヴンの弾丸でこの施設の壁を抜けるか?」

 『この管理ルームの扉とその周辺ならば貫通可能です』


 オレンジ色のシルエットが二つ、扉に張り付いた。何かを設置している。

 イオは端末にぼそりと呟いた。


 「リーパー、始める」

 『派手にやってやれ』


 イオは射撃を開始した。手始めに縦列のど真ん中。二つのシルエットが吹っ飛んで下水に落下する。

 次は扉で作業していた二体。気持ち多めに撃ち掛けて、後は床に伏せる。


 下水路でトカゲの絶叫が上がる。イオの居る室内に激しい応射が開始された。


 『スネーク・アイ、シャットダウン。リチャージまで120秒』


 下水路からの射撃が壁を貫通し室内が瞬く間に破壊されていく。腹這いになったイオの頭上を弾丸が駆け抜ける。

 ガラスの破片、構造物の欠片が飛び散り、礫がイオの頬を打った。


 こちらから撃てるって事は相手からも撃てるって事だ。当然だよな。


 ゴロゴロと床を転がり机の陰へ。マガジンを交換。

 そして息を潜める。ジッと、ジッと待つ。


 『エージェント・イオ、応射してください』

 「(無駄弾を撃ったら負ける)」


 スネーク・アイが再使用可能になるまでまだかなりある。でたらめに撃っても敵を殺せる保証はない。

 このゲームは無限に弾が湧いてくる訳ではない。気持ちよくばら撒く気にはなれなかった。


 『ウィードランが突入してきます』

 「(それを待ってる)」


 イオとゴブレットが言い合う内に外からの射撃が止んだ。

 間を置かず、破裂音と共に扉が爆ぜる。拉げた鉄の塊が吹っ飛んでウィードランが突入してきた。


 闇の中、暗視装置でそれをじっくり観察した。イオは口笛を吹きたい気持ちになった。


 「(おー、ビームシールドだ。SFっぽい)」


 思わず一瞬だけバイザーを外して確認する。


 先頭のウィードランは直系十五センチ程の丸い盾を突き出しながら入ってきた。

 面白いのはその盾を中心として半透明の青い膜が形成されている事だ。


 きっと弾丸とか止めちまうんだろうな、凄いなー。イオはニヤニヤ笑っている。


 『敵残数8』

 「(意外と減ったな)」

 『時間を掛ければ更なる増援が予想されます』

 「(OKだ)」


 ウィードランはシールドで身を守りながら暗闇の中を慎重に索敵している。

 イオはぐしゃぐしゃになった机の陰だ。即座には見つけられまい。


 ぎゃあ、ぎゃあ、と不快な鳴き声。後続に情報を伝達しているのか。


 ウィードラン達は歩を進め、後続が室内へと侵入してきた。

 ジッと、ジッと待つ。一息に殺せる距離まで、敵が近付いてくる瞬間を。


 「(暗闇ならこっちのモンだ)」


 敵がナイトヴィジョンを使用していたとしても視界の不良化は防げない。

 ……のだと良いんだけど。エネミーキャラクターの細かい性能まで把握できない。


 イオはハンドガンを抜いて飛び出した。狙いはシールドを持つウィードラン。横腹に飛び込む。

 超密着距離。銃口を相手に押し付けるようにしながら出鱈目に連射。

 そのまま後続のウィードラン達へ盾にするように羽交い絞めにする。


 エネミーに時間を与えたら負ける。イオはウィードランを羽交い絞めにしたまま敵に突進した。


 『戦闘支援継続』


 完全な興奮状態だ。燃えるアクションシーンである。

 急激に時の流れが遅くなり、音が遠くなる。敵の一挙一投足が把握できる。


 後続の一体を突き飛ばして転倒させ、更にその後ろの一体を射殺。

 腕の中で血を吐くウィードランの腕を捻り上げ、ビームシールドを突き出す。


 敵の激しい銃撃をその盾は見事に受け止めた。


 『長くはもちません』


 展開される半透明の膜は銃弾を受け止める程に大きく撓んでいた。無制限に防御出来る訳では無いらしい。


 まぁそんな性能だったら無理ゲーだもんな。イオは更に一体を射殺。ついでに足元に転がっていた一体の頭を思い切り踏み潰す。靴底から骨の砕ける感触が伝わる。


 「(このシールド、内側からの弾も止めちまうのかよ)」


 ちょっと不便だな。まぁそれでも破格の性能なのは間違いないけど。


 ハンドガンの弾が切れた。予備マガジンはあるがリロードする余裕は無い。

 敵が取り落としたらしいウィードラン製のハンドガンを拾い上げ、適当に射撃。アバターサポートの御蔭で特に問題も無く扱えた。


 敵の後続は乱戦を嫌って部屋の外に逃げようとする。ごちゃごちゃな状態で好き勝手暴れる内に八体のウィードランは半分以下になっていた。


 イオはスリングで背負っていたレイヴンに手をやった。



――



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