地盤沈下
気分は最悪だったし、まともな休養も無く戦い続けたボディはガタガタだった。
だが何故だかとても調子が良い。絶好調だ。殺そうと思えば苦も無く殺せる。
戦えば勝つ。予定調和のように。どんな敵でも、どんな兵器でも、全く脅威にならない。
「カウンターバグ、オンライン! 敵ディフェンダー発生装置に取り付かせるぞ!」
ブーマーが投擲したエナジーグレネードが敵性ディフェンダーに穴を開け、そこにハーティーのコントロールする掌サイズの蝙蝠のようなドローンが飛び込む。
ドローンは敵トモスの迎撃システムに撃墜されたと思いきや、特殊な電磁波を放出した。
周囲を取り囲んでいた青い防壁が一斉にダウンする。
「やれ、ゲレロ!」
「スモーク投下! ナノマシン充填まで3カウント!」
「トモスがこちらを狙ってる!」
「サイプスもな! 敵FCSを妨害する!」
イオ達は浄水施設内に進入した敵部隊を罠と奇襲で排除し、更に敵後続部隊を資材運搬用の大型エレベーターまで押し返した。
ウィードランは過積載寸前までトモスとサイプス、そして兵員をエレベーターに押し込んできたようだが、それすら問題にならない。
施設内を縦横無尽に駆け回り、巧みに局所的優位を作り出しながら敵を射殺していく。
戦力差は2倍だとか3倍だとかそう言った次元を超えていたが……
まぁ、繰り返すようだが、イオは絶好調だった。
「ゴブレット!」
『トモス、プロテクトが強化されています。奪取まで30秒』
ブーマーが鹵獲したレーザーランチャーでサイプスを粉々にしている内にイオは煙幕の中に突入した。
そうだ。先陣を切るのはいつもこの男。
スネーク・アイが敵の姿を浮かびあがらせる。悪環境下、しかも閉所戦闘。イオに敵う個体は居ない。
どろりと遅くなる世界の中で即座に三体を射殺。ダメ押しに破片手榴弾を投擲。有力な敵集団が一時的に行動不能になった事を確認したイオは、ジャンプユニットを起動させて宙を舞った。
狙いはトモス。この一点についてイオはウィードランに好感すら抱いている。
いつも気前よくこの玩具を貸してくれるのだから、感謝してやっても良いくらいだ。
「イオ軍曹をカバー! ハーティー前進!」
「ゲレロ、前進する!」
ブーマーの援護射撃を受けてハーティーとゲレロが前進。
敵からプラズマグレネードが投げ込まれるが、ブーマーのエナジーグレネードの燐光が未だ滞留しており、それを沈黙させる。
「こちらブーマー、シャワーバグを確認した! ハーティー!」
「カウンターバグで対処するが、最後の一機だ!」
「俺の方もエナジーグレネードが品切れだ! イオ、これ以上は拙いぞ!」
再び飛び立つ蝙蝠が敵の識別装置を誤認させ、自爆兵器を引きつける。忌々しいゴキブリの群れは魅了されたかの様に蝙蝠の後を追い、飼い主の足元までとんぼ返りした後、盛大に殺傷破片を撒き散らす。
『トモス、奪取完了。再起動します』
「暴れるぞ、退避しろ!」
流線形の蜘蛛が身体を震わせ、脚部先端の大型ローラーがひぃんと鳴いた。
そして、そこまで行ってしまったらもうウィードラン達の運命は決まっていた。
――
地上部、運搬用エレベーターのシャッターを突き破り、トモスが飛び出す。
味方の回収の為に待機していたらしいウィードランの輸送機が複数確認出来た。哀れなこのトカゲ達は健気にも弱々しい防御態勢を取っていたようだが、イオはトモスを突っ込ませてそれを一蹴する。
あっという間に爆発が起き、鉄塊に引き潰されたトカゲの挽肉が出来上がる。
レーザーランチャーが籠を抱えた鳥のような姿の輸送機後部に突き刺さり、弾け飛んだ後部推力装置が破片と化して付近のウィードランを引き裂いた。
「アグレッシヴリンク、敵を随時マークする! 前進制圧、俺に付いて来い!」
イオが前進する。ハーティーとゲレロが背後に続く。爆炎とスモークと悲鳴の只中、腰を落とした射撃姿勢で微速前進を続け、決して止まらない。
「リロード!」
「カバーアップ!」
ポジションをスイッチ。ハーティーが前に出る。ゲレロがイオの傍で停止し、全周を警戒。見敵次第、発砲。
弾倉交換を終えたイオがゲレロの腰を叩く。即座に反転し後方警戒にシフトするゲレロ。イオはハーティーと再びスイッチし、前進制圧が再開される。
唐突に援護射撃が止んだ。ジャンプユニットで浄水施設地上部の屋根に陣取ったブーマーから通信が入る。
『こちらブーマー、分捕ったレーザーランチャーがイカれちまった。
銃身が溶けてる。掩護射撃は不可能』
「充分だ、ブーマー。パックスを護衛してくれ」
