彼を侮辱するな
ふあー、と大欠伸する所を通信相手のジョナサンに見られてしまった。
『ユウセイ、例のゲームの遣り過ぎだ』
「いやー、でも丁度面白くなってきた所でさぁ」
コンタクトヴィジョンと呼ばれる通信アプリが最近の主流で、ユウセイとジョナサンもそれを使っている。
適当にカスタムしたアバターか、そうでなければ登録者本人の映像を投影しながら通話できるのだ。
コンタクトヴィジョン、通称コンVである。
アイコンで感情表現したり、変なダンスを踊らせる事も出来る。
『そのゲームカワイコちゃん居るの?』
ウィンクしながらブレイクダンスするジョナサンのカスタムアバター。
「いや、あんまり。……ん?
そうだな、内容はハードなシューティングなんだけど、言われて見れば女の子も多い」
『どんな感じだ?』
「身長150のボインちゃんと」
『おっ』
「身長145……くらいのペタンちゃんと」
『おぉっ、貧乳』
「身長175くらいのボンッキュッボン、褐色赤毛のお姉さまだな」
『おぉぉ~、なんだそりゃ、俺の性癖に直撃だぞ』
ジョナサンは途端に鼻息を荒くする。
『スクリーンショットを要求する!』
「いや、何かな、サポートシステムがほぼ全て制限されててスクショが撮れねぇんだよな」
『マジかよ、そのゲームを作った奴はよっぽど慎重なんだな』
「ボインちゃん羨ましかろう。ハハハ」
『羨ましい……』
ジョナサンは顔文字アイコンを頻りに飛ばして悲しみを表現した。
「ま、今日はここいらでお開きにしよう」
『そうするか、俺もやる事があるし。……今日も例の?』
「そうだよ」
悪友は気取った調子で声援をくれた。
『good hunting soldier』
「ハハッ、任せとけよ」
――
――シタルスキア統一歴266年。4月16日、PM02:42。
――カラフ大陸中央部、カッサンドラ峡谷、ベイリーシティ。
――作戦ID、イオ・200。
「イオ軍曹、気を付けて!」
「飯の準備して待ってます!」
唐突に少年少女達の声援を受け、イオは戸惑った。
ゲーム内に没入した途端の出来事だ。思わず振り返る。
周囲は見上げる程の断崖絶壁、イオ達は谷底に居て、道はその谷を塞ぐように存在する町に続いている。
『エージェント・イオ、貴方の帰還を歓迎します』
早速現れる身長150のボインちゃん。
「(ゴブレット、俺は今何をしてる?)」
『貴方は現在、この峡谷の街、ベイリーシティの安全確保に向かう所です。
シティ入り口にある警察署を拠点化しているウィードラン歩兵部隊を制圧してください』
マジ? それって一人でやるような作戦なの?
でもまぁ、そういうゲームもあるわな。今更か。
「イオ軍曹」
クルーク少尉が近付いて来た。この人形のような美しさも今となっては見慣れた物だ。
「……本当に行くんだな? 迂回する事も出来るんだぞ」
『迂回すればウィードランの有力な部隊と遭遇する可能性が高く、イオはベイリーシティの突破を主張しました』
プレイヤーとして接続していない時、イオはオートで動く。
大体予想出来ていたがこのゲームはプレイしていない時でもリアルタイムで戦況が変化するようだ。
イオが状況把握に努めているとクルークがイオの腹を殴った。
ぼす、と大して痛くも無い程度の打撃だったが。
「貴官には負担を掛けている。すまない」
「しおらしいな、少尉殿。似合わないぞ」
「口答えするな、馬鹿。……もう良い、作戦に取り掛かれ。
……生きて戻れ、約束を破ったら許さないぞ」
約束?
疑問符を浮かべるイオを尻目にクルークは去って行った。
「(ゴブレット、オートで動いている時、アバターは何を?)」
『エージェント・イオには貴方のデータを転写し、その上で常に少年兵達の規範となるよう行動させています。
勇敢であり、献身的。部隊を守る為に傷も厭わず、そして誇り高い』
「(なんだそりゃ、アニメのヒーローか何かか?)」
『正にそうであった方が我々にとって都合が良いのでは?』
プレイしていない時の、オートモードでのアクションが非常に気になる。何をやったのかデータログは無いのか?
