シンクレア・アサルト
ゲームは一日一時間なんて守ってられるか。そんなんじゃとても満足できない。
ましてや今時のゲームは一時間じゃセーブポイントに辿り着く事すら出来ない事もままある。
今回はステージ一つクリアするのに充分だったが、まだまだ先は長いんだ。
電子の海の中を揺蕩いながらイオはブルー・ゴブレットに要求した。
「ミッション2終了だ。次の作戦に取り掛かろう」
無表情な癖に満足げなAI。
『ブルー・ゴブレットは協力者である貴方が意欲的である事を嬉しく思います』
「好きなんだこういう空気」
『空気、ですか?』
「スリルと興奮さ。強大な敵、追い詰められた味方、激しいアクションとその中のドラマ」
『貴方はこの状況を楽しんでいるのですね』
そりゃそうだ、ゲームは楽しむためにする物だ。
ゲームなんて不謹慎の塊だ。物語の中で誰が生きて、誰が死んでも、それはユーザーが大きな情動を得るためのドラマでしかない。
フィクションだからと侮るつもりは毛頭ないが、フィクション相手に遠慮も自粛もある物か。
「苦しい状況の中で、人間が必死に足掻く姿は美しい。
クルーク少尉の事なんか特に気になるね」
AI相手に持論を展開するなんて何だか独り相撲のようで恥ずかしいが……。
かなりのデータを蓄積した賢い奴のようだし、まぁ良いだろう。
イオの発言を受けてブルー・ゴブレットは沈黙した。内容を上手くデータ化出来ないようであった。
やがて変わらない調子で口を開く。
『つまり、彼女に好意を抱いていると?』
「それは今後の展開による」
クルーク・マッギャバン。人形めいたお姫様だ。イオの好みはもう少し成熟した女性だ。
純粋に彼女がどう言うキャラクターなのか、どう言う運命を辿るのか興味がある。それだけだ。
『貴方の言う事を完全には理解出来ませんが、ブルー・ゴブレットは人類種を愛しています。
これは貴方の抱く感情に近しい物と認識しています』
回りくどい言い方だ。こういうのが最近のAIの流行りなのか?
まぁ良い。それに彼女の言う事は大体合ってる。……と思う。
イオはゲームに感情移入して楽しむタイプだ。
「もう良いか? 次の戦いを」
『承認します、エージェント・イオ。
貴方と私で、人類に夜明けを齎しましょう』
洒落た言い回しだ。気に入ったぜ。
――
――シタルスキア統一歴266年。4月11日、AM10:26。
――カラフ大陸中央部、クライスワース荒涼帯。
――作戦ID、イオ・200。
イオは兵員輸送トラックの上に取り付けられた銃座に着いていた。
カーライル達三名の戦闘工兵が急ごしらえで準備した銃座は各所に溶接の痕跡があり汚らしい見た目だ。
しかし雰囲気は出ている。イオはこう言うのも好きだ。
トラックは荒れ果てた荒野を進む。赤茶けた大地を眩しい太陽が焼いている。
周囲には何もない。遮蔽物も、逃げ込めるような建物も。
遥か遠方に巨大な山々が見えるばかりだ。
ここで襲われたら堪らんな。ゲームオーバーは御免だ。イオは索敵に努める。
並走するトラックの助手席でクルークが頬杖を突いている。ふと目が合った。
「……軍曹、ウィスキーの事なら後にしろ! 今貴官に酔っぱらって貰っては困る!」
トラックの走行音に負けないようにクルークは声を上げた。
イオは答えずに肩を竦めた。このゲーム内でアルコールを摂取したらどうなるのか興味があるが、それは今で無くても良い。
「ん」
銃座の足元に設けられたトラックのコンテナ内部に繋がる天窓がノックされる。
イオが窓を開くと中から少年兵が見上げて来た。
「……軍曹、疲れてないですか」
視界の隅に少年兵のデータが表示される。
