リベア山脈防衛ライン
『イオ軍曹! 対空兵器に狙われています! 衝撃に備えて!』
激しいアラート。火薬を詰め込まれた鉄の塊が白煙の尾を引きながら飛来する。
『ディフェンダー、オンライン』
衝突の寸前で青い壁が展開され、それを受け止めた。
爆発。激しい衝撃にコンドルが揺れる。
『防御システムダウン! イオ軍曹、リーパー、降下準備、よいか?!』
「いつでも良い。リーパー、お前は?」
「問題ない!」
『地上掃射開始! 本機は6秒後に離脱します!』
眼下では人間とトカゲとの熾烈な塹壕戦が展開されている。
突貫工事で作られた防御陣地目掛け突っ込むウィードラン。それを迎え撃つカラフ方面軍。
イオとリーパーは、正にそのただなかに飛び込もうとしていた。
『掃射良し! GO! GO! GO!』
リーパーが飛び降りる。ジャンプユニットを吹かして泥まみれの塹壕の中へ。
イオも飛んだ。着地の瞬間を狙われたか、レーザー照射を受けた。
『狙われています。回避してください』
ゴブレットの警告。
身を捩る。青白いプラズマが高速で飛来し、頬の直ぐ横を通り過ぎて行った。
着弾と同時に爆発。巻き上げられる飛礫と泥。イオはその中に飛び込み、ごろごろと転がってリーパーの隣まで逃げ込む。
『……グッドラック! 夜明けを共に!』
「世話になった。生き延びろよ」
回頭して飛び去るコンドル。気にしている余裕は無い。
リーパーがぐちゃぐちゃになった塹壕の中で叫んだ。
「こちらシンクレア・アサルト、リーパー臨時班!
現在ポイントA-E-1に降下した! 周囲にまだ生きてる奴が居たら集結しろ!
……イオ、アンタの声を聞かせてやれ。連中もやる気を出すだろうさ」
イオはぼんやりとリーパーに視線を向ける。どうやら大真面目だ。
「……こちら3552小隊、作戦IDイオ・200。
戦闘に参加する。反撃だ。
トカゲどもにここまで好き勝手してきた“ツケ”を払わせろ」
激しい砲声。着弾音と衝撃。その中でもイオの通信は凛と響いた。
『待ってたぜ、この時をよぉ!
装甲部隊、前進! ダイヤモンドフレームが道を切り開く! 戦線を押し上げろ!』
防御陣地の奥深くから重装部隊が突撃を開始する。
重厚なアーマーを着込んだ歩兵と多脚型のキャタピラを備えた異形の戦車が連携を取りつつ切り込んでいく。
『ダイヤモンド、可能ならば指定したポイントを攻略してくれ!』
指定された場所は敵方奥深く。
歩兵に要請する内容ではなかった。こちらは自分とリーパーしか居ないんだぞ。
でもまぁ、今更か。
要塞化された山脈の上で行われる陣取りゲーム。この戦場もその内の一つでしかない。
張り巡らされた塹壕は既に40%もの領域が敵に奪われつつある。頭上では砲弾とミサイル、迎撃システムが飛び交い、人もトカゲも呆気なく死んでいく。
――切り込め。先に戦線を挫いた側が勝つ。
鬱陶しい。舌打ちを一つ、頭を振った。
「リーパー、今更言う事じゃ無いが……。
お前には目的がある筈だ。あまり無茶な作戦に付き合わない方が良いぞ」
「本当に今更だね。余計な事を考えるな」
「こちらイオ・200! 攻撃要請受諾!
