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救援任務



 イオがコールに応じるよりも前に、頭上にコンドルが滞空を始める。

 外部スピーカーからは聞き覚えのある声。


 『お待たせしましたイオ軍曹! 貴方のフラメンコ03です!

  司令部直下部隊のリクエストでお迎えに上がりました。当機はいつでも全力戦闘可能ですよ!』


 イオとハーティーは顔を見合わせてジャンプユニットを最大出力。

 垂直に飛び上がってコンドルのドアサイドグリップに取り付く。


 フラメンコ03は笑った。


 「再会出来て光栄です。でも軍曹、ジャンプユニットでの搭乗は禁止されてます!

  ローターに突っ込んでミンチになった奴が居るんですから」

 「以前は何も言わなかっただろ、03」

 「ハハハ、まぁ自分も軍曹が“そう”なるとは思ってません。

  行きますよ! 掴まってください!」


 前傾姿勢になるコンドル。振り回される身体。グリップを強く握りながら踏ん張る。

 流れて行く景色は瓦礫と炎と煙に塗れていた。ウィードラン前衛を挫いてからかなり経つが、態勢を立て直した敵は強攻を再開。既にかなりの数がオクサヌーンに浸透している。


 「(ブーマーはどうなったか。奴は重傷をおしての出撃だった筈だが)」


 各部隊はそれこそ必死の防衛戦を繰り広げていた。攻撃、防御の度に魚群の如く集合、分散し、常に無駄なく適切な戦力で敵と相対し続けている。

 モグラだ何だと言われるユアリスの指令部だが、オクサヌーンの防御能力をここまで高めた点に関しては文句がつけられない。

 何せ、戦闘開始時防衛に参加していた部隊も、脱出の為に順次撤退に入っているのだから。


 戦力投射の天才だな。縄張りの内側、しかもお膝元となれば猶更か。


 イオは破壊されていく街を睨みつけながら通信に応じた。相手は当然、ユアリス・バーレイ。


 『遅いぞ!』

 「タイミングが悪くてな」


 悪びれもしないイオ相手に、ユアリスは時間の無駄遣いをしなかった。


 『軍曹、コンドルに乗ったようだな。そのまま指定するポイントへ向かえ。

  オクサヌーン外周部、第一浄水管理施設だ』


 ゴブレットがイオの視界にマップを表示する。

 大まかな敵分布が赤色の濃艶で表示されている。


 『第一浄水管理施設及び周辺拠点は敵に制圧されています』


 ピックアップされたポイントは赤く色付いていたが薄らとした物だ。ウィードランも認める大して価値のない施設らしい。しかし、敵中にあるのは変わらない。

 イオは少しも顔色を変えなかった。体力が惜しい。眉を顰めて意思を表す事すら億劫だ。


 「制圧されたインフラ設備に何が?」

 『現在、防衛計画上極めて重要な作戦が進行中だ。しかし遂行中の部隊が管理施設で通信を絶った。貴官には現場に急行し、必要ならば作戦を引き継いでもらう』


 声は硬い。まぁ、ユアリスはいつも顰め面で硬い声音だが。

 希望的観測に縋れる状況ではない。この男もその任務部隊が生きているとは思っていまい。


 「重要な作戦でもなんでも良いが、もう少し具体的に話してもらえないか」

 『これは私の幕僚内ですら一部の者しか知らない極秘作戦だ。詳細は明かせない。

  貴官らの他に二名の特殊部隊員が現場に到着している。彼らを護衛しろ』

 「……まぁ良い、作戦部隊のロストポイントを送れ。

  何か危険要素があれば出し惜しみせず先に教えろよ」


 間を置かずイオの要求したデータが送られてくる。浄水管理施設のマップデータと、作戦部隊が消息を絶つ前の最終チェックポイント。

 ついでにイオ達より先行している二名のデータも。だがバストアップ写真はフェイスマスクとヘルメットで人相が知れた物ではないし、名前の欄にも「開示不可」とだけ表記されている。

