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取り引き


 シタルスキア連合カラフ方面軍は記録的勝利を得た。だがそれは戦局を覆す物では無い。

 結局の所、遅滞戦闘以上の意味を持たなかった。時間こそが、今のカラフ方面軍が欲する最大の物である。


 『市民を脱出させる時間は稼ぎました』

 「(トカゲどもは間抜けに見えて中々手強いな)」

 『人類を根絶の危機に陥れる程度には、そうです』

 「(ここも少し寂しくなった)」


 オクサヌーン市街から、段々と人の姿が無くなっていく。

 当然だった。失陥寸前の大陸。敵は話の通じないトカゲで、敗北が死に直結する相手だ。

 それでも簡単な飲食店や娯楽業等、文字通り身を削って働く兵士達の為に甲斐甲斐しく商売をしていた者達も、この期に及んではアウダーへの移動を始めていた。


 「(優位を保てれば街の様子も違ったのか。

  しかしそれをやるには難易度が高過ぎる)」


 ベストリザルトを打ち立てて来たつもりだが、意外とそうでも無いのかも知れない。


 街が死んでいく。明かりは落とされ、人々の声は消え失せる。

 曇天と排煙。それがオクサヌーンの全てになる。兵士達は苦しい戦況に顔を俯け、それでも作戦に従事している。


 物言わぬ彼等の努力が、ギリギリのところでオクサヌーンを維持していた。


 「…………ダイヤモンドフレームに敬礼。

  その無欠の輝きが、シタルスキアを照らしますように」


 配給所の前でタバコを吸っていた将校がイオを見るなり立ち上がり、敬礼した。

 周囲の兵士達が物資を放り出してそれに倣う。


 「ダイヤモンドフレームに」

 「へっ。……我が軍随一の殺し屋に敬礼」


 よれたシャツのテクノオフィサー。ウェポンラック付きのアーマーを着込んだ出動前の兵士。医療従事者。

 その全てが、燃えるような目でイオを見ている。アバターは自然と答礼していた。


 「人類の夜明けを、共に」

 『夜明けを共に!』


 人ごみを突っ切って歩いて行く。それで漸く兵士達は仕事に戻った。

 しかしやはり歩を進め、人とすれちがう度に、彼等はピンと背筋を伸ばして敬礼してくる。


 最近はどうやら常にこんな調子らしい。この様子では密談の出来る場所は限られる。


 「(どこまで行けば良い)」

 『右手の路地に入ってください。突き当りに無人の家屋があります。

  そこがヴィットー・クーランジェに指定されたポイントです』


 高強度エキスパンドメタルの張られた側溝の上を歩く。

 汚水の上を歩いているのだから、臭いが酷い。路地は何に使うかも分からない機材が投棄されていて、酷く汚れていた。


 『一世紀以上昔の建築物です。構造材に有害物質を多数含んでおり、その中の一部が通信の傍受等を阻害してくれます』

 「(成程、密会って感じだな)」

 『前方に反応有り。こちらを観察しています』


 赤茶けた壁。元が何色だったのかも分からない。

 港町のうらぶれた路地にひっそりと建つお化け屋敷だ。

 こういうのも中々趣がある。中が見えない程に汚れたガラス窓のオブジェクト等も雰囲気にマッチしている。


 「こんにちは、ミスタ」


 女の声がした。ゴブレットが報告して来た生体反応の主だ。

 目的地である建物の影から灰色の作業エプロンを掛けた女が現れる。

 野暮ったく纏められた長髪に長靴。オクサヌーンの労働者に見えた。


 「こんな所で会えるなんて光栄だわ。是非、シレジティーを御馳走させてくれない?」

 『柑橘系の果肉を使用した茶全般を指してシレジティーと言います』

 「(それはどうでも良い。コイツがヴィットーの使い走りって訳か)」


 イオは作り笑いを返して女の誘いに応じた。

 こういうイベントもスパイアクションみたいな感じで何だか興奮する。



――



 家屋の中は本当にお化け屋敷と言った風情だった。今にも床が抜けそうだし、埃の積もっていない場所が無い。

 しかしその古めかしいリヴィングの丸机には真新しい機材が設置されている。

 通信機器だった。


 「大事に扱ってください。私の給料の半年分はする通信機ですので」


 イオを家屋に案内した女は野暮ったい髪を解きながらきびきびと言った。

 40秒前まではおっとりした善良な市民と言った感じだったが、今やその面影は何処にもない。


 「イオ軍曹、4分遅刻です。あまり時間はありません」

 「そうか、悪かったな。藪医者の所で危ない薬を嫌になる程飲まされてた」

 「……ヴァーネゼーグ病院ですか? 身体はどんな様子です。必要ならば活性薬があります」


 そんな名前だったっけ。興味が無さ過ぎてちっとも覚えていない。


 「薬物類は無効化した。今は問題ない」

 「……議長が御待ちです。一応聞いておきますが、盗聴器の類は?」

 『無効化済みです』


 って事は仕掛けられては居るのかよ。イオは苦笑いしながら応える。


 「大丈夫だ」

 「繋ぎます」



 成程、目元が似ているなと思った。ヴィットー・クーランジェの顔立ちは、確かにカミユ・クーランジェとの血の繋がりを感じさせる。


 既に老年で顔立ちにも相応の老いはある。だが、活力に満ちている。


 『秘匿回線だけれども、こうして話せて光栄だ、ミスタ・イオ』

 「こちらも同じ気持ちだ、議長殿」

 『もう議長じゃないよ。ドゥイエンヌから逃げ出した私にその肩書は相応しくない』

 「ふぅん?」


 刈り込んだ頭髪。目の力。整えられた口髭。

 堂々とした体躯、恰幅の良さに貫録を感じる。口では殊勝な事を言っているが、本心はどうか?


