カーバー・ベイ臨時防御陣地
「そのゲームヤバいな」
「やーべぇ、データに解析ソフト噛ませて見たが……、ウィルスっぽいのは無いけど何処の認定も受けてねぇの」
「へぇ、チャレンジャーだな。下手したらゲーム内の感覚フィードバックで死んじまうぜ」
「一応痛覚とかショック関係のレベルは落としてあるみたいなんだけど、臭いとか触った感じとか凄いリアルなのよ。チ○コまで細かく作ってあったぜ」
「は、そそるじゃないか」
シノダ・ユウセイは近所のクラシックカフェテラスで友人のジョナサン・リッジとゲームの話題で盛り上がった。
内容は何時の間にかユウセイの端末のプロテクトを突破して紛れ込んでいたSFシューティング。
名称不明、製作者不明、対応モデルや推奨スペックも不明、ゲーム安全協約認定機関の認可一切無し。
規制レベルを超えた五感リンクに規制レベルを超えたグロテスク、或いはわいせつ表現。
完全にアウトなゲームだ。製作者だけでなく所持しているだけでも警察の御世話になるような奴。
ユウセイは白に赤の縁取りのティーカップを口に運ぶ。
ジョナサンは端末で何やら情報を漁っていた。
「データ抜いたりとか出来ないのか? 俺もプレイしてみたい」
「きっちりガードされてる。不用意に広められたく無いんだろうな」
「まぁ、そうか。あんまり目立ちすぎると捕まっちまうだろうからな。誰だってそんなのは御免だ」
「今日もアレをやりたいからさ、悪いんだが……」
OKとジョナサンは刈り上げた金髪を撫で付けながら言った。
ジョナサンとはアクションやシューティングのジャンルでよく一緒にプレイする間柄だ。暇を見つけてはバディを組んでオンライン対戦に乗り出していた。
本来は今日もその予定だったが……。
「良いさ別に。俺も偶には別のタスクを消化しねーと」
「そういやテクノロジー分野のレポートまだ終わって無いんだって? 教授がカンカンだったぞ」
「提出に行くのが面倒なだけでもう仕上がってる。
……今時どこの研究室でもデータポストでレポート提出させてんだぜ? なんでウチは態々メモリを現地に持ってかなきゃいけねぇんだ?」
「しばらく前にポストからデータをすっぱ抜かれたろ。安全対策だそうだ」
「ナンセンスだぜ」
「お前日本生まれの日本育ちの癖にそうやって外国人っぽいオーバーアクション取りたがるよなぁ」
「へへっ、女子高生とかに受けるんだよこれ」
青い瞳をきらりと輝かせる。ユウセイはさよか、と知らんぷり。
「まぁ、これ以上は流石にヤバい。仕方ねぇから山登りしてくらぁ」
「はいはいごくろーさん。俺は帰る」
「……偶にはそういう“スリリングなゲーム”も悪くないと思うが、ユウセイ、気を付けろよ」
「ん?」
「没入型端末関連でまた何人か死んでる。植物状態になった奴とか頭が逝っちまった奴も居るらしい。
仲間入りしないように注意しろ」
危険を度外視してスリルや快楽、好奇心に身を任せる奴は世の中に溢れてる。正体不明のゲームを喜んでプレイするユウセイもそのクチだ。
そういう奴が神経を焼き切られてデイリーニュースの一角に乗ったりするのだ。数が多過ぎて、今ではありふれたネタになりつつある。
「……気を付けるさ」
――
――端末ユーザー、クルーク・マッギャバン
――4月11日 AM01:22 記録
『状況を動かす目途が立った。後々軍事法廷に引きずり出された時、我々の如何ともし難い当時の状況を教えてやるために、これを残す。
まず、依然として我々は孤立している。
二月から始まったファッキンエイリアンどもの大攻勢、カラフ方面軍上層部は巧みに自分達の軍事的失態を誤魔化していたが、全ての者が騙される訳が無い。
何より実際に、以前から前線拠点は破壊され、各軍は敗退を繰り返していたのだ。
歯痒いのは我々3552が、その失態の巻き添えを食っている事か。
我々は4月5日からのビーンロッジキャンプ場戦線構築支援任務の際、友軍から置き去りにされた。
