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一生掛かったって返してやるさ


 『極めて特異な性質と言えるでしょう。

  意図的に仮死状態となるシステムを持つ生命体は存在しますが、ここまで完全に生体反応を隠し切る存在は他にありません。

  人類種が言う所のファジーな表現になります。カラフ・ウィルス感染体は、生物学的に生きている根拠が存在しない状態でした』

 「ゴブレット、奴らの生態メカニズムに興味はあるが、俺が知りたいのは奴らの殺し方だ」

 『物理的な破壊です。火など、特に有効かと』


 直ぐには用意出来そうも無い。イオが持つ兵装はライフルとハンドガンの他には破片手榴弾が二つきりだ。


 「ばら撒ける程の弾は残ってない。このままじゃ拙いな」

 『ヴィマー・アムルタスを待たず、ブルー・ゴブレット単独での開錠を試みますか?

  恐らく時間の短縮にはなりませんが』

 「なら良い」

 『一時撤退も視野に入れて検討を』

 「……リトライの機会を待てるほど、俺達に余裕は無い。特にリーパーは」

 『彼女の生存を確信しているのですか?』


 イオは鼻を鳴らした。妙なタイミングでズレた質問をしてくる物だな、と呆れたのだ。


 「彼女が生きていても、死んでいても、置き去りにはしない」


 イオはそれでゴブレットとの会話を打ち切った。次に呼び掛けるのはヴィマーだ。


 「少佐、急かすようで悪いが、繭の中で何かが暴れている」

 『もう少し待て、10カウントだ』


 十秒、それくらいならば。

 そう思った瞬間、一つの肉の繭を突き破り、どろどろに溶けた腕が飛び出して来た。


 思わず息を呑む。緑色の視界の中でも良く分かる。

 ぬらぬらと光る溶けた肌。乳白色をした皮膚のなり損ないが蔦か何かの様に纏わりつき、その切れ端がぶらぶらと揺れている。


 『待て、問題発生だ』

 「それは悪い報せだな」


 突き出した腕を起点に繭の中で暴れる何か。

 破水したかのように穴から汚濁が迸り、汚らしい音と共に床を濡らす。

 それは穴の淵に指を掛け、強引に繭を破った。肉片と共に転がる様に現生に現れたそれは、イオが先程コントロールルームで目撃した個体よりもずっと人の名残があり、それがより大きな不快感を与えて来る。