 カミユ・クーランジェがあれ程嫌う相手だ。一筋縄ではないだろう。


 「だがまだ諦めている訳じゃ無いんだろう」

 『それは色々な解釈の余地がある言い方だ。……そうだね、言わせてもらうならば……。

  私はシタルスキアの一人の人間として、またドゥイエンヌ州議会長だった者として、人々の為に何かをしなければならないと常に思っているよ』

 「何か、か。どうも本題に入りたそうだな」

 『あぁ、互いに時間は有限だ』


 イオは部屋の隅で壁に背を預けていた女を見やる。

 にこりと笑ってイオに会釈した。どういう立場か知らないが、この密会に何を期待しているのか。


 『君はオクサヌーンのサブポートを奪還したね。あそこは確かに十分なキャパシティがある。

  明確なプランが提示出来るのであれば、今の私の立場でも救出船団の追加を呼びかけるのは難しくないよ』

 「あぁ、アンタは子供達の救世主になる。彼らは大人になってもアンタがしてくれた事を忘れないだろう」

 『そうかも知れないね。私を信じてくれる人が増えるのは嬉しい事だ。

  私は人々の代弁者のつもりだ。だが、私が何をするにも人々の助けが必要だ』


 イオは首を掻いた。何と言うか回りくどい言い方をする奴だな。

 イオも相当勿体ぶると言うか、芝居がかった台詞回しを使いもするが……。

 このキャラは政治家と言うだけあって、本当にどうとでも取れる言い方をする。


 イオは「脱出させた少年兵達の数が、そのまま将来の選挙の得票数に変わる」と言ったつもりだったが。

 軽やかに受け流されてしまった。


 『ミスタ・イオ。随分と率直な性格なのだね』

 「……カラフでは皆が大忙しでね。あまり無駄話してるとケツを蹴っ飛ばされる」

 『成程、よく分かった。私も少し素直になろう』


 ヴィットーはモニタの向こう側で居住まいを正し、かと思えば前のめりになった。


 『私の支援者を助けるのは私の義務だ。

  もっと言えば、いずれ私の支援者となる人々を助けるのも、私の義務だ。

  実際にアウダー大陸各地方の情報を集めて理解したが、最早誰にも余裕はない。

  シタルス・ユニバーサルの政治家達はアウダーの支援者の為に働くだろう。彼らはカラフの市民を究極的な意味では救わない。

  これは当然の事だ。恨む気持ちはない。だが、だからこそ私も遠慮なく仕事が出来ると言う物だ』

 「アンタはドゥイエンヌの政治家としてカラフ出身の市民を救う義務があると理解した」


 それは綺麗事で取り繕う必要もなかった。ヴィットーは義務を果たすと言っていた。


 『ミス・ナタリーは非常に聡明で、行動力のある女性だね』

 「唐突だな」

 『彼女の情報は非常に役に立ったよ。それに民衆の心にも理解がある。“どう語り掛けるべきか”をよく知っている。

  船団を手配しよう。脱出後の生活もある程度保障出来る。

  ただしそれには先ほど言ったように、多くの人々の助けが必要だ』


 イオは目つきを鋭くした。脱出後の少年兵達の身の振り方も、大きな懸念事項だ。

 『生き延びましたが、刑務所にぶちこまれてBADENDです』と言うのは好みじゃない。

 いや、それ以上に無残な結末なんて幾らでも想像できる。


 『ミスタ・イオ。人々は決して冷酷ではない。人間は感情の動物だ。

  語り掛ける手段や内容を間違えなければ、誰が子供達を見捨てたりするだろうか?』

 「つまり、やれるって事で良いんだな?」

 『少し、私の回りくどい話に付き合って欲しい。

  人々に理解を求める事は出来る。だがインテリ層には真向から反対してくる者もいる。

  彼らは“限られたリソースの効率的分配”を語る。国力や軍事的意味合いではそれが最も妥当だと。

  ウィードランとの戦争を思えば“どこか”、“誰か”切り捨てねば話にならないのだそうだ。