偵察機の使い方も分からない何処かの無能と、電話一本掛けられない無責任な何処かの通信兵の為に、我々は孤立したままキャンプ場で夜襲を受け、38名居た隊員たちは半数になった。いや、よく半数も残ったと言うべきか。
皆ミドルスクール、行ってもハイスクールかそこいらの年齢の少年兵達だ。生き残った者も、死んだ者も、だ。
狂気の沙汰だ。責任を負うべき立場の者は早々にケツを捲り、我々がズタボロになりながらカーバー・ベイに辿り着いた時、そこには殆ど何も残されていなかった。
……何も、何もだ。友軍も、支援機も、ドローンや武器さえも無かった。食い物にすら事欠いた我々は放棄された民家の玄関をこじ開けて火事場泥棒を働いた。
分かりきった事を敢えて言うが……(溜息)……カラフ方面軍は屑と無能の集まりだ。
我々は脱出の為の車両を探した。幸いにして北へ4キロの場所にある仮設監視拠点で半壊した旧型の兵員輸送トラックを2台見つけた。
狭いが乗れない事は無い。同僚のケツの臭いを嗅ぐのとエイリアンどもに嬲り殺しにされるの、どちらがマシかは明白だ。
大人の中にもまだマシな人物は居た。カーライル伍長以下数名の工兵達がそれだ。
彼らは我々を助ける為にカーバー・ベイへの派遣部隊に志願してくれた。彼等以外は状況の悪化の為に任務を撤回されたようだが、カーライル伍長達の通信機は移動中に“故障”していた為にその報せを受け取れなかったようだ。
今はトラックの修理に回ってくれている。貧乏籤を引いてくれた彼等に、最大限に感謝したい。
脱出の為の戦力も得る事が出来た。イオ軍曹。私と同じ強化兵だ。戦いの為の高度な肉体改造、精神調整と、機密保持の為か記憶処理を施されているようだ。
詳細は不明だがイオ軍曹は優れた兵士だ。彼の持つ技術は、当然ながら少年兵達とは隔絶している。
ないない尽くしの我々にとっては一縷の光明だ。彼とカーライル伍長達が、3552を生かして帰す為のカギになるだろう。
カーバー・ベイが敵にとって無意味なポイントだったのは幸運だ。少し休むことが出来る。
我々は本日準備が整い次第東への脱出を開始するが、敵がどのように展開しているか知る術は無い。
救援要請は無視され、時折発見できる味方のヘリ部隊は我々になど構っていられないと言う。
……誰も助けてくれないのならば、私が彼らを生還させる。
以上、クルーク・マッギャバン』
『ブルー・ゴブレットは貴方にとって有益な情報のリサーチを続けています。
必要と思われる情報は適宜貴方にリークします』
この音声データがそれだっていうのか、女神様。
怒りと失望に満ちた少女の音声データログを拝見し、イオは鼻を鳴らした。
ゲームの世界観やキャラクターを深く掘り込む有効な手段である。彼女のデータログは厳しい戦況と理不尽な世界、そして彼女の持つ強烈なキャラクターをイオに印象付けていた。
嫌いじゃないぜこういう子。
――
――シタルスキア統一歴266年。4月11日、AM04:35。
――カラフ大陸中央部、カーバー・ベイ臨時防御陣地。
――作戦ID、イオ・200。
何かの爆発音でイオは目を覚ました。
ゲーム開始の合図だ。静寂を破るド派手な演出。噴き上がる炎。FPSでは御馴染の物だ。
イオは薄汚れたテントの中の簡易ベッドで寝ていたらしい。入り口の隙間からは煌々と燃える炎が見えている。
慌ただしい足音がして男が一人テントに入ってきた。浅黒い肌の巨漢である。
「イオ軍曹、トカゲどものモーニングコールですよ!」
誰だコイツ。そう思っていると視界の隅に彼の名前が表示された。
カーライル・エヴァンス伍長。ブルー・ゴブレットのサポートなのか、名前の他簡易な情報まで。
「少尉はガキどもを起こしてます! 俺達は“大人の仕事”をしましょうや!」
そういうとカーライルはテントの入り口に立て掛けてあった小銃を投げ渡してきた。
