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崩れる時は、一瞬



 『こちらサルマティア重装騎兵隊! 全兵装弾切れのガス欠だ!

  白兵戦に移行する! ナノマシン弾頭準備!』

 「オリバー、止せ! ……パタゴ戦車部隊、前線支援を要請する! サルマティアを援護しろ!」

 『こちらパタゴ。イオ軍曹、こちらも限界が近い』

 「後一度だけで良い! 退路を切り開け!」


 好き勝手粉々にされたオクサヌーンに、最早誰も遠慮しなかった。

 湾港に増設された各種兵器は低い稼働率ながらもウィードランを攻撃しているが、進出してきた敵の迎撃システムにその火力の大半を封殺されている。

 エネルギー兵装に関してはウィードランが圧倒的に先を行っている。誘導弾はその悉くが撃墜され、効果を発揮しない。


 だがそれは火力部隊を満足に展開出来ないウィードランとて同じ事。粉々になった所でオクサヌーンはカラフ方面軍のテリトリーだ。


 兵器での競り合いで決着しないならば、やはり歩兵だった。

 最後の最後、泥沼の中で何を頼むべきか。

 それは鍛え抜かれた兵士達の犠牲、究極の献身である。



 士気を保った最後の防衛線はウィードランに対して更なる爆破作戦を決行した。


 カラフの放棄が決定された時から既に準備はされていた。それを使わせてもらうだけ。

 歴史ある巨大建造物の数々が爆破され、忽ち大型車両の通行可能なストリートが封鎖される。

 この大規模な“埋め立て工事”は誰にとっても悪夢だった。



 『アサルトアーマーがやらなくて誰がやるんだ!

  名誉ある重装騎兵の生き残り共! トカゲを殺すか、お前達が死ぬかだ!』

 『……勝利か! 死か!』



 雄叫びが聞こえる。



 『鹵獲したトモス、破壊されました』


 ハーティーが窓から吹き付ける爆風を受けて喘ぐ。

 飛礫と粉塵を叩きつけられた彼のアーマーは真っ白だ。


 「イオ軍曹! 工兵チームは準備を完了した!」

 「順次爆破させろ」


 ハーティーが端末に怒鳴り付ければイオ達の立て籠もる整備工場の蓮向かいにあるビルが吹き飛ばされる。


 ストリートに降り積もる瓦礫。生き埋めになるトカゲども。

 それを乗り越え半狂乱で押し寄せる敵部隊に、イオは更なる銃撃を加えた。


 「奴等……マジで、狂ってる」


 ハーティーが敵の猛攻に反吐の出そうな表情で言った。


 『こちらマクセン、工兵隊がしくじった。橋に仕掛けた爆弾が起動しない』

 「周辺敵戦力は?」

 『敵増援を確認。無数だ』

 「……選抜猟兵チーム、ポイントBに再度突入する! 目的は橋の破壊だ!