だってあの少尉殿が急にしおらしくなってるんだぜ。幾らゲームAIだからって恐いだろ。
「(……少尉殿の言う約束ってのは?)」
『イオは少し前、クルーク・マッギャバンにヘアケアの手伝いを要求されていました』
「(ヘアケア?)」
『髪を梳け、と』
マジかよ、あの少尉殿がそんな可愛らしい事言うなんてな。
ギャップ萌えか。
「で、何故アンタが付いてきてる?」
「密着取材よ。邪魔にはならないわ」
褐色赤毛のナイスバディ、フレッチャーTVの誇る突撃リポーター。
ナタリー・ヴィッカーが後ろに引っ付いてくる。手にはショットガン。
「民間人が戦闘に参加して良いのか」
「隠れてるから大丈夫。こっそりアナタを撮るだけよ。
それにもしコイツをぶっ放す時が来るとすれば正当防衛だから」
「バトルフィールドに自分の意思で入り込んでおいて正当防衛?」
「法的な話をすると……ウィードランをぶっ殺したとしても、それを罰する法は無いわ。
軍の作戦を妨害しない限りはね」
本当にリポーターなのかこの女。とんでもなくぶっ飛んだNPCだ。
「貴方達のデータ、本社に送信してるの。フレッチャーTVは政府の通信衛星の使用権を一部高値で買っているから、こういう時でも迅速に情報のやり取りが出来る。
で、特番を組んで貴方達のデータを放映してる。反響は凄いわ。
誰もが貴方達の行動に興味を持ってる」
「俺達は見世物小屋の猿って訳か」
「違う! ……御免なさい。確かにそう言われても仕方ないかも。
でも大多数の人は貴方達が無事でありますようにって、そんなコメントをくれてる」
「……クルーク少尉達に必要なのは慰めの言葉じゃない。友軍の救援だ」
「人々は貴方達を見捨てたりしない。世論が動けば政治屋が動いて、政治屋が動けば軍も動く。アタシ達のカメラで救援部隊を動かす事が出来るかも」
イオは大きく溜息を一つ。このNPCが好きになりそうだった。
「分かったよ……。もうカメラは回ってるのか? 精々見栄え良く撮ってくれ」
「バッチリよ」
ナタリーはそう言いながらバイザーと一体になったカメラをトントンとつついた。
「ウィードランをぶっ殺しに行く前に、何か言っておく事はある?
もしかしたらアタシ達二人の最後の言葉になるかも」
縁起でもない事を言うナタリー。イオはそりゃ面白い、と笑った。
ナタリーの小型カメラに向かってサムズアップ。
「どうもテレビの前の皆さん、フレッチャーTV取材班、臨時リポーターのイオです」
「あら…………、軍曹、そんな冗談も言えるのね」
「初めに皆さんに言っておく事がある。これはやらせじゃない。俺に限って言えば、態々好き好んでエイリアンどもを殺してるが、3552の少年兵達はそうじゃないって事だ」
「……良いわ、続けて。データをリアルタイムでウェブリンクにアップロードする」
「生放送?」
「そうよ」
このアクションがゲームの進行にどう関わるのか。
イオは肩を竦めながら続ける。
「3552小隊は装備も、支援も不十分なまま東へ向かってる途中だ。道中、敵部隊から逃げ隠れする必要があるから脱出は思うように進まない。想定以上に時間が掛かってる。
救援に来てくれたのはカーライル、ヘックス、ノイマンらたった三名の兵士達だけだ。
彼等だって家族や恋人がいる。帰るべき場所がある。なのに危険を厭わず俺達に付き合ってくれている。
……そうか、経緯はもう皆知っているんだったな?」
「そうよ、軍曹。でも構わないわ。貴方の言葉で伝えて」
「……クルーク少尉は覚悟を決めてる。十九名の少年兵達をなんとしても生かして帰そうって。
皆、良い子達だ。見ていて眩しくなる。彼等が……こんな荒野で、トカゲの化け物どもに殺されるなんて、そんな酷い話があるか?」