ブルパップ式の特徴的な外観。XP-11、レイヴンだ。イオはチャージングハンドルを引いて薬室に初弾を送り込む。
テントから飛び出した。どうやらイオはアーマーを付けたまま寝ていたらしい。
常在戦場って事か? 泣けるぜ。
周囲を見渡せばそこはゴーストタウン。さびれた田舎町といった風情。
「西のバリケードとオートタレットは破壊されました! だが敵の数はそんなに多くない!」
カーライルが怒鳴りながら道路を走って行く。所々に放置された車両らしき物が点在しており、先程の音はその中の一台が爆発した時の物のようだ。
さすがSFシューティング、車も未来的なルックスだ。
「ヘックス、ノイマン、抑えるぞ! ガキどもの所に行かせるな!」
途中カーライルの部下らしき二名が合流して来た。
その内の片方、立派な腹回りをしたヘックスがイオに何か投げ渡してくる。
「軍曹、ナイトヴィジョンです。廃棄寸前のガラクタですが、有るのと無いのじゃ違います」
バイザー型のそれは暗視装置らしい。
イオは手早くそれを装着し、スイッチを入れた。操作方法はアバターであるイオの身体が知っていた。
視界が緑色になる。暗闇の中に幾つもの影が浮かび上がる。燃え盛る車の周辺は輝度が強すぎて見え辛い。
カーライルは既に射撃を始めていた。彼がカバーポイントに使用している放置車両の向こう側で、無数の犬が走り回っている。
無駄に長い後頭部とタコのような口。粘液を飛び散らせながら走るそれらの湿った足音。
リーチドッグだ。暗視装置を通した緑色の視界の中でもその汚らしさがよく分かる。
「10時方向! ノイマン、さっさと片付けろ!」
イオも射撃を始めた。このリーチドッグとか言うエネミーNPCはそこまで体力が高くない。
一山幾らの雑魚キャラだ。トリガーを断続的に引く事で発射弾数と反動を制御しながら、あっという間に撃ち殺していく。
カーライル達の射撃も極めて正確だった。一度車両の影からリーチドッグがノイマンに襲い掛かる場面もあったが、彼は小銃のストックで平然と敵の横面を殴り倒し、何事も無かったかのように止めを刺した。
ノイマンはカーライル達と並ぶと小柄に見えるが頼りがいのあるNPCらしい。
汚らしい犬のなり損ないがキレイに片付くまで三分と掛からなかった。
カーライル達は車両の影に隠れながら次の戦闘に備える。
「装備チェック……OK」
「こっちもだ」
「軍曹、問題ないですか? 二十メートル後方に弾薬箱を設置してあります。足りなければ補充を」
イオは装備を確かめた後、カーライルに問題なしと返事した。
腕のリトル・レディに着信がある。表示された名前はクルーク・マッギャバン。
カーライルが応答する。
『状況は?』
「犬コロは始末しました。ですが犬コロだけでタレットを突破できる筈はない」
『今隊員達をトラックに詰め込んでいる。予定を早めるぞ』
「出発ですか?」
『攻撃を受けた以上はのんびりしていられん』
遠くで再び爆発音。通信が乱れる。
クルークは転倒したようで、埃塗れになりながら這い蹲った。
『クソ、また砲撃だ! こんな田舎町によくもまぁ!』
耳を澄ます。ずぅん、と腹に響く様な砲撃の音が確かに聞こえた。
直後に再び爆発音。イオの目の前で、無人と化した街の一角が吹き飛ばされる。
飛礫に思わず顔を庇う。小石が両腕に叩き付けられ、微かな刺激を感じた。
『敵の位置は!』
「不明です。見える範囲には居ない」
『……撤退だ、合流しろ!』
「了解」
カーライルが移動する為に周囲を索敵した。走り出した瞬間に敵と鉢合わせは御免だろう。
その時イオの耳に女の声が響いた。通信端末は機能していない。
視界の隅に女の影が投影される。ブルー・ゴブレットだった。
『エージェント・イオ、今から貴方の支援を開始します』
へぇ、ちょっとゲームの雰囲気を損なう可能性もあるが、ナビゲーションAIって訳だ。
『また、貴方の作戦目的を通達します』
「(世界を救う、だろ?)」