  志願者だけで行く!」


 イオが一声掛ければ話は早い。

 泥を跳ね上げ、手足を振り乱し、すぐさま命知らずの兵士共が集まった。


 「ハーティー、残りを連れて後退を。この整備工場だが」

 「既に罠を仕掛けた。奴らが踏み込めば、“ドカン”だ」

 「よし、行くぞ!」


 整備工場を飛び出そうとした時、通信が入る。


 『こちらサルマティア、ポイントBのリカバーに入った!』

 「オリバー? ……何だって良い。作戦を引き継げるか?」

 『あぁ、状況だが……爆薬は使用可能だ。少し待ってくれ』

 「マクセン、オリバーの援護を」

 『既にやっている』


 ポイントB。橋の封鎖が完了すればウィードランの装甲戦力の足を止められる。

 敵に迂回を強制させられるし、こちらは少ない戦力をより集中させる事が出来る。


 同様の作戦が複数個所で進行中だった。そしてその作戦行動は、どうにかこうにか全体の半分ほどは成功していた。


 「ハーティー、準備を。場合によってはサルマティアの救援に向かうぞ」

 「猟兵チーム、ルートを再構築しろ!」


 味方の救援の為にズタボロの多脚戦車が前進して来た。

 パタゴ戦車小隊の一番機だ。ビルの崩落から逃れたウィードラン部隊を執拗に攻撃し、味方の後退を援護している。


 イオ達も後退しながらサルマティアからの情報の更新を待つ。


 『こちら……オリバー。……起爆可能だ。いつでも行ける』


 ハーティーが粉塵を払いながら応答した。


 「本当に助かった。一杯奢りたい気分だ」

 『……あぁ、いつか有難く受けるぜ』

 「よし、直ぐに退避して起爆を頼む」


 暫し、沈黙があった。


 『部下共に、謝らなきゃな。……イオ、ハーティー、他の奴等も……ここまで……光栄だった。

  …………シタルスキア万歳! サルマティア重装騎兵、万歳!』


 直後、猛烈な爆発音と地響き。オリバーとの通信が途切れる。


 「おい何だ今の。……サルマティア! オリバー! 応答しろクソッタレ!」


 呼び掛けるハーティー。イオはマクセンに繋げる。


 「マクセン、ポイントBは」

 『ポイントBは……』


 答えを待ちつつも、歩き始める。チームを導く為に。


 『ポイントBは爆薬の制御装置が損傷し、遠隔起爆不可能だった。

  オリバーは……任務を遂行した。サルマティアは全滅。繰り返す。サルマティアは全滅』


 イオは歯軋りと共に後ろを振り返る。


 「敬礼。オリバーに」


 選抜猟兵チームは、西の空に敬礼を捧げた。



――



 「さっさと乗せろ! 防衛ラインはもう限界だ!

  ……馬鹿野郎! もっと詰め込めるだろう! 一人でも多く逃がせ!」


 将校がアーマーもつけず現場で声を張り上げている。

 必死に作業を続けるテクノオフィサー達。過積載になるまで人と物を積んだ船が送り出され、次のタスクへと移行する。


 怖気付き、足を止めた若い兵士の胸倉を掴む。


 「恐いか?! アウダーに渡りたいのか?! あぁ?!

  残念だったな、お前らはここで俺と死ぬんだ!

