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異形の巨体



 暗闇は俺の味方だ。いつもそうだった。

 しかしこの得体の知れないシチュエーション、不気味さ。

 今回のミッションは、プレイスタイルをよく考えないといけないな。


 イオはゴブレットに作成させたマップをリトル・レディに表示させつつ、唇を舐める。


 「それは?」


 リーパーの囁き声。出来るだけ音を抑えているようだが、何かの電子機器の小さな駆動音しか無いこの静かな暗闇の中では、そんな無声音でも響いてしまう。


 イオは周辺警戒に意識を割きつつも最低限答えた。


 「繭の位置を記録している」

 「……アレが孵化すると? 死んでいるんだろう?」

 「俺はカラフ・ウィルスを常識で測れる存在だとは思っていない」


 なんでもありのSFシューティングだ。極限までリアリティを突き詰めているようだが、前提条件となる世界観や設定が許すなら、クリエーターはなんだってやる。


 人間が繭になるのも、死んでいる筈のそれが蘇るのも、有り得るだろう。


 と言うか、ここまで露骨に配置されていて何も起きなかったらそれはそれでダメだろう。


 「そこまで心配するなら今の内に何発か撃ち込んでおくのはどうだ?」

 「それは推奨できんな」


 背後の警戒を続けるヴィマーが制止した。


 「何故?」


 当然の疑問。ヴィマーは言葉を選んでいるのか僅かの間沈黙する。


 「繭が生きていると仮定して、下手に刺激を与えて何が起こるか予想出来ない」

 「……御尤もで」


 リーパーは納得したようだった。イオは正直彼女の提案に魅力を感じていたが、このシチュエーションで藪を突くのも躊躇われた。


 「コントロールルーム。目前だ」

 「アクセスする。周辺警戒を」


 もう何度目になるか。

 ロックされた扉に取り付くリーパー。イオとヴィマーがその左右に展開する。


 空気が籠っている。悪臭は強くなる一方で、鼻が麻痺する。肌に纏わりつくような感覚が消えない。


 「(……ホラーは苦手だが、そそるシチュエーションなのは確かだな)」

 『エージェント・イオ、楽しんでいるのですか?』

 「(いけないか?)」

 『いえ、ブルー・ゴブレットは記録しています。

  “強敵と困難な状況が、貴方を昂らせる”』

 「(なんか追加されてないか? ……まぁ、間違ってはいないがな)」


 VRが与えてくれる臨場感。スリルとストレス、そしてそれを打ち破った時のカタルシス。

 ホラーはホラーでもモンスターパニック系みたいだし、これはこれで悪くない。


 そうポジティブに考えつつ、大きく深呼吸した時だ。


 『カウンタープログラムを確認。リーパーを止めてください』


 イオはゴブレットの言葉になんら疑問を持たず、即座に行動した。


 「リーパー、待て」

 「なんだ? もう終わるぞ」

 「良いから止めろ、アクセスを切れっ」


 リーパーは意味を理解せずともイオに従おうとした。しかし、遅かった。


 「プログラムが止まらない。クソッ、逆解析されてる」

 「見せろ、シンクレア」


 ヴィマーがリーパーの腕を強引に引っ張り、装着された端末を覗き込む。

 かと思うとあっさり投げ出した。冷たく突き放すように。


 「ダメだなこれは」


 コントロールルーム入り口上部にあるランプが激しく明滅し、きゅい、きゅい、とイルカの鳴き声にもにたアラームを放った。


 耳がおかしくなりそうなけたたましい音。ここまでが呼吸する事すら憚られるような静寂であった為か、余計に緊張を煽られる。


 その中でもイオは聞いた。コントロールルームから左右に分かれた通路の、イオが警戒する左側。


 暗視機能越しに警告灯で明滅する視界が眩しく、目が痛む。

 目視確認可能な距離には何もいないが、その更にずっと奥。


 どす、と言う重たい物が動く音。


 「聞こえた。何かが動いた。歩いてる」

 「何かって何だ」


 ヴィマーが振り向かずに言う。


 「こちらでも何かが聞こえた。シンクレア、さっさと繋ぎ直せ」

 「ダメだ、プログラムがイカれてる」

 「代われッ」


 イオはリーパーを押し退けるようにして扉の前に立つ。リーパーが通路の警戒に入れ替わる。


 「(ゴブレット、アラームは後で良い。中に脅威はあるか?)」

 『コントロールルーム内部には検知できません。通路右に2体、左に四体の動体』

 「(開けろ。最速だ)」

 『ロック解除まで7秒』


 足音は大きくなっていた。どす、どす、どちゃ。重たく、湿っていた。

 たったの数秒が長く感じる。リーパーがアラームにかき消されないように怒鳴る。


 「何かヤバいのが見えたら、それが何であれ撃ち殺すぞ!」

 「開けるぞ」


 ゴブレットの宣言からきっかり七秒後、分厚い扉が開く。


 イオはレイヴンの銃口を斜めに突き出すようにして部屋に首を突っ込み、大雑把に中を確認すると二人の背を掴む。


 「入れ! 早く!」


 どすどすどちゃ、何かは走り出していた。唸っていた。

 それが複数。


 「アオオオオ!」

 「何だアイツ!」

 「急げ!」


 部屋に二人を引きずり込んでゴブレットに指示。


 「(閉めろ!)」

 『了解』


 モーターの駆動音と共に扉が閉まる。何かの足音はもう直ぐ傍、ほんの数メートルの距離まで迫っていた。


 どん!


 何かが衝突し、振動と共に扉が揺れる。そしてそれは執拗に行われた。


 どん! どん!


 流石のヴィマーも焦りを見せる。荒くなりそうな呼吸を抑えながら、彼はリーパーに聞いた。


 「何が見えた」

 「……確認している余裕は無かった。手足は二本ずつだったと思う」


 どん、どん、どん!