『その為の下位タスクです。貴方の現状の作戦目標は“クルーク・マッギャバン”を生存させる事です』
ブルー・ゴブレットの無機質で一方的な物言いにイオは首を傾げた。
「(何故あの少尉を?)」
『クルーク・マッギャバンは人類種勝利の為に大いに貢献するとブルー・ゴブレットは演算しました。
彼女が軍部で大きな権限を持てばシタルスキア連合軍の勝率が4%程向上します』
「(……それは大きいのか?)」
『大変大きな数値です。貴方には今後こう言った数%、或いは0.数%を積み重ねて貰います』
物事は小さなことの積み重ね。含蓄のある言葉だ。イオは鼻を鳴らした。
――マルチエンディングかな、このゲームは。
プレイヤーの取った行動、または様々な作戦の成否によってルートが分岐するんだろう。
勝利、敗北、のみならず……最近の流行りだったらなんだろうな。
やっぱりヒロインが変わったりするのか? 全エンディングをコンプリートするのはきついだろうな。
ま、良い。確かに“世界を救え”なんて漠然とした作戦よりも、具体的な物の方がやり易い。
「軍曹、移動しましょう。ガキどもの世話をしてやらねぇと」
カーライル伍長が言う。いつ敵が現れてもおかしくない。
『このまま脱出を開始すればトラックは砲撃で破壊されます』
「伍長、少し待ってくれ」
「は?」
ブルー・ゴブレットは無視できない発言をした。イオはカーライル伍長に待機を命じる。
『エージェント・イオ、作戦を通達します。
カーバー・ベイに対し砲撃を行っている敵兵器を破壊してください。
エスコートはブルー・ゴブレットが行います。所要時間は四十五分』
第二ステージから中々ハードそうなのが来たな。イオはふんふんと頷いた。
「カーライル伍長、少尉と合流した後は待機しろ」
「軍曹は?」
「砲撃を止める。一時間以内に始末する」
「御一人で? そりゃ強化兵コースのジョークですか?」
「ジョークじゃない。さっさと行け」
カーライルはイオに詰め寄る。
「不可能だ、一人で何が出来るんです」
「命令だ。行け、伍長」
カーライルは二人の部下と視線を交わし、悩みながらも承諾した。
「……了解。軍曹、命は大事にするべきだと思いますがね」
三人は素早く移動を開始した。イオは通信端末を操作する。
使い方は正直あやふやだったがフィーリングで何とかなった。相手はクルーク。
「少尉」
『イオ軍曹、何か問題か?』
「このまま撤退すれば砲撃でやられる。敵兵器を破壊する」
『なに?』
「作戦所要時間は長く見積もってもおよそ一時間。俺一人でやる。撤退準備を進めてくれ」
『…………ちょっと待て、考えを纏めている』
「時間が無いぞ」
クルークも撤退時の砲撃の危険性は理解していたようだ。
彼女は自分の金髪をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら命令した。
『その作戦を了承する。生きて戻れ』
「了解。イオ、アウト」
通信を遮断。ごうごうと車両が燃える音ばかりが聞こえる。
『エスコートを開始します。距離はさほど離れていません』
ブルー・ゴブレットが言うと同時に、イオの視界に青いポイントが浮かび上がった。
移動目標がマークされ、ルートがピックアップされたのだ。ユーザーライクなガイドである。
「距離1000? 近いな」
『日の出まで時間がありません。闇が味方で居てくれる内に済ませてしまいましょう』
――
砕けたコンクリートと弾けた地面。
黒焦げになった装甲車と放置されたままの人間の死体。
暗闇の中、それらを踏み付けてイオは進んだ。
『ステルスを推奨します。気付かれた場合成功率は大幅に低下します』
「(任せとけよ)」
『リーチドッグは犬に酷似した骨格を有していますが、嗅覚が優れている訳ではありません。
音を消し、闇に紛れて下さい』
至る所をうろついている醜悪な犬の怪物。イオはそれに背後から忍び寄り、一匹一匹ナイフで刺し殺した。