パクストン・コルニーニ。太い眉、純朴そうな顔立ち。
「パクストン二等兵、心配は要らない」
「パックスで良いですよ」
パックスは言いながら腰のポーチをごそごそとやっている。
何か取り出そうと言う所で、トラックが大きく揺れた。パックスは天窓の縁に額をぶつけて呻く。
「いってぇ~」
「…………」
「あぁ、えっと、軍曹、これを」
パックスが取り出したのはチョコレートらしき固形物だ。
一度溶けた物を再び固めたらしく、歪に歪んでいる。脂肪が浮いて白くなっていた。
「カーバー・ベイの集積所で見付けたんです。軍曹もどうぞ」
疲れた時には甘い物です。パックスはそう言ってチョコレートを差し出してくる。
良い奴だなコイツ。AI相手だと分かってはいたが、ついついそんな事を考えてしまった。
イオはチョコレートを口に放り込んだ。ざらついた食感と違和感のある甘味。決して美味くは無い。
案の定このゲーム、味覚の再現までしている。ひょっとして空腹とか便意とかもかな。
ゲーム内でそう言った感覚のフィードバックを受け過ぎると実生活に悪影響が出る事は既に実証されている。
アングラのゲームをやる以上、気を付けていなければ、とイオは自戒した。
「ありがとう、パックス」
「……それじゃ」
パックスは言葉短く窓の下へと引っ込んだ。少年兵達は何事か騒いでいる。
『どうだった?』
『いや、どうって言われても……』
『トモスをぶっ潰した時の事、何か聞いたか?』
イオの話題で持ちきりのようだ。
「……軍曹!」
遣り取りを見ていたらしいクルークがイオを呼んだ。
「何か!」
「……彼らを生かして帰してやりたいのだ」
「……知っている!」
その為にクルークと言うキャラクターは、世界を呪いながらも責任を果たしているのだから。
ふと後方に視線をやった時、イオは雲一つない掃天にそれを見つけた。
目の良いイオですらぼやけて見える程の距離。どうやらヘリらしい。
「七時の方向にヘリ!」
クルークに呼び掛ければ彼女は窓から身を乗り出して空を確認した。
カーライル伍長と怒鳴り合う。
「コンドルだ! 友軍だな!」
「救援要請してみるのはどうだ?!」
「……そうだな、やるだけやってみよう!」
コンドル・ヘリの飛行ルートはこちらの進行方向と一致している。速度は向こうの方がずっと早い。
あっという間にコンドルはその姿を細部まで確認できる距離まで接近してきた。
クルークが端末を操作する。しかし向こうに呼び掛ける前に、向こうから呼び掛けられた。
『こちらシンクレア・アサルトチーム第一分遣隊。所属を述べよ』
クルークがパッと顔色を変える。驚きの表情だ。
隣の運転席にいるノイマンも同様の表情を浮かべていた。
「……こちらカーバー・ベイ臨時防御陣地所属、3552小隊。
まさかこのような場所であのシンクレア・アサルトチームに会えるとは、光栄だ」
どうやら有名どころらしい。コンテナの中で少年兵達が歓声を上げるのが聞こえる。
『データ照合を行う。貴官の姓名を』
「クルーク・マッギャバン少尉、IDはD-189」
『区分D? 成程、若年の強化兵か。……照合完了』
何が成程なのやら。クルークは少しだけ不愉快そうな表情になる。
「御覧の通り、我々3552は現在撤退中だ。近くには友軍も居ない」
トラックは走り続ける。シンクレアのヘリは速度を落とし、トラックに追従するように飛ぶ。
「救援を要請する。我が隊の殆どは訓練不十分の少年兵だ。戦える者は数名しかいない」
『トラックを停止させろ、少尉』
「……? それは救援要請を受け入れてくれると言う事で良いのか?」
『トラックを止めろ。話はそれからだ』
