攻撃的防御
敵トモスの防衛部隊を強行突破し、イオは鋼鉄の背中に取り付いて咆哮する。
「奪った……!」
『戦闘支援に使用している補助脳リソースの一部を割き、敵トモスを奪取します』
「選抜チーム各員、身を隠せ! 一暴れするぞ!」
トモスがイオを振り落とそうと出鱈目に身を捩る。
どでかいロデオマシンだった。イオは荒馬を乗りこなしながら視線を彷徨わせる。
『掌握完了。エージェント・イオ、ナノマシン制御フローを再構築します。
稼働効率最大値更新。貴方は更に強くなる。どこまでも、誰よりも』
トモスが足を屈め、身を丸めるような姿勢になった。
待機状態の原点姿勢だ。全ての状態がゴブレットによってリセットされ、その管理下で再起動を果たした。
『近接防御システム再起動』
「撃て!」
甲高いジョイントモーターの駆動音を響かせてトモスが足を大きく開く。
巨体の死角を補うように設置された大口径機関砲が起動する。
その流線形の節足の先端、巨大なキャタピラが起動し、180度の急速旋回。
無秩序に吐き出される鉛の雨が周辺に迫るウィードラン部隊を薙ぎ払う。
『イオ! 敵兵器を奪いながら戦うってのはガセじゃなかったらしいな!』
「お前に見せるのは初めてだったか、ハーティー!」
『サルマティアとで併せて2機、トモスを撃破した!
リトル・レディで攻撃目標を共有しろ! 俺達でカバーする!』
「……良いだろう、少し待ってろ!」
ディフェンダーを最大稼働。青い光の壁が前面部に展開し、イオと友軍を守った。
『敵戦力の集中投射を確認。エージェント・イオ、貴方は敵優先目標に指定されています。
敵特殊兵器、シャワーバグを確認。
敵特殊兵器、ファイアフライ・スウォームを確認。
ファイアフライに高エネルギー反応。特殊な増幅機構を確認。
シャワーバグ同様、自爆する物と思われます』
面白い。イオの口端が吊り上がる。犬歯が剥き出しになり、その獰猛さが露わになる。
歪む鼻梁。ばり、ばり、と鳴る歯軋りの音。
イオは次の目標に狙いを定めていた。
「突っ込め!」
ディフェンダーを展開したまま最寄りのトモスに突っ込む。
随伴歩兵としてトモスを守っていたトカゲを纏めて轢き殺し、衝力に任せて体当たりした。
轟音と共に拉げる装甲。前足を失って倒れ伏す敵トモス。
「サルマティア、俺の直掩に回れるか!」
『いつでも行けるが、何をすれば?!』
「クソ虫と蠅だ! もう一度プラズマ・ランサーでの近接防御が必要だ!」
イオの制御で足を振り上げ、叩き付けるトモス。
今しがた吹き飛ばしたトモスのカメラアイとセンサー類を叩き潰し、即座に離脱する。
雲霞の如くファイアフライが迫って来るのが見えた。数えるのも馬鹿らしい程の数が、イオただ一人を殺す為だけに投入されたのだ。
『敵射撃へ対応する為、姿勢制御を行います』
ぐるりとトモスは回頭し、かと思えばバック走行に入った。
ディフェンダーは前面部にしか展開出来ない。背を向けて逃げる方が危険と言う訳だ。
友軍の反応をリトル・レディで確かめながら急停止。
サルマティアリーダー、オリバーがジャンプユニットを起動して飛び乗って来る。
『……まるで映画だな!』
「ゲームかも知れないぞ?」
『奴らを叩けるなら何だって構うか!』
プラズマ・ランサーのエネルギーパックを乱暴に交換するオリバー。
周辺に選抜チームが展開し、敵に対し応戦を始める。
敵火力は当然ながら熾烈な物になっている。今また一人、二人と吹き飛ばされ、チームは数を減らしていく。
イオは端末を操作し、途中で止めた。情報共有も何も無い。
手当たり次第、展開したトモスは、全て、その足元に居る随伴歩兵も。
全滅させる。
「ハーティー、手当たり次第にやるぞ!
