通信妨害兵器攻略戦
横転した戦闘車両から引きずり出した生き残りが2名。
敵との交戦で移動手段が破壊された即応部隊員が6名。
偵察途中に撤退ルートを寸断され、孤立したスカウトチームが4名。
どういった経緯でそこに居たのか、閉鎖された安ホテルの窓から救助を要請していた高級将校が1名。
雪だるまを転がすように人数が増えてゆく。イオは思わず舌打ちした。
「(サイドクエストの嵐だ。寄り道し過ぎた)」
『彼等は、現状では有用な戦力と言えるでしょう』
「(ヒーロー宜しく人助けしてる間に少尉が死ななきゃ良いが)」
『エージェント・イオの懸念は尤もですが、現状アンネマリー記念公園は比較的安全と予測します』
「(十分後もその台詞が言えれば良いが)」
走るイオの視界の隅でにこりと微笑むゴブレット。どういう意図の笑顔なのか。
そうこうする内にハーティーの通信機がまたがなり立てる。
『こちらブラックバード。ハーティー・グッドマン、応答せよ』
「こちらハーティーだが……、何の用だ? お前は誰だ?」
『突然ですまない。我々は現在、協働部隊と共に敵兵器の破壊任務に着いている』
あぁほら、また来たぞ。
イオはサルマティアを始めとした混成部隊に「止まれ」のハンドサインを送る。
『停止指示だ、サルマティア各員警戒態勢。ヨハンは俺と上だ。
訓練通りにやれ。行け!』
即座に飛び立つ兵士達。ジャンプユニットの放つ甲高い音。
現在地はオクサヌーンを横断するメインストリートの一つだ。サルマティアが即座に散開し、死角、或いは高所に陣取って警戒態勢に移る。
やはりジャンプユニットが齎す機動力は凄まじい。一般部隊にも潤沢に配備されれば良いのだが。
『通信障害を引き起こしている特殊ユニットだ。しかしウィードランの抵抗が激しく近付けない』
「こちらは現在要人の護送任務中だ。悪いが援護は出来ない」
『このまま通信網が回復出来なければオクサヌーン・ウェストに展開した部隊は磨り潰される。
それとも短距離高強度通信ポストを繋いで“伝言ゲームリレー”でもするか?
――そこに居るんだろう、方面軍随一の殺し屋が。出し惜しみは無しにしろ』
「彼は今重傷だ。勝手な事を言うな」
イオはゴブレットに語り掛ける。判断に迷う時、ナビゲーションAIを頼るのは当然だ。
「(どう思う)」
『オクサヌーン防衛部隊の機能回復は急務です』
「(少尉はどうする?)」
『クルーク・マッギャバンの状態は不明ですが、収集したデータからアンネマリー記念公園にはかなりの戦力が集結している物と思われます。
クルーク・マッギャバンの性能は二ヵ月前とは比較にならない程に向上しています。彼女は勝利をつかみ取ると、ブルー・ゴブレットは……思います』
「(“思います”? お得意の演算はどうした?)」
『“どう思う”と聞いたのは貴方です、エージェント・イオ』
「ハハハッ」
イオは思わず笑った。何を勘違いしたかハーティーがその様子を見て苦い顔をする。
「(勝利を掴み取るか。今日は情感たっぷりだな、ゴブレット)」
『お好きでしょう?』
「(あぁ、好きだ。よし、このサブタスクを消化するぞ)」
イオはハーティーに手を振った。目を細め、肩を竦めて見せる。
通信に割り込んだ。
「ブラックバード、人を宅配ピザか何かと勘違いしてるらしいな」
『お前がイオ軍曹か。重傷と言う割には元気そうだな。……状況は今説明した通りだ』
「詳細なデータを送れ。通信できるって事は直ぐ近くに居るんだろう。
もたもたするなよ。俺達は今ウィードランと感染者の群れ、両方に追い掛けられてる所だ」
『感謝する!』
通信終了。ハーティーはもう、諦めた様子だった。
「今更だが、一応、もう一度だけ聞いておく。腹の傷は大丈夫なんだな?」
「俺は強化兵だ、ハーティー」
サルマティアの指揮官がジャンプユニットを噴かして警戒ポイントから降りて来る。