 作戦IDだけは分かった。ゲレロ1とゲレロ2。


 「これだけか? 自己紹介の手間が省けそうな事だけが幸いだな」


 イオの皮肉も許されるべき状況だろう。


 『ロストした部隊の追跡信号を教える。目標ポイントは現在、我が軍の使用した特殊兵器の影響で各種通信が困難な状態だが、一定距離まで近づけばその信号を追えるだろう』

 「検出距離は?」

 『少し待て。……あぁ、……あぁ、そうだ。……了解した。

  エンジニアの話によれば、直径およそ80メートルから100メートル』

 「余り広くないな」


 どうやらVIP達は不測の事態に備えて特殊な信号を発信しているらしい。用心深い事だ。

 しかしそれを上手くキャッチ出来るかと言われるとそうでもないようだ。


 だが、まぁ、良いか。

 視線の先にはゴブレットが居る。彼女は深く、静かに微笑んでいる。心なしか自信満々に見えた。

 特殊な信号を放つ目標。死んでいようが生きていようがこの青い女神様に掛かれば簡単な話だろう。


 『問題ありません。ブルー・ゴブレットはより広範囲、高精度で対象を追跡可能です。

  ……フラメンコ03の進行ルートを予測。戦闘領域を強攻突破する物と思われます』


 ゴブレットのマップに緩やかな曲線が刻まれる。デフォルメされたコンドルのアイコンがその曲線に沿って移動していた。

 随分と可愛らしいコンドルだが、そいつが飛ぼうとしているのは魔女の大鍋の真上だ。


 「……准将、移動ルートは? フラメンコ03は冗談みたいな場所を飛んでる。

  このままじゃ敵味方の乱戦の上空を通り抜ける事になりそうだが」

 『全く以て度し難いが、貴官の乗るコンドルにはその通りにしてもらう』

 「軍曹、フラメンコ03に任せといてくださいよ。

  仲間内じゃ“不死身の三番機”って呼ばれてるんです。

  ……8割ぐらい軍曹のお陰ですけどね」


 陽気に笑う03。危険性を認識していないのか、酷く能天気に見える。

 だがこの若いパイロットの技量とクソ度胸はイオも良く知っている。


 ゴブレットがマップを更に補足した。


 『情報統合。ウィードラン特殊部隊、確認された兵器、対空攻撃データを勘案すれば、比較的安全なルートと言えるでしょう』


 イオは二、三度と頷いた。


 「任務了解。しかし敵中への降下作戦だ。増援は?」

 『……貴官らが増援だ』

 「最悪の回答をどうも」

 『事態は急を要する。オクサヌーン防衛部隊の継戦能力は限界に近付きつつあり、この作戦が失敗すれば船を逃がすこともままならなくなるだろう』

 「……たかが一つの作戦行動にそれほどの効果が?

  それに、脱出の進捗は7割を超えたと」

 『脱出作業に従事していた優れた人員達が、残りの3割なのだ』 


 今までと同じようにはいかない。ユアリスの発言は無慈悲だった。


 「取り掛かる。ゲレロチームに合流し、アンタの作戦とやらを成功させよう」


 イオはユアリスの顰め面を睨んだ。



――



 強行突破は思いの外スムーズだった。コンドル内のウェポンケージに配備されていた火力支援用のマルチシチュエーションランチャーを、公民館や運動公園、記念館等が穴だらけになるまでぶち込む必要があったが。


