フラメンコ
その知らせは全く想定外と言う訳でも無かった。
戦いは混沌を極めている。何が起きてもおかしくないと、心構えはあった。
『イオ、脱出作戦は9割成功だ。だが、我々は救援を必要としている』
オクサヌーンを囮に北東部のサブポートから脱出を試みたクルーク・マッギャバンだったが、その動きは敵に察知されていた。
しかし敵としても攻撃するに値しない戦力の筈。あわよくば、放置され、事無きを得るのでは。
その希望的観測のツケは痛烈だった。
『可能な限り連れ出した少年兵部隊8000名のほぼ全てを送り出したが、数百名が間に合わなかった。
敵部隊の接近に伴い、救援艦隊は作業を中断しサブポートを離脱した』
8000? どんな魔法を使った?
どのような詐術を用いても、どさくさに紛れていても、一介の少尉が成し遂げるには大きすぎる数だ。
いや。それはまぁ良い。
「子供を見捨てて、か」
『クーランジェ元議長が無理矢理に集めさせた輸送部隊だ。護衛戦力も殆ど無かった。
仕方のない事だ』
クルーク達3552も帰りの船に乗り損ねたのだろう。
この気の強い少女が我先にカラフを脱出する姿は想像できない。
「“仕方の無い事”で諦める訳は無いよな?」
『現在、友軍が迎撃準備を進めてくれている。
カミユ曹長を向かわせた。合流してくれ』
「奴か。……奴も結局、最後まで残ったんだな」
無駄話をする余裕はない。クルークには責任と仕事がある。
イオは早々に通信を切り、コンドルのパイロットへと声を掛けた。
「フラメンコ03、進路変更だ」
「はい?! なんですか?! すいません、もう少し大きな声でお願いします!」
ローター音に負けじと声を張るパイロット。
「……作戦変更だ! 俺は友軍のコンドルに乗り換える!
お前はお前の仕事に戻れ!」
「俺の仕事?! 俺の仕事はイオ軍曹を確実にオクサヌーンまで送り届ける事ですよ!
例えプラズマランチャーで吹っ飛ばされても!」
イオはパイロットの肩に手を掛ける。
「友軍の救援要請だ! 少年兵達が攻撃を受けている!
敵は包囲を狭めつつある! 見捨てれば彼らは全滅する!」
「……わかりました、軍曹! 俺が懲罰房に放り込まれたら面会に来てくださいね!」
「すまない、助かる!」
クルークから送られてきた座標データへと移動を指示。急旋回するコンドル。
パイロットはやけに楽しそうに笑っている。
「嬉しいですよ! 二度も貴方を乗せて飛べるなんて!」
「そうか?! シンクレアのパイロット達はうんざりしているようだったぞ!」
「ハハハ! 奴ら、ビビってるんでしょう! 貴方が降下する場所はいつだって激戦区中の激戦区だ!」
「お前はビビっていないようだな!」
「いいえ、怖いですよ、軍曹!」
とてもそうは見えない。
「ですが、俺のコンドルが落とされたとしても、後は軍曹がなんとかしてくれるでしょう?!
そうしたら俺は無駄死にじゃなくなる! あの世で同期に自慢できます!」
「コンドルも、そのパイロットも今や貴重だ! 簡単に死ねると思わない事だな!」
「了解です、軍曹!」
荒野を飛び続けるコンドル。カミユとの合流ポイントまで直線距離、およそ10000まで迫った時だ。
ブルー・ゴブレットがコンドルを追うように空中を泳ぐ。
『敵発見。狙われています。
砲戦兵器トモス、四機を確認。高エネルギー反応、非実体弾型の狙撃砲と思われます』
狙撃、砲、と来たか。イオは怒鳴った。
「回避機動! ディフェンダーを準備しろ!」
「味方勢力圏内ですよ!」
「崩れた戦線に何を期待してる!」
パイロットは疑問を飲み込んで指示に従う。
「ディフェンダー、オンライン! 同時にマニュアル回避機動に入ります!」
遠方の大地が一瞬、瞬いた。およそ2㎞先だ。
ぶぶぶ、と言う虫の羽音にも似たそれ。収束されたエネルギーの塊が空気を焼き焦がしながら超高速で飛来する。
「対ショック姿勢!」
フラメンコ03は強引に身を捩り、足搔いた。
青白い光弾が機体すれすれを掠めていく。感じられる一瞬の熱と何かが焦げたような異様な臭い。
「トモス改修型は長射程且つ快速だ! 振り切るのは難しい!」
「救援要請は出しました! この後はどうすれば?!」
「距離700まで行けるか?!」
「……そのセリフを待ってたんですよ、軍曹!」
エネルギー弾によって発生した空気の流れがコンドルを弄ぶ。それを必死に立て直しながら、パイロットは雄叫びを上げた。
「ヒィィィィヤッホォォォォォゥッ!」
回避機動を続けるコンドル。機体の中は振り回される大鍋の中みたいな有様だ。
機内に放り出してあった弾薬箱と同時に身体が浮き上がり、つぶれた蛙みたいに壁に押し付けられる。