『問題発生か? それとも新たな任務か?』
「友軍支援任務だ。俺達をご指名だぞ」
『人気者は辛いな、DF』
DF? ダイヤモンドフレームって事か。
「データパックの受信を確認。相当近くにいるな。共有する」
ハーティーが端末を操作しながら簡易ブリーフィングを気取る。
「ここまでトカゲと感染者を殺しながら進んできた。余りにも順調だったから皆忘れているだろうが……、俺達は重傷者と敗残兵、そして補給不十分な救援部隊の寄せ集めだ。
俺やイオ軍曹に指揮権は無い。だから一応意思確認しておく」
サルマティアの指揮官は首を鳴らした。今更だと言わんばかりだった。
「アンネマリー記念公園に戦力が集結しているのは間違いない。
ブラックバードとか言うクソ野郎との協働任務に参加したくない者はそちらに向かい、増援を呼んでくれ。
だがもしお前達が、苦労するのが大好きだってんなら、付いて来ても構わないぞ」
兵士達は拳で胸を打った。
『答えはYESだ』
「上等だマゾヒストども」
――
スカウトチームのドローンが交戦地域の観測を行う。
火を噴く瓦礫だらけのオクサヌーンを駆け抜けながらその映像を受け取るイオ。
サルマティアが先行チームを選出し、迂回攻撃を行う。
目的地は廃工場の屋上。周辺に背の高い建物等が多く、敵兵器の発見が遅れた。
工場入り口に面した通りにバリケードが設置されており、そこに取り付いた時、即応部隊員の一人が冗談っぽく言う。
「イオ軍曹、サルマティアと協同する時は気を付けた方が良い。
挟撃に失敗した場合、友軍誤射が起こる物だが、奴等の火力でそれをやられると」
『ふざけるなカマ野郎。俺の部下にそんな間抜けは居ない』
「ジョークだ。頼りにしてるさ、騎兵隊」
スカウトチームの送って来る映像には水色のボディをした鋭角のタワーのような物が映っている。
周辺の物とは明らかに雰囲気が違う、ウィードランの好む流線形だ。
高さおよそ8メートル、直径は1メートルも無い。屋上には屈強なトカゲどもが展開し、防衛を行っていた。
『こちらスカウトチーム、マクセン。ブラックバードの部隊を確認』
「戦況は?」
『良くない。目標には強力なディフェンダーが展開されている。攻略部隊には火力が足りていない。
サルマティアの武装でもどうかな』
「……準備しろ。サルマティアの先行チームが最大火力で敵の注意を引きつける。
二段階の強襲だ。突入のタイミングはこちらで指示する」
『イオ軍曹、頼んだぞ』
「後悔はさせない」
イオ達は工場敷地内に乗り込む。激しい銃声、砲声が聞こえる。
『ブラックバードは工場内部の制圧に失敗しており、激しい抵抗を受けています。
屋上に戦力を集中できていないようです』
「(巻き込まれるのは御免だな)」
スカウトチームの内2名が戻って来た。
「壁面にアンカーユニットを撃ち込んだ。敵には気付かれていないが、周辺をファイアフライが飛び回っている。ドローンが撃墜された。
屋上への強行突入には危険が伴うぞ」
『俺達がカバーしてやる。蠅叩きは得意分野だ』
イオは上空を確認した。空飛ぶパンケーキがぶんぶんと鬱陶しい事になっている。
ハーティーがブラックバードに怒鳴った。
「ブラックバード、こちらハーティー! 目標ポイント到達!」
『こちらでも確認している。直ぐに攻撃を開始しろ』
「……だ、そうだ、イオ軍曹。俺達はいつから奴の部下に?」
「ムカつく奴だが、友軍だ。一仕事するぞ。
……攻撃開始!」
サルマティア指揮官から罵声交じりの命令が飛んだ。
『攻撃命令が出た! ぶちかませ、クソ野郎ども! トカゲを殺すか、お前らが死ぬかだ!』
『勝利か、死か!』
工場に隣接するビルの中層に陣取ったサルマティア別動隊の4名が攻撃を開始する。
機関砲弾とマイクロミサイルが降り注ぎ、一条の赤い光が駆け抜けた。レーザー兵器か?