『了解だ、油断するなよ』
暴れまわるトモスが最後の敵輸送機を叩き潰した。爆炎の奥で悶えるトカゲを射殺。イオは息を吸い込み、止める。
「(スネーク・アイ、最大出力)」
『効果範囲50メートル。更に増大中。記録更新です、エージェント・イオ』
瓦礫の影に潜んでいた一匹を射殺。迂回しようとしていた二匹をトモスで轢殺。背を向けて逃げて行く残敵を……こちらは良いか。
そう遠くない位置から銃声と砲声が聞こえる。予定ではクルーク麾下の戦力が接近している筈だが。
「(スネーク・アイ、シャットダウン)」
『エージェント・イオ、周囲の敵を一掃しました。素晴らしい戦果です』
「各員、警戒態勢。ブーマーの到着を待つ」
「もう着いたぜ」
振り返ればパックスを背後に庇いながらブーマーが到着していた。
大口径弾丸の狙撃を受けたかヘルメットが激しく損傷している。
殺された味方の、もしくは敵から鹵獲した装備をこれでもかと背負い込んだパックスはブーマーに次の武器を手渡していた。
危なくなったら捨てて逃げろと言ってあったが、そうはならなかったようだ。
『こちらクルーク臨時戦隊スカウトチーム、マクセンだ』
「聞き覚えのある名前だ」
『イオ軍曹、現在臨時戦隊は600m東で敵戦力を誘引中』
「マクセン、お前は……上か」
イオの鋭敏な感覚は前方ビル上部からの視線を察知した。
リーコンユニット用のアーマーを装備した二名の兵士がこちらを見下ろしている。
イオの援護の為に隊から離れ、強行してきたらしい。
『そのトモス、まだ動かせるのか?』
「折角借りた玩具だ。もう少し使わせてもらうさ」
『クルーク少尉と合流を。ルートを指示する。
途中2カ所の中継ポイントで狙撃チームが待機中だ。エスコートする』
リトル・レディのマップデータが更新される。イオはトモスを近くまで呼び戻した。
「聞いたな? 今の内に弾倉を交換しろ。トモスを盾に前進する」
マクセンが嬉しい報せをくれた。
『クルーク少尉の指示でこれを持って来た』
ビルからキャリーボックスが投下される。それはイオ達の前まで転がって来ると、ガスを排出して口を開いた。
『銃器は不足していた為持って来れなかったが……緊急回復剤とグレネードだ。弾薬も少し』
「感謝する、スカウトチーム」
『礼なら少尉に』
それだけ言ってマクセン達は踵を返し、ビル内部へと消える。狙撃支援の為のポイントに移動するらしい。
「クールな奴だ。……しかし」
ハーティーがボックスを漁りながら溜息を吐く。
「俺達は回復剤を使い過ぎてる。本来ならバイオタンクに放り込まれて、透析処置を受けさせられてる所だ。
……あー、ゲレロ、要るか?」
顰め面で聞くハーティー。ゲレロは度重なる銃撃戦の最中、肩と腿に被弾していた。もしかしたらもっとかも知れない。
ゲレロは首を横に振る。
「処置済みだ、必要ない。お前達が持っていろ」
「なら良い。好きにしろ」
それ以上ハーティーは何も言わかなった。ゲレロは腕時計をちらりと見遣り、暗い笑みを湛えながら呟いた。
「時間だ。……死が、報われる」
ずる、ずる、と地面が揺れ始める。それは次第に激しさを増し、直ぐに立っていられない程になった。
何かが軋む音がする。大型動物の悲鳴のようにも聞こえる。
オクサヌーンの地が引き裂かれ、瓦礫と土砂で敵を呑みこもうとしている。
遠くで背の高いタワーが大きく傾ぎ、それを皮切りに外周の建築物が沈み始めた。
「……いざ目にしてみると信じられない光景だな。
シンクレアでもこの規模の破壊工作はやった事が無いぜ」
膝立ちの体勢で堪えるブーマーはウィルスの事を考えたくないようだ。
ハーティーはそこまで割り切れないようだったが。
「カラフの……何もかもを置き去りに、こんな事までやってのけた。
……不満って訳じゃ無い。壊れても立て直せる。カラフを奪い返す事が出来れば。
……しかしカラフ・ウィルスはどうかな」
まるで冗談のような何とも言えないショー。オクサヌーンの歴史ある街並みがあっという間に姿を変えていく。
何もかもが崩れ去る。
「……作戦成功。……任務……達成……。
ザジ……終わったよ……」
ゲレロは疲れ果て、俯いた。
――
クルークの指揮下にある混成臨時戦隊は不思議な程に意気軒昂だった。
彼等はイオを待ちわびていた。対ウィードラン戦争の英雄の肩書きはイオ自身が思うよりずっと重たい。
オクサヌーンの全ての兵士はイオの戦果が誇張されたプロパガンダで無い事を知っている。思い知らされたと言うべきか。
今、再びの奇跡を求めているのだ。最後の最後、絶体絶命のこの状況でも、まだ何とかなるのじゃあないかと、信じたがっている。