コンドルが増速。連射される光弾を掻い潜るように前進する。イオは喉をせり上がってくる胃液に悶えた。
「中ててみろよ、クソッタレぇ!」
威勢よく吠えるパイロットだが、ゴブレットが無情に告げた。
『回避不能。防御姿勢を取ってください』
光弾が直撃。ディフェンダーが激しく瞬き、それを跳ね返す。
「防御システムダウン!」
『ブルー・ゴブレットならばより高効率のダメージコントロールを行い、速やかにディフェンダーを再起動出来ます』
「フラメンコ03、システムはこちらで再起動する! 時間を稼げ!」
「近接攪乱幕を展開!」
コンドルの動体下部に配置されたリボルビングランチャーからブロンズ色の筒が発射される。
それはコンドルよりも百メートル程先行すると、派手に弾けて色とりどりの花火のように燃え散った。
特殊なロックオン妨害装備だ。同時に、ウィードランが使用するエネルギー兵器の科学的結合を阻害する効果を持つ。
早い話がヘリ搭載型の対エネルギー防御だった。効果は歩兵携行装備の類と比べて段違いに優れている。
コンドルは弾ける花火の中で躍った。
「(ゴブレット!)」
『ディフェンダー再起動まで12秒』
「03、10カウントだ!」
「オォーゥイエェースッ!」
敵トモスの更なる砲撃があらぬ方向に逸れていく。
タイミングを見計らい、フラメンコ03は攪乱幕から飛び出す。
「カラフ方面軍のカスタム・コンドルは時速420㎞で飛びながら猛禽より鋭く旋回する!
覚えとけデブ蜘蛛野郎!」
更なる増速の為に機体を傾けながら、大きく右に逸れる。
敵トモスの偏差射撃の更に先を滑るように飛んでいく。
「ディフェンダー、オンラインだ!」
「距離1050! ルートを戻して突っ込みます!」
「03、しくじるなよ!」
「get down to business!」
スライドドアを力任せに開けば乾いた風と砂ぼこりが舞い込んでくる。
コンドル備え付けの安全帯に身体を縛り付けながらイオはSOD7の準備を整えた。
こいつならばトモスの装甲を貫ける。
『視覚を補強。トモスの構造的弱点部位を表示。
第一候補、ウェポンキャリア基部。コントロールユニットまでの装甲が極めて脆弱です』
「(第二候補は?)」
『その他、現状の装備で有効と思われるポイントは存在しません』
視界に表示されるトモスの構造図。その中で弱点箇所が赤くピックアップされる。
トモスが装備する砲塔の根元から内部のユニットまで、確かに障害物が無い。
SOD7の大口径弾で外部装甲を貫けば、後は一撃だ。
ただ、角度が問題だった。
「上昇しろ! もう少し角度が欲しい!」
「振り落とされないで下さいよ!」
猛烈な負荷。コンドルの内壁に押し付けられ、内臓がねっとり揉みこまれるような感覚を覚える。
「おっ、あぁぁ……!」
全身に力を込めながら何とか銃身を引き寄せ、変則的な射撃姿勢を作った。
後を追うように空中が弾ける。敵エネルギー砲がその性質を変え、衝撃でコンドルを圧し潰そうと爆ぜるようになった。エアバーストか。
幾度かの衝撃。ディフェンダーユニットが悲鳴を上げている。
「防御システム再度ダウン! 現状での復帰は不可能!」
「いや、もういい。……もう十分だ」
呼吸を止めて一秒。斜めに浮いた身体。
ブルー・ゴブレットが隣に寄り添う。
『角度は十分かと』
「……良いスリルだった」
『敵は砲撃体勢にあり、防御システムを停止中。高度戦闘支援開始』
ぐにゃりと世界が引き延ばされ、また縮まり、長くなって、遅くなり。
イオはSOD7の引き金にそっと指を這わせる。
――
物言わぬ鉄塊になったトモスを尻目に飛び続ければ、異常を察したカミユが既にこちらに向かって来ていた。
『こちらカミユ・クーランジェだ! 状況は?!』
『こちらフラメンコ03、損害は軽微だ! アンタが軍曹のお迎えか?』
『救援要請を出しただろう? ……トモスを、四機か。一体どうやって?』
『こっちにはダイヤモンドフレームが付いてるんだぜ!』
イオはドアから身を乗り出しカミユに手を振る。カミユのコンドルはその場で回頭。その後、低空で静止した。
『イオ、状況は良くない。敵の追撃部隊はそう大した戦力じゃないが、疲れ切った友軍では手に余る』
「少尉は無事か?」
『あぁ、あの子は……無事だが、危険な場所にいる。
少年兵を守る為に臨時に隊を編成した後は、そいつらと一緒に踏み止まっている』
「……殿軍か?」
イオは頭を振った後、フラメンコ03に崩れた敬礼をして見せた。
「ここまで感謝する! また生きて会おう!」
『軍曹、オクサヌーンで御待ちしております!