ナタリーが手元の端末を操作した。
「本社が緊急放送で取り上げてくれてるみたい」
「もう? 話し始めてから二分も経ってないぞ」
「閲覧数がすごい勢いで伸びてる。……兎に角続けて」
「……俺は……クルーク少尉に協力してる。これはカーライル伍長達とも話した事だが、それが年長者の義務だと思ったからだ。彼等を守る事が。
拙い戦況なのは分かってる。3552の救援に戦力を割く余裕が無いのも。
それでも敢えて言うが……助けが欲しい。
俺達は最後まで諦めない。人間の善意を信じている。子供達を見捨てるような馬鹿げた事はあり得ないと信じている。助けは来ると信じている。
だからそれまでは持ち堪えて見せる。
俺達は――義務を果たす」
イオはパッと雰囲気を変えて胡散臭く見せた。
「どうだ。名演だろ?」
「えぇ、とっても。アップロードを終了したわ。
……中々話し方が上手いのね」
「ハイスクールでスピーチについて学んだことがあってね」
「納得。……あぁ早速凄い反響」
ナタリーは再び端末を弄り始めた。
「『彼は誰だ? どこの兵士?』ですって」
「なんだそりゃ」
「私のプライベートなコミュニティアカウントの方にもアップロードしてるの。通知が鳴り止まないわね。
…………良い感じ、少年兵を見捨ててはならないって言ってる人が何人もいる」
「……仕事に戻ろう。ここから先は生放送は止めといた方が良い」
「えぇ、ショッキングな映像になるでしょうから」
イオは歩き出した。ナタリーがショットガン片手に付いてくる。
自覚があった。感情移入し過ぎていると。
「(はー、ゲーム相手に入れ込み過ぎだろ。確かに俺は感情移入して楽しむタイプだけど)」
ゲームを相手に、マジになってる。この世界を創り出したクリエイターには感謝の念が尽きない。
NPCを相手に人にそうするように接し、ただのゲーム進行イベントに力を尽くしてる。
イオはこの物騒なSFシューティングに本当の意味で没入し始めていた。
「(…………本当にゲームだよな?)」
まさかな。
イオは余りに馬鹿げた自分自身の思考に鼻で笑った。
――
警察署の制圧は極めて簡単だった。
『ナノマシンの最適化が進みました。スネーク・アイを実装します』
なんとブルー・ゴブレットは熱源や動体を壁越しに感知し、イオの網膜に投影する事が出来たのである。
イオのアバターに掛かる負担が大きく乱用出来ず、以前の通信基地のように稼働状態にある電子機器が多数ある所では機能が低下する。……と言う設定らしいから頼り切る訳には行かない。
まぁそんな簡単に強いスキルが乱発できたらゲームバランスが損なわれる。
スキルと言う奴はリチャージタイムがある物なのだ。
それにデメリットがあったとしても大きな……大きすぎるアドバンテージなのは間違いない。
敵の位置や動きが丸裸なのだから。
イオはスキル、スネーク・アイを用いてあっという間にベイリーシティ警察署を“清潔に”した。
ナタリーは唖然としている。
「……少尉から……優れた兵士、とは聞いていたけど……。
信じられないわ。こんな簡単に倒しちゃうなんて」
「アンタの目の前にあるのが真実だ」
イオはたった今仕留めたウィードランの死体を爪先でつつく。
トカゲ人間の表情は読み難い。目を見開いているのは分かるが、コレがこいつらの“恐怖に歪んだ顔”なのだろうか。
まぁ、そんな判断はこのエネミーを設定したクリエイターに任せるか。
「昔の強化兵って皆貴方みたいな感じなの?」
「どう言う意味だ?」
「その……たった一人で二十四匹の敵部隊を片付けちゃうのかって事」
正確には24匹+三体の自立歩行戦車。
多数の敵兵と歩行戦車サイプスは確かに強敵だが、それは真正面から戦った場合だ。
このゲームは戦い方自体はあまり強制されない。