 「(筋肉の肥大、露出。皮膚、体毛の喪失。特徴はそのまま)」


 イオは膝立ちになり、息を潜めた。暗闇の中、相手は起き抜けだ。常識が通用するとは思っていないが、気付かないでいてくれたならばこれ程有難い事も無い。

 他の繭も揺れが激しくなる。明らかに大きな手や足がそれを突き破り、次々と飛び出す。

 居心地の良いベッドだろうに。ゆっくりしていれば良い物を。


 『軍曹、バンカー内制御システム再起動時にオールクリアが掛かった。緊急避難プロトコルの一部だ』


 イオは返答出来ない。一言でも口から放てば途端に気付かれるだろう。

 リトル・レディの画面から露光しないように身を屈め、画面を隠す。仕方なくテキストデータでの返答。


 ――危険な状態。開錠を。

 『済まなかった、もう開くぞ』


 がこ、と大きな音がした。それに続くエアの排気音。イオは舌打ちした。

 重要区画の為の特別なロック機構か。これほど大きな音がするとは。


 『気付かれました』


 だろうな。ゆっくりと開いて行くドアがもどかしい。


 「データルームに入る! 少佐、またこちらから連絡する! イオ、アウト!」


 繭から飛び出し、身体を戦慄かせていた怪物達がデータルームに視線を集める。

 そしてその前に居るイオを。


 走り出した。一斉に。


 「(ゴブレット、閉めろ)」


 データルーム内の安全確認もそこそこにイオは中へと飛び込んだ。

 開いた時と同じようにゆっくりと閉まるドア。そこに怪物達がむしゃぶりついてくる。


 イオは出鱈目にレイヴンを乱射して、掛かる一体を蹴り飛ばした。肉片と体液が飛び散る。

 怪物達が差し込んだ腕がドアに挟まり、安全装置が働いてドアが再び開こうとする。


 「クソ! 離れろ!」

 『システムハック。強制閉鎖』


 レイヴンの銃床で何度も怪物達を叩きのめした。ゴブレットがドアのインターロックに干渉し、無理矢理に閉じさせる。

 肉と骨を押し潰しながら閉じて行くドア。イオはその悍ましさに顔を顰めながら一歩、二歩と後退った。


 『閉鎖完了。脅威は遠ざかりました』

 「閉じ込められた」

 『長期戦に備え、ナノマシン及び補助脳の負荷低減を開始します。

  戦闘支援、シャットダウン』


 ゴブレットの言葉と共に頭が急に冷えていく。

 べっとりと体に付着した怪物達の粘液。イオはそれを何度か払って鼻で笑った。


 「困ったな、汚染された。奴らの仲間入りは御免だぜ」


 ま、そうは言ってもプレイアブルキャラが感染してゲームオーバーなんて事にはならないだろうが。

 いや、待てよ。そういうゲーム結構あるな。


 『後方にコクーンを確認。活性化を開始しています』

 「あぁそうかよ」


 イオは素早く反転して射撃姿勢。そこでレイヴンがへし曲がっている事に気付く。

 手荒に扱い過ぎたようだ。仕方なしにハンドガンを抜く。


 データルーム、と言うよりはサーバルームのような趣だった。

 大型の処理装置と複数の端末。再起動が掛かった直後だからか、小さなランプを幾つも明滅させながら低い稼働音を立てている。


 そしてデータルームの奥の奥、ひっくり返った椅子のすぐ傍にある肉の繭。

 例に漏れず内部では怪物が激しく暴れている。


 「おど、ざ

  おがぁ、ざん」


 発砲しようとしたイオはその声に凍り付いた。今、明らかに理性ある言葉が聞こえた。


 「間の抜けた事を聞くようで悪いが、今アイツ喋らなかったか」

 『ブルー・ゴブレットは同意します』


 繭が破られた。中からこぼれ出た人型は、データルームのドアを今も叩き続ける怪物達とは明らかに違った。


 「おど、おぉぉ、ざぁん」


 粘液に塗れて床でのたうつそれは生前の姿をある程度残していた。

 髪もあれば皮膚もある。所々身体が膨れ上がっている物の、それでも男女の見分けが付く程度には人間だ。


 それは、女だった。肩まで届く髪の。


 撃つべきか、待つべきか。イオは迷った。明らかに特異な個体だ。


 「ひ、ひ、ひ、

  ひいいいいいいいいいいいいいい」


 耳をつんざく様な悲鳴。倒れ伏したまま赤子のように身を丸めたその個体が叫んだのだ。


 『特殊な……。

  解析不能。未確認のデータ放出を確認』

 「なんだデータ放出って。そんな表現があるのか?」


 ひいいいい。悲鳴は続く。腹の底まで凍えるような叫び声で、膝から力が抜けそうになる。


 「悪い予感がする。撃っていいかゴブレット」

 『外部の状況に変化が』

 「報告は具体的に頼む」

 『熱源増加。移動しています。明らかに此処、データルームに接近してきています。

  区画遮断処理がクリアされています。シャッター開放状態。

  ――敵戦力、増加中」


 コイツが呼び寄せている。イオは肌が泡立つ感覚に堪えながら、ハンドガンを構え直す。



――



 結局イオは発砲しなかった。

 のたりと起き上がったその女は端末デスクの上に放り出してあった拳銃を取り、


 銃口を蟀谷に押し付けて自ら命を絶った。


 『完全に死亡しています』

 「コイツは化け物になり切っていなかった。理性が残っていた」


 イオは女の死体に傍に膝立ちになり、首に賭けられていた認識票を手に取る。


 『メリル・ノルデン』

 「興味がある。調べられるか?」

 『データベース検索。……該当あり。

  記録では十カ月前、訓練中に事故死』

 「ゴーストか」


 偽装死亡からの特殊部隊異動って所か。念入りだな。


 リトル・レディに通信が入る。


 『イオ、おいイオ! アンタ、何かしただろう』

 「リーパー、意外と早くお前の声が聞けたな」

 『感染……いや、変異体と言えば良いのか?

