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死闘の幕開け



 「ジョナス、ダウンした。リペくれリペ」

 「待て待て待て、こういう時は一周回ってきてだな」


 つい先日リリースされた携帯端末用ロボットアクションゲーム。

 いつもの悪友に無茶な要求をしながらユウセイは紅茶を口に含む。


 ゲーマーと言うのは恐ろしい物で、家でも外でもゲームをする。所属教育機関が現地出席を義務付けていなかったりするともう目も当てられない。

 要求されるタスクさえ消化していれば後は恐れる物は何も無い、と全てのリソースを注ぎこんでゲーム三昧だ。


 今こうして行きつけの喫茶店でやっているように。


 「うぉぉ、急げジョナス! 俺のがんもちゃんが破壊される!」

 「ま、待て、俺もやられる! ぬわぁー!」


 脚部を破壊されたユウセイのロボットはシールドを展開しながらじりじりと後退。

 迂回して救出に入ろうとしたジョナスには無情なアンブッシュが待ち受けていた。


 二人揃って綺麗に爆散。ポップなピエロのゆるキャラが画面を飛び回りあっかんべー。


 「いかん、性に合わんなこのゲーム」

 「もったりしてるな。反応と思考の速度じゃなくて勉強して勝つタイプのゲームだ」

 「機体カスタマイズは良い。パーツ組み替えてるだけで一日が過ぎる」

 「分かる……良いよな……。後ナビゲーターも良い。

  長身黒髪ロングのお姉様とか……運命感じるぜ」

 「ジョナスお前、そのお姉様にえらく罵られてるぞ」


 ジョナサン・リッジの端末からは罵声が聞こえる。

 苛烈な声音で「この豚め! 私直々に躾してやろうか!」

 一方ユウセイの端末からは無機質な表情の少女が冷たい視線を投げかけてきていた。「貴方には失望しました」


 「いや、そこもまた良い。興奮する」

 「あっ、……そうか。そうかもな」

 「ん? ユウセイ、お前……命中率良いな」

 「なんだよいきなり」


 ジョナサンはユウセイの端末を覗き込むと勝手にリザルトの項目を弄り始めた。

 何を思ったかリプレイを開始。俯瞰視点と一人称視点を切り替えながらねっとりと観察する。


 「なんだお前、腕を上げたな。すげぇ反応速度だぞ」

 「鍛えてますから」

 「って言うかエイムも良いな。これこれ、ここのガトリングガンでのキル。

  レティクルが相手の頭から少しも外れてない」


 ユウセイの駆るがんもちゃんがキュンキュン高速で飛び回る敵の軽量機を破壊するシーンだ。


 「読めてんだよなぁ、敵の動きがよぅ……」

 「こんなんチートや! チーターや!」

 「人聞き悪過ぎだろお前」


 げらげら笑いながらジョナサンは椅子の背にどかりと凭れ掛かる。


 「……例のアングラゲーのせいかもな。

  VRを使った脳機能訓練の話なら大昔からある」

 「今更だな。VRでテニスの練習、盆栽の育成、ホームパーティまでやるご時世だぞ。

  ゲームもこれ訓練。日々鍛え続けるのさ」

 「五感リンクのリミットがおかしいってこの前言ってたよな。

  少し心配してるんだ、ユウセイ。お前がその内脳味噌焼き切られるんじゃないかって」

 「その時は俺の部屋の全端末を破壊してくれ……。

  誰にも見せられない物が詰まってる……」

 「お、おう。任せとけ」


 ジョナサンが口にした不安を、ユウセイは誤魔化した。真面目に返答する事が出来なかった。


 ユウセイ自身、少しばかり疑っていたからだ。



 「よし、それじゃ、もう一回戦やるか」



――



 「よし、それじゃ、もう一発かましてやるか」



 ――シタルスキア統一歴266年。6月4日、AM01:35

 ――カラフ大陸東部、ヘリックウェイ・マウンテン。

 ――シタルスキア連合軍作戦コード「スーパー・タッチダウン」


 作戦ID、イオ・200



 激しい風と砂埃。待機状態のヘリが起こす騒々しい音がする。

 アーマーにグレネードの特徴的なペイント。シンクレア・アサルトチームのブーマーが、コンドルから手を差し出してくる。


 イオは一瞬の沈黙の後それを掴み、シンクレアのコンドルに乗り込んだ。


 「どうしたイオ」

 「いや……何でもない。デジャヴだ」

 「へへへ、トカゲを殺し過ぎたか? まだまだ獲物は沢山居るぜ」


 直ぐにコンドルは飛び立った。

 イオは何だかぼうっとしていた。そうか、作戦は始まっているんだな。


 「チャージャー、ヘリックウェイの敵陣地は吹っ飛ばしてやった!