 「重要区画の扉だ。爆発物でもない限り破られはしないだろうが」


 イオは二人を尻目に室内を確認した。乱雑に散らばった資料やツール、椅子。デスク上の端末は半数が破壊されている。


 そして部屋の隅にある一つの肉の繭。


 アラームは鳴り続けている。イオはハンドガンを抜くと、それに向けた。


 「何してる?」

 「大騒ぎになったんだ、今更だろう。

  不確定要素は排除したい」


 発砲。僅かずつ銃口をずらし、連続で。

 引き裂かれた繭に一度、蹴りを入れる。肉の繭を構成する物体が崩壊し、中身を吐き出した。


 「まぁ、そうだよな」


 それは当然のように、肥大し、変形し、かつどろどろに溶けた、かつて人間であった物。


 イオは念を入れ、鋭く大きく変異した犬歯を覗かせるその顔面にもう一発拳銃弾を撃ち込んだ。



――



 どん、どん、アオオオオオ。

 鈍い衝突音と低い遠吠え。異常なシチュエーションに流石のイオも冷や汗を隠せない。


 それぞれ端末に取り付くイオとヴィマー。リーパーは頻りに銃を握り直しながらコントロールルーム入り口を警戒している。


 「アラームを切った。外の連中がそれで興味を無くしてくれるとは思わんがな」


 どことなくぎこちない様子のヴィマー。イオはゴブレットに命令する。


 「(制御を奪え)」

 『コントロールルームの機能を復旧、奪取。監視カメラの接続を復旧。確認しますか?』

 「(頼む)」

 『コントロールルーム前の映像を表示します』


 部屋のライトが点き、モニターが息を吹き返す。暗視機能を解除する。

 映し出された内容にイオは暗い笑みを浮かべた。


 「機能を奪ったぞ。面白い事になってるな」


 T字路を斜めから見下ろすような俯瞰視点。

 今も扉を叩き続ける異形の巨体達。


 肌は溶け、体毛と呼べる物は無く、背と四肢が異常に膨れ上がり、苦悶に喘ぐように身を捩っている。

 僧帽筋の異常発達かそれとも肉が癒着しているのか、後から見た背の起こりは綺麗な菱形だ。

 頭部も変形しており人間らしい起伏が無くのっぺりとしている。

 菱形の小さな甲羅から異常なサイズ比の亀の首が伸びているようだった。


 「これが…………。元は人間だったって言われてもね」


 モニターを覗き込んだリーパーが唾を飲み込む。どん、どん、と衝突音は続いている。


 「ヨルドビークではこんな惨い事にはなってなかった。

  ここは一体どんな研究をしてたんだ?」

 「それを知る為に来たんだろう」

 「雑談は止せ、目的を忘れるな。

  我々の状況は良くない。バンカー内部の詳細を調べる」


 ヴィマーは背後、入り口を気にしつつも端末に噛り付く。

 リーパーは苦笑い、したようだった。


 「いけ好かないが、タフな奴だ」

 「聞こえたぞ。誉め言葉として受け取っておく」


 ゴブレットが視界を泳ぐ。


 『リンク確立。以後はバンカー内部の機能をゴブレットがコントロール出来ます』

 「(例えば?)」

 『隔壁や吸排気機能の操作です』

 「(吸排気……成程、ダクトがあるか。

  マップデータを。換気ダクトも含めて)」

 『了解』


 ゴブレットの瞳が黄金に輝く。

 同時にヴィマーが声を上げた。


 「データルームはやはりバンカー内のサーバーから独立している。

  情報が欲しければ直接行くしかない」