派手にやるのも、ステルスでやるのもイオの自由だ。今回イオはステルスに徹し、そしてそれが有効だっただけなんだろう。
「昔の事は覚えてない」
「そう……だったわね、御免なさい」
「だが、これくらいはしないとな。3552を生かして帰すには」
装備やシチュエーションが違うから一概には言えないし、もしかしたら比較するのも馬鹿げた話かも知れないが……。
世界には1:400なんて馬鹿げたキルレシオを出すスペシャルフォースもあるって聞いた。
俺がやってるのはゲームで、しかもその中で世界を救おうってんだぞ。そりゃこれくらいはやるだろ。
「……怖くないの?」
「無い」
タフでクレバーな兵士のロールプレイ。
もっと言えば、コレは本心でもある。ホラーゲームなら怖がりもするが、シューティングゲームで怖がるのは無理だ。
ハッキリと断言するイオにナタリーは言葉を失った。
――
ナタリーは有言実行のキャラクターだった。イオがゲームに没入し、戦いに赴く時、殆どの場合彼女が付いて来た。
彼女はイオの戦いの詳細を記録していた。戦果によってゲーム内イベントが分岐するのかも知れない。
カッサンドラ峡谷、ベイリーシティを突破。射殺数24。撃破兵器3。
ベイリー東部、ミーモッシュ・ウェイ遭遇戦。射殺数4。撃破兵器1。
アデナント市街、バリケード突破戦。射殺数5。射殺補助6。
アデナント撤退戦。射殺数39。撃破兵器12。(これは映像で確認された物のみの数字である)
ミスト・ハイウェイ、友軍支援。射殺数11。射殺補助不明。撃破兵器4。
ナタリーから渡された動画データと彼女のメモを見ながら、イオはふぅんと生返事。
「私は、もしかしたらとんでもないデータを人々の目に触れさせたのかも知れない」
彼女は畏怖しているようだった。イオが腕に装着する型遅れの端末、リトル・レディに、ナタリーの収集した情報が送られてくる。
「これは?」
「3552の置かれた状況や貴方の戦いを目にした人たちのコメントよ」
――
『やらせじゃないのか? プロパガンダだろ』
『データに加工された形跡は無い』
『とてもじゃないが信じられない。コイツは本当に人間なの?』
『ジョンソン・マクシーマ議長は正しかった』
『↑ コイツは何を言ってるんだ?』
『十年前、当時の評議会議長を務めたジョンソンは積極的に強化兵選抜プランを推し進めた人だ。
このイオって兵士が強化兵だから、あの馬鹿げた非人道的な計画が正しかったと言いたいんだろ』
『事実正しいだろ。こんな兵士を沢山揃えられれば、戦争に勝てる』
『Hey YoHooooo! その調子でぶっ殺してくれ! サージェント・イオが俺達の希望の星だ!』
『少年兵部隊は? 逃げるだけならこんなに戦う必要は無いのでは?』
『必死に逃げ隠れしてるみたい。どうしようもない時は、イオ軍曹が出てきて、“コレ”』
『方面軍は何をやってるんだ。幾ら軍曹が強くたってこのままじゃ子供達は死んでしまうぞ』
『彼等は殺しを楽しんでる。アタシには分かる』
『彼や少年兵達の前で同じ事が言えるか? そんな風に質問できるか? サイコパスめ』
『私の息子はシタルス・シティに居ますが、昨日連合軍の少年兵部隊に志願していきました。
もし私の目の前で、貴女がそんな風に勇敢で居られるのなら、私は貴女をフライパンで叩くと思います』
――
コメントは基本的に3552小隊やイオに対し好意的だ。
当然と言えば当然である。取り残された子供達。どこに非難される要素がある。
「どうやら俺達はそこそこ人気者らしい」
「……もっと読み進めたら考えも変わるわよ」
イオはリトル・レディの画面を指で弾く。
――
『また殺した。どんどん殺してる。このペースはヤバ過ぎる。
