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ヒルクライム



 『赤トサカ部隊に特殊兵装を確認。識別コード、ファイアフライ』

 「パンケーキか」


 言うや否やイオは隠れている家屋の扉を蹴り開けスモークグレネードを投擲した。

 隣でブーマーも自前の特殊グレネードを投擲する。甲高い破裂音の後に黄色い鱗粉が飛び散り、光を反射させて幻想的に輝いた。


 「ファイアフライを確認。イオ、このままじゃ嬲り殺しだ!」

 「慌てるな。伏せろ」


 二人は膝立ちのまま地面を舐める程に頭を低くする。途端にウィードランの銃撃が始まった。


 「エナジーグレネードでファイアフライを無力化出来る! 少しの間だけな!」

 「ふむ」


 壁を貫通して頭上を通り抜けて行く弾丸。鉄板とコンクリートの複層構造体を貫く火力だ。まともに食らえばシンクレアのアーマーでもどうにもなるまい。


 『敵、熱源識別装置を確認。スモークグレネードは有効ではありません。

  敵、特殊兵装を確認。識別コード、シャワーバグ。

  10×5cm大の自走式自爆兵器です。32機が接近中』

 「(止められるか)」

 『敵兵器に干渉するには至近距離まで接近する必要があります。その上赤トサカ部隊のプロテクトの突破には時間が掛かります』


 頭も上げられない、釘付けにされた状態で、爆弾が足を生やして飛び込んでくる事になる。

 イオはブーマーを見た。粉々になった扉の破片を払っている所だった。


 「ブーマー、シャワーバグの接近が想定される」

 「成程、そりゃ絶体絶命だな! バグの走行装置はファイアフライとは違う、もっとずっと古臭い奴だ! エナジーグレネードじゃ止められない!」


 銃撃は続く。轟音で声も通らない。


 「(スネーク・アイ)」

 『スネーク・アイ、起動。ナノマシン稼働率上昇。

  シャワーバグのモーターが放つ微細な熱をも検出可能です』

 「(良い子だ、ゴブレット)」

 『……ふふふ』


 分厚いコンクリート越しであっても敵を探し出す驚異の能力。常套にして必殺の手段である。

 敵はおよそ十五匹前後。家屋前面に散開しつつ、少数が裏手に回ろうとしている。

 そして正面から接近する怖気が走るような小型兵器の群れ。ゴキブリのような有様。


 「ブーマー、裏口から出るぞ」

 「名案だ! 奴らは絶対に待ち伏せしてるぞ!」

 「それは分かっている。俺を信じろ。今ならまだ奴らの包囲を破れる」

 「……お前に賭けるぜ、イオ!」


 即座に二人は転がって家屋の裏口に向かう。


 ブーマーはツールポーチから掌に少し余るサイズのプレートを取り出した。

 一つボタンを押せば鋭利な小型の三脚が二ヶ所から飛び出す。ブーマーは二枚とも地面に叩き付けるようにして突き刺し、起動した。


 「トラップ設置! シャワーバグを減らせるだろうが、焼け石に水って奴だ!」

 「振り切れる」


 薄汚い扉を蹴破ればそこはどてっぱらに穴の開いた高層ビルの真横だった。

 破壊される前はさぞや、と言った具合で、今しがた飛び出したボロ屋との距離は路地を挟んで8メートルも無い。歪な貧富の差を感じさせる。


 スネーク・アイの検知範囲は過去最大だった。三十メートル以上先の動体をイオは捉えていた。

 屋根の上を走って来るのが二体。路地を回って来るのが二体。


 路地だ。イオは迷わなかった。


 「来い、ブーマー。路地の敵を殺す」


 全力疾走。敵反応が近付く。薄汚れた路地には瓦礫と倒れかけた看板、金属製のゴミ箱が見える。

 曲がり角まで走り込んだ。敵は此処に来る。


 「イオ、どうした」

 「ジャンプユニットで建物の上に。静かに行け」


 疑問も反論も無く飛び上がるブーマー。少しの間、猛る手を宥めながら待つ。


 赤トサカ部隊はこれまでに見たトカゲどもと違い、無防備に曲がり角から飛び出してくるような事は無かった。

 銃口を制御し、確実に死角を殺しながらじわりと進んでくる。


 イオはハンドガンに持ち替えて切り込んだ。飛び出しざま敵の銃口を払い、密着しながら連射。

 一匹殺した。快感は無かった。思考は冷えてばかりいた。


 ブーマーのカバーを待つ余裕は無い。いつもの手段だ。敵の死体を盾にしてハンドガンを突き出す。

 二射。確かに赤トサカの胴体に命中した。汚らしい悲鳴を上げたその個体はしかし倒れず、白い尾を撓らせてハンドガンを叩き飛ばす。


