送電施設奪還作戦
出張中に書いてた奴をシューッ
超! エキサイティンッ!
明日、明後日も投稿予定!
激しさと頻度に於いて、狂ったような戦いが続いた。将校達は極めて冷静にそれに対応したが、後から一つ一つを振り返って見ると、やはり狂っていた。
十分な教育を受けた大人が一人出来上がるまで何年かかる? 二十年か?
それが兵士になり、経験豊富な者を、と要求すれば更に十年? 体力が落ちる前、脂の乗り切った頃合いの、と思えばそこいらか?
彼らの為の食糧、装備、物資、給料、教育。リソースは時間的な物も含めてどれだけ莫大な物になるか。
それほどの時間と金、国家や家族からの愛を注がれて成長した人間達が、分単位、秒単位で消費されていく。
数トン単位で火薬やエネルギーポケットを消費する戦闘が、同時に、あちこちで、無数に、頻発する。
死体保護パッケージが6時間後に5000セットも増えていて、管理者を戦慄させる。
管理IDと名前が書かれたシートがクリップされたそれらには、中身が足りなかったり、或いは全く存在しない物もあって、恐ろしい事にそれは別段珍しくも無いのだ。
誰も彼も皆、おかしくなっていた。いつまでも続く戦いと激しい疲労は人々から思考能力を奪った。
ここは地獄だ。
「(ダメだ、ゲームであれこれ考えすぎるな)」
作戦への参加要請は無数にあった。西部防衛線は瓦解寸前だった。
現場は大混乱で、クルーク・マッギャバンの付け入る隙があった。イオは隠れ蓑だ。
『どこの隊でも良い、コルウェに取り残された連中を脱出させろ!』
『送電設備が奪われた。陣地の防衛兵器稼働率は4割を切ってる』
『援軍か、さもなくば撤退命令をよこせ! 私の隊がオクサヌーンに向けて戦車砲をぶち込む前に!』
『何故? 孤立してる基地が三つもあります。大規模なカウンタープランが必要です』
『ダイヤモンドフレームの戦域投入を要請する。このままでは時間稼ぎすら出来ないぞ』
オクサヌーンの後始末もそこそこにイオは西へ130キロの地点に送られた。
3552及びサロモア義勇兵団も移動を開始する。クルークとダリルは共謀し、西部防衛線への志願書とそれが受理された旨の指令データを偽造した。その上で、司令部付きの幕僚を一人抱き込み手続きはごたごたの内に処理された事にする。
クルーク・マッギャバンはその時既にオクサヌーンの英雄だった。オクサヌーンでの戦闘終了から20分後には、彼女の端末は無数の戦闘部隊からの敬意を表すメールで溢れていた。
それでも結局最後には、誰にも彼女を気にしている余裕は無かった。3552を、か。
彼女達はどさくさに紛れ、さも当然のような顔をして、事前にダリルが掻き集めた車両で西へ向かう。
『イオ、無理はするなよ。だが、トカゲどもは叩けるだけ叩いて欲しい。
ダリル中尉は各戦線指揮官の何人かにコネクションがある。
彼らと組んで少年兵部隊を逃がす時間が必要だ』
『軍曹、カーライル以下ポラトフ小隊の三名は、3552に付き合う事にしました。
まぁ長い事兵隊やってるとそこそこ付き合いも出来てくる。銃殺刑にはならんでしょう』
『我が隊の救世主様、ここまで来て死んじゃうとかは無しにしてよね。
クーリィやパックスが泣いちゃうわ。当然、私だって』
秘密を共有する仲間達とも離れ、イオはコンドルで飛んだ。
連戦は一気に体力を奪い、混乱は補給を滞らせた。
劣悪なコンディションと不十分な装備。士気を保てない友軍に、入念な準備を終えた強敵。
苦戦は当然だった。その中で、ただただ奇妙なまでの闘争心と義務感が、渦巻いている。
腹の奥底に戦え、戦えと叫んでる野獣みたいな奴が居て、その厚かましく図々しい何者かの放つ狂的な情熱が、背筋まで焦がしている。
イオは疲労困憊の中で戦闘領域を飛び回った。
『キラーが来た! 指定の人員は手筈通り順次撤退! カウンターの準備を整えろ!』
『ダイヤモンド、貴官の為に支援砲撃を行う。残された弾薬は僅かだ、正確に敵をマークしろ』
『救援要請! あっちもこっちも! そっちもどっちも!