  一斉にどこかへ走って行った。多分、データルームに』

 「心当たりはある。だがどう説明したら良いのか分からない」


 またもや通信。ヴィマーだ。共有通信に切り替える。


 『おいゴーストオプス、折角封鎖したシャッターが全部開いてるぞ。どういう事だ』

 『バンカー内の制御システムエラーだ。ロックダウンが全て解除されている』

 『全て? 解除? がら空きって事か?

  ……待て、冗談は止しな! アウトブレイクが起こる!』

 『お前に言われずとも分かっている。再度、施設の閉鎖を試みている所だ』


 イオはメリルの顔に触れた。感染リスクは今更だった。

 見開かれた彼女の目を閉じさせ、端末に向き直る。


 「(盛り上がってるな。ゴブレット、データをかっぱらえ)」

 『開始します』


 リーパーはヴィマーの冷たい声音に当てられ、幾分か冷静さを取り戻したようだ。


 『……クソ、……あぁ分かった。

  それでイオ、アンタは大丈夫なのか?』

 「ノックの音がうるさくて嫌になってる所だ」

 『直ぐにそっちに向かう』

 「リーパー、俺はお前に奇妙な自己犠牲はよせと言ったよな」

 『アタシの遣り方が不満なのか? アタシは冷静だったし、今もそうだ』

 「冷静だと言うならこっちには来るな。お前の努力は少し無駄になっちまったが、まだ出来る事はある筈だ」


 先程リーパーが放った言葉。アウトブレイク。

 これは恐ろしい話だ。ゲームのエンディングに大きく影響するだろう。


 「(ゴブレット、ウィルスを外に出さない方法はあるか?)」

 『既に不可能な段階にあります』

 「(冷たい言い草だな。お前の危惧する“人類の存亡”に関わる事態だぞ)」

 『……このような事になるとは、誰にも予想出来ませんでした』


 今更人間臭い事言いやがって。成長著しくて涙が出るね。


 『マップをチェックします。リーパーがそのポイントの封鎖に成功すれば、脱出の助けになるでしょう。

  同時に、データルームからの脱出プランを提示出来ます。独立したダクトルートの一部がメイン通路に露出しており、破壊可能です』

 「リーパー、マップデータを更新する。指定したチェックポイントを封鎖してくれ」

 『……これは、……相変わらず何でも御見通しって訳かい?』


 イオはどかりと椅子に座り込む。ぼんやり光る端末を見詰めながら、皮肉を返した。


 「何でも御見通しなら、こうはならなかった」

 『まぁ、何だっていいさ。合流したらお前に……。

  お前に頼みがある。だから、急いでくれ』

 「……? 良いだろう」


 ゴブレットが視界の中を泳ぎ、イオに寄り添う。


 『バンカー失陥時の物と思われるデータ類を確認。

  作成者、メリル・ノルデン』

 「……見せてくれ」



――



 暫くイオはデータの海を眺めていた。メリルの残したそれは、余程大急ぎで作成された為か整理されておらず、情報になる前のデータ段階だった。


 十分か、二十分か、読み取り辛いデータの羅列はさっぱりイオの頭に入ってこなかったが、そういうのはゴブレットに丸投げだ。


 ただ、メリルと言う女が命懸けで残したムービーファイルだけは、イオにも理解出来た。


 端末デスクの上に残されていた彼女の物と思しきレイヴン。目立った損傷も無く、先程壊れたレイヴンの代打になりそうだ。

 イオは装備を整えながら暫くメリルの顔を眺めていた。



 『みんな、みんな、地獄に落ちろ。わ、わ、私達の身体も魂も、焼き尽くされて灰になれ。

  何より、誰より、ジョンソン・マクシーマの亡霊ども』



 『データ回収完了。破棄データ、強固なプロテクトの掛かったデータを除けば全てです』


 外部からの雄叫びとノックは更に激しさを増している。ゲームでなければ頭がおかしくなりそうなシチュエーションだった。


 「少佐、状況はどうだ?」

 『たった今リーパーと合流した。お前の指定したチェックポイントに居る』

 『イオ、散発的だが変異体が襲ってきてる。どこから来てるのか分からない。

  余り長居は出来ないね。ヴィマーに聞いた話じゃ、ダクトの中ももう安全とは言えないらしい』

