敵前衛突入作戦
出張前にぎりぎり一本間に合ったァ
『イオ、どこに行ったんだ? 我々は何とか最終便に乗れる事になった。今は順番待ちだ。貴官も早く合流しろ。
まさかとは思うが、残るつもりでは無いよな?
幾ら貴官とは言え、これ以上の作戦行動は……私は絶対に承認しないぞ。もう十分だろう。
返事をしてくれ。声を聞かせて欲しい』
イオは装備を整え終え、オクサヌーン防衛網の最も西端、外周部にあたる位置で佇んでいた。
クルークからはひっきりなしにメッセージが送られてくる。クルークだけではない、3552の少年兵達は皆、イオに戻ってくるよう懇願している。
それら全てを無視して今、此処にいる。一度通信に応じたらどうなるか、想像に難くない。
――ユアリス・バーレイだ。カラフ方面軍撤退戦、最後の指揮を取る。
ユアリスの演説が始まる。通信機、拡声器から響く彼の声が、息を潜め、ウィードランを待ち受けるオクサヌーンの街並みの隅々まで染み渡っていく。
「始まるな、イオ」
ハーティーが防衛ラインの一角に設置された巨大なドーム型のシールド発生装置の上から声を掛けてくる。
ここはオクサヌーンメインストリートに繋がる要所だ。最も防備が固く、また最も敵の攻勢を受ける拠点だった。
イオはハーティーに頷き、リトル・レディに視線を落とした。
3552のミシェルを探してメッセージを送る。
大した内容じゃない。残った少年兵達が騒ぎ立てないように、大人しく乗船させろと。
それだけ伝えた。極めて簡素に。
――……諸君らの献身に報いる術を、私は持たない。だがこれは連合軍の全ての者が負う義務なのだ。
即座にミシェルが通信を要求してきた。
そこで初めてイオは応じた。
「ミシェル。周囲に子供達はいないな?」
『……イオ、馬鹿な事は止めて。クーリィが泣いちゃうわ。早く戻ってきて』
「ミシェル。隊ではお前が最年長だ。子供達の面倒を見てやれ。上手く宥めて船に乗せろ」
『貴方が戻ってこなければ……誰もそんなの納得しない!』
「騒ぐな。これは必要な事だ。お前達の乗る船を守る」
『結局私達のせいって訳? 私……私達皆、まだ貴方に何も返せてないのに』
「何も欲しくない。俺の……俺達の望みはお前達が生き残る事だ。
それ以外じゃ、トカゲどもがくたばる事」
ジャンプユニットの音がする。複数だ。
通常配備される物よりも大出力で、音も独特。だが聞いた事がある。
重装アサルトアーマーに身を包んだオクサヌーン最精鋭の一角。サルマティア重装騎兵隊が現れた。
『イオ軍曹! 騎兵隊の到着だ! 直ぐに展開する!』
「サルマティア、遅かったな」
『誰と話してる。……ほぅ? カワイコちゃんじゃないか。意外とやる事やってるんだな、えぇ?』
豪放に笑いながら肩を叩いてくるサルマティアの指揮官。イオは首を振る。
会うのは二度目だがやたらと馴れ馴れしい。不思議と不快感は無いが。
「切るぞ」
『待ってよ、せめてクーリィに』
「戦いが始まる」
通信を遮断。イオは空を見上げた。ユアリスの演説は続いている。
――諸君らの家族や恋人を、少しでも災いから遠ざける為に。
職務上、死ねとおおっぴらに命令する事は出来んので、こう言う他ない。
最後まで戦い、その義務を果たせ。
『あのもやし野郎、ぐだぐだ言わずさっさと攻撃命令を出せと言うんだ』