酷く高圧的な物言いだった。クルークは戸惑った様子だ。
友軍にこのような態度を取られる理由が分からない。
だがこんな、今にも敵が現れて不思議ではない場所で揉める気も無かった。
クルークは停車を命じる。ヘリが上空を旋回し、開け放たれたドアから機銃が向けられる。
トラックの助手席から飛び降りたクルークは端末に怒鳴った。
「……おい、シンクレア! そちらのガンナーは明らかにこちらに照準を合わせている!」
『そのまま大人しくしていろ。抵抗はするな』
「なに?!」
ヘリから四名の兵士が飛び降りた。十五メートル程の高さだ。
地面に叩き付けられる直前、彼らの身に着けるアーマーの背部、腰の辺りから大量のエアが放出された。
へぇ、まぁSFだし、そういうのもあるよな。
歩兵のジャンプや着地を補助する為のシステムらしい。四名のアサルトチームは何の問題もなくスムーズに着地し、トラックに銃を向ける。
「少尉、どうする」
「待機だ軍曹! カーライル伍長達もだ! ……シンクレア、どういうつもりだ、何故銃を向ける!」
シンクレア・アサルトチームからの返答は無い。
兵士達は僅かに腰を屈め小走りに近付いてくる。上半身を揺らさないよう膝で振動を殺す走り方だ。
一人が周辺を、二人がトラックとイオを、最後の一人がクルークを警戒する。
そしてその最後の一人が、フルフェイスヘルメットの下からくぐもった声を聞かせてくれた。
「すまんな少尉、クソッタレエイリアンどもからサプライズプレゼントを持たされている可能性がある。
調べさせてもらうぞ」
「何の話です? サプライズとは?」
話す内に更に二名がヘリから降りて来た。アサルトチームが艶消しの施されたグリーンのアーマーであるのに対し、こちらは白いアーマーを着ている。
軽装で、手には円盤に柄を取り付けたような奇妙な外観の機械を持っていた。
「始めろ」
「……子供だからと舐めて掛かってくれた物ですね」
「直ぐに済む」
「イオ軍曹、抵抗するな」
イオは機銃を向けてアサルトチームと睨み合っていたが、クルークの指示に従って銃座から離れる。
白いアーマーの兵士が自身の端末を確認しながらクルークの身体に円盤を這わせる。
数秒それを続け、アサルトチームと顔を見合わせて一つ頷いた。問題無いらしい。
「クルーク少尉、部下に降車を命じろ。悪いようにはしない」
トラックからぞろぞろと降りてくる少年兵達。怯えていた。
「……本当にシンクレアだわ」
「でもそのシンクレアが俺達に銃を向けてるんだぜ?」
「パックス……まさか俺達、撃たれないよな」
「分からない、兎に角静かにしてろ」
カーライル達戦闘工兵三人組も流石に険しい顔をしている。
「連合軍の誇るスペシャルフォースも、友軍に、それもガキに銃を向けるようになっちゃお終いだな」
頭の上に両手をやり、跪いて無抵抗のポーズ。
カーライルは皮肉を飛ばすが兵士が取り合う様子は無い。白いアーマーの兵士二人は手早く作業を済ませていく。
結局特に問題は無かったようだ。アサルトチームは銃を降ろした。
改めてクルークはアサルトチームに向き直る。
「ふぅ……問題無しと言う事で良かったのですか? では説明して頂きたい」
「その前に何故こんな所に居るのか聞かせてくれ」
「…………それは随分勝手な言い分だとは思いませんか、大尉殿」
「階級に敬意を払え、少尉」
クルークは鼻を鳴らした。
「官姓名とID、作戦目的を明確にしてくれたならば、私も軍規に則った態度で居られる。小隊の保全は私の義務です、大尉。
特殊部隊と言うのは便利な物だ。それらを無視出来ると言うのだから」
「任務の為だ。……だがまぁ良いだろう。譲歩は必要だ」