外から見上げる屋上では破壊目標の先端と、それを守るディフェンダーの青い光が見えた。
『こちらスカウトチーム、マクセン、トカゲどもに有効打。
しかし破壊目標にダメージは無い』
「お前は何処にいる」
『サルマティアの反対側のビルだ。……ファイアフライが索敵に入るぞ!』
イオ達はスカウトチームの2名に先導されて走る。
彼等の設置したアンカーユニットは掌サイズのコードリールのような見た目をしていた。早い話が強力な巻き取り機で、20メートル程度なら一気に駆け上る事が出来る。
ジャンプユニットでは到達できない高所ならばこれだ。イオは装備のチェックを行った後、アンカーユニットを腕に装着する。
隣では同様の準備を行いながらハーティーと即応部隊員達。
サルマティア指揮官が言った。
『トカゲども、ビビってやがる。ファイアフライは俺が始末する、いつでも良いぞ!』
「イオ・200、突入するぞ!」
「ハーティー突入! 友軍識別を厳にしろ!」
アンカーユニットがひぃん、と悲鳴のような駆動音を上げる。腕が強烈に引っ張られ、身体が浮き上がる。
サルマティアは主な攻撃手段をマイクロミサイルに切り替えた。イオ達の突入を援護する為ファイアフライを叩き落す。
小さな爆発が無数に起こる。鉄クズと破片が撒き散らされ、イオはそれに包まれながら工場の壁を蹴った。
「悪くないな! アスレチックで遊んでる気分だ!」
「イオ軍曹、良いからさっさと行け!」
討ち漏らしのファイアフライがイオに狙いを定めた。搭載された機銃からレーザーポインターが投射される。
しかしその個体も即座に叩き落とされる。遠距離からの狙撃だ。
「マクセンか?!」
『スカウトチームは既に援護態勢に入っている! 行け、ダイヤモンド!』
イオは上昇を再開した。肩が抜けるかと思う程に引かれる腕。振り子の様に揺れる身体。その度に壁を蹴り、瞬く間に屋上が近付く。
『エージェント・イオ、上の階層に高エネルギー反応。
爆発に備えて下さい』
工場内部で爆発が起こった。イオの目の前、僅か数メートル上の階層だ。
横一列にならんだ窓から爆炎が噴き出し、瓦礫がイオ達を襲う。
イオの横を登っていた即応部隊員がアンカーを切断された。イオは咄嗟に手を伸ばし、彼のアーマーキャリアを掴んだ。
「ぐうぅ!」
即応部隊の標準装備はおよそ23キロ程。それを筋骨隆々、体重80キロ以上はある男が着込んでいる。正直重い。
「ぐ、軍曹、頼む!」
「任せとけよ……!」
アンカーユニットの巻き取り速度が目に見えて落ちた。それでもイオは全身に力を込めて上昇を再開。
ハーティーがイオを追い抜いて駆け上って行く。屋上付近まで到達した時、ハーティーは大きく壁を蹴ってポジションを変更し、イオに手を差し出した。
「もう少しだ! 踏ん張れ!」
イオが掴んでいた即応部隊員に手を掛け、二人がかりで引き上げる。
巻き取り機能を停止。転がる様に屋上に上がり、ユニットを開放。三人はぜぇぜぇと喘ぎながら膝立ちになり、周囲の警戒に移る。
「今のはヤバかった。イオ軍曹、借りが出来たな」
「今から返してもらう。……前進するぞ!」
イオとハーティー、二人と共にアンカーユニットで突入した即応部隊員6名は一人の脱落も無く屋上に到達した。
サルマティアやスカウトチームの支援攻撃は続いている。屋上には粉々になった室外機や引き裂かれたコンテナが散らばり、崩落して階下が丸見えになっている箇所まである。
『こちらサルマティア重装騎兵隊、いい加減ガス欠だ。
迂回攻撃チームを突入させる』
「こちらハーティー。お前達は十分やってくれた。ブラックバードの部隊は?」
『階下に一時退避している。お前達のタイミングで攻撃要請を出せ』
コンテナの影から攻撃目標を窺う。周辺にはトカゲの重装部隊が展開し、ディフェンダーによる幾重もの防衛線が築かれている。
サルマティアの攻撃によって大きな被害を受けているようだが、どの個体も戦意を失っていない。
執拗な制圧射撃を受け、イオは慌てて首を引っ込めた。
「イオ軍曹、奴等死ぬまであの趣味の悪いタワーを防衛するつもりだな」