ポイントA-E-6、取られた防御トーチカ群を奪還する!」
走り出した。すぐさま敵部隊と遭遇する。友軍と戦闘中の側面を突く形になる。
腰を落としながら微速前進。手始めに、最寄りの一匹に対しダブルタップ。
その個体は壁に叩きつけられ、のたうちながらも死んでいない。
「リーパー、敵のアーマーが固い!」
「らしいね!」
装備が違う。敵も本気だ。リーパーに注意を促しながらとどめを刺す。
敵からの応射が始まる。その時にはバリケードに滑り込んでいる。リーパーがグレネードを準備していた。
「フラグアウト! 前進のタイミングはお前に合わせる!」
『ダイヤモンド、支援射撃を行う! 友軍識別を厳にしろ!』
爆発の振動。二秒待つ。友軍が猛烈な反撃を始める。
バリケードからカバーアウト。上半身を傾がせて左右の死角を確認。リーパーがすかさずイオの左に付く。呼吸を知り尽くしたかのようなデッドゾーンカバー。
目についた一匹を射殺。念入りに撃ち込む。同時に、リーパーが一匹撃ち殺している。
やはり、敵に撃たせない事が肝心だな。
――不意を突け。敵が狙いを付ける前に殺せ。
分かってる。黙れ。
……少し、静かになった。
「リーパー、右を見る」
「了解、左を見る。突入のタイミングを」
「直ぐだ。GO」
開けた通路に出る。敵はリーパーのグレネードで被害を受けている。
リーパーと呼吸を合わせてそこに切り込み、壁に隠れていた哀れなトカゲどもを片端から撃ち殺していく。
敵からの射線を遮蔽物で切りつつ、こちら側の射線は通す。
冷静且つ慎重。タクティカルドリルをこなすように。
じわりと銃口の角度を変えるカットパイ。友軍の支援射撃で動きを封じられた敵部隊は有効な反撃が出来ないでいる。
「支援射撃はもう良い!」
これ以上は誤射の可能性がある。射撃停止を要請。
呼吸を止めて死角に飛び込む。背後ではリーパーが同様に飛び出している筈だ。
どろりと遅くなる時間の流れ。傷ついたウィードランが最後の抵抗とばかりにハンドガンを持ち上げている。
一射。突き出されたそれが弾け飛ぶ。二射目で敵のヘッドギアを破壊し、三射目で頭部を破壊した。
それで安心はしない。通路に設置されたコンテナや破壊された兵器の影。余す所なくクリアリングしていく。
「通路制圧。ライトクリア」
「レフトクリア。オーケーだよ、オールクリア」
通路の先を警戒するリーパー。イオに目もくれない。
そこは十字路になっていて、前方には支援射撃をくれた友軍が居る筈だが、だからと言って敵が居ないとは限らない。
例え、もし制圧済みの筈の後方から突如としてウィードランが飛び出し、背後に迫ったとしても、リーパーはイオを信じ、視線を逸らさずに通路を睨み続けるだろう。
己が役割を果たすのが詰まり連携だ。何も問題無かった。その時はイオがリーパーを守る。
何せ人間の視野角は180°も無いのだから。
「ダイヤモンドフレームにシンクレア、救援感謝する」
合流してきた友軍が崩れた敬礼を寄越す。
ぎょろついた、爛々と光る目。疲れ果てた兵士達。
リーパーが警戒態勢を崩さぬまま尋ねる。
「何人残ってる」
「5人。他は死んだ」
「壊滅状態か。アンタ達だけで撤退できるか?」
「下がるつもりは無い。攻撃指令は受け取った。やるしかないだろう」
「ふぅん? 気に入った」
リーパーがイオにハンドサイン。マガジンの交換を済ませたイオは再び前進を始める。
目標、敵方、奥深く。二歩遅れてリーパーが続き、その後ろを合流した友軍が。
「リベア防衛部隊ストライクチームリーダー、デニス・ホランドだ。階級は少尉」
「特別攻撃チームか。成程、タフな訳だ」
「ダイヤモンドフレーム、お前達と共に戦えて光栄だ」
決して足を止めない。敵の砲撃。機動兵器との遭遇。トラップ。待ち伏せ。何もかもを突破する。
怖気付き、攻勢を停止すれば袋叩きにされるだけだ。無茶と思われるような強襲も、やるしかない。