二十年前のベレルス中尉の記録を抜くぞ。軍は彼に与える勲章で頭を悩ますに違いない』
『↑ とっくの昔に抜いてる』
『ベレルス中尉のオフィシャルレコードは161だ。イオ軍曹はまだそこまで行ってない』
『↑ 後三日以内に抜きそうだな』
『なんだ、てんで弱いじゃないか鱗付きどもは。カラフ方面軍はこんな連中に負けたのか?』
『アタシの個人的意見としては、直ぐに増援を投入して徹底抗戦すべきだと思うね』
『即応できる部隊はとっくの昔に投入されてる。それでも無理なんだ』
『↑ あの大陸はお前みたいなのばっかりだから負けたんだろうな』
『彼の銅像を建てよう』
『マッギャバン少尉のもね』
『本当に建ちそうだから怖い』
『不謹慎だと思わないの? 彼等は今もウィードランに取り囲まれてるのよ?』
『良い悪いは別として、これで強化兵の有用性が証明されてしまった。これ以上ない程に。
父は兵士だった。強化兵計画に選抜されて、手術で死んだ。イオ軍曹には悪いが、迷惑だよ』
『↑ 自覚はあるようだけど、イオ軍曹を非難するのは本当に的外れだ』
――
「3552の事がクローズアップされていない。俺達が欲しいのは救援部隊だ」
ヒーロー扱いされて悪い気はしないがな、と付け加える。
ナタリーは難しい顔で俯いている。
イオは更に読み進めた。
――
『僕は連合軍に志願する。イオ軍曹のように、義務を果たす』
『↑ 今までは何やってた? 徴兵逃れか? 今更真人間に戻ろうって?』
『違う、右足が義足だから免除されてた。でも軍に入ってもっと高性能な足を付けて貰って、僕も戦う』
『徴兵逃れだなんて馬鹿な事言う奴は気にするな。応援してる! 頑張れよ!』
『どうやったらこんなに殺せる? 何かコツがあるの?』
『知りたきゃ最寄りの陸軍基地へどうぞ。マッシヴな教官達が喜んで君を躾けてくれると思うよ』
『実は俺、ホモなんだ。興味あるし、行ってみるよ』
『……コイツに陸軍を勧めた奴はちょっとでも罪悪感って物を覚えないのか?』
『Fooooo! 凄いぞ! やってくれイオ軍曹! 息子の仇を取ってくれ!』
『↑ 人任せにするクズ』
『↑ そういうお前はよっぽど大層な人間なのか』
『銃を構える彼の姿、最高にクールだね。まるでアクションムービー』
『きっと次の志願兵募集ポスターは彼の横顔が使われる』
『クルーク少尉はどう? 素敵じゃない』
『イオ軍曹に聖群青翼名誉戦士勲章を! 彼こそ真の兵士だ!』
『方面軍功労勲章と、献身の盾勲章も忘れないで』
『全然足りないよ。僕の父に聞いた所によると、彼の申請可能な勲章はまだ8個か9個はある』
『クソ軍国主義者どもめ。あの軍曹にお似合いなのは精々“ぶっ殺しましたで章”くらいだ』
『↑ ほざいてろ、状況の見えてない売国奴め』
『定期的にこういう奴が現れるが、軍が無けりゃ俺達はウィードランに殺されるだけだよな』
――
コメントは読み切れない程ある。しかし段々とその傾向が変化していく。
やれ、殺せ、軍に志願しろ。
過激な発言が目立ち、人々を戦いに駆り立てていく。それが義務だと言うように。
「アタシは募兵の為のプロモーションを撮ってるつもりは無い」ナタリーはそう言った。
「フレッチャーTV本社は3552の置かれてる悲劇的状況を美化して、イオ軍曹の事を過剰に称賛してる」
「あー……そうなのか?」
「不気味なぐらいに。
貴方は化け物みたいに強いし、クルーク少尉はお人形さんみたいに可愛いわ。軍はこのカラフ大陸での敗戦から国民の目を逸らそうとしてる。貴方達みたいな英雄を祀り上げて。
フレッチャーTVはその流れに乗っかったのよ」
「確かに少し気味悪いな」
イオは更にコメントを読み進めた。