サルマティア指揮官は今にも鉛弾をぶっぱなしたいようでうずうずしている。
各部隊と戦いの段取りを再確認していたハーティーが戻ってきて早々、サルマティアに対して苦笑を浮かべた。
「観測部隊とドローンが敵前衛を捉えた。予想通り、ここが一番の激戦区になりそうだ。
……戦闘態勢に入るぞ!」
シールド発生装置が起動した。複数の青い壁が小さな破裂音と共に広がり、ラインを形成する。
今までに見た事が無い高出力ディフェンダーだ。ノイズの問題で周囲の機器が一時的にダウンする程の。
しかしそれは予定調和だ。兵士達は慣れた手付きでダウンした通信機や光学照準器を復帰させ、傍らの戦友と肩を叩き合った。
――各軍、応戦を許可する。踏み止まり、仲間を守れ。私から言うべき事は以上だ。
「(ゴブレット)」
『はい』
「(本当は色々とお前に言いたい事があった筈なんだが、取り敢えずは置いておく。そんな場合でも無いからな。
トカゲどもを殺す。頼むぜ)」
『戦闘支援、準備完了しています。
ナノマシン稼働効率最大値を更新。素晴らしい事です。“常に、最新の貴方が、最も強い”』
あぁそうだな。戦いを前にイオの身体は絶好調だった。
逆境に真価を発揮するイオ・200は、ズタボロになってからが本物だ。
後天的闘争心。傷ついた獣がより獰猛であるように、イオは猛り震えている。
「砲撃が始まる! 敵はトモス防御型を前面に押し出している!
作戦プランの変更は無い! 俺達は友軍の支援やジャミングが万全になるまで待機し……ぐっ!」
ハーティーの怒声を遮るように轟音。
稼働状態にあるオクサヌーンの防衛兵器が攻撃を開始した。
ウィードランの大型ミサイルを迎撃。空に広がる巨大な黒い入道雲。
それを貫くように友軍部隊から無数の砲弾が放たれ、敵に有効打を与える寸前でトモス防御型の展開するディフェンダーに弾かれる。
『もう残弾を気にする必要は無い! あるだけ撃ち込め! 命令終わりィッ!』
砲弾の通過点にあった黒い入道雲は穴だらけ。蜂の巣のような見た目になっていた。
空に広がる黒い不吉な黒煙。それも味方の砲撃によって次第にかき消されていくのだろう。
「……タイミングを見計らって近接戦闘! トモスを叩き潰すぞ!」
『サルマティア各員、プラズマランサーを準備!
トカゲどもは友軍誤射なんぞ気にしない! 近接防御をしくじれば俺達は全員無駄死にだ!』
続々と、イオの元に精鋭が集う。
残されたカラフ方面軍の中でも特に戦意と能力に秀でた選抜猟兵達だ。
「エネルギーバヨネットを着剣しろ!
……は、空恐ろしいな。銃剣突撃など……今、統一歴何年だと思ってるんだ?」
ハーティーが目をぎらつかせながら笑う。総員、刃渡り12cmはあろうかと言う銃剣を装着した。イオもそれにならう。
鍔元にあるスイッチを強く押し込めば刃が青白く光り始めた。中々イカしてる。
「全員良いか? 銃剣に拘るな。あくまでこれが戦術的有利に働く場面があると言うだけの事。
白兵戦は最後の手段だ。……だが、コイツの見た目はまぁ、悪くないな」
ハーティーの言葉に兵士達はへらりと笑う。
イオ達の傍で機器類を操作していたテクノオフィサーが駆け寄って来る。
「装甲部隊の射撃は余り効果が無い! プラン通り、敵が一定のラインを越えた段階でナノマシンスモークを投射! そこからは対空支援だけです!