突破口を開くのはやはりイオ。接敵後即座に敵の勢いを挫き、リーパーが間隙をカバー。
ストライクチームもよく訓練されている。極限状態に情動すら失ったのか、敵の奇襲に怯えもしない。
歯を食い縛って悲鳴を堪え、巻き上がる泥と礫の中を突き進む。
ストライクチームが一人死に、二人死んだ。デニスは彼等の認識票を引き千切り、黙祷の代わりに唸り声を上げ、ウィードランを撃った。
祈りを捧げる暇すら惜しい。
「イオ軍曹! 俺には娘が居る! 16歳の!」
進行中、デニスがバリケードに隠れ、敵の砲撃を避けながら言った。
「だからなんだ!」
イオも地面に這い蹲りながら乱暴に応える。
「この前、結婚した! 俺の娘の割に、人を見る目がある! 良い男を連れて来た!」
「16で?!」
「何かおかしいか?! こんな世の中だ!」
砲撃は続く。塹壕の通路にリーパーが特殊な機器を設置した。ディフェンダーだ。
殺傷破片と爆炎をそれが防いでくれる。しかし着弾点は近い。イオの蟀谷を炎が舐める。
リーパーが居なければ今頃ローストされていた。
「娘に再会したければ生き残れ!」
「いいや、そうじゃ無い!」
砲撃が止む。混成部隊は前進を再開する。
デニスが飛び出す。只管に前へ。
「娘達の為に、平和とやらを作ってやりたい!」
イオの返答は鋭い物だった。
「デニス少尉、伏せろ!」
言いながらデニス少尉を引き摺り倒し、腰を落とす。T字路曲がり角の壁が弾ける。待ち伏せされていた。
プラズマグレネードが投擲される。逃げ場がない。
「……っ!」
咄嗟にプラズマグレネードを蹴り上げる。イオは幸運だった。頭上高く飛んで青白い稲光を放つグレネード。
きゅぅん、と何処かで聞いたようなモーター音がする。高速で近づいてくる。
ゴブレットが躍った。
『サイプス、2機が接近。敵歩兵多数』
「(スネーク・アイ、起動)」
『了解。スネーク・アイ、起動。稼働効率最大。
貴方に勝利を』
レイヴンを下げ、体に縛り付けていたSOD7を掴む。
「デニス! そう簡単に楽になれると思わない方が良い!」
「はっ、そうかよ」
泥まみれの顔で笑う男達。イオは曲がり角から身を乗り出した。
「イオ! アウトサイドから射線を取るよ!」
同時にリーパーが姿勢を変え、ジャンプユニットを水平噴射。
吹っ飛んで転がるようにT字路の反対側へ。そこでイオと同様の射撃姿勢を取る。
ストライクチームはスモークグレネードを準備していた。
「ナノマシンスモーク展開! プラズマグレネードは心配しなくていい!
保護キャップ周波数42.7!」
そりゃ助かる。
白銀の霧で埋め尽くされていく視界。その向こう側の熱源にレティクルを合わせる。
『ナノマシンに同期。スネーク・アイ、機能強化』
サイプスの弱点は知っている。SOD7ならその装甲も障害にならない。
正確な一射。ただの一発。腰部のウィークポイントを貫かれたサイプスが、ローラーでの疾走の勢いそのままに倒れこみ、転がり、ナノマシンの霧を突き破って壁に叩きつけられる。
それに目もくれず後続のサイプスに狙いを付ける。
同様に一射。同様に撃破。同様の結末。
「good shooting」
背後に控えていたデニスが小さく漏らして、イオの横を擦り抜けていく。
「ストライクチーム前進制圧! 足を止めるな!
ユーリ、俺の背後に付け!」
「アグレッシヴリンク! 仲間の位置を常に把握しろ!」
ナノマシンスモークの中に居る限り、敵の熱源探知は意味を成さない。
出鱈目に撃ち込まれる敵の銃砲。ストライクチームはそれぞれ応射しながらカバーポイントを変更しつつ前進を続ける。
耳鳴りがした。慣れた気配がした。またか。
――敵は恐怖している。お前の存在を知っているからだ。
俺も顔が売れたからな。
――お前の支援が無ければ彼らは死ぬぞ。
あぁそうかよ。イオは唇を噛み締めながら雑音と幻聴を振り払う。
スモークの向こう側。敵が焦れて頭を出し始めた。
「リーパー、射撃は控えろ!