俺のトモスの背後に着け!」
『友軍戦車部隊が敵の左翼に突っ込んだ! チャンスだぞ!』
「サルマティアを何人かそっちに回してやれ! ファイアフライの特攻に対処し切れないだろう!
オニキス小隊はまだ暴れてるのか?!」
『……オニキスは全滅した! 勇敢に戦って、勇敢に死んだ!』
イオはばり、とまた歯軋りした。
オニキス小隊長は言っていたな。「俺達を無駄死にさせるな」と。
そうだな。無駄にはさせない。
「……俺達を信じた、仲間達の為に!」
『仲間達の為に!』
イオの発破に次々と応答がある。
正気を無くしたか、どいつもこいつも溌溂としている。
タフガイの集まりと言うのは嘘ではないらしい。イカれた連中だった。
「前進制圧! 俺を盾にしろ!
敵予備戦力が出てくる前にトモス防御型を全滅させる!」
了解の意を示す声が無数に上がる。
『言ったなイオ! 俺はマジで、トモス部隊を全滅させるまで撤退命令を出さないからな!』
「良いからさっさとファイアフライを黙らせろ!」
『サルマティア重装騎兵隊! ぶちかませ!
トカゲを殺すか、お前らが死ぬかだ!』
『勝利か、死か!』
イオの奪ったトモスが強引な前進を始める。
選抜猟兵達はジャンプユニットを水平噴射しながらそれに追従した。
――
前衛防御を行うトモス部隊。イオ達は大きな被害を出しながらもこれを全滅させた。
するとオクサヌーンの防衛兵器群が力を発揮し始める。
後先考えず超長距離から叩きこまれる砲撃は確実に敵を押し留めていた。
選抜猟兵達は何とか秩序を保ったまま撤退した。
味方の防御陣地に帰還した時、まともに立っていられた者は極僅かだった。
「……補給を寄越せ! 重傷者を後送しろ!」
ハーティーがヘルメットのフェイスガードを開放し、怒鳴る。
汗の塊がどぼどぼと零れ落ちる。同時に彼は崩れるように座り込み、戦闘中に破損したらしいレイヴンを放り投げた。
サルマティアリーダーのオリバーもその横に倒れ込む。
彼のアサルトアーマーはバックパックユニットを吹き飛ばされ、鉄の棺桶に成り果てていた。
部下達がアーマーの強制解除システムを起動し、オリバーを棺桶から引きずり出す。
「よ、予備のアーマーを運んで来い。
幸せ者だな、俺は。まだトカゲどもを殺せるぞ」
イオはトモスを伏せさせた。ここまで戻ってこられたのが不思議な有様になっている。
何発も有効打を食らった装甲は無事な箇所を探すのが難しい程だ。右の後ろ脚などは付け根から曲がっていて、姿勢制御も覚束ない。
『走破装置、ダメージ限界。内部ユニット、焼損。トモス、大破』
ブルー・ゴブレットが告げる。たゆたう彼女は微笑んでいる。
戦果に満足しているのか。
イオは拉げたヘルメットを解除して転がした。フェイスガードに大穴が開いている。
プラズマ・ランサーを潜り抜けて来た四機のファイアフライが密着距離で爆発したのだ。
破片はガードを貫通し、イオの頬に突き刺さっていた。
「か……くっ……」
小さな鉄の塊を無理矢理除去する。途端に溢れ出す血。
『回復処置を行います』
しかし数秒後には出血量が減り始める。この分なら穴が肉で埋まるまで数分と掛かるまい。
「……三分の一くらいか」
生きて戻ったのはその程度だった。誰も皆、自分が何故生きているのか分からないとでも言うように、どこか呆けていた。
重傷者搬送用キャリアが並び、手当たり次第にそれに押し込まれていく。
その中の一人がジッとイオを見ていた。顔面の半分以上が火傷と何かの破片で惨たらしい有様になっていたが、彼は呻き声すら発さず、イオから視線を外さなかった。
彼はキャリアが動き出す寸前、のろのろとした動作で辛うじて敬礼した。
口の端から血が零れていた。敬礼した手はがくがくと震えていた。
彼の目は、イオを信じていた。そして結局一言も発さぬまま、後送されていった。
イオはトモスから降りると、敬礼で重傷者達を見送った。
「……仲間達の為に」
『はい、イオ。人類種の為に』
高級将校が一人、テクノオフィサーを掻き分けて現れる。
「選抜チーム、良くやった! 敵前衛は混乱の、壊乱の、……兎に角奇跡的、圧倒的戦果だ!