人に褒められるのは嬉しい物だ。ゲームの中での出来事だ、と言う事実に目を瞑れば、だが。
どうやらイオのスコアは敬意や称賛を通り越して畏怖を抱かせる程の物のようだ。
ま、確かに現実でこんなキルスコアを出す奴が居たら化け物だろう。ナタリーの言う通りだ。
「だが俺やクルーク少尉が祀り上げられたとしたら救援の可能性は上がるんじゃないか?」
「どうかしらね、生きてる英雄は扱いにくいと思われるかもよ?」
「冗談だろ?」
ナタリーは苛々している。
「……貴方は可笑しいと思わない?」
「何が」
「ウィードランなんてクソ食らえだけど……、それでも私は戦わずに居られるならその方がマシって思ってる。
えぇっと、誤解しないで。非難してる訳じゃ無い。戦争なんだから当然よ。貴方は子供達の為に死の危険も厭わず戦ってる。
でもこんな……誰も彼も無責任に……。――御免なさい、上手く言えないの。
けど、殺すのが上手くて褒められるなんて何だか変だわ。救援や支援とか、もっと気にすべき事はある筈なのに。
戦いの映像なんて撮るべきでは無かったのかも」
だん、と地面を踏み付ける音がした。
二人が視線を向けるとそこにはクルーク少尉が居る。トラックの中で仮眠を取っていたが、今になって起きて来たようだ。
少尉は足音高くイオの隣まで歩いてくると、ツンと顎を上げてナタリーを睨み付けた。
目が胡乱だ。起き抜けの為か意識がはっきりしていないように見える。
「何が変だと言うのかな、ミス・ナタリー」
「少尉」
「失礼だが貴女は状況を理解しているのか?」
イオとナタリーは顔を見合わせた。クルークは声音こそ静かだが激怒している。
「イオ軍曹の戦果に文句があるようだが、貴女は反戦主義者か? “マインド・ディフェンス”とか名乗るクソッタレカルトどもの同類なのか?」
「ちょっとちょっと、勘違いしないで。アタシはあんなテロリスト染みた奴等とは違うわ」
「ならばもう少し考えて発言して貰いたい物だ!
今の我々にそんなセンチメンタルな問題を気にしている余裕は無いが、議論が望みなら言っておく!」
クルークの怒声に休憩を取っていた少年兵達が顔を上げた。
奇妙な空気が場に満ちる。
「彼は私の命令で殺している。隊を守る為だ。彼が理性の無い野獣か何かに見えるか?」
「……少尉、話がズレて無い? 誰もそんな事は言ってない」
「殺しが上手くて褒められてはいけないか? 私は幾らだって称賛するぞ。
軍曹は常に我々の為に戦ってくれた。ウィードランどもが何だと言うんだ。百万匹死んだって毛ほども気になる物か。
私は博愛主義者ではない」
誰にも、彼を非難などさせない。
「文句があるならまず命令発行者である私に言え。彼を侮辱するな」
今にも噛み付きそうなクルーク。ナタリーはお手上げとばかりにイオに首を振って見せる。
「少尉殿、彼女は俺を非難した訳じゃ無い。話し合いの途中、丁度聞こえの悪い部分だけ少尉殿の耳に入ったんだ」
「……む、……そう、か……?」
「そうよ、少尉。アタシは間近で軍曹の戦いを見て来たのよ? 馬鹿に出来る筈がないわ」
「それは…………大変失礼した。……謝罪する。寝起きで頭が動いていないようだ、つい早合点を……」
気にしてないわ。ナタリーは笑った。
「……顔を洗ってくる」
そのままふらふらとクルークは歩いて行く。
「クルーク少尉、随分貴方に懐いたわね」
「こんな状況だ。藁にも縋りたくなるだろう」
「藁、か」
「……何処かの誰かの無責任なコメントより、俺達は気にすべき事がある」
イオは首を鳴らした。
――
なんだかんだで3552小隊は東進を続けている。決して順調とは言えないが、着実に味方の勢力圏へと近付いている。
ナタリーの収集する情報は3552にとって貴重だった。