大尉がヘルメットの首元、顎の裏辺りに触れた。
ヘルメットのバイザーが開き無精髭を生やした男の顔が現れる。
ブロンドの髪。顎はがっしりとしている。
「作戦コード、チャージャー、官姓名とIDは機密の為明かせない。
任務は『サプライズプレゼント』を発見、排除する事」
「で、そのサプライズとは?」
「ウィルスだ。ウィードランがカラフ西部から撤退する兵士達に何らかの方法で感染させている。
暫定的にカラフ・ウィルスと呼称されている」
「ウィルス……。特徴は?」
「高熱、多量の発汗、暴力的な衝動の増大。再編成中の兵士が発症し、同僚に襲い掛かる例が頻発している。
空気感染はせず、ウィルスとしての生命力も然程強くない。……が、放置はできない」
「見分ける方法は?」
「検知器を使用せず発症前に見つけるのは難しい。熱を出して苦しみ始めたと思ったら隣の奴にガブリだ。
発症後は目の異常な充血が見られる」
「……治療法は?」
「発症前ならば。……発症後のそれについては対策チームが研究中だ」
えぇ…………
クルークとチャージャーの会話を聞いてイオはうへぇ、となった。
ガブリってなんだ。ゾンビか。
SFシューティングを楽しんでいたらゾンビアポカリプス物になりました、なんてのは余り嬉しくないな。
「貴重な情報に感謝します。それで改めてお聞きしたいのだが、我々を助けて頂けるのか否か」
チャージャーは腕組みし、少し沈黙した後に答えた。
「済まないが少尉、3552の支援は俺達の任務ではない」
クルークはこれ見よがしに溜息を吐いた。
「そうだろうと思っていました。撤退中に出会った友軍は皆、我々の事をピクニックを楽しんでいるボーイスカウトか何かと勘違いしているようでしたので。貴方もそうだったと言う訳だ」
「少尉、代わりに…………ん? 少し待て」
大尉相手でも構わず皮肉を飛ばすクルーク。チャージャーは何処かから通信を受けたようで、ヘルメットを操作してガードを降ろした。
一同が見詰める先、チャージャーは厳しい声音で応答している。
「……分かった、こちらのコンドルを回す。連中を支援してやれ」
通信を終えるとチャージャーは3552そっちのけで部下と相談を始めた。
「チャージャー、リーパーに問題が?」
「鱗付きどもに対して陽動を行う必要がある。俺達のコンドルを支援に回す」
「なら俺達は……改めて足を調達する必要があるな。当てはあるのか?」
「あぁ。……コンドル04、指定のポイントへ迎え!」
チャージャーは叫びながら上空のヘリにハンドサインを送った。
ヘリはすぐさま方向転換し、東の方角へと飛び去って行く。
「……なんだか凄く嫌な予感がするぞ」
思い切り眉を顰めるクルークに、チャージャーは言った。
「少尉、このトラックを徴発する。
なぁに、相乗りさせて貰うだけだし、進行方向はこれまでと一緒だ。安心してくれ」
――
「……考えようによっては……そうだ、物は考えようだ。
…………頼りになる護衛が来たと思えば良いのだ」
イオの隣、銃座の足にしがみ付きながらクルークはぶつぶつ言っている。
今、二台のトラックはシンクレア・アサルトチームの隊員によって運転されていた。
チャージャーの言った通り彼らの目的地はトラックの元々の移動ルート付近にあるらしく、一行は変わらず東を目指す。
シンクレアは敵の展開していない比較的安全なルートを把握していた。
それを思えば寧ろ安全度は増したと言える。いや、そうに違いない。クルークは自分に言い聞かせている。
土煙を上げながら荒野を行くトラック。イオはそろそろ飽き掛けていた。
幾らなんでもイベントシーンが長過ぎる。アクションはいつ始まるんだ?