ストライクチーム、止まれ! 敵の数を減らす!」
イオの言葉にストライクチームはそれぞれ身を隠した。
「(ゴブレット、時を止めろ。俺に敵の姿を見せろ)」
『高度戦闘支援再開』
奪われたトーチカ。高所に陣取る敵。全て筒抜け、全て丸見えだ。
これで負けるようならシューターは引退した方が良い。
何もかもが遅くなった世界の中で、イオはかはっ、と笑う。
――俺やお前を信じた、仲間たちの為に
あぁそうだな、クソったれ。
今感じた。ハッキリと、明確に、何かが変わった。
続けざまの発砲。跳ね上がる銃口。リコイルを必死に制御しながらの連射。
高所の二匹、トーチカの中の一匹、ストライクチーム前方でディフェンダーを展開していた一匹。
発砲音が遠い。がきん、と言う銃の動作音が、まるで水中にいるかのようにごぼごぼと濁って聞こえる。
世界が引き延ばされた後、縮んでゆく。眩暈がした。呼吸が荒い。時間が元に戻る。
「弾倉交換……! かひゅっ、こひゅっ」
「イオ?! イオ! どうした!」
「ひゅ……ひゅ……問題ない……!」
リーパーが叫ぶ。適当な答え。
新たなマガジンを叩きこみ、チャージングハンドルを引く。
「ゴブレット、もう一度だ!」
「なんだ、誰の事だ?!」
『エージェント・イオに警告。貴方は疲労が蓄積された状態です』
「無理でもやる!」
『……支援再開。貴方に勝利を』
見える。何もかもが。
撃たれた仲間を助けようとした一匹。それをカバーする為にディフェンダーを展開した一匹。
他とは装備が違う、指揮官級と思しき一匹。高低差を飛び越えようとしたサイプスを一機。
「何だ、敵反応がどんどん減っている。奴には一体何が見えてるんだ?!」
がは、と大きく息を吐くイオ。
SOD7の排莢機構に異常があった。閉塞不良の原因となった薬莢を手で払い落し、チャージングハンドルを引き直す。
ここまでイオの蛮用によく堪えてきた。まだまだ働いてもらう。
ひゅう。
喉を詰まらせたような呼吸音。
疲労困憊の筈だが絶好調だった。
コンバットハイか。今は有難い。
破れかぶれに銃を乱射する一匹。カバーポイントを切り替えようとした瞬間の一匹。
『エネミーライン完全崩壊。良い狙撃、良い戦果です、イオ』
イオは膝立ちの姿勢から立ち上がり、駆け出した。
「全員、ついてこい!」
言いながらレイヴンに切り替える。リーパーが弾かれたように走り出す。
ストライクチームを追い越せば、デニスが呆けた部下を殴って走らせる。
ウィードラン部隊の最後の抵抗を粉砕し、イオは奪取されたトーチカ付近、攻略を要請されたポイントに到達した。
「ユーリ、防御システムを再起動させろ!
メイスン、敵の増援が来る前にシールドを張り直せ!」
デニスが遠方の敵を射殺しながら隊員達に指示を出す。
イオはトーチカの外壁に倒れこむようにもたれ掛かった。
荒い呼吸とぐらつく視界をどうにか回復させようと躍起になる。
「臨時司令部! ポイントA-E-6を奪還した! 現在防御システム再起動中!
敵の攻撃が予想される! 迎撃システムをリンクさせてくれ!」
リーパーがデニスの横を通り抜けてイオの隣に跪く。
「無事か?」
「見ての通りだ」
「じゃぁアンタは今ぶっ倒れる寸前だ。後退してメディカルチェックを受けろ」
「……少尉達が、彼女らなりの戦いを続けている。
俺は……義務を果たす」
「死んだら元も子もない。生きていれば、また戦える」
頭上で何かが弾ける。敵の高火力ミサイルを友軍の迎撃兵器が撃ち落としたようだ。
広範囲に黒煙と炎が広がる。あれが撃ち込まれていたら何もかもお終いだったな。
デニスがイオの様子を見遣り、ニヒルに笑った。
「MVPはダイヤモンドフレームだ!
俺は奴に一杯奢るぞ。お前達も一緒にどうだ?!」
通信の向こう側で歓声が上がる。戦場の空気が変わる。圧し潰され掛かっていた友軍が、猛烈に敵を押し始める。
イオはふ、と笑った。
「リーパー、次の作戦に取り掛かるぞ」
「イオ、アンタ……」
リーパーは何故だか、ゾッとしたような顔だった。
「……コルウェでの戦いの後、ブーマーと話した。アンタは重篤な病気じゃないかと」
「二人して俺の陰口を?」
「この戦闘で誰に呼び掛けてた? ゴブ……なんとかって」
「勝利の女神さ」
「ジョークで済ませられるような様子じゃぁ無かった」
「リーパー」
イオは顎をしゃくった。遠方で味方のコンドルが撃ち落とされる瞬間が見える。
落下した先には味方の装甲部隊が居た。あれで何人死んだだろう。
沢山死んだし、もっと死ぬ。馬鹿げた消費行動に誰も恐怖を抱かないのか?
だとしたら、もう皆病気なんだ。
「ジョークさ。見ろよ。馬鹿げてるだろう。
悪いジョークなんだよ。このイカれた状況に比べたら……。
幻覚に話し掛ける狂人が一人のたうち回ってた所で、どうって事ないだろう?」
リーパーは無言で首を振った。