貴方達の出番って訳だ!」
ハーティーが頷き、イオに手を差し出してくる。
ハイタッチ。特に意味は無い。周囲を見れば突撃に参加する兵士達は傍らの戦友と肩を抱き合い、或いは拳を打ち付け合い、思い思いに士気を高めている。
『オイお前ら、突然だが、お前らに伝えたい事がある。良いか?』
サルマティア指揮官がヘルメットバイザーを光らせながら言った。
『多分……突撃は成功する。俺達は方面軍の中でも特別のタフガイだからな。それにイオ軍曹も居る。
だが、本土で再会する事は出来ないだろう。俺達の船は無い』
『オリバー、どうしたんですか急に』
『まぁ、深い意味は無い。ただ伝えたくなったんだ。
そう何人も生き残りゃしないだろうが……例えいつ、どんな死に方をしても、
俺達は兄弟だと』
イオはにやりと笑ってオリバーに近付き、オーバーアクションで抱きしめた。
稼働状態にあるアサルトアーマーの生暖かさ。ごつごつとした感触。デカすぎてとても背中まで手が回らないが、まぁ良い。
ばし、と乱暴に肩を叩く。一頻り抱擁し終え、突き飛ばす。
「やるぞ兄弟。準備は良いか?」
オリバーがサムズアップをくれた。
テクノオフィサーが怒鳴る。
「装甲部隊、攻撃停止! 有効打は無し! トモスが硬すぎる!
敵がラインを越えます!」
『広域ジャミング! ナノマシンスモーク投射準備完了!
多脚戦車が先に出る! 特別攻撃チーム、ぶちかませ!』
戦車部隊が威勢の良い通信を飛ばし、防衛ラインを越えて前進を始めた。
極めて攻撃的な防衛、とでも言えば良いのか。敵前衛であるトモスを打ち砕かなければオクサヌーン防衛部隊は遅延戦闘すら行えない。
「イオ軍曹、号令を!」
イオは咆えた。
「全員、付いて来い!」
イオは駆け出し、ジャンプユニットを起動した。
オクサヌーン外周に築かれた14メートルの防壁の階段に取り付き、更に圧縮空気を放出してそれを乗り越える。
空を四機のコンドルが飛んでいく。重武装化された改修型のコンドルはチャフを撒き散らしながら戦域に火と鉛の雨をばら撒いた。
砲弾と猛火。それらによって黒ずみ、湿り、がさがさになった荒野に転がる様に着地し、飛ぶように走る。
選抜猟兵達が背後に続く。ファイアフライの群れが戦域に飛び込んできた。
馬鹿に数が多い。百機単位で無秩序に飛行している。正にスウォームだ。
『プラズマランサー、近接防御開始!』
サルマティアがショルダーラックに装備された装備を起動する。
奇怪な見た目だ。ハモニカを縦にして括り付けた様な形状をしている。
縦8列、横3列に並べられた発射口から無数の赤黒い閃光が発射された。
『足を止めるな! ファイアフライは近付かせない!』
『マイクロミサイルスタンバイ!』
駆け抜けるイオに接近しようとするファイアフライ・スウォームを猛烈な勢いで薙ぎ払う。
サルマティアはより広範囲に展開し、独自の戦列を形成して選抜猟兵の援護を行った。
「ムーブアップ!」
イオが怒鳴れば誰も彼もが必死の形相で追従する。
弾ける火薬とプラズマ光。頭上を駆け抜けていく砲弾。飛び交う死の雨。
息を呑んだ次の瞬間、死んでいて可笑しくない狂気の荒野。遠方ではトカゲの雄叫び、味方の悲鳴。
『エージェント・イオ、敵歩兵がトモスの防御に回りました』
ブルーゴブレットが指し示す進行ルート。視界の中に表示される情報は、距離700先で敵部隊が陣形を変えている事を示している。
「接敵に備えろ!」
イオの眼前で友軍戦車が爆ぜた。多脚の一部が千切れ跳び、砲塔は圧し折れて火を噴いている。
搭乗員達は生きていまい。脱出する余裕は無かった筈だ。
地形は僅かに隆起しそこだけが丘の様になっている。イオがそこに滑り込めば工兵部隊が彼を追い越し、携帯式のシールドユニットを設置した。
「シールド展開。工兵部隊、陣地形勢」
更に横に、更にその横に。連なる様に、折り重なるようにシールドが展開される。
イオはその陰に隠れ、後続の到着を待った。
『敵に狙われています』
遠距離からの狙撃。青白い光がシールドに激突し、弾け飛ぶ。
イオは装甲の隙間から前方を窺う。もうもうと立ち昇る銀色の霧。ナノマシンスモークの向こう側。
「(スネーク・アイは?)」
『効果範囲外です』
敵の攻撃が勢いを増した。航空支援を行っていたコンドルが叩き落され、生き残りは急速回頭して安全圏まで逃れる。
それに追い縋る無数のファイアフライ。コンドルに取り付き、掛かる端から爆ぜていく。自爆攻撃だ。
コンドルの編隊は粉々にされ、金属片を撒き散らしながら戦域に落下した。
「ハーティー、突入の為に新たな支援が必要だ!」
「こちらハーティー・グッドマン、コンドル部隊がやられた!