『先程、オクサヌーン防衛の為の、とある一つの極秘作戦が完了した。
結果は諸君らも目にした通りだ。オクサヌーンに浸透したウィードランを痛打せしめた』
ユアリスの声が響く。何も知らない兵士達は雄叫びを上げて狂喜している。
彼等に分かるのは憎んでも憎み足りない強敵達が悲鳴を上げながら瓦礫と土砂の中に呑みこまれて行ったと言う事だけだ。
その裏側で何が行われていたかなど、想像も出来ないだろう。
『派手にやったな。お前達にはダイヤモンドフレーム勲章でもまだ足りないだろうよ』
イオ達と臨時戦隊の挟撃を受け、戦力を喪失した敵部隊は撤退していった。
トカゲの死体を踏み付けながら真っ先に現れたのはサルマティア重装騎兵隊。
かなり、数を減らしている。オリバー含めたったの6名だ。
その6名も満身創痍と言った有様で、彼等自慢のアサルトアーマーは大破寸前のように見える。
『作戦プランに従い撤退し、防衛線を縮小。船を死守せよ。これ以降、命令の更新は無い。
本司令部はウィードランによる情報鹵獲を防ぐ為、指揮能力を放棄、全データを抹消。
その後、防衛能力の最大限を以てして、最後まで遅延戦闘を続行する物である。
以後の情報伝達は巡洋艦、ヴァローヴェーリンの指揮機能を使用して行え。
…………この戦いに参加した全ての者達へ伝える。
………………感謝している。
通信は、以上だ。――シタルスキアの為に』
イオはトモスを徐行させ、兵士達に手を振って見せた。
前方、多脚戦車のハッチの上に立つクルークと、その後方で飛び上がって喜んでいる3552小隊が居た。
「パックス!」
背の低い少年兵が飛び出して来た。ショーティだ。
パックスとショーティは抱き合うと、盛大に罵り合った。
「ショーティ、お前が言ったトイレの場所、出鱈目だったぞ!」
「俺は“多分あっち”だって言ったんだ! って言うか態々トイレを使わなくてもその辺ですれば良かっただろ!」
「お前……! お前もアウダーでのトイレ掃除に付き合って貰うからな!」
周囲から笑いが起こる。クルークが飛び降りてきて、二人のケツを順番に蹴り飛ばした。
「遊んどる場合か! 友軍の負担になっていると気付け!
「「すいません少尉!」」
「我々は敵中に突出し、孤立しかかっている。さっさと逃げるぞ。
イオ軍曹! その鹵獲兵器、使えるんだな?!」
「見ての通りだ」
トモスを伏せさせ、ぎゅるりと一回転させる。
クルークは満足げに頷いた。
「戦車部隊とサルマティアに後方警戒を任せながら撤退する。時間が無いぞ」
「了解だ、少尉。それと……あー、済まなかった、色々と」
クルークはくわ、と怖い顔をしたが、この場で怒りに任せる事はしなかった。
「ランチャービークルを回せ! カーライル伍長達は修理を終えたのか?!」
既に命令の伝達は済んでいたのか、臨時戦隊の兵士達は戸惑う事無く動き始める。
唐突に通信が入る。ミシェルからだ。
多脚戦車の横で崩れた敬礼をしている彼女はどうやら内緒話がしたいらしい。
『私にも何か言う事があるんじゃない?』
クルークを先頭に戦隊は撤退を始める。イオはそれにトモスを追従させながら苦笑を隠せなかった。
「ミシェル、損な役回りを押し付けたな」
『……それだけ? たったの? 嘘でしょ、イオ』
「すまないミシェル。だがお前にはもう一芝居打ってもらう」
『まだ何かあるのね? ……良いわ。私だってもう、覚悟してるんだから』
3552も輸送車両に飛び込んだ。兵士達が敬礼でそれを送り出す。
僅かも進まない内にブーマーが声を上げる。
「ゲレロが居ないぞ」
イオはトモスの上で立ち上がり、背後を見遣った。
瓦礫の山と化した通りに座り込み、ゲレロは敬礼していた。
ハーティーが即座に通信を繋ぐ。
「こちらハーティー。ゲレロ、どういうつもりだ」
ゲレロは答えない。敬礼したまま、静かにこちらを見送っている。
ブーマーが何とも言えない顔をする。
「おいゲレロ、色々言いたい事はあるが……。
まぁ、悪く無かったぜ。お前とザジ曹長のコンビは」
やっぱりゲレロは何も言わなかった。小さく、息を漏らすように笑うだけだった。
「イオ軍曹、置いて行くのか?」
「死を救いと感じる奴もいる」
「……納得出来ないのは確かだが、作戦の責任は命令を発行した者が負うべきだ。
そこに思想は関係ない。彼女は兵士だ」
「お前が奴だったとしたら、割り切れるのか?」
ハーティーは首を振った。当然、横向きに。
複数の意味と複雑な感情があるのは当然の事だった。