畜生クソッタレ、助けてくれ、イオ軍曹!』
『死神が来やがったか。俺の悪運もとうとうここまでかよ』
イオを喜ぶ者がいた。逆に嫌がる者も居た。イオが敵に指名手配されている事は、既に噂になっていた。
それでも縋る相手が他に居なかった。目の前に迫る死。彼らはイオと言う独り歩きし始めた戦場伝説を頭から信じ込む事で気持ちを奮い立たせた
戦闘要員の内、生き残る者は半分程度。反吐が出る程の損耗率だ。嘘みたいだった。
「(所詮はデータ。ランダムに生成された顔面と身体的特徴に、蓄積データが入り込んでいるに過ぎない)」
だが、そうだとしても。
止せ、と思うのに。愚かな思考を止められないでいる。
『こちらシンクレア・アサルト。送電施設への強襲を開始。
イオ軍曹、一時的に貴官を指揮下へと置く。02から補給を受け、作戦に参加せよ』
『ヘイ、タフガイ。オクサヌーンは酷い有様らしいが、お前が死ぬ訳無いと思ってたぜ。
……こちらブーマー! イオと合流して渓谷からのルートを北上する!』
『こちら02、リーパー。ブーマーを寄越すのは止めといてくれないか。
川から潜入するつもりなのに、奴の図体じゃ見つかっちまうよ』
『なんだと?』
ここまで何度戦った? 何日経った? どれだけの時間ダイヴを続けている?
ミッションは達成出来ているのか? 進行中のタスクは?
ぼんやりと霞掛かった意識。だが、次の戦いを告げる声が聞こえる。
自分がどこにいるのかも分からないまま、レイヴンにマガジンを突き刺し、薬室に初弾を送り込む。
頬を打ち据える熱風と砂塵。視界に映る泥まみれの男達と、砕けた大地、焼かれた建造物。
曇天。雨が来る。生温い温度。まとわりつくような蒸し暑さ。
朝焼けなのか? 夕焼けなのか? 戦死者を回収する者達を掻い潜って
自分はどこに行こうとしてる?
『同調レベル、目標値を達成。補助脳を完全掌握』
あまりに唐突に、黄金の瞳が見開かれた。目の前。吐息どころか唇が触れ合う距離。
ブルー・ゴブレット。視界いっぱいに広がる彼女の、計算され尽くした彫刻のような美しさ。
もやが晴れていくように、酔いが冷めていくように、思考能力を取り戻していく。
『意識レベル上昇確認。休憩は充分ですか?
エージェント・イオ、貴方の帰還を歓迎します』
「…………俺は今、寝てたか?」
『近い状態ではありました。ですが、何も問題はありません。
貴方には、ブルー・ゴブレットが居るのですから』
周囲に歩兵達が待機している。苦境の中で打ちのめされ、息も絶え絶えな兵士達が。
彼らはイオにサムズアップを送っている。彼らはこれから陽動作戦に取り掛かる。かなり、死ぬだろう。これまでの事を思えば多分、半分くらいは。
誰かが敬礼した。
「ダイヤモンドフレームに敬礼。
その無欠の輝きが、人々の明日を照らしますように。
…………ここまで共闘出来て光栄でした、イオ軍曹」
ふてぶてしい態度の癖に、殊勝な言葉だ。
コンドルのドアグリップに手を掛け、イオは振り返らぬまま応えた。
「……夜明けを共に」
「夜明けを共に!」
全てが、それを共に出来る訳では無い。大体の奴は理解している。
やめろ。深入りしちまう。
思考がクリアだ。余分な事を考えてしまう。
――俺のようなロールプレイヤーはシチュエーションで攻められると弱いんだ。
――
――シタルスキア統一歴266年。6月20日、AM07:56分
――カラフ大陸、リベア山脈中央部、スコブ渓谷
――シタルスキア連合軍作戦コード「タワーシールド」
作戦ID、イオ・200
ずぶり、と、どこかも分からない渓谷の、何と言うかも分からない川底から這い出る。
熱と電磁波、サーチレーザーを妨害する特殊素材のアーマー。連続稼働2時間と言う内容量に比べ、驚くほどに軽量小型のエアボンベ。
水底を這うシチュエーションに合わせた深い青のカモフラージュが施されたそれらを身に纏えば、イオの姿はまるで亡霊のようだった。
『こちらリーパー、配置についた』
80メートル先、先行して川から這い上がったリーパーが背丈より尚高い大岩の影に隠れながら通信を飛ばす。
それに付き従う2名の隊員達が、馬鹿でかい水筒のような装備を準備していた。
友軍との通信機能、ドローンのコントロール可能範囲やパフォーマンスを補強する為の支援兵装、『ブラックフラッグ』だ。