 市街地に展開する友軍はイオが怪訝に思う程に友好的だった。彼らとの連携の賜物で、フラメンコ03は全くの無傷で戦線を突破しようとしている。


 『イオ軍曹、借りは返したぞ。と言いたい所だが、助けられたのは我々らしいな。

  ……ダイヤモンドフレームに敬礼。どうか、頼む。脱出艦隊を救ってくれ……』


 遠ざかる景色の中、大型のショッピングモール屋上に展開した兵士達が敬礼しているのが見える。

 イオは答礼し、パイロットを急かした。


 「慌てず急げ!」

 『目標ポイントまで距離6000! 付近に敵反応無し!』

 「油断するなよ、03!」


 イオが身を乗り出すドアの反対側、落下防止の為のアシストベルトを腰に巻き付けたハーティーが油断なくレイヴンを構える。

 強烈な風切り音がした。遠方の監視をしていた彼が一番に気付き、叫んだ。


 「クソ、おかしいぞ!」


 コンドルの進行方向。飛来した大型ミサイルがオクサヌーン主要道路の一角に突き刺さる。

 爆発。巻き上げられた飛礫、粉塵がイオの元まで押し寄せる。


 黒々と天に上る黒煙を睨みながらハーティーが端末を操作した。


 「対空防御はどうなってる?!」


 ミサイルはそれだけでは無かった。オクサヌーンの各地に、ウィードランの持つ最大火力が降り注ぎ始めた。

 ユアリスの声が全方向通信に乗って響く。


 『各隊、状況把握! 前線指揮官は予定を繰り上げて順次撤退!

  選任された上位統率者は最低限の戦線維持に努め、友軍撤退を援護しろ!

  最重要防御ポイントの者は……誠にすまないが、死守を命じる!』


 フラメンコ03もさすがに怯んだようだった。


 『嘘だろ』


 鉄の雨に打ちのめされていく友軍。降り注ぐミサイルの内一本が、高度120のあたりで破裂し、眩い光を放つ。

 それは遠目には指輪のような形をしていた。クリーム色の光の円環は周辺に強力な電磁波を放出し、周辺直径1㎞範囲内のコンドルを機能停止させる。


 『今までに確認されていない兵器です。

  理論、発動体等は不明ですが、爆発周辺の航空機類が機能を停止しています』

 「……詰まり、最悪って事だな」


 糸が切れたように次々と落下していくコンドル達。たったの一発で、友軍を支援していた十数機もの精鋭達が撃墜された。

 フラメンコ03は絶叫した。


 『そんな訳がない……。04! 04! こちら03! ……おい07!

  誰か脱出した奴は?! 03はまだ飛んでる! 救援に向かう!

  誰か居ないのか?! ……誰でもいいから返事をしろ!』


 様々な通信が錯綜している。大抵は悲鳴と怒号。03に応える声は一つもない。


 『ファァァーックッ!』


 03が罵声と共に火器管制モニタを殴った。

 イオは遠く、空の向こうを睨む。


 「(ゴブレット、敵攻撃の第二波は?)」

 『確認できません。また、攻撃の大部分はオクサヌーン外周であり、中枢部への直撃弾はありません。

  敵は戦闘後、オクサヌーンのインフラを再利用する物と思われます』

 「(後で使うから、余り壊したくないと?)」


 舐めやがって。


 ユアリスの高強度通信が再度、響いた。


 『航空部隊は全機後退! 無人機以外の使用を禁ずる!

  だがフラメンコチーム03、貴官は当初の作戦を続行しろ!」

 「ユアリスめ、無茶を言う」


 憎々しげに言ったのはハーティーだ。

 だが大打撃に打ちひしがれていた03は寧ろ奮起した様子だった。


 『……二人とも、飛ばします。注意してください』

 「良いのか? 友軍が後退する以上、突入後にお前が帰還できる可能性は低い」


 フラメンコ03は大きく弧を描くように飛び、増速する。

 粉々に砕けたオクサヌーン外周部。炎と煙を突っ切って低空飛行を続ける。


 『仲間は皆死にました。だから俺も、残ります。

  それに、俺が居なきゃ困るでしょう?』

 「……感謝する」



――



 浄水管理設備、と言っても水の気配は無かった。

 設備はその重要部の殆どが地下にあり、地表に露出しているのは給電設備と無数のタンク、後は外来受付の為の建屋ぐらいな物だ。


 フラメンコ03は有刺鉄線付きの金網に囲まれたパーキングエリアに着陸する。ウィードランの攻撃は先程から激しさを増し、今も頭上を敵味方の砲弾やミサイルが飛び交っている。