「エナジーグレネードはあるか?」
「そんな高級品は支給されてない」
ブーマーが居ればな。イオは鼻を鳴らす。
『突入チーム、俺のヘソクリだ。上には内緒にしといてくれ』
サルマティアのその通信直後、敵ディフェンダー密集点の目の前に何かが投射された。
円錐状のそれは屋上に突き刺さると尻を破裂させ、煙幕を放出する。
『ナノマシン弾頭だ。煙幕を張りつつ、敵の通信を阻害できる。
お前達の端末の保護キャップ周波数を66.2に合わせろ。こちら側まで通信が出来なくなったら間抜けだからな』
助言通りに端末を操作。ナノマシンの周波数なのか、兎に角これで敵に対し優位に立てる。
ブルー・ゴブレットが視界を泳ぐ。
『このナノマシン・スモークに同調します。スネーク・アイ、最大効果』
そうかよ。イオは深呼吸を一つ。精神を研ぎ澄ませた。
『高度戦闘支援を開始。スネーク・アイ、起動。
敵の威嚇射撃を確認。比較的安全と思われる進行ルートを提示出来ます』
青い光が尾を引いて走り、屋上に一本のラインを描いた。
ゴブレットの指示するルートはコンテナを潜り、室外機の残骸を越え、屋上の隅を通るようになっている。
『サルマティア迂回突入チーム、配置に着いた』
『こちらブラックバード、攻撃再開準備よし』
『スカウトチームはナノマシン・スモークの中を覗けない。これ以上の支援は不可能』
イオは簡易のセルフチェックを行った後、静かに言った。
「混成チーム総員、攻撃開始。ハーティーは俺と来い。
友軍識別信号を見誤るなよ」
彼等の足音は密やかだった。イオは煙幕を掻き分けていく。
――
闇の中、よりも更に有利なシチュエーションだった。敵はナノマシン・スモークで熱感知機能等を封じられている。
トカゲがイオの極めて密やかな気配に気付いた時にはもう遅い。ある個体はナイフ、またある個体は拳銃弾、手当たり次第に始末していく。
その攻撃は非常に効果的、効率的だった。あれほど強固だったウィードランの防衛線は3分足らずで木端微塵になった。
『破壊目標を守るディフェンダーを停止させます』
稲光を放ち、青い防壁が霧散する。その頃にはスモークも晴れかけていて、そしてその瞬間をサルマティアは待ち焦がれていた。
『ディフェンダーの消失を確認。総員、目標から離れろ』
転がる様に逃げる兵士達。直後、ウィードランのタワーに4発の徹甲弾が突き刺さる。
根元から圧し折れ、拉げ、バラバラになるタワー。兵士達は歓声を上げた。
「やり遂げたな、イオ軍曹!」
「ハーティー、お前が居てくれて良かった」
ハーティーと拳を打ち合わせる。彼は頬に付着して乾いた血痕をぱらぱらと削り落としながら笑っている。
「撤収準備、アンネマリー記念公園へ」
即座に移動を開始する各員を尻目に、イオは通信を繋いだ。
対象はクルーク・マッギャバン。
『……ら35…2…隊、クルー………』
「少尉、聞こえるか」
『繋ぎ…せ! パックス! …うだ! あー、あー! 聞こえるか?! イオ軍曹! そうなんだな?!』
「そうだ、少尉、俺だ」
『通信封鎖が一部取り除かれた! 貴官がやったんだろう?!』
「その通りだ。良いサプライズになっただろう」
通信の向こう側で大きな歓声が上がる。
『貴官には本当に……驚かされる。いつも我々の一番欲しい物をくれるな』
「少尉、アンタの役に立てて光栄だが、拙い状況なのは変わらない。
直ぐそちらに向かう。アンネマリー記念公園だな?今どうなってる」
『我々も黙ってやられるつもりは無い。周辺で孤立していた戦力を糾合し、防衛網を再構築している』
「……よくそんな事が出来たな」
『私は強化兵だ。貴官の指揮官でもある。やって見せるさ、この程度の事』
ハーティーが口笛を吹いた。
「大したモンだな、貴方の指揮官は」
「だろう?」
当然だと笑って見せるイオ。
『イオ軍曹、貴官の言う通り拙い状況だが、それを好転させて見せる。
我々は最後まで諦めない。カーバー・ベイからここまでの撤退戦で学んだ事だ。
力を貸してくれ』
イオはレイヴンのマガジンを交換し、歩き始めた。
「答えはYESだ」