手に伝わる感触まで生々しい。自炊で肉を切る事なんて幾らでもあるが、それに結構似ている。
500の距離まで近づいた時クルークから通信が入る。
ヘッドセットなんて上等な物は無い。イオは音量を最低レベルまで落として応答する。
『イオ軍曹、こちらは砲撃が続いている。
撤退準備は完了した。あとどれくらいで戻れる?』
「こちらは順調だ。目標達成まであと二十分も掛からない」
『信じるぞ。…………物資を探索していた時、将校が呑んでいたらしい上等なウィスキーを見つけた。
私は呑めないから貴官に与えよう。生きて帰ってくれば、な』
イオは肩を竦めた。骨の髄までどっぷりと、飽きるくらいにゲームをやって来た。
こんな序盤のミッションでやられるかよ。イオに取ってFPSは本領と言える得意ジャンルである。
残った距離を詰める。500の間に目立った敵は居ない。リーチドッグばかりだ。
敵は極めて小部隊らしい。序盤から大量の敵が出てこられても困るが。
『敵を捕捉。四脚砲戦型トモスです』
「(流線形だな)」
『彼らの美的センスでしょうか』
闇の中、ナイトヴィジョンを通した緑色の視界に砲を背負った四足の兵器が映る。
流線形。スマートなカニか、クモと言った風体だ。先程からカーバー・ベイに向けて砲弾を降らせている犯人だ。
縦8、横4、高さ2.5メートルと言った程度か。戦車と比べれば小振りだろう。
しかしそれ以上に興味深いのが……
その四脚砲戦兵器トモスの周囲に展開する、二足歩行の怪物達だ。
「(あれがエイリアンか?)」
『公称ウィードラン、俗称スケイルマン、或いはファッキンエイリアンの愛称で親しまれています。
爬虫類に共通する性質を幾つも有しており、獰猛、残酷、そして抜け目ない種族です』
「(もっとおどろおどろしいのを想像してた)」
鱗を持つ二足歩行の怪物。トカゲをデカくしてトサカを付けて銃を持たせたような連中だ。
頭部に装着したバイザーらしき装備が淡く光っているのか、ナイトヴィジョンに映る彼等の顔は輝度が高くて見え辛い。
『彼らは過去シタルスキアに干渉したエイリアンの末裔です。長い間惑星シタルスキアに潜伏する内に、彼らは故郷との交信及び移動手段を失い、その活動は過激化しました。
今では人類種を根絶し、惑星シタルスキアを自分達の新たな故郷にしようと考えています』
「(へぇ? そりゃ意外と……何と言うか、大変そうだな)」
どうやらあちらさんにはあちらさんの事情があるようだ。詳しい話までは分からないが。
「(もっと絶望的な戦力差にひーひー言ってるのかと思ったぜ、人類は)」
『ウィードランが高い技術力を有しているのは確かです。現状、人類種の敗北の可能性は濃厚です』
「(それはもう聞いた。……任務を済ませよう。プランは?)」
『ウィードラン歩兵部隊を排除し、トモスに触れて下さい。後は私が。
トモスの近接防御兵装を起動されては厄介です。一瞬で勝負を決めて下さい』
良いぜ、女神様。
イオは息を潜め、足音を殺し、闇に紛れて移動を始めた。
ウィードラン歩兵の数は四名。どれも重武装には見えない。
トモスの操作に専念しているらしいウィードランは銃すら持っていない。
彼らを一挙に狙えるポイントに移動し終えると、イオは即座に攻撃に移った。
XP-11、レイヴンを構え、夜空を見上げているウィードランに向けて発砲。
ヘッドショット。トカゲ頭が弾ける。ウィードラン達は攻撃を受けた事に即座に気付き、近くの瓦礫、或いはトモスの機体の影へと隠れた。
しかしどの方向から攻撃されたのかまでは分からなかったようだ。見当違いの方向を警戒するウィードランに向けて引き金を絞る。ヘッドショット。
続いてそのすぐ傍に居た、トモスを操作する為の物らしい端末を抱えたウィードランを狙う。
「(奴が抱えてるのはトモスの端末だよな?)」
『その通りです』