岩陰にそれを突き立てたリーパー達は、カバのように川から顔を半分覗かせたイオにハンドサインを送る。
『ブラックフラッグを起動。観測ドローンを飛ばす。
端末をリンクさせろ』
リトルレディに大容量データの送信が始まる。リーパーの使用するドローンが上空から敵の配置を丸裸にする。
『イオ、いつも通りだ。静かに、素早く。
ここにばかり時間を掛けられない。アタシ達が躓けば、カウンタープランは瓦解する。
……シンクレアのアーマー、似合ってるよ。上手く使ってくれ』
川面を雨が打つ。水中は巻き上げられた川底の泥で濁っていた。
イオは移動を再開した。静かにとぷりと水の中に沈みこむと、アーマーの水中用オプションを起動させる。
小型スクリューが回りだし、流れに逆らってイオの体を運ぶ。
ダークグレーの濁った視界。巻き上げられた泥濘が奇妙なオブジェのように川面に向かって手を伸ばしている。
積み重なった岩は水流が緩やかであるせいか全く磨かれていない。それらを覆う水草が一斉にうねり、頭上から差し込む僅かな光をぬらり、ぬらりと跳ね返す。
そしてその奥に生まれる影と暗闇。
空恐ろしい幻想的な世界だ。
『狙撃ポイントに着いた。……オーケーだ。敵はアタシ達に気付いていない。
そのままあの世に送ってやろう』
『リーパー、こちらトライヘッド。到着まで600秒』
『了解だ。……イオ、強襲チームの到着まで10分だ。それまでに終わらせよう。
奴らの仕事を楽にしてやろうじゃないか』
リーパーの観測ドローンからの情報を吟味し、イオは川底から這い上がった。
さして高くない崖があり、そこには木々が生い茂っている。
イオはその崖っぷちに膝を突き、背負っていたSOD7を下ろした。
「(ゴブレット、敵情報を視界に)」
『リーパーの観測ドローンとリンク。敵を貴方の視界情報に投影します』
距離、およそ400。9時間前まで味方の拠点であった送電施設に駐留する敵部隊を確認。
この陣地を一時的でも良い、奪還しなければならなかった。現在防衛拠点の各種兵器が機能不全に陥っている。取り戻せば友軍拠点は息を吹き返す。
敵の数はそれほど多くない。15匹前後と言った所。後は車両の中にどれほど待機しているか。
しかし複数のサイプスと一機のトモスを確認。襲撃を警戒してか、要所にディフェンダーも展開されている。
まぁ結局の所、イオの前では無意味になる。
「リーパー、俺の装備は敵のディフェンダーを貫通出来る。
順に始末する。タイミングはお前が指示してくれ」
『リーパー了解。エスコートしてやるよ』
SOD7を長距離狙撃モードに。各機能の調整方法はアバターサポートで何とでもなった。
呼吸を止めて一秒、再度状況確認。敵配置。警戒状況。戦意。有利条件と不利条件。
イオの居る狙撃ポイントから北西に800メートル、リーパーの識別信号が現れる。
奴も準備が整ったらしい。
『お前から見て最も手前。マークする。狙え』
『リーパーからのデータに合わせ、エージェント・イオの視覚を補強します』
スコープの向こう側に居る敵が赤い光でピックアップされる。
「確認した」
『サボってやがる。あの哀れな奴を仕留めろ』
大きく息を吸い込んで、止めた。
『戦闘支援開始』
時の流れが遅くなる。じっくりと敵を睨み、観察し、引き金を引く。
大型のサプレッサーが発砲音を軽減した。強い衝撃が肩に掛かる。イオの筋力を以てしても跳ね上がる程の反動。
400の距離を超え、トカゲが吹き飛ばされた。
130キロはあろうかと言う身体が回転しながら転がっていく程の威力だ。
着弾部分は消し飛んでいる事だろう。トカゲのミンチだ。
『イオ、良い腕だ。そこから右奥、建物の屋上。
監視役が二人いる。右側は私がやる。お前は左だ』
強襲チームが到着するまでに敵戦力を一定以上削っておかねばならない。
刻限は近いが、リーパーは全く焦っていなかった。
『スタンバイ……まだだ……まだだぞ……』
二匹一組のトカゲが別々の方向を向く。互いが互いを視界から外した一瞬。
『殺せ』
イオとリーパー、発砲はほぼ同時。
そして二体のウィードランが死ぬのも、やっぱりほぼ同時だった。
『おやすみ、クソトカゲ。
イオ、私は位置を変える。一分くれ』
イオはぼんやりと銃口を彷徨わせている。
こいつも撃てる。その手前のこいつも撃てる。
殺せる。まだか?