 身体が泳ぐ。無防備になる。銃口が向けられる。世界が遅い。だが既にブーマーが間に合う。

 敵の頭上を取ったブーマーがもう一体の赤トサカを撃ち殺した。


 ジャンプユニットで降下してくるブーマー。


 「クソ、こいつらホワイトスケイルか。ウィードラン特殊部隊だ。

  道理でファイアフライだのバグだのを放り込んで来やがる訳だ」


 その時背後で爆発音がした。ブーマーのトラップが起動したらしい。

 この二体を射殺した事は敵も気付いている。爆発に紛れて死んだふりは出来ない。


 「……特殊グレネードはまだあるか」

 「四つ。ファイアフライを撒くには足りない」

 「救援要請は?」

 「出してあるが、フロントラインを突破してここまで来れる部隊は居ねぇ。

  空にはガルダが居るんだ」

 「ガルダ、か」


 スネーク・アイ、機能強化。トレーサーを起動。イオはリトル・レディを覗き込む。

 先程スネーク・アイで捉えた敵影が方向転換し、路地を塞ぐ方向に動いているのが分かる。

 家屋正面から好き勝手に打ち込んできた本隊も移動を開始している。


 距離は無い。トカゲは快速だ。振り切れるとは思えない。


 『ガルダ接近。目標は貴方ではないようです』


 ゴブレットの報告。ひぃぃんと言う独特の飛行音と共に巨大な影がビルを覆う。

 ガルダは光の尾を引きながら回頭し、崩れかかったビルの上に着陸した。


 「イオ、頭上を塞がれたぜ」

 「奴らの狙いは俺達ではない。少し時間をくれ」


 そのまま何をするかと思いきや、長距離砲をあちらこちらに撃ち掛けている。


 「(あれは何をしている。何故着陸した)」

 『ガルダは一部の兵装と推進機能が同じ動力で動いていると推測されます。

  停止状態であれば攻撃効率が上昇します』


 イオの背に震えが走った。思い付いてしまった。大胆且つ、狂ったとしか思えない作戦を。


 「(ガルダを奪う)」

 『非推奨。市街地高低差、或いは下水網を利用しての撤退を推奨します。成功率の面から……』


 ゴブレットはそこで言葉を切った。

 視界の隅、いつもの定位置から出て来たかと思うと、真っ直ぐイオを見詰めて来る。


 『――いえ、ブルー・ゴブレットには判断出来ません。

  イオ、貴方はこのような状況を常に覆して来た』

 「(お前の助けが必要だ)」

 『貴方が戦うのであれば、“答えはYESだ”。

  人類の言う所の不思議な感覚です。

  演算は完了しているのに、貴方がその演算を超える可能性までも演算してしまう。

  ……ビル内進行ルートの選定に入ります』


 ゴブレットはイオに口付けし、霧のように消えた。


 イオは蜥蜴の死体を蹴って仰向けにさせるとその流線形のアーマーに手を掛ける。

 サイドポケットにバッテリーがあった。一見してそれと分からない、長方形且つ先が斜めにカットされた形状だ。ポーチにしまい込んでいたディフェンダーを引っ張り出す。


 バッテリー交換作業を行いながら、背後で焦れているブーマーに言った。


 「ガルダを奪うぞ」

 「……何を言ってるのか分からねぇな。

  正気か? 何か薬でもキメてるのか?」

 「俺達の任務は敵戦線の破壊だ。このままじゃ友軍もろともリーパーがやられる」

 「俺達は今、ミイラ取りのミイラなんだぜ」

 「どの道逃げきれない。敵は直ぐにこちらを捕捉する。今こうしている間にも」


 ブーマーは笑っていた。彼自身も何故笑っているか分からないようだった。


 「良いぜ、やろう」


 イオは一つ頷くと走り出した。ジャンプユニットを起動して寂れたバーの壁を駆け登る。


 「ブーマー、敵二体は高所に陣取ってこちらを探している。

  囮は任せろ」


 屋上のコンクリートは罅割れていた。それを更に踏み砕くようにして走り続ける。

 更にジャンプユニットを起動。高く飛び上がる。


 『発見されました』

 「コンタクト!」


 即座にイオは姿勢を変え、身を捻りながらジャンプユニットを噴射。

 ビル壁面を走る。駆け抜けた後を敵の弾丸が貫いて行く。


 「見つけた、カバーアップ!」


 射撃によって敵の位置を特定したブーマーが制圧射撃を加える。

 カバーポイントを確保したイオもそれに参加した。言葉も無く役割をスイッチし、ブーマーが走り始める。


 「大穴からビルに!」

 「スイッチだ! 来い、イオ!」


 隠れていたビルの屋外機を蹴ると共に圧縮空気を噴射。ビル側面大穴で射撃を続けるブーマーの元へ。

