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カウンター・プラン



 『軍曹、今度は一体どこに行ったんだ?』

 「腹の具合が悪くてな。トイレに籠ってる所さ」

 『……そうか、まぁ良い。カーライル伍長が漸く退院したぞ。

  検査結果に異状は無し。カラフ・ウィルスは取り除かれている』

 「そいつはめでたいな。ここ最近で一番ハッピーな話題だ」

 『今日はパーティーだ。私も貯金を切り崩して御馳走を用意する予定だ。

  ウィズニー・ホーナーのチキンだぞ。でっかい奴だ。

  ……軍曹、お前も早く帰ってきてくれ。……お願いだ』

 「あぁ、少尉。……なるべく早く戻る。

  ……許してくれ」

 『…………通信を終える』


 バレてるな。どの程度までかは分からないが。


 イオはコンドルのドアグリップに手を掛けて窓の外を見た。

 傷と汚れで殆ど何も見えないような小窓だが、外が豪雨なのは分かった。


 「アンタとあのお人形ちゃんは随分仲が良いんだね。

  まるで本当の兄弟みたいだ」


 隣で忙しなく端末を操作しているリーパーが茶化す。


 「羨ましいのか?」

 「まぁね。アタシにも弟が居たよ。とびきり生意気なのが」

 「そうか」


 過去形か。まぁ、そうだろうな。


 「チャージャーとは連絡が付いたか?」

 「奴は今通信機器の使用できない状況に居る。メッセージは入れておいた。いずれ秘匿回線で応答がある筈さ」

 「なら、まずはクーランジェ曹長か」


 そういう事、とリーパーは笑った。彼女の端末から甲高い電子音がする。


 「よし分かったぞ。幸運な事に余り遠くない。

  北西山岳部で火力支援の任務に着いているようだね」

 「戦闘中か?」

 「得意分野だろ? トカゲどもを殺せば彼女は暇になる。

  一働きして、話す時間を作れば良い」


 イオはレイヴンの状態を確認した。


 「良い案だ。乗った」



――



 「軍曹! コンドルを敵主力部隊にギリギリまで接近させる!

  地上掃射は6秒! 降下にもたついたら、パイロットがアンタの尻を蹴とばすよ!」

 「お前こそ遅れるなよリーパー!」


 夜。雷鳴、豪雨。視認性は極めて悪く、風雨の音で聴覚にも頼れない。

 しかしそういう戦場こそイオの独壇場である。既に戦闘状態にあるキルゾーンに横槍を入れるなら尚更だ。


 山の麓の浄水設備。人間とトカゲの激しい銃撃戦が起こっている。

 カミユ・クーランジェ曹長はそこでの支援任務に着いているらしかった。


 「ふん、だらしない連中だ」

 「友軍が、か?」

 「夜間の奇襲作戦を立案するような部隊だ。どんなタフガイどもかと思ったが……。

  まぁ良いさ。軍曹、アタシとアンタで手本を見せてやろうじゃないか」


 リーパーは友軍を酷評していた。彼女の暗視装置には何が映っているのか。

 イオもバイザーを装備して暗視機能を起動する。砕けた壁と古臭い土嚢。そこに群がる敵味方の兵士達。


 『リーパー! 降下ポイントだ! 足元を片付けるまで待ってろよ!』


 コンドルのガトリングガンが唸りを上げた。薙ぎ払われるトカゲの影と耕されていく地面。

 きっかり六秒行われたそれを存分に楽しんで、リーパーはドアを開ける。


 「シタルスキアの同胞へ!

  こちらシンクレア・アサルトチーム、リーパー臨時班!

  これより戦闘域へ降下する! 友軍識別を厳にせよ!」

 『こちらホブ・スプリング第4大隊! 支援に感謝する!