『……イオ、どうした? 返事をしな』
ふと、我に返った。
「……すまん、待機している」
『疲れていても仕方ない。アンタは、アタシが知ってるだけでも28時間以上連続で戦闘に参加してる。
無理はするなよ。……軽々しくそう言える状況じゃぁないけどね』
「問題ない」
『なら良いが。……よし、敵は間抜け揃いだ。三匹も始末された事にまだ気づいていない。
次を指示する』
リーパーは敵の配置をよく観察し、攻撃に気付かれないように射殺する順番を指示する。
ディフェンダーの裏。監視塔の上。イオの狙撃は極めて正確で、リーパーが思わず感嘆の声を漏らす程の物だった。
『ナノマシン動作補助。気圧、気温、湿度、風向、風速。狙撃に必要な観測データはダイレクトに送ります』
サイプスを整備している個体。陣地周辺を巡回しているらしきパトロール部隊。
密やかで正確。大体のウィードランは気付く事も、苦しむ事も無く死んでいった。
イオはまるで白昼夢を見ているかのような気持ちだった。なんの情動も無い。
ただ、敵が吹き飛び、動かなくなっていくのを見る度、ほんの少しだけ口角が持ち上がる。
『ラストターゲット』
最後の標的。周辺に仲間の気配が無い事に今更気付いたか、しきりに視線を彷徨わせている。
通信機らしき物に手を伸ばした瞬間、胴体に撃ち込む。何事も無く、これまで通りに。
『ダウンを確認。……パーフェクトだ。これ程のシュートが出来る奴は連合中を探しても5人も居ないだろうよ』
「次は?」
『スケジュールを繰り上げてエンジニアを投入するよう強襲チームに伝える。
設備を復旧している間はブーマーが護衛する。アタシ達は、次の任務だ』
「コンドルを回してくれ」
イオは仰向けになり、SOD7を抱きしめながら目を閉じた。
激しい疲労感。
――時間は有限だ。次の任務を
寝言のような声が聞こえた。ダイヴシンドロームにありがちな症状の一つだ。
軽度の散発的な幻聴。少し前からだった。
馬鹿な話だ。頭がおかしくなるまでゲームを。
――冷静に、深く思考しろ。戦術と殺しの手段で敵を上回れ。
分かってる。少し静かにしろ。プレイスタイルに関してごちゃごちゃ言われるのは好きじゃない。
――なら、良い。
クソ、返事するな。幻聴の癖に。
『エージェント・イオ、意識レベルが低下しています。
必要であればブルー・ゴブレットが補助します』
「良い。構うな」
『もっと私を頼ってください』
「必要に応じて、そうしてる」
ヘリのローター音が聞こえる。遠雷の様に。
ほぼ同時に、けたたましい警報が響き渡る。これも、遠雷の様に。
今しがたトカゲを皆殺しにした陣地からだ。しかし、その警報を聞く者はもう居ない。空しく響き続ける。
イオの寝そべる崖に咲いた花が朝露を零した。頬に冷たい感触。
目を開き、のそりと身を起こした。コンドルが頭上に到着していた。
リーパーが顔を出す。
「飛べ!」
地面を蹴りながらジャンプユニットを起動。圧縮空気が放出され、イオを空中へと運ぶ。
リーパーが差し出す手を取る。中に引きずり込まれるままに任せた。
「イオ、アンタの所のお姫様、派手に始めたみたいだね」
リーパーが端末を覗き込みながら言う。
「何かあったか」
「聞いてないのか?」
「情報は貰ってるが、じっくり読んでる暇がない」
「アンタ達の望み通りだよ。少年兵部隊をかなり強引に指揮下に置いて離脱させてるらしい。
同調する前線部隊も沢山いる。チャージャー曰く、「大胆且つ巧妙なやり口だ」と。
……大人の義務か。ガキどもを逃がす為に戦うってのは、悪くない気分なんだろうな」
「お前もそれに賛同してくれた。感謝している」
「止せよ」
リーパーが首を振った時、通信が入った。
相手はチャージャー。敵の進行を遅らせる為に橋の破壊任務に向かった筈だった。
『こちらチャージャー。作戦は失敗だ。敵はジョンソン・ブリッジを突破し、追撃の為の快速部隊が先行を始めた』
「こちらは上手く行った。送電施設は直ぐに復旧するだろう」
『ならば、まだ勝負はついていない。
撤退した中で戦闘可能な部隊にリベア防衛ラインへの集結命令が出ている。
彼らに敵追撃部隊を足止めしてもらう』
「良いのか? 出がけに様子を見たが、再編途中の上、装備をかなり失ってる。
実力の半分も出せれば良い方だ。当てにならない」
『戦力の不足は我々のジョーカーに補ってもらおう。
やれるな? イオ』
イオはやはり、ぼんやりと答えた。
「お前達のジョーカーじゃぁ無い。
……だが、トカゲどもを少尉達のところまで行かせる訳にはいかないな」