 『施設地下で通信障害が発生しています。状態は不明です。

  エージェント・イオ、スネーク・アイの有効範囲に注意してください』


 ユアリス肝いりの特殊部隊が消息を絶ったと言う以上、彼らを壊滅させた敵が居る筈だ。

 言われるまでもない事だ。イオとハーティーは作戦開始からこの方、集中を切らしていない。


 同時にコンドルから飛び出す。03に向けて手を振った。


 「行くぞ、ハーティー」

 「注意してくれ、軍曹。悪い予感がする。

  ……フラメンコ03、助かった。お前を尊敬する。タイミングを見計らって離脱しろ」

 『03了解!』


 管理施設には地下へ直接物を運び込む為の大型搬入口があり、その隣にはメンテナンス人員用のエレベーターが併設されていた。

 ハーティーがエレベーター前の操作インターフェースを操作する。


 「ロックされている。妙だな。ゲレロチームが出迎えの準備をしてくれている筈だが。

  兎に角、解除プログラムを走らせる」

 「地上に僅かだが戦闘の痕跡がある。ゲレロ達はやられたのかもな」

 「嫌な予想だ。……ロック解除」


 分厚い扉が左右に開き、イオ達はそこに滑り込んだ。

 安全性と言う言葉から程遠いエレベーターだ。腰の高さまでの柵しかなく、四方はケーブルやら、ギアやら、設備の構造体に囲まれている。


 四十メートル程下がれば広大な空間に出た。一見してダム設備のようにも見える。

 巨大な貯水スペースの為だ。二つの濾過装置が貯水池を跨ぐ橋の様に併設されており、水の流れの先は崖。更にその先の水道設備からオクサヌーンを巡るのだろう。

 滝となった流れは轟音と共に霧を発生させていた。


 綺麗に整列した壁面ライトが設備を照らしている。一面金属と言う訳ではなく、土が露出して苔むしている部分もある。


 地底湖、と言った感じの雰囲気だった。


 「イオ軍曹、アレを」


 エレベーターの降りる先、地下施設内部へと繋がる舗装された道がある。

 そこに幾つかのサイプスの残骸が転がっていた。爆発物が盛んに使われたようで、道は所々抉られている。


 「司令部との通信途絶。ゲレロチームとの通信を試みる」


 エレベーターが地面に辿り着くのももどかしく、二人は手摺を飛び越えた。

 イオは周辺を警戒しながらハーティーを先導。ハーティーはイオに守られながらゲレロチームに呼び掛ける。


 「ゲレロチーム、まだ生きてるか?

  こちらは……、そうだな、オクサヌーン選抜猟兵隊、イオ班のハーティーだ。

  たった今、第一浄水管理施設の地下に侵入した。

  繰り返す、こちら選抜猟兵部隊、イオ班」


 呼び掛ける内に施設の非常口に辿り着いた。

 鍵が破壊されている。散弾で吹き飛ばした後の様に見える。


 「ゲレロ、応答しろ。我々は今から設備に入る」

 『……イオ班?』

 「…………? お前はゲレロ……なのか?」


 思わずハーティーは問い返した。応答した声が非常に甲高い、子供特有のそれだったからだ。

 その横でイオは眉を顰める。その声には聞き覚えがあった。


 「まさかお前、パックスか?」

 『は、……はい、軍曹。パクストンです』


 クソ、冗談は止せよ。イオの悪態は水しぶきの音に掻き消された。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 敵が再利用するであろう浄水施設に、極めて重要な作戦が実行中で、しかもそこにウィルスの機密情報を知ってる要処分な部隊が作戦行動を実行中て どう考えても遅効性にしたウィルス散布か本命から目…
[一言] まさかの3話更新おつかれさまです。 一気に公開してもらえたおかげで、よりスピード感を感じ取ることができました。 44話、45話で息もつかせぬほどの戦いを描いた上で、46話でのゲレロの正体。 …
[一言] パックス。。。だと。。
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