  損害は無し! 繰り返す、部隊の損害は0!」


 端末に怒鳴るブーマー。イオはぼんやりとそれを見ている。


 『いい出来だブーマー。お前の花火はこちらでも確認出来た。

  これで第一段階完了だ。ウィードランの動きは想定通り。

  作戦プラン通り、次の攻撃に加われ』

 「勿論だ。こりゃ俺達、全員揃って一階級特進だな」

 『死なずに新しい階級章を受け取れるよう注意しろ。

  イオ軍曹についていくのはシンクレアの選抜テストより難しいぞ』

 「まぁ見てろよ、俺とコイツでもう一発かましてやるぜ」


 イオは手を握ったり、開いたりしてみた。

 俺は今何をやっていたかな。なんだか珍妙な形状のロボットを操作して遊んでいたような気もするが。


 視界の中を青い女神が泳ぐ。彼女はイオの頬に手を添えると真っ直ぐ目を覗き込んでくる。


 『エージェント・イオ、意識レベルに異常が見られます。

  身体的なダメージは確認できませんが、何かありましたか?』

 「(ゴブレット、俺は……)」


 イオは頭を振った。


 「(いや、何でもない。作戦を継続する)」

 『貴方達の表現する所の正念場です。

  イオ、我々は勝利する。ブルー・ゴブレットは貴方と共に居ます』

 「(情感たっぷりの詩的表現だな。でもお前、悪くないぜ)」

 『光栄です。人類の夜明けを、共に』


 ブルー・ゴブレットは無機質な笑みを浮かべたかと思うとイオの頬に口付けする。

 勝利の女神様のキスだ。有難く頂こうじゃないか。


 イオは小さく笑った。イオの乗るコンドルの後ろを更に4機ついてくる。


 「まだ作戦開始から4時間だ! へばっちゃいないよな!」

 「ブーマー、俺は今絶好調だ」

 「なら良い! ウェンディゴが戦闘中だ、敵の横面を殴り飛ばしてやろうぜ!」


 コンドルの群れが夜の闇を行く。夜は良い。闇は良い。誰にも負ける気がしない。

 次の作戦ポイントに着く。河のほとりに建造されたバンカー。


 シンクレアと友軍が既に作戦を開始している。4つ目の敵拠点。

 同時進行中の作戦を含めれば、シタルスキア連合軍は既に7つの敵重要拠点を奪取、或いは破壊しつつある。


 「降下開始! ウェンディゴの指示した別ルートから突入しろ!」

 「シンクレア・アサルト! GO! GO! GO!」


 イオは真っ先にコンドルから飛び出した。

 ジャンプユニットから圧縮空気の放出。転がるように駆け続け、友軍が周辺警戒を続ける地下への入り口に飛び込む。


 『イオ軍曹が突入した! 繰り返す! イオ軍曹が突入!』

 『“キラー”が行ったぞ! 鱗付きどもを叩き潰してやれ!』

 『各機増速! 地上部火力支援再開! 敵の増援を近付けるな!』


 沸き上がる友軍。声援がリトル・レディに届く。肩が強張る。レイヴンを握る手に力が籠もる。


 スネーク・アイを起動。敵の動きを把握し、時に慎重に、時に大胆に敵に切り込む。

 共通しているのは素早いと言う事。イオは常に俊敏に敵の隙を突き、瞬く間に防衛線を突破していく。


 「イオ! 突入準備!」

 「やれ、ブーマー」

 「エナジーグレネード投下! 3、2、1、イグニション!」


 敵司令部、最後の防衛線にブーマーが特殊グレネードを投下した。

 無効化される敵自立兵器とディフェンダー。イオは素早くカバーアウトして突入する。


 蝶の鱗粉のような光が舞っている。その燐光の向こうで待ち構えるウィードラン。

 視界が歪む。時間の流れが遅くなる。音が遠く、意識が細くなっていく。

 ダブルタップ。掛かる端から二発ずつ撃ち込んで黙らせる。もう誰にも止められない。


 「右方向を見る」

 「レフトクリア!」

 「ライトクリア。OK、オールクリア」


 イオの隣で部屋の隅々まで確認しながらブーマーが口笛を吹いた。らしい。

 燃え盛る炎と破壊された端末。積み重なるトカゲの死体。


 燃えろ。イオは思った。燃えちまえ。


 「敵司令部を制圧。信じられねぇ、こんなにスムーズに行くとは」

 「後続は何をしてる?」

 「移動中だ。こりゃぁ拙いな、あいつらの仕事を奪っちまった」

 「はっ、奴らはボーナスカットさ」

 「恨まれなきゃ良いがな」