瓦礫に邪魔されて狙い難い。次善の策としてイオは端末を狙った。
操作端末を破壊。トモスは砲撃を止めないが、新たな入力を封じた。
カモ撃ちだ。ぬるいミッションだな。
残った二体のウィードランは今度こそ攻撃された方向を察知したのかカバーポイントを移動した。
イオは見逃さなかった。即座に瓦礫の影から飛び出してウィードランがカバーに隠れる前に撃ち倒す。
残る一体はトモスを操作していた個体だ。ハンドガンくらいは持っているかも知れないが、先程観察した感じでは小銃を装備していない。あのエネミーはテクノオフィサーか何かの設定なんだろう。
物陰で這い蹲るそれに対しイオは油断なく銃を構えながらにじり寄る。
最後の抵抗。イオが十メートルの距離まで詰めた時、そのウィードランは物陰から掌サイズの何かを投擲した。
『プラズマグレネード』
イオは極めてゲーム的な思考で行動した。
こういう時は前に出る。グレネードの殺傷範囲から抜け、且つ敵の不意を突く。
イオの目論見は中った。ウィードランは飛び込んできたイオの前蹴りを食らって転倒。
そして、呆気なく撃ち殺されたのだった。イオの後方で激しい紫電が起こったのはその直後だ。
「エネミーダウン。意外に簡単だった」
『お見事です。トモスに触れて下さい』
こんな感じ? イオは適当にトモスの足の一本に触れる。
するとイオの右手が俄かに青い光を放つ。
『この個体の制御的防衛機能は極めて脆弱です。自爆させます。カウント十秒。物陰に隠れて下さい』
「おいおい先に言えよ」
イオは慌てて地面を蹴り、陥没した道路の穴へと身を隠す。
「敵の死体から使える物を鹵獲したかった」
『それは申し訳ありませんでした』
倒した敵から銃を頂戴するのはFPSでは常識である。
きっかり十秒後に大爆発が起きた。飛んでくる飛礫や埃から身を守っていると、クルークから通信が入る。
『イオ軍曹! 今の爆発は!』
「敵砲戦兵器トモスを撃破した。敵部隊は全滅。繰り返す、敵部隊は全滅」
『全滅だと……一体どうやって?』
「思ったよりも数が少なかっただけだ。それより撤退を急ごう」
『……あぁそうだな、他に有力な部隊が現れないとも限らん。
トラックまで戻れ。……尻に帆を懸けて逃げるとしよう』
了解だ。イオは立ち上がって砂埃を払った。
『全く、何と言うべきか、貴官には驚かされた。今後も頼むぞ』
イオの戦果に希望を見出したらしいクルーク。疲れ果てているようだが瞳には力がある。
承知いたしましたお嬢様、と冗談っぽく告げてイオは撤退を開始した。
――
「軍曹! こっちです!」
アイドリング状態の兵員輸送トラックコンテナの上でカーライル伍長が手を差し出してくる。
地平線から太陽が覗き始める。朝焼けに燃える空。伍長は男臭く笑っている。
コンテナの中には少年兵達がギュウギュウ詰めにされているようだ。彼らは小窓から顔を出し、イオを見つけると歓声を上げた。
「すげぇ、イオ軍曹だ! 奴らをぶちのめして戻って来たんだ!」
「ひゅーっ! 俺達生きて帰れるかも!」
囃し立てる少年兵達に苦笑を返し、イオはカーライル伍長の手を取った。
コンテナの上に引っ張り上げられる。カーライルは嬉しそうに笑った。
「まさか本当にやってのけるとは」
「間抜けが四匹居ただけだ。簡単な作戦だった」
「はははっ! 鱗付きどもめ、ざまぁ見やがれってんだ!」
横に並んだもう一台の兵員輸送トラックの助手席からクルークが身を乗り出した。
「軍曹、良くやってくれた! 方面軍功労勲章モノの活躍だぞ!」
「生きて帰れたらその勲章を申請してくれ」
「当然だ! 軍は働きに報いる!」
にやりと笑ってクルークは運転席に声を掛ける。運転しているのはノイマンだ。
と言う事はこちらのトラックを運転しているのはヘックスだな。
「よーし逃げるぞ!」
クルークがドアをばんばん叩いた。トラックは走り出した。
――目標達成。
――作戦ID、イオ・200。 ――接続解除――