今日の事、自慢話に使わせてもらっても良いですよね?』
「あぁ、良い腕だった!」
装備の詰まったケースを掴んだまま飛び降りる。ジャンプユニットで着地の衝撃を殺したが、酷使し続けたユニットはそろそろヘソを曲げつつあった。
『乗れ、軍曹。シートを新しくしたばかりだ。汚すなよ?』
「俺の有様を見ろ。無理な要求だ」
数十時間に及ぶ連続戦闘の末、イオはどろどろのぐちゃぐちゃ、ズタボロの雑巾みたいになっている。
ジャンプユニットを吹かしてカミユのコンドルに飛び乗る。彼女は直ぐに低空のままコンドルを動かし始めた。
「アンタは何となく、残ると思っていた!」
「当然だ! 私は恥知らずじゃない!」
「元議長はアンタを呼び戻さなかったのか?」
「クーランジェの家は関係無い! 以前お前に少年兵達の話を聞かされた時から、私は逃げないと決めていた!」
相変わらずタフな女だ。ウチの少尉殿と言い、リーパーと言い、カミユ曹長と言い、暫く顔を見ていないがナタリーと言い、カラフの女は皆こうなのか?
イオは装備を放り出し、座席に着いて目を閉じた。
「……私の分のチケットは別の奴にくれてやった! 私はその時、重傷を負ってて動けなかったしな!」
「重症?! とてもそうは見えないが!」
「まだ腹の抜糸が終わって無いんだ! お前にも見せてやりたいぞ、この名誉の傷を!」
「傷や血は見飽きてる!」
「すまん! ライフルマン相手にする話じゃ無かったようだ!」
コンドルは増速する。舞い上がる砂埃が吹き込んでくる。
新しくしたらしいシートも台無しだ。
「イオ、西の防衛ラインはどんな様子だった?!」
「司令部主導のカウンタープランはおおよそ上手く行った!
各部隊、順次撤退を始めている。この後はオクサヌーンでの脱出支援だ!」
「子供達の席はあるか?!」
「何とかするさ!」
「だろうな! お前に借りがある奴は多い!」
雑談交じりの情報交換が続く。今から戦闘に向かうとは思えない気安さだった。
カミユも、既に感覚が麻痺している。色々な意味で。
そしてそのままの調子でコンドルは戦闘空域に突入する。
丘陵部に挟まれた窪地だ。どういう地質なのか湖沼地化しており、部分的に霧が掛かっている。
「少年兵は先に撤退している筈だな?!」
「そうだ! お前を降下させたら私は子供達の護衛に回る!」
ブルー・ゴブレットが泳ぐ。彼女に敵の戦力規模を確認させたイオは、カミユの予定をキャンセルさせた。
「曹長、戦闘が終わるまで近くで待機してくれ!」
「どうしてだ?!』
「15分以内に終わらせる!」
弾薬と装備の準備を終わらせたイオは、コンドルから霧の中へ飛び込んだ。
そして言葉通り、15分で戦いを終わらせた。
――
飢えた野良犬みたいな有様だった。
確か、初めて出会った時もそんな事を感じた。
エコー渓谷の連合軍秘密バンカー。フリーザーから叩き起こされた時。
目の前に立った彼女の瞳は皮肉気で、泥と埃に塗れたその姿は正に野良犬だった。
「少尉」
「軍曹。間に合ってくれたか」
沼地に展開した敵部隊の側面に無理矢理降下し、何の躊躇いも無く強襲した。
ただ単騎で。無茶な作戦だったが、誰も疑問に思わなかった。
ただ、ダイヤモンドフレームが来て、いつものように敵を殺し、当然のように勝った。
それだけだ。
カーライル達工兵が作り上げた簡易の防御陣地、敵といの一番に撃ち合うであろう最前線。
クルークは手榴弾の破片とエネルギー兵器を防ぐ分厚いミリタリーコートを被り、ギシギシと歪んだ笑みを浮かべながらそこにいた。
ズタボロの野良犬。いつだって、そうだ。二人は何だかよく分からないがおかしくって、苦笑し合う。
「凄い事になってるぞ、少尉」
「お互いにな、軍曹」
お姫様の豪奢な金髪は泥で台無しになっている。
それを笑えばクルークは、イオの焼け焦げ、亀裂の入ったアーマーを指差した。
「ユアリス准将から連絡はあったか?」
「さぁな。現在、遠距離通信の為の機材は“諸事情の為に故障中”だ。残念ながら。
……どうしてそんな事を?」
「奴と取引した。悪くない結果を得られた」
「どんな内容だ」
クルークはイオと会話しながらも周辺の兵士達に次々と指示を飛ばす。
兵士達はイオの様子を気にしながらも撤退に向けて動き出す。その足取りに、悲壮感は無い。
「撤退準備! 誰も置いていくな!