  彼らは私や私の同志を「近視眼的」と嘲笑うが、私も彼らの事を同じように思っている。

  少年達は十年先の若者達だ。そしてそのまた十年先には皆熟練の技術者や労働者となりシタルスキアを支えている筈だ。

  それを切り捨てる事こそが余りに近視眼的ではないだろうか。

  彼ら無しでも人々を説き伏せる自信はある。しかしその後の事を思えば、どうしても彼らを納得させたい』


 熱っぽく語るヴィットー。女が意味ありげにイオを見やり、パチリとウィンク。

 どういう反応を求められているのか皆目見当つかない。


 「俺は政治家じゃないが、それに関しては同意見だ。話はよく理解できた。

  だからここからはもっと具体的な話をしよう。

  アンタが必要としている物はなんだ」

 『……私は今“納得”と言う言葉を使ったが、これは正しくないな。

  正確には黙認だ。根気強く説得している暇はない。私や君は、対立者を速やかに沈黙させる必要がある。

  “カラフ・ウィルス治療薬”に関して、疑問に思っているのだね?』


 イオは興味深くヴィットーの顔を眺めた。彼の顔が奇妙に歪む。

 どうやらイオは笑っていたらしい。


 以前からゴブレットに情報収集させていた内容だ。しかしそもそもが秘匿されている情報で、ゴブレットも余りこれに関してリソースを割いていなかったから、続報はさっぱり無かった。


 「カラフ・ウィルスに対して疑念を抱いている。

  トカゲどもの兵器にしては、奴らはこれをコントロール出来ていない。

  そしてトカゲどもよりも遥かに早く、人類はこれの治療薬を作り上げた」

 『疑うには十分な内容だね。まぁ、細かい話は省こう。

  サロル・バンカーを探って欲しい』


 記憶に新しい名前だった。

 以前、モイミスカを救出した時、敵を振り切る為に短時間だけ立ち寄った。

 その後はシンクレアのチャージャーと共同作戦を行いスコーディー・プルに潜入。トカゲの将校を一匹殺した。


 生暖かい真っ暗闇。赤トサカの死体が転がる嫌な雰囲気の地下壕を思い出す。


 「あそこに何が?」

 『サロルは閉鎖されたバンカーなどでは無い。つい最近まで研究所として稼働していた』

 「ウィルスのか? ソースは?」

 『悪いが教える事は出来ない。不誠実だとは思うが、どうしてもサロルのデータが必要だ。

  サロル周辺は完全にウィードランの勢力下にある。情報は秘密裏に手に入れなければならない。

  私の友人達ではこの問題を解決出来ないんだ』


 迷いは無かった。現状、イオが頼れる相手はクーランジェ議長しか居ない。


 厄ネタなのは目に見えていた。だがイオにとってスリルは快感だったし、そもそも子供を引き合いに出されては頷くしかない。


 『危険な頼み事だ。それに、おぞましい物を見る事になるかも知れない』

 「プランはあるのか?」

 『受けてくれる、と言う事で良いのだね?』


 イオは肩を竦めて見せた。


 「答えはYESだ、議長殿。

  だが、誓えよ。子供達を脱出させると」


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[良い点] 面白すぎる 一気読みしました [気になる点] ゴブレットちゃんのヤンデレ化 [一言] SFミリタリーの外で起こるSF ゲームの内容が現実にも波及するのは、王道展開だけど最高だ。
[気になる点] 一気に読み勧めてしまった。 面白い。そしてOVERS Systemを思い出した。
[良い点] タイトルからFPS風味ライトノベルを想像しましたが、蓋の中身はハードボイルド・ハードSFでした、最高です。 [気になる点] クルークの霊圧 [一言] 最高に楽しく読ませてもらっています。…
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