 どうにか逃げ込んだ所でファイアフライの飛行音が聞こえた。大穴の外を、空飛ぶパンケーキが四機。


 ブーマーが特殊グレネードを起爆する。鱗粉のような光が舞い、ファイアフライはこちらを見失ってやたらめったらに検出レーザーを照射している。


 「屑鉄が」


 ブーマーは吐き捨てながら機能不全に陥ったファイアフライに銃撃を加えた。

 一機に十五発。二機目を撃ち落とした時点で防御態勢に入ったのか、残り二機のフライは逃げ散る。


 「行くぞ、ルートは俺が決める」


 焦げたマットの上を走り始めるイオ。その後ろに続きながらブーマーは弾倉を交換。

 荒い息を吐きながら彼は言った。


 「確かに俺は作戦に乗ったが、お前、“イカれてる”って言われた事無いか?」

 「あぁ、幾らでもある」



――



 『ウィードラン部隊、ビル内に展開』


 ゴブレットの示す光のラインを追い掛けて行く。

 崩れかけた壁を砕き、ロックされたシャッターをこじ開け、上階を目指す。


 「(ガルダが逃げる様子はあるか?)」

 『ガルダ、友軍への砲撃を継続中。貴方を侮っているのです。

  ですが、私でも同様の行動を取るでしょう』

 「(無茶は今更だ。言うな、ゴブレット)」

 『ガルダは推進装置停止状態から離陸まで最短で120秒掛かります。

  強襲を掛けるタイミングに注意してください』


 薄暗い非常階段を駆け上る。これより上階は瓦礫で埋まっていた。迂回ルートが指示されている。


 「ブーマー、迂回する。前方40メートルの突き当り、トカゲが五匹。警戒態勢だ」

 「もうそろそろ弾が無いぞ」

 「俺がやる。何も問題ない」


 イオは突き当りに到達する前に足音を消し、直ぐ傍の部屋に入った。

 スネーク・アイを起動。簡易の防御陣地を作成し、通路を塞ぐ五体のトカゲ。


 イオは呼吸を止めた。どろりと世界が遅くなる。

 右端から弾を撃ち込む。突然の壁越しの射撃にウィードランは何が起こったかもわからなかっただろう。


 応射が始まる前に全て殺す。二匹目、三匹目、陣地から飛び出そうとした四匹目、そして逃げようとした五匹目。


 ビルの壁は高強度樹脂だ。金属やコンクリートよりも俄然貫通させ易い。


 「オールクリア」

 「……肉眼で確認。お前のエスパーぶりにも慣れて来た」

 「気配が見えるのさ」


 スネーク・アイは暴走を始めていた。長時間の戦闘による補助脳への負荷か、イオの後頭部は高熱を放っている。


 『ルート更新。中層ホールの直進は危険です』

 「待ち伏せだな」


 イオのそれはブーマーには独り言のように見えた。


 「分からねぇな、カラフ方面軍はお前が居て何故負けた? おっと、俺は今割とマジな気分だぜ」

 「まだ負けてはいない。俺にとっての敗北は、俺達全てが戦う力を失った時だ」


 ゴブレットに従って迂回し、一旦階下へ降りる。

 二人がかりでへし曲がったシャッターを開き、目的のポイントへ。


 「頭上、八匹。真下を取った」

 「最後の爆薬だ。後はエナジーグレネード三つだけ」

 「ダイエット成功だな。随分と軽くなっただろう」

 「お前……後で俺の体脂肪率を教えてやる」


 ジャンプユニットで飛び上がり、天井に爆薬を設置するブーマー。

 退避後、即座に起爆。天井が崩落し瓦礫と埃、そしてウィードランが落ちて来る。


 目につく端から撃ち殺す。六匹。残り二匹が穴を覗き込んだ所で、イオは飛び上がった。


 アーマーを掴み、引きずり下ろす。

 そのまま一匹を絞殺。苦悶の喘ぎと共に段々と動かなくなるトカゲ。

 ブーマーがもう一匹の首を圧し折り、挙句頭蓋を銃床で叩き割っていた。


 「登るぞ。ガルダまで、あと少し」


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― 新着の感想 ―
[一言] ゴブレットの演算を超え始めたイオ。 もしかして彼女も想定していなかったところまでこの世界が行き着く可能性が出てきているってことでしょうか。 今はいいコンビですが、トカゲとの戦いが分水嶺を越え…
[良い点] おもしろすぎる……
[良い点] >「(良い子だ、ゴブレット)」 >『……ふふふ』 このやり取り大好き [一言] 浪漫あふれる展開になってきました。 しかし、どれだけ強かろうがたかだか一兵卒が劣勢の戦況をひっくり返せる…
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