  さぁ、さっさと船を送りだすぞ!」


 クルークは輸送艦、アルタンカークの甲板で歯を食い縛り、炎の立ち昇るオクサヌーンを見詰めている

 アルタンカークの船長は初老の男で、通信ウィンドウの向こう側、険しい表情を無理矢理崩して笑って見せた。


 『少尉、子供が気に病む事では無い。流れ弾の危険が無いでもない。艦内に戻りたまえ』

 「……いえ、お気遣い頂かずとも結構です。ありがとうございます」

 『そうか。……これよりアルタンカークは艦砲射撃による友軍支援を行う。

  鼓膜を破られないよう注意する事だ。砲塔には近付くなよ』


 クルークは殊勝に敬礼した。これまでカラフ方面軍の全ての大人を呪いながら逃避行を続けてきたが、今ここにいる人々は自分達を守ろうとしてくれている。


 『各艦、ディフェンダーを解除。砲撃支援、始め!』

 『敵トモス部隊の動向に注意しろ。船を狙わせるな』


 付き添うように背後に立つミシェルの手を、クルークは強く握った。


 「……イオは?」

 「彼ならカプセルベッドに閉じ込めて来たわ。

  かなり重症みたい。面会謝絶だって」

 「無事なのか? 具合が知りたい」

 「誰も、無事でなんていられないわ。でも本人は「死ぬ気は無い」って言ってたわよ」


 ミシェルは嘘を吐いた。

 精一杯平然とした様子を取り繕った。恩人がそうしろと言ったから。


 本当はミシェルだって、今すぐトイレに駆け込んで胃の中身を全部吐き出して泣き喚きたかった。


 「パックスの様子がおかしかった」

 「平然としてられる方がおかしいと思うけど」

 「……確かに、そうだな。

  何か私に出来る事は無いだろうか。……前線の様子が知りたい」

 「止めて。辛くなるだけよ」


 様子を知られては困る。どうせ今もイオが、前線で飛んだり跳ねたりしているに違いないのだから。

 クルークが知れば船を飛び降りてでも戻りかねない。


 「今更迷わないで。ほんの少しだって後悔しないで。

  クーリィ……。貴女はそうやって私達を導いてくれたのよ」

 「私なんて」

 「約束して。もう端末は使っちゃダメよ。偶には年長者の言う事を聞いて」

 「……分かった」


 どぉ、と砲声が轟いた。アルタンカークを始め、火砲を持つ艦艇の火力支援が開始されたのだ。


 耳鳴りに襲われながらクルークは唸る。


 「カラフの同胞。貴方達の事を決して忘れません」


 爆破作戦が続いている。クルークの見詰める先で、炎と黒煙が立ち昇る。



――



 前線のモラルがついに崩壊した。疲労と死の恐怖。置いて行かれる事への絶望。

 彼等だって人間だった。むしろよくここまで堪えてくれた。


 一つ綻べば、次から次へと伝播していく。崩れ去る時は正に一瞬で、そしてそういう時は沢山人が死ぬ。



 協働部隊の現場指揮官が部下の7割以上を失いへたり込む。ハーティーがそれを無理矢理立たせるが、何も言えなくなる。

 目が死んでいる。


 「無理だ。……もう良いだろう! 俺達は十分に戦った! これ以上部下に何をさせろと?!

  もう放っておいてくれ……!」

 「……イオ軍曹、コイツらはもう駄目だ。下がらせよう」


 イオは足元に転がっていたレイヴンをその指揮官に手渡す。


 「港まで下がっても直ぐに敵が来る。多分、お前が思っている以上に早く。

  ……じゃぁな。ここまで共に戦ってくれて感謝する」


 イオについて来た選抜猟兵チームは戦意を保っている。一匹でも多くトカゲを殺してやると、目に異様な光を宿らせていた。


 後退と、反撃を繰り返す。イオを先頭に執拗な奇襲攻撃も。


 増援も補給も望めない。死んだ戦友のアーマーを剥ぎ、そこに残ったマガジンをレイヴンに叩き込んで、猟兵チームは戦闘を続行する。


 「敵は港へのアクセスを回復したぞ。これ以上は抑えきれない」


 執念深い遅延作戦によって迂回を強制された敵戦力が、とうとうその集結点で味方の防衛ラインを突破した。


 一機のコンドルが現れる。カミユだった。


 『イオ軍曹! マルチシチュエーションランチャーを持って来た!