  しかし何故シンクレアがここに?』


 友軍の応答を無視してリーパーはイオの肩を叩いた。


 「ジャンプユニットの使い方は分かるね?!」

 「先に出る」


 イオは空中に身を投げる。浮遊感。夜の闇を飛ぶ不思議な感覚、

 背中と腰を覆うような形状のバックパックから圧縮された空気が吐き出される。


 着地と共に勢いを殺す為に前転。泥が跳ねて頬に着く。到着早々泥まみれだ。


 射撃姿勢を取って周囲を警戒する内にリーパーが降下を終えた。


 「行くぞリーパー! トカゲ狩りだ!」



――



 戦闘は特に苦労を要する程の物にはならなかった。少なくともイオの基準では。

 イオとリーパーの先導で友軍は浄水施設内部へ突入。無数の敵歩兵と自立兵器を破壊して、周辺は雨音以外の静寂を取り戻した。


 野営地に着陸した一機のコンドル。イオはその中に上がり込む。


 「軍曹、久しぶりだな! 突然支給端末に連絡が来た時は驚いたが……。

  連日のニュースは聞いてるぞ。お前を乗せて飛べた事は幸運だ」


 ヘルメットを座席に放り捨てながらカミユが迎える。

 刈り上げた金髪にキラキラした瞳。手を差し出して来たので、イオは迷わず握手した。


 「凄い戦闘だった。もしかしてお前もシンクレアなのか?」

 「いや、違う。だが……目的があって同行している。

  クーランジェ曹長。頼みがある」


 カミユは眉を顰めた。嫌な予感、と言う奴だろうか。



――



 雨脚が弱まった。破壊されたコンクリートブロックにしとしとと打ち付ける音。

 コンドルの座席ではカミユが項垂れている。諦念、敵愾心、怒りと切なさ、様々な物が入り混じった空気。


 「……軍曹、私は実家と仲が悪い」

 「らしいな」

 「だが…………あぁクソッ」


 簡単な説明を終えた時、彼女は苦悩していた。

 頭を掻き毟る。噛み締めた唇。汗の臭い。


 「私がこの世で三番目に嫌いな物が“実家に借りを作る事”だ」

 「そうみたいだな」

 「だが分かってる。好き嫌いで駄々をこねてる場合じゃないってのは」


 イオは頷いて、カミユの目を見詰めた。


 「船が欲しい。ガキどもにチケットを渡してやりたい。

  生きていても良いと、言ってやりたい」

 「船か……。私は、その……」


 カミユは大きく深呼吸する。

 どかりと背凭れに倒れ込んだ。頻りに顔を撫で擦っている。


 「愛人の子って奴だ。……大した事は出来ないぞ」

 「俺だって大した事は出来ない。だが、アンタの靴を舐める事ぐらいなら出来る」

 「……止せよ。お前のファンに殺される」


 暫し沈黙。二人は見詰めあう。

 カミユ・クーランジェは実家と余程の因縁があるようだ。


 こいつもこいつで個性的なキャラだな。イオはじっくりと彼女を観察した。


 「……分かった。協力する。私は恥知らずじゃない。子供達を見捨てたくない。

  クーランジェに連絡を取ろう」


 覚悟を決めたカミユ。ゴブレットが視界の中を泳いだ。


 『ナタリー・ヴィッカーを推薦しましょう』

 「(ほぅ、そう繋がって来るか)」


 イオはカミユの端末にデータを送信した。


 「ナタリー・ヴィッカーと言うリポーターが居る。フレッチャーTVの現地取材班だ。

  クーランジェ議長殿は現地の情報を欲しがるだろう?

  ただしコンタクトは慎重に頼む。彼女は今軍に監視されている」

 「そう伝える。……ハッ、まぁ悪くない選択だろうな。

  今の当主殿は政治的存在感を取り戻す為に、何だってやるだろうから。

  良いか、確認するぞ? お前の目的は救出船団の追加要求って事だな?