防衛部隊を再編制する! 動ける者は志願しろ!」
言いたい事を言い終えたか、その佐官は防御陣地の陣頭指揮を取り始める。
激戦で乱れた前線の状況を立て直そうと言うのだ。がなり立てる彼の言葉は荒く、内容は酷く強引だ。
このイカれた状況には丁度良い前線指揮官だった。生き残った兵士達は疲れ果てた身体に鞭打ち、次の戦いに備え始める。
己のコネクションを駆使してあちらこちらと連絡を取り合っていたハーティーがイオに近付いてくる。
「イオ、傷は?」
「軽傷だ。戦闘に支障はない」
「そう思っているのは貴方だけだろうな。酷く重傷に見える」
「ハーティー、例えそうだったとしても……俺はまだ、引き下がるつもりはない」
ハーティーは分かっている、とばかりに頷いた。
「南北に分散し、複数の主要陣地がウィードラン空挺部隊の強襲を受けている。
奴等、なけなしの飛行輸送機を引っ張り出して来たようで、被害は甚大だ。我々の助けが要るだろう」
「対空兵器は何をしてた。昼寝か?」
「敵特殊部隊に浸透されたようだ。一部の対空屋どもは沈黙している」
「司令部は何と言ってる。ユアリスの奴は」
「命令の更新は無い。だが、新たな作戦プランとして友軍支援を提案できる」
その会話に高級将校が割り込んできた。
「危険なのはここも同じだ。ウィードランは直ぐにでも態勢を整え、強襲を掛けるだろう。
オクサヌーンに戦力を展開する糸口としては我々の居るこのポイントが最も都合が良い。
イオ軍曹初め、選抜猟兵にはこのまま防衛に加わって欲しい」
ばらばらとローター音を響かせてコンドルが飛ぶ。前線への火力支援か。
ユアリスはここまで細心の注意を払って戦力を温存してきた。豊富な航空支援もその努力の結実だ。
この陣地はまだ持ち堪える。
それを考え、どうすべきかを提案しようとした時だ。
上空のコンドル、その一機から降下してくる者達が居た。
炎にくべられた髑髏。その眼下を這いまわる黒い蛇。シンクレアのエンブレム。
彼等の先頭はチャージャーだった。激戦の名残を感じさせる傷ついたアーマー姿で、彼は現れた。
「チャージャー、生きていたか」
「イオ、お前の手を借りたい。状況は把握しているか?」
チャージャーはまるでこれまでの会話を聞いていたかのように話しだした。
「南北が強襲を受けているのに何故ここが無事だと思う?」
「知るかよ、トカゲの戦略なんぞ」
「お前が居るからだ、イオ。敵はお前を恐れている」
「そんなに可愛げのある奴等か? ウィードランは」
将校は成程な、と漏らした。ハーティーですら頷いている。
「俺は指名手配されているんだろう。奴らは喜んで俺に殺されに来る筈だろうが」
「個人的な意見だが……、一兵士としてならまだしも、指揮官として考えたら……俺なら死神には喧嘩を売らないな」
「シンクレアとしても概ね同意見だ」
お前ら、何だその反応は。
「……で、具体的に何をさせたい」
「オクサヌーン地下搬送ラインの一部を使用して奇襲を仕掛ける。
作戦目標は対空兵器群だ。味方のコンドルが自由に動けるようになれば、敵は更なる攻撃を躊躇うだろう。時間を稼げる」
ハーティーが眉を顰めた。
「前回オクサヌーンが奇襲された後、地下網は最低限のラインを残して封鎖された筈だ」
「存在を秘匿されたラインが存在する。本来はVIPの脱出用に準備された物だ。