「……おいお前、少年兵と言う感じじゃないな」
イオやクルークと一緒にトラックコンテナの屋根に座っているチャージャーが言った。
何と答えるか悩むイオより先にクルークが答える。
「イオ軍曹です、大尉」
「そうか軍曹。お前も3552か?」
「いや、違う」
敬語も何も無い。素の調子で返すイオにクルークは蟀谷を揉んだ。
こんな調子だから余りイオに喋らせたく無かったようだ。芸の細かいNPCだ。
幸いな事に、チャージャーはイオの態度を気にする事も無く会話を続ける。
「ではどこの?」
「分からない」
「分からない、とは?」
クルークが補足した。
「彼は極めて長期間冷凍睡眠状態にありました。記憶が混乱しているのです」
そういえばそんなキャラ設定だったっけ。
「冷凍睡眠? 何処で」
「カーバー・ベイ近辺にあるエコー渓谷のバンカーです」
「ふん……彼のデータはあるか」
端末内のデータを共有したらしいクルークとチャージャー。
チャージャーは表示されたイオのデータを流し読みしてほぅ、と頷く。
「成程、実戦投入初期の強化兵か。あの頃は条約で縛られる前だった。
ウィードラン由来の敵性技術も好き勝手に流用して兵士達を弄繰り回した」
「……良い印象を持っておられないようですが、彼の実力は確かです」
「だろうな。しかし彼は何故フリーザーに?」
無遠慮なチャージャーの視線。
イオはそれを受けて軽口の一つでもくれてやろうと思ったが、口を開き掛けて止める。
――飢えたジャッカル
イオの鋭敏な感覚が訴えかけてくる。
『ブルー・ゴブレットは、只今よりエージェント・イオの戦闘支援を開始します』
視界の中を水色の髪の女神が泳いだ。隅に小さなウィンドウが表示され、彼女はそこに納まる。
彼女が現れたと言う事はそうなのだろう。イオは鋭く言った。
「御喋りは後だ。敵が来ている」
「何? 本当か軍曹」
「感じる。九時方向」
クルークとチャージャーが立ち上がる。イオは機銃を左手側に向けていた。
――
流線形のフォルム。人間とは逆に曲がった二本脚。
大口径速射砲を四門と、高い走破性を備えたウィードランの自立歩行戦車、サイプス。
それが岩陰から飛び出し、凄まじい速度で走りながらトラックに接近してくる。
足の裏にローラーか何かあるようだ。滑る様に移動している。
起伏が多い時は逆関節の足で、平地ではローラーダッシュか。
イオは感心した。
「逆足か、面倒だ」
チャージャーが言う間にイオは機銃を発射した。
反動が強く、銃口が激しくぶれる。
使いにくいぞこのタレット!
「小隊、戦闘準備!」
クルークがコンテナの天窓を開けて中の隊員達に命令した。
「準備って、な、何を?!」
その疑問は当然だった。装備も無ければ戦う為の技術も無い。トラックコンテナには銃眼もなく銃口を出して発砲する訳にも行かない。
彼らに出来る事など何もない。大人しくしているのが最善だ。
「……覚悟だけはしておけ!」
クルークはそれだけ言って窓を閉めた。
二台のトラックは速度を上げる。カーライル達戦闘工兵が梯子を使ってコンテナの上に昇って来る。
「少尉、お客さんですか!」
「サイプスだ。イオ軍曹、どうだ?」
イオは機銃の反動の強さに見切りをつけ、指切りに切り替えていた。数発ずつ間隔を空け、都度狙いを定めて発砲する。
既に一機を穴だらけにして爆散させた後だ。しかし敵歩行戦車はまだ無数にいた。
「やるな軍曹。手を貸そう」
チャージャーがイオの隣で片膝立ちになる。手には小型のランチャーが握られていた。
彼がアーマーの背部に背負っていた物だ。しゅぽん、と気の抜けた音と共にグレネードが射出され、サイプスの足元に着弾する。
爆発。部品を撒き散らして複数のサイプスが吹き飛ぶ。チャージャーは続けて二射、三射、その度にスクラップが増えていく。
「少尉、伏せてろ!」
イオは足元にいるクルークの頭を無理やり押え付けた。
チャージャーのランチャーによって複数のサイプスを撃破したが、敵は彼の再装填中に肉薄して来る。
敵の攻撃。鈍い音と共にトラックの装甲が歪み、激しい振動が伝わる。
イオは応射した。近ければ当然それだけ中て易い。当たり前の事だ。近付いて来たサイプスを纏めて蜂の巣にする。
「イオ軍曹、弾が無い!」
カーライルが叫んだ。イオはん? と疑問符。
こういうタレットって無限に撃てるモンじゃないの?