  ヴァローヴェーリンの指示する攻撃ポイントまで乗せてやる!』


 出鱈目だ。味方の突破に掛かる極めて強力な敵部隊に、歩兵火器で嫌がらせをしようと言うのだ。

 だがやらないよりはマシだった。イオはジャンプユニットを起動し、即座にコンドルに飛び乗る。


 「ハーティー、来い!」

 「分の悪い賭けだと思うぞ!」

 「いつもの事だ!」


 更に二名、猟兵チームから参加。残った者達は後退し、再構築された防衛ラインに加わる為に走り出す。


 機内で兵装をセットアップ。急旋回するコンドルの激しいGに堪える。


 「カミユ曹長! フラメンコ03がどうなったか知らないか!」

 「……撃墜されたと聞いた! 詳しい事は分からないが、恐らくは!」


 ――そうか、死んだか。

 イオは拳で胸を打ち、彼の為に祈る。


 コンドルは先だって攪乱兵装を展開しつつ上昇した。

 混沌とした戦場はいつどこからミサイルを撃ち込まれてもおかしくない。

 緑、赤、オレンジ、カラフルな妨害物資の中をコンドルは飛ぶ。


 「目標ポイント到達! 悪いがコンドルは弾切れだ! 頼むぞイオ!」

 「敵に狙われている! 回避しろ!」

 「言われなくても分かっている!」


 攪乱幕の中で思う存分コンドルを振り回すカミユ。目まぐるしく移り変わる外の景色。

 眼下では蹂躙された味方防衛ラインから敵が浸透しようとしている。


 「猟兵チーム、好きに撃て!」

 『エージェント・イオ、脳機能を補強します』


 激しく荒れ狂うコンドルの中で、それでもイオの狙いは正確だった。

 マルチシチュエーションランチャーの砲口から対装甲弾頭が吐き出される。こちらに狙いを付けるトモスに突き刺さり、右の前足を破壊する。


 「もう一発!」


 再装填後、即座に発射。足をもう一本破壊し、移動能力を奪った。


 「チャフを追加しろ! 好き放題に撃たれてる!」

 「だから……分かってるって……言ってるだろうが!」


 カミユにも全く余裕は無い。ハーティー以下選抜猟兵達もベルトで身体を縛り付けながら攻撃を加えるが、一発撃つごとに二発撃ち返されるような有様だ。


 「やっぱり無茶だったかもな!」

 「限界だ! 攻撃中止! これ以上はもたない!」


 ハーティーの絶叫。それなりの数のトモスを行動不能にしたが、とうとうコンドルが被弾した。


 カミユが制御を失う。当たり所が致命的に悪かった。耳ざわりなアラートの中でカミユは叫んだ。


 「だ、脱出しろ!」

 「出ろ! 早く!」


 イオはナイフを抜き、ハーティー達の身体を繋ぎ止めるベルトを切った。

 彼等は空中に放り出されるが何とか姿勢を整えてジャンプユニットを起動。


 最後の一人、カミユを救う為にイオは座席に飛び込む。


 「止めろ、間に合わない!」


 くそったれ。イオは眼前に迫る家屋に悪態を吐いた。


 墜落。激突。コンドルの腹の中で上下左右に振り回され、激しく身体を打ち付ける。

 圧し折れた尾翼が飛んでいく。家屋の外壁を抉り取り、突き破り、地面に叩き付けられたかと思えば、その勢いのまま十数メートルも転がった。


 生きていた。死んでいないのが不思議だった。


 「曹長……生きてるか……!」

 「なんとか……な……!」

 『エージェント・イオ、敵に包囲されています』


 コンドルのフロントガラスは砕け散り、吹き曝しになっていた。

 目の前には破壊された家屋と黒焦げになった公園。遊具の残骸が散らばるその向こう側、はるか遠く走り回る無数のサイプスが確認出来る。


 「足が折れてる……」

 「そんな生易しい物じゃないぞ」


 身を捩ったカミユが悲鳴交じりに伝えてくる。

 イオは彼女のシートベルトを取り外しに掛かる。


 時間が無い。壊れたベルトバックルを強制除去した時、敵の攻撃が始まった。


 改修型コンドルの装甲に減り込む銃弾。イオは奇跡的に無事だったレイヴンを構え、距離200程の位置にいるウィードランを続けざまに三体射殺する。


 『敵後続、無数』