東部湾港街オクサヌーンでは民間人の脱出が進んでいる。戦いによって住んでいた場所を追われた住民達はオクサヌーンから船でピストン輸送され、アウダー大陸へと送り出されている。
カラフ方面軍はじわり、じわり、と防衛線を後退させながらウィードランに抵抗していた。
逃げ遅れた民間人の救出を行いながら各部隊の撤退も同時に進め、最終的にオクサヌーン近郊を要塞化して脱出完了まで徹底抗戦する予定らしい。
「本来なら市民達は強制疎開させておくべきだった。それももっと早くに」
濡れた髪をボロ布で乱暴に拭いながらクルーク少尉は言った。
今3552はとある街の緊急シェルターに入り、休息をとっている。
住民達が避難し、駐留部隊も撤退した後の街はゴーストタウンだ。3552は最早躊躇う事も無く火事場泥棒を働き、食い物や生活必需品を掻き集めた。
シェルターの中には風呂もトイレも娯楽施設もあった。
3552の少年兵達は、久しぶりに人間らしい生活を送れる事を神に感謝した。
そして小隊で最後にシャワーを浴びたクルークは、椅子でぼーっとしているイオの横に座って愚痴を言い始めたのである。
「軍曹、頼む」
クルークが櫛を投げ渡してくる。彼女はかなりの癖毛で、自身では全ての部分をカバーし切れない。
湿り気を帯びて好き放題に跳ねているクルークの金髪を捕まえ、イオはそれを梳った。
「……おや、技術の向上が……見られるな。良いぞ……軍曹……」
気分良さそうに目を細めるクルーク。
身嗜みに気を遣う余裕がある。素晴らしい事だ。
この街に着くまで汗を掻こうが泥に塗れようがそんな事気にしている余裕は無かった。
「……このシェルターでの休息が最後になる。ここを出たらもう一息だ。
そしてそれは本軍とクソトカゲどもの激戦区に突入する事を意味する」
分かっているな?
クルークの癖毛が櫛に絡まった。いたっ、と声が上がる。
「軍曹、もう少し丁寧にやれ」
注文の多い客だ。イオは作業を続けた。
「……ん?」
実は少し前から近くの本棚の影に少年兵の一人が隠れていた。
太い眉の彼はパクストン二等兵。こっそりと覗き見されている事に漸く気付いたクルークは怒声を上げながら立ち上がる。
「あ」
「パックス! 何をこそこそしている!」
「お邪魔しました少尉!」
ぴゅーっと大して広くも無いシェルターの中を駆けて行くパクストン。
「待て! 私は別に何もやましい事などしていないぞ!」
クルークがその後ろを追い掛け始めた。イオは思わず笑った。
その時、シェルターの地上部シールドに繋がる階段が騒がしくなる。
「少尉! 軍曹! いらっしゃいますか!」
街の偵察に出ていたカーライル伍長ら三名だ。何やら慌てていた。
「(イベント開始か)」
イオは椅子を立ちカーライルを迎える。
彼は痩せ細った少女を抱えていた。
カーライルの指示でヘックスが手近にあったソファの上を片付け、ノイマンが毛布を持ってくる。
カーライルはソファの上に少女を寝かせる。
「この街のセンターストリートで市民を発見しました。病気に罹ってる。意識も混濁してます。
イオ軍曹ならそういった知識をお持ちでは?」
ノイマンは毛布と同時にシェルター内に残された数少ない医薬品も集めていた。
それらをテーブルに置いて、イオの顔を見ている。
「見てみる」
一昨日、カーライルが肩を撃たれて負傷した。応急処置に当たったのはイオである。
イオにその手の知識は無かったがイオのアバターはそうではなかった。ブルー・ゴブレットの的確な支援もあり、イオはカーライルを殆ど完璧に治療した。
このゲーム内特有の“緊急回復薬”なる成分不明の怪しげな薬も効果的に作用し、カーライルはその後何事も無かったかのようにピンピンしていた。
「軽傷処置なら講習を受けましたが、病気となると無理だ。軍曹、お願いします」