今までプレイして来たゲームがそうだったからつい勘違いしてしまった。このゲームはリアル志向だ。
しかし弾が無いのは困る。とても困る。
カーライル伍長もレイヴンで射撃を加えているが余り有効打は与えられていない。
「逆方向からも来たな」
チャージャーが正反対、トラックの進行方向から見て三時方向に目を向ける。
歩行戦車の群れが走ってきていた。
『敵残数12機』
ブルー・ゴブレットが無情に告げる。トラックには増加装甲を施してあるが、そういつまでも持つまい。
「少尉、この前のライフルを」
「パックス! SOD7を寄越せ!」
クルークが怒鳴ると忽ちパックスが天窓を開け、以前使用した大口径ライフルを差し出してきた。
敵は快速の歩行兵器。イオが立つのは激しく揺れるトラックコンテナの上。
良くないシチュエーションだが、この程度はいつだってこなしてきた。
「マガジンを! 残弾は20発もありません! 大事に!」
何本かのマガジンが突っ込まれた袋もついでに受け取る。
イオはチャージャーと視線を交わした。
「軍曹、こちらは任せる。反対側は俺がやる」
「大尉殿のチームは何をしてる。昼寝か?」
皮肉を言いながらSOD7にマガジンを差し、チャージングハンドルを引いて初弾を送り込む。
チャージャーはイオの皮肉に何も言わず、例のブーストジャンプでもう一台のトラックへと飛び移って行った。
『エージェント・イオ、お役に立てそうです』
ブルー・ゴブレットの申し出。
「(具体的には?)」
『ブルー・ゴブレットは貴方のナノマシンに干渉し、そのパフォーマンスを向上させる事が出来ます。
射撃体勢に入り、呼吸を止めて下さい』
イオはコンテナの上で腹這いになる。SOD7を構え、スコープを覗き込み、大きく息を吸い込んで止めた瞬間にそれは起こった。
『いつでもどうぞ』
敵の動きが遅くなる。視界が狭まり、ぐにゃりと歪んでいく。
跳ね上がる石、土、砂埃、それらの一つ一つまでもが精細に見える。
時間が泥の中にいるように、遅く。
世界が止まって見えていた。これで外すようならシューティングゲームなんてやらない方が良いだろう。
「(ふーん? そういうゲームシステムね)」
イオは最も近い一機の胴体後方、以前の交戦で発見した弱点部位に狙いを付けた。
ゆるりと引き金を絞る。感じる反動までもが遅い。ずる、と言う奇妙な感覚。
その歩行戦車はローラーダッシュの勢いのまま転倒して起き上がらない。
それを見届ける事もせずイオは次に狙いを付ける。
発砲、次へ。発砲、次へ。次へ、次へ、次へ。
「(最初からこうすれば良かったな)」
『グッドキル、イオ』
「あ、中ったぞ軍曹! 信じられん、全てワンショットキルだ」
SOD7のマガジンは装填数6発。丁度マガジン一本で歩行戦車を排除した。
後は反対側をチャージャーが片付ければ話は終わる。
首だけで後ろを振り返った時、既にチャージャーがこちらに飛び移って来る所だった。
「良い腕だ! ウチの選抜射手ですらこれ程じゃない!」
全てが遅くなった世界が元に戻った時、イオは脱力感を覚えていた。ゲームなのに。
目を閉じて大きく深呼吸。マガジンを外し、薬室に弾丸が残っていない事を確認した後片膝立ちの体勢になる。
「鴨撃ちだ。幾らだってぶち壊してやる」
クルークがイオの強気なロールプレイを見て満足げに頷いた。
――