追加の支援をくれ!」
司令部が何か言う前に、友軍戦車部隊が応答した。
『こちらオニキス戦車小隊! 俺達が盾になる!』
「いけるのか?」
『我が軍随一の殺し屋に伝えろ! 俺達を無駄死にさせるなと!
……戦車前進! 戦車前進! 先頭はオニキス小隊!』
敵と猛烈に撃ち合っていた多脚戦車部隊が強引な攻勢に出る。
戦闘開始からそう時間は経っていないが、準備万端の状態で攻撃を開始したウィードランの正面火力に晒された戦車部隊は痛烈な被害を受けていた。
しかしそれが彼等に求められた役割でもある。
味方の支援砲撃が敵に降り注ぐ。僅かに途切れた敵火力の間隙を突くように、戦車部隊は突撃した。
「選抜チーム、あともう少しだ!」
イオは無性に切なくなって、言わなくて良い事まで言ってしまった。
「お前達の命をくれ!」
工兵部隊が設置したシールドユニットを解除し、装甲部分を剥ぎ取って前に出る。
突き出した装甲にプラズマライフルが突き刺さる。イオは姿勢を崩さないよう全身に力を込めながら走った。
「ナノマシンスモークの向こう側、敵はどうやってか知らないが俺達を視認できている!」
選抜猟兵チームから三名が抜け出し、グレネードランチャーを構えた。
イオが狙撃を受けた方向に制圧射撃。連射される榴弾によって数百平方メートルが耕され、イオを狙う攻撃が止む。
「こんな、前時代的な戦いを……」
ハーティーがイオから盾を奪い、庇うように前に出た。
「今更味わう事になるなんてな!」
小さい影、大きい影、駆けまわる気配。
ハーティーにシールドを渡し、両腕がフリーになったイオはレイヴンを構える。
応射。何匹か撃ち殺した、ような気はする。黒煙や舞い上げられた泥、ガンスモークやナノマシンスモークに遮られ詳細は分からない。
ただ混沌とした戦場、丘陵部の稜線から身体を出さないように只管前進する。
『オニキス戦車小隊、敵に肉薄! 選抜猟兵、後は頼むぞ!』
遠方で爆炎が上がる。破壊されたのは敵か味方か。
何にせよ友軍は戦闘を続けている。あちら側に配置された歩兵は勿論装甲部隊も、地獄のような有様だろうな。
友軍の支援砲撃着弾点が近い。敵は間近。目前だ。一息に飛び掛かれる距離に居る。
リトル・レディにがなり立てる。
「砲撃停止! 砲撃停止! こちらイオ、突入を開始するぞ!」
『分かった、今の砲支援が最後だ! 任せたぞ、ダイヤモンドフレーム!』
最後の砲撃がナノマシンスモークの満ちる荒野に着弾する。無数の破裂が巻き起こり、スモークを絶やさない為に追加のスモーク弾頭が突き刺さる。
銃声、砲声、敵味方の悲鳴、鉄の拉げる音。
炎と火薬、血と泥の匂いが染み付き、むせる。イオはちらりと後ろを振り返った。
かなり、減っている。四分の一程。
逆に言うべきなのか。四分の三も残ったと。
サルマティア重装騎兵からも脱落者が出ているようだ。当然だった。誰よりも敵の攻撃に身を晒した筈だからだ。
息を吸い込んだ。
「トモスを奪う!」
ジャンプユニットがきーきーと金切り声を上げて圧縮空気を吐き出す。