イオは少女を覗き込みながらブルー・ゴブレットを呼び出した。
「(ゴブレット、サポートを)」
『エージェント・イオに警告します』
「なに?」
「……? どうしました、軍曹」
ブルー・ゴブレットは支援ではなく警告と言った。
思わず漏らした呟きにカーライルが反応する。
「(どういう事だ?)」
『この少女は危険度の高いウィルスに感染しています。
カラフ・ウィルスと呼称されている物のようです』
イオは激しく発熱し、悶えている少女の瞼を無理矢理開かせた。
真赤に充血している。異常なほどに。
「カラフ・ウィルスだ」
「……何ぃ……?!」
「伍長、この子とどんな風に接触した? 噛まれたりはしてないか?」
このウィルスはゾンビ映画宜しく噛まれたり体液を取り込んだりで感染する。
シンクレア・アサルトチームによれば発症後の治療法は確立されていない。
「いえ……センターストリートをフラフラしていて、こちらが呼び掛けると意識を失いました。
俺達は偵察を中止して……」
険しい顔でカーライルが説明していた時、少女が目を見開いた。
「カァァッ!」
少女は起き上がり、まず一番初めに目に入ったイオに飛び付いた。
イオは咄嗟に少女の頭を押える。
「軍曹!」
『他の人類種を近付けないでください』
「近付くな伍長!」
『それがベターです。感染リスクを低減させましょう』
騒ぎを聞きつけて少年兵達がぞろぞろと現れる。
ヘックスとノイマンが彼等を下がらせた。余りにも危険だった。
「市民を保護したと聞いたけど」
インタビューでもしようと思ったのか、ナタリーとその相棒ドレースがカメラを片手に現れる。
更にその後ろにはクルークも居て、彼女はイオが襲われているのを見ると血相を変えた。
「イオ!」
「感染者だ、近付くな」
「か、感染?!」
「カラフ・ウィルスだ」
しかしとんでもない力だな。
見た目にそぐわない怪力を発揮する少女にイオは眉を顰める。
「ドレース、カメラ回して!」
「もうやってる!」
撮ってる場合かよ。
イオは少女をどう扱った物か考えあぐね、取り敢えずと言った感じで足を払った。
転倒した少女の手足を先程ノイマンが持って来たタオルで縛る。
最後にもう一つ、タオルを猿轡のように噛ませてお終い。イオは少女を転がした。
少女は吊り上げられた魚のように激しく身を捩り、暴れている。
「拙いな、我々には防疫処置など取りようがない」
「……シンクレア・アサルトチームの話では噛まれたり粘膜接触を行わない限り感染の可能性は低いそうだ」
「万が一と言う事もある。……この少女、どうするべきなのだ」
連合軍士官であるクルークにとってこの少女は保護対象だ。手荒な方法は取り難い。
発症後の治療は現状不可能と言っても、だからと言ってどうしろと言うんだ?
「(ゴブレット、治療法は)」
『不明です』
頼みの綱のナビゲーションAI。しかしイオの望みはあっさりと絶たれた。
『エージェント・イオ、シェルター外に反応多数』
「(このシチュエーション……他の感染者か?)」
あーあー、マジでゾンビアポカリプス物か?
イオは壁に立てかけてあったレイヴンを手に取る。
「伍長、見つけたのはこの子だけか?」
「はい」
「他に誰も見掛けてないのか?」
その質問には、カーライルではなくノイマンが答えた。
「……偵察中、何かが周囲を走り回っているような気配を感じていました、軍曹」
「どうやらお客さんだ。装甲車の車載カメラを」
通信基地で調達した装甲車の車載カメラに細工し、カーライルの端末で映像を確認出来るようにしてある。
カーライルは腕の端末を確認し、クソッタレ、と呟いた。
「冗談だろ」
シェルターの出入り口周辺を、無数の人影が彷徨っていた。