 2、3匹撃ち殺したところで焼け石に水だ。イオはレイヴンを下げ、作業を再開する。


 「駄目だ、行け、イオ! 命令だ! 行くんだ!」

 「黙れ! 奴等に皮を剥がれたいのか! ……痛むぞ、堪えろ!」

 「ぐぅぅっ」


 カミユの足は拉げた機体に押し潰されていた。必死に抜こうとするが上手く行かない。


 「敵が来る」

 「だから急いでる。もう一度だ。息を止めろ」


 不十分な姿勢ながら力を込めるイオ。


 「…………」


 カミユはジッとイオを見詰めたかと思うと、乱暴に突き飛ばした。

 ヒップホルスターからハンドガンを引き抜く。照準は、イオに向けられていた。


 こいつ、まさか。


 「もう行け、軍曹」

 「おい、カミユ」

 「私は恥知らずじゃない。足手纏いにはならない」

 「止めろ……馬鹿な真似はするな」

 「…………うわぁぁぁッ!」


 絶叫と共に、カミユは銃口を翻して自分の頭を撃ち抜いた

 だらりと垂れ下がる手と頭。イオは彼女の肩に手を掛け、ほんの一秒だけ祈った。


 「それで満足なのか……俺を行かせるために」


 曹長、せめて安らかに。

 彼女の肩に括り付けられていたタグを引き千切り、イオは破壊されたコンドルの中を転げ回った。


 「ゴブレット、スネーク・アイを!」

 『スネーク・アイ、起動。東のストリートが手薄です』

 「突破するぞ!」


 スモークグレネードを放り投げ、敵の視界を奪いつつ外に出る。

 煙幕の中に浮かび上がる敵の熱源。イオは掛かる端からそれを撃ち殺し、鉛弾で何もかもをぐちゃぐちゃに引き裂きながら撤退する。


 『サイプス接近』

 「先頭の奴を奪う!」


 煙幕の中に突っ込んできたサイプス改修型の側面を取り、乗っているトカゲを撃ち殺す。

 後続にはグレネードを放り込んで時間を稼ぎ、サイプスのコントロールパネルに触れた。


 『制御奪取。敵部隊を攻撃させます』


 再起動したサイプスが回頭し、出鱈目に射撃を開始した。

 イオは猛烈に走った。周囲は開けていて身を隠す場所が無い。煙幕が切れたらお終いだ。


 『ハーティー・グッドマン、接近中』


 敵の追撃をかわしながら廃棄されたレストランに飛び込んだ時、ハーティーから通信が入った。


 『イオ軍曹、合流する! 撃つなよ!』


 レストランの勝手口を蹴り開けてハーティーが入って来る。

 ジャンプユニットでの降下は上手く行ったようだが戦闘はさけられなかったらしく、アーマーには酷い損傷が見られた。


 「手を貸せ!」


 イオは言いながら窓を叩き割り、鹵獲したプラズマグレネードを外へと放り投げる。

 紫色の雷光が迸り、接近していたサイプスを機能停止させた。

 ハーティーが逆サイドに走り別方向の窓を警戒する。


 「後の二人はどうした?!」

 「やられた! 間に合わなかった! そちらこそ、あのパイロットは?!」

 「……死を選んだ! 俺を逃がす為に!」


 トカゲが来る。六匹がレストランの入り口に取り付き、グレネードを準備している様が、スネーク・アイによって浮かび上がる。


 「ハーティー、敵が突入してくるぞ! 備えろ!」


 そう言った瞬間、グレネードを握り締めたトカゲの頭が吹き飛ばされていた。

 それをした何者かは全く、無慈悲だった。動揺するトカゲどもを片端から撃ち殺していく。


 「狙撃? どこから?」

 『イオ軍曹、スカウトチーム、マクセンだ。そこから南に150のビルに移動した』


 イオとハーティーは顔を見合わせる。


 「マクセン、感謝する」

 『何とか間に合ったが状況は拙い。

  スカウトチームはこのまま狙撃支援を続ける。東に逃げろ』

 「了解したが、お前達は? そこだって危険地帯だぞ」

 『こちらはこちらで何とかする』

 「……良いだろう。タイミングを指示してくれ」


 任せろ。マクセンは短く呟いて大きく息を吸い込んだ。


 退避方向に居るウィードラン歩兵が静かに、次々と倒れていく。


 どうやらスカウトチームは複数の狙撃ポイントからイオ達を援護しているらしく、敵は有効なカバーポイントを見付ける事すら出来ず死んでいく。