地上部出口は偽装されており、少数の兵員が奇襲を仕掛けるにはうってつけだ。
……正に、我々のような」
激しい戦意に満ちた目で、チャージャーはイオを見詰めていた。イオが断るなどと微塵も思っていない。
ハーティーは首を振った。
「モテる男は辛いな、イオ軍曹」
イオは虚空に目をやった。そこにはブルー・ゴブレットが微笑んでいた。
「(どう思う、ゴブレット)」
『演算は完了しています。ブルー・ゴブレットはこれらを順に片付けるべきだと考えます。
チャージャーの作戦行動が重要度としては最も高い物になります。
敵を痛打して注意を引き、次にウィードラン浸透部隊を排除。
状況は人類種の有利に傾く筈です』
「(お前を信じよう)」
『……光栄です、エージェント・イオ。
貴方に頼られ、求められる事がブルー・ゴブレットの喜びの一つです』
ぬかせ。裏で色々と演算しているだろうに。それこそ俺を陥れる内容ですら。
まぁ、それも愛嬌か。イオはふ、と男臭く笑った。
「チャージャー、順に片付けよう。
まずお前の案に乗っかって敵を叩く。次にオクサヌーンに取って返して敵を叩く。
味方が万全に動けるようにしてやってから、また敵を叩く。
どう思う?」
「良い考えだ。オクサヌーンのモグラどもに聞かせてやりたいくらいだな。それももっと以前に」
イオはハーティーに視線をやった。ハーティーは納得したようでまたもや頷いている。
「イオ、当然だが俺も同行する」
彼はチャージャーと激しく視線をぶつけ合う。チャージャーは暫くハーティーを検分した後、イオに向かって首を傾げる。
イオは事もなげに言って見せる。
「優れた兵士だ。シンクレアで無いのが不思議なくらいの」
「そうか。お前が言うなら不安は無い。
ハーティーと言ったな。所属は?」
「司令部直下特殊作戦部隊、メラニオ・フォース。現在はオクサヌーン防衛部隊、選抜猟兵に出向中だ」
「原隊ではどのような任務を?」
「何でもやった。正規戦、護衛、救助、偵察、サボタージュ。前回の戦闘ではイオと組んでオクサヌーン通信網を回復させた」
「その奇跡的戦果については俺も知っている。
……良いだろう、来い、ハーティー」
話は決まった。各員は即座に準備に取り掛かる。
イオはオリバーを探し、矢継ぎ早に部下に指示を出している彼に近付いた。
声や話し方の感じで抱いていたイメージよりかなり若い。
体格も、あの大型アーマーのせいで分からなかったが、想像よりずっと痩身だ。ボディバランスとしてはイオと酷似している。
「サルマティア、俺達は次の作戦に取り掛かる」
「そうか、俺達はこのまま防衛を続ける。
懲りもせず敵の前衛が動いているそうだ。こちらの砲撃能力が枯渇寸前だとバレてやがる」
オリバーが手を差し出してくる。
傷だらけのその手を、強く握った。
「サルマティア……オリバー。お前と一緒に戦えてよかった」
「今生の別れみたいに言うな。……だが、俺もお前と同じ気持ちだ、兄弟」
拳を打ち付け合い、肩を強く抱いて、離れる。背を向けた後は振り返りもしない。
オリバーが叫んだ。
「奴が戦いに出るぞ!
選抜猟兵総員、ダイヤモンドフレームに敬礼!」
ズタボロの兵士達が立ち上がって背筋を伸ばす。
イオは彼等の敬意を背に受けながら、その場を離れた。
明日も明後日も更新予定! がんばるぞい!