例えウィードランが再度仕掛けてこようが奴らは補給不十分だろう。イオの敵ではない。
焦らず急げ! 以上、命令終わーり!」
疲れ果てているだろうに背筋をびし、と伸ばし、クルークはイオに向き直る。
霧の奥から、やはり泥まみれのカーライル達工兵三羽烏が駆けてくる。彼らは取り敢えずと言った感じに敬礼すると、会話の邪魔にならないよう傍に控えた。
「また、軍曹のお陰で命拾いしたな」
ヘックスが呼吸を整えながら笑っている。
「少尉、俺達独自の作戦行動はカラフ方面軍司令部の公的な物として認められた」
「なんだと? ……本当か?」
「准将は恨み言を言っていたぞ。少尉殿の為に書類を捏造しなきゃならないと」
「ふん、ざまーみろだ。
……いや、そうか、と言う事は……ユアリス准将は私を見逃してくれていたのか……?
アレも、コレも……」
「止める手段が無かっただけかも知れないぞ」
「まぁ良い、兎に角良い報せなのは確かだ。通信機も修理する必要があるだろう。
私を含め銃殺刑を免れ得ない者が何人か居たからな。彼らを安心させてやれる」
銃殺刑。イオは眉を顰めた。この少尉殿も大概危ない橋が大好きな危険な奴だ。
クルークは泥だらけの顔を綻ばせている。彼女の瞳の輝きは力強さを増している。
「しかし、それならば大手を振ってオクサヌーンに向かえそうだな。
最後の船に間に合うか?」
「間に合うように急げ」
「よし!」
クルークは跳ねるような勢いでガードコートを脱ぎ捨てる。
「カーライル伍長! 貴官の判断で何名かを連れて南西4キロの位置のダリル中尉と合流しろ!
移動用の車両を掻き集めてくれている筈だ!
各隊、可能な限り速やかに撤退! 大破車両は放棄し、カーライル伍長達が足を確保するまでは徒歩で行く!
端末リンク! 合流ポイントを指示! よし!
命令発行完了! 取り掛かれ!」
兵士達が淀みなく動き始めた。皆すべき事は分かっていたし、クルークは判断に迷わない最低限の情報を簡潔に伝えた。
ヘリのローター音が聞こえる。カミユだ。
『北西のトカゲどもが撤退していった。奴ら、漸く諦めたらしい』
「カミユ、ここでの仕事は終わりだ。俺と少尉を撤退中の少年兵達の所に運んでくれ」
コンドルが降下してくる。地面に吹き付ける強い風が泥と水を跳ね飛ばす。
二人してそれに飛び乗った時、背後から強い語気で呼びかけられた。
「少尉! 軍曹!」
振り返れば、ぐしゃぐしゃの兵士達が敬礼していた。
「少年兵の殆どは逃がしたが、気を抜くなよ少尉。戦いは終わっていない。
俺達は志願者を再編して南方の友軍と最後の防衛ラインを敷く。
俺達は君に賭け、そして勝った。……最後に、出来る事をしようと思う。
生き延びろ。幸運を祈る」
クルークはつんと唇を突き出し、切なげな顔をする。
「貴方達の協力を無駄にはしません。必ず」
「……3552と、ダイヤモンドフレームに敬礼!
夜明けを共に!」
ヘリの発する強風に舞い上がる金髪。
クルークはそれを抑える振りをして、顔を俯けた。
「行こう、カミユ! 作戦は継続中なのだ!」
『……あぁ、了解だ、お姫様』
「生き延びるぞ、なんとしても!」
帰って来たぞぉぉぉ
また県外に放り出される前にもう一丁行きたいねぇ!