 ブーマーが司令部端末に爆薬を設置。


 作戦目標の達成を確認後、展開していた部隊は即座に離脱。

 計算され尽くした訓練を受け、数々の激戦を潜り抜けた部隊。ウィードランとの極限の生存競争に直面しつつもその戦力の全容を明かさなかった食わせ者達。


 彼等は予定調和のように敵を倒し、作戦プラン通りに姿を消す。


 神出鬼没。縦横無尽。

 前を叩けば後ろに、後ろを叩けば左右に。

 彼等はウィードラン部隊の行動をあざ笑うように敵の裏を掻き続け、甚大な出血を強いる。


 『イオ! コルウェ市街に展開中のウィードラン部隊のせいで作戦計画に遅れが生じている!』

 『こちらリーパー! 増援を寄越しな! 敵戦力はこちらの予想を超えている!』

 『敵主力の反転を確認! 我々の狙いがばれている!』



 「……指示をくれ。俺を投入しろ。

  人類の夜明けを、共に」

 『……夜明けを共に!』



 チャージャーの作戦は確かだった。

 恐いくらいに当る行動予測。抜け目ない男の立てた緻密なプラン。

 そして不測の事態に対応する為のバックアップ。イオ・200。


 もう何度目になるか。イオはコンドルから降下した。

 夜が明けようとしている。地平線に覗く太陽が美しい。


 暗闇は力を与えてくれる。

 だが太陽の下でも、トカゲどもに後れを取る気は無い。


 『敵航空機を確認! ガルダだ!』

 「ガルダ?」

 『何故気付かなかった?! 既に敵射程内!』


 空を見上げる。ずんぐりむっくりとしたサメのような形状の飛行体が見える。

 かなりの巨体だ。トモスの三倍はある。

 どす黒い紫色の装甲が戦慄いていた。ぶぅん、と低い振動音と共に“ガルダ”は機体上面のウェポンラッチを開く。


 「伏せろ!」


 降下してきたブーマーがイオを突き飛ばす。

 ガルダの射撃。雷のような低い音。唸り声のようにも聞こえる。

 青白い光弾がコンドルに直撃した。明らかに実体弾では無かった。

 被弾したコンドルは無傷のように見えたがコントロールを失って墜落する。


 巻き込まれ掛けるイオとブーマー。ぐしゃぐしゃになった機体に駆けよれば、パイロットは全身を痙攣させながら血を吐いていた。


 「……コイツはもう駄目だ」

 『降下中止、全機離脱!』

 「おいおいおい、俺達を置いて行く気か?

  ここは敵のど真ん中だぜ!」

 『アラート! やられる!

  クソ、クソッタレ! 逃げろブーマー!』


 二機目が被弾。コンドル達は全速力でガルダから距離を取る。


 「イオ! 退避するぞ! ここじゃ敵に見つかっちまう!」


 コルウェ市。これまで幾つか見て来た都市と同じように、戦いによって破壊された街並み。

 友軍とトカゲの気配。銃声は鳴り止まない。ひっきりなしに爆発音が響く。


 『エージェント・イオ、“赤トサカ”を確認。

  同時に周辺のデータ流動量増大。包囲されつつあります。

  つまり、罠です。狙いはエージェント・イオと予測』


 俺が狙い? 分からんな。いつの間にやらトカゲどもにも顔が売れたかよ。

 瓦礫を飛び越え手近な家屋に滑り込み、イオは獰猛に笑った。


 「ブーマー、敵が来る。俺達は嵌められた」

 「あぁ? そうかよ、そりゃ楽しくなってきやがった」

 「よし、じゃぁ、……プランBで行こう。プランBは何だ?」

 「ねぇよんなモン!」


 レイヴンの状態を確かめる。損傷は無し。


 当初の目的である敵前線の破壊は失敗した。

 イオとブーマーは敵中に取り残されている。


 だから何だ? 問題は無かった。何も変わりはしない。


 『“赤トサカ部隊”、コンタクト』

 「来るぞブーマー!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 現実世界ホントに存在してる?
[一言] 侵食型VRってなwwwwこれ一緒にゲームしてた友人達から見たらどうなってるんだ?いきなり回線切断みたいになってるんじゃ?
[一言] 既に精神を取り込まれちまったか…
感想一覧
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