 「予想出来てた事さ。……で、どうやって此処から出るか、だが」


 ど、ど、ど、衝突音が激しく、早くなる。

 モニターには異形の巨体が滅茶苦茶に腕を振り回す姿が映し出されている。


 「化け物どもめ……。アタシ達のサインが欲しくて仕方ないらしい。鉛弾をくれてやろうか」

 「ファンサービスがしたければお前だけでやってくれ」

 「ここから出るには戦うしかないだろう?」

 「敵の規模も分からない状況でか?」


 イオはデスクを蹴っ飛ばして立ち上がった。


 「ネズミになるぞ」


 二人はイオを見てから、顔を見合わせた。



――



 バンカーは当然だが地下施設だ。ダクトも、その奥にある筈の送風ファンもかなり大型の物が使われている。


 ダクトは人一人が何とか通れる程度には大きかった。問題は分厚いアーマーを着込んだままでは無理だと言う事。

 野戦服ぐらいなら問題は無いが……。


 それを告げるとリーパーは真っ先にアーマーの解除を始めた。


 「……何だ? ……余り、見るな」


 ブロンドの髪を翻し、ヘルメットを放り捨てる。

 バイタルポイントを強力に保護するアーマーはその代償に使い勝手が良いとは言えないようだ。

 アーマーを解除したリーパーは上半身タンクトップ一枚の野心的な姿だった。それが汗で肌に張り付き、鍛えこまれながらも女性的なボディラインを露わにしている。


 「こんな状況でなければじっくり眺めたい所だ」

 「意外だね軍曹。ブーマーからは、ハーデンス中尉に目もくれないロリコンだって聞いてたが」

 「ハーデンス……? いや、待て、その前に」

 「広報任務で一緒だった筈だ」

 「誰がロリコンだ」

 「金のお姫様にお熱だろう?」

 「……ブーマー、無責任な発言のツケを払わせてやる」


 唸るイオ。

 最低限必要なツールやマガジンをサイドポーチに移し替えながらリーパーは笑う。

 同様にアーマーを解除したヴィマーが呆れたように言う。こちらもやはりタンクトップ一枚で、よく鍛えこまれていた。年齢は40手前の筈だが、衰えの感じられない兵士の身体だ。


 「お前達の精神力には脱帽だ。軽口を叩いていないと呼吸が止まって死ぬのか?」


 今もコントロールルーム入口からは打撃音と唸り声が響いている。


 「ふん、見習いな、幽霊野郎」

 「御免被る。さっさと行くぞ」


 お堅い奴だ。イオは装備をチェックしながらヴィマーをからかう。


 「シンクレア隊員の腹筋が拝めるまたとないチャンスだぞ、少佐」

 「私は妻一筋だ」


 ヴィマーは舌打ち一つ。部屋の隅にあるダクトに向かい、そこを塞ぐ強化樹脂の網に手を掛けた。


時間が無い。本当に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィマーさんかっこいい
[一言] 女ソルジャーは視姦に慣れててもっと堂々としているものだと思ってた(偏見) この状況でアーマー脱ぐのは噛まれて感染するフラグにしか見えない。 続きを読むのが怖い。
[良い点] 更新のありがたさ [一言] ゲームCrysisかと思ったらゲームResistanceで実はゲームGears of Warだった…?
2020/05/15 16:59 赤いガチャピン
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