  少年兵部隊を回収する為の」

 「そうだ。その為なら何でもする」

 「だとしたら……これは知人に聞いた話でしかないが」


 カミユの懸念。


 「オクサヌーンだけじゃキャパシティが足りないんじゃないのか?」



――



 『新たな作戦を立案した。俺達とお前達、両方の目的にとってプラスになる作戦だ』



 チャージャーの顔には傷が増えていた。しかし傷を負い、敵味方の死に直面する度にこの男の首は太く逞しくなっていく。

 シンクレア・アサルトチーム分遣隊コマンドユニット。

 彼はやはり油断ならない目つきをしている。


 『リーパーから詳細は聞いている。だが精度の低いプランと言わざるを得ない。

  ヴィットー・クーランジェ議長は本当に世論と船を動かせるのか。

  動かせたとしてどうやって少年兵達を合流させるか。

  またそれ以前にトカゲどもが待っていてくれる保証はない』

 「ウィードランに大攻勢の予兆があるらしいな」

 『……リーパーか。まぁ良い。

  つまり我々は軍内外での政治的工作とウィードランへの遅延戦闘を同時にこなさねばならない』

 「そういう言い方をするって事は、手伝ってくれるって事で良いんだな?」

 『お前の事は気に入っている。借りもある。

  それにトカゲどもを叩くのにお前を扱き使えるのは充分なメリットだ』


 恐い奴だ。雷雨の中を突っ切るコンドルの腹の中。イオはチャージャーに向かって何とも言えない笑みを作って見せた。


 「それで? お前の言う作戦とは?」

 『敵は大規模再編成の混乱で足元が疎かになっている。

  戦力規模が減じた訳では無いが、鈍間を叩くだけならば問題は無い。

  シンクレア全戦力と協同可能な友軍を用いて合計14の敵拠点を同時に、或いは連続で襲撃する』


 チャージャーの言葉に動揺したのはリーパーだった。


 「冗談だろ? 返り討ちに合うだけだ」

 『俺達は膨大な時間とリソースを投入してウィードランを観察して来た。

  十分に実行可能と判断した。恐ければ抜けろ、リーパー。今ならまだ転属願を受け付けてやる』

 「……馬鹿にしないで欲しいね。今更足抜け出来るもんか」


 イオは顎を撫で擦った。


 「どんなメリットがある?」

 『敵の間引き、足止め、攪乱。シンクレアが求めているのはそこまでだ。

  最後に一つ、敵の目を逸らしてから15カ所目の拠点を攻撃する。

  北東200㎞。敵に奪取された港だ。古くは大型の燃料輸送船などを受け入れていたオクサヌーンのサブポートで、ここならばどのような船でも入れる。

  少年兵の1万2万程度どうと言う事は無い』

 「成程……俺達はオクサヌーンを囮にしてガキどもを脱出させる訳か」

 『……話が早いな。だが最終的にどう転ぶかは分からん。俺は政治屋じゃない。

  しかし現実的なプランとルートがあれば、ヴィットー・クーランジェも有権者を納得させ易いだろう』


 イオは腕組みして考えた。なにやらとんでもないイベントミッションらしいが規模が今一分からない。

 だがまぁやるしかない。面白そうな話には乗るタイプだ。


 今、全てがそれに向かって流れ始めている。そんな気がする。

 少年兵部隊の生還。それがアバター・イオの取るべきルートか。


 どうやらエンディングは確定したかな。イオは一つ頷いた。


 「重大さが今一つ伝わってこないが、どうやら苦労しそうだな」

 『今までの地獄が可愛く見えて来るだろうな。……俺もお前の協力が得られなければ実行する気は無かった』

 「見込まれたモンだ」

 『ユニバーサル・アウダーの参謀どもは嘲笑うだろう。

  たかが一兵士の存在で作戦を決めるなどと』

 「そいつらの事は知らない。だが、お前を失望させるつもりは無い」

 『良い返事だ』


 満足げに笑い、チャージャーは秘匿回線を切断した。


 「不思議だね。いつもだったらまた貧乏籤を引いたと溜息が出る筈だが……。

  アンタが参加するとなると燃えて来るよ」


 リーパーは強張った肩を宥める様に擦りながら言う。武者震いを抑えているらしい。


 「……そうか」


 イオは素気なく応えた。


何だか上手く書けない時もある。仕方のない事だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 7割目周辺の  チャージャーの言葉に動揺したのはリーパーだった。 「冗談だろ? 返り討ちに合うだけだ  『俺達は膨大な時間とリソースを投入してウィードランを観察して来た。 返り討ちに遭う…
[良い点] どこまでも冷静に戦うのに守るべき子供たちに関しては火傷しそうなほどに熱い意思を貫き通す。作戦のために見捨てられても不平を言わずに、しかして自身は味方をあきらめない。なんて格好いい主人公なん…
[一言] 次のミッションへの助走に入ったという感じですね。 カミユとナタリー、それにシンクレアの面々と、関係性が絡み合ってきて先が楽しみです。 クーランジェ議長のキャラもけっこう楽しみだったりします。…
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