 『撤退ルート、50%クリア。突破しろ』

 「ハーティー、ついてこい!」


 即座にイオは飛び出した。散らばるトカゲの死体の中を、射撃姿勢で周辺警戒しながら東に向かう。


 「ジャンプユニットは使うな。周囲は開けている。集中砲火を受けるぞ」


 互いに死角をカバーしながら決して足を止めない。

 トカゲどもは大量に居たが、マクセン達スカウトチームからの正確な狙撃はそれらを悉く打ちのめした。

 そこに切り込んで行く。残されるのはトカゲの死体ばかりだ。


 「マクセン、お前達も離脱しろ」

 『まだだ軍曹。倉庫区画を抜ければ救助部隊と合流出来る筈だ。足を止めるな。

  スカウトチーム各員、現ポイントを破棄して合流しろ。最後の支援任務だ』


 ブルー・ゴブレットが視界を泳ぎ、嬉しくない情報を教えてくれる。


 『エージェント・イオ、ファイアフライ・スウォーム、増幅機構搭載型を確認。

  自爆攻撃、来ます』

 「クソッ、スウォームが来るぞ、ハーティー」

 「サルマティアにあれだけ叩き落されてまだ残っていたのか。

  どうしても貴方を殺したいらしい」


 イオとハーティーの眼前には空っぽになった倉庫区画。既にウィードランが浸透している。

 倉庫屋上から周囲を監視する敵部隊。背後にはパンケーキの群れ。


 イオを仕留める為に、ご丁寧に部隊を再配置している。

 強行突破しかない。


 『スカウトチーム、敵部隊からの攻撃を受けたがこれを排除。狙撃支援を続行する』

 「マクセン、スウォームが来てる!」


 唸りを上げる倉庫屋上のウィードラン。イオはディフェンダーを展開しつつ狭い通路に飛び込んだ。

 不利と分かっていながらむざむざキルゾーンに飛び込まざるを得なかったのだ。


 敵のエネルギー弾頭を跳ね返しながらあるだけ弾を叩き込み、強引に前進を続ける。

 ハーティーが背中合わせにその死角をカバーした。


 『屋上、70%をクリア。敵増援を確認』


 マクセン達の狙撃は、碌に身を隠す場所も無い哀れなトカゲ達を的確に葬って行く。


 あと少しで突破、と言う所まで進んだ時、とうとうファイアフライが追い付いて来た。

 イオはブーマーから渡されたエナジーグレネードを散布モードに切り替えて頭上高く投擲する。

 鱗粉の如き光が広範囲に撒き散らされ、そこに飛び込んだファイアフライは目的を忘れてしまったかのように不規則に飛び回り始めた。


 「散布モードでは長くはもたない」


 ハーティーが前進し、曲がり角で待ち伏せしていたウィードランに体当たり。

 壁に押し付けながらハンドガンで射殺し、弾倉を交換しながらイオの到着を待っている。


 ストリートを挟んで向こう側、どこの修理工場から引っ張り出して来たのか、と言う風体の壊れかけた戦闘車両が走り込んできた。

 上空のファイアフライに向けて機銃掃射が行われる。周囲に展開した兵士達がイオを呼ぶ。


 「イオ軍曹、こちらに!」


 イオは振り返り、マクセン達の居るビルを見上げた。

 二十機程のファイアフライの群れがその壁面を舐める様に上昇していく所だった。


 『……ダイヤモンドフレームのキルゾーン離脱を確認』

 「マクセン!」


 彼等からの狙撃支援は既に止まっていた。


 『任務……完了……』


 小爆発が無数に、連続して起こる。

 信号をロスト。もう、誰も応えない。


 イオは歯を食い縛った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全員自分の任務を全うして死んでいくのが素晴らしい でも誰も死んでほしくなかった
[一言] 何となくロボトミーコーポレーションっぽい不気味な世界観が好きです。人間に近づいていくAIって超然としていつ手のひら返すかわからない怖さがあって、信じていいか分からない不安でヤキモキするけどそ…
[一言] 戦士たちが駆け抜けてゆく。 黒色粉末節ですな
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