 『外で待機させている部下達にバンカー周辺の監視を命じた。

  もし変異体が外に出れば彼等が射殺する』


 そうか、ぽつりと一言。

 ゴブレットの言う事を信じるならアウトブレイクは阻止できないようだが、慰めにはなるか。


 「ゴブレット、ファイルをシャットダウン。続きは戻ってからにしよう」

 『エージェント・イオ。気に病む事はありません。

  状況を見るに、ウィルスの暴露は時間の問題でした。

  我々がここを開かずとも、ウィードランが開いたでしょう』

 「止してくれよ。トカゲ狩りの任務に、化け物狩りが追加されるだけだ。俺は平気だ。

  俺は……大丈夫だから」


 この憂鬱な気分は、何なんだろうな。


 イオは椅子を蹴とばす様に立ち上がった。メリルの死体を一瞥、ダクトに飛び込む。


 がこがこと音が鳴るのも構わずに全力の匍匐前進。ゴブレットの指定したポイントまで到達し、身を縮こまらせて壁面に足を掛ける。


 「リーパー、ヴィマー、ダクトから出る。撃つなよ」

 『何? お前、今何処に……』


 耳を押さえながらハンドガンを構える。ダクトは薄い鉄板で出来ている。射角さえ間違えなければ跳弾の危険性は少ない。


 がう、と発砲音が反響する。抑えていて尚、耳がイカレそうになる。

 連射してダメージを与え、全身に力を込めた。


 めりめりと引き千切れるように広がる穴。そこを地道に広げて、とうとうイオは外に転がり出た。


 「……一体どういう筋力をしてるんだ。ひょっとしてアンタも感染してるんじゃないか?」

 「そんな冗談が出るって事は、コイツは要らないか?」


 イオはリーパーに黒いカートリッジを見せびらかした。

 外傷治療ジェルのカートリッジに酷似したそれは、以前カーライル伍長にも使用した物だ。


 メリルのレイヴンの隣に放り出してあった。不幸中の幸いと言えた。


 ツールを取り出し、まず自分の首に押し付ける。これは毒見してみせると言うの意味合いもある。


 「治療薬だ。感染の危険性がある。お前の分も確保している」

 「それは……本当か?」


 リーパーは何故かへたり込んだ。何だ? と疑問を持つ暇も無く、ゴブレットが言った。


 『傷を負っています。感染を確認』

 「お前……見せろ」


 彼女は力なくへらりと笑う。イオは腕を引っ張った。


 二の腕の裂傷。いや、噛み傷。変色している。


 「何故言わなかった」

 「言ってどうなるんだ。無駄に不安を煽るだけだろう?

  ……幽霊野郎に頼んだ所だったんだ。アタシがおかしくなったら殺してくれって。

  アンタが間に合いそうで安心してた所だったんだよ。やられるなら、アンタの方が良いからね」

 「馬鹿め」


 イオは外傷治療ツールの先端とカートリッジを交換し、有無を言わさずリーパーに撃ち込む。


 「更に貸し一つだぞ。返済の宛てはあるんだろうな?」

 「一生掛かったって返してやるさ。安心しな。

  ……何だよ、何を怒ってる」


 イオはリーパーを突き飛ばす。ヴィマーが肩を竦めてそれを見ていた。


 「作戦は成功だ。脱出する。

  だが……今回の事は深く話し合う必要があるだろうな」


 唸り声が聞こえた。近い。

 暗闇の奥から怪物達が姿を見せた。もううんざりだった。


 「最後の最後まで、本当にしつこい奴等だ」


ちょっとスマートに纏めきれなかった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] レビューを上手くまとめる文才が無いので、毎話評価ポイント入れさせて欲しい作品
[一言] 人類の自滅フラグが立ってしまったのだろうか。 ゴブレットが人類を高効率の管理をしようと暴走しなければ良いが。そうなったら主人公にはどうにもできないし。 ゴブレットは主人公に一方的に干渉で…
[良い点] 更新来た! [気になる点] 生物兵器は制御が難しい… [一言] 研究所のお約束自爆シーケンスが開始されない…だと?
2020/05/30 03:39 赤いガチャピン
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