死んだ方が良いやつら
女の子達との甘酸っぱい日常イベントだぞ!
「君の戦果は認めよう。コミックヒーローのような馬鹿げた戦果の事だ。
だが私の編成した司令部は、決して君を評価している訳では無い。
何故か分かるかね、イオ軍曹」
こけた頬。深い隈。顎は細く尖り、時々覗く歯と歯の隙間が妙に広いモデリング。
よれた軍服をそれでも頻繁に整え何とか見られる格好にしている初老の男。
オクサヌーンでカラフ方面軍脱出計画を管理するユアリス・バーレイ准将。
イオは彼の前で直立不動の姿勢を崩さない。
「はい、いいえ准将」
「そうか、分からんか。いいや、興味も無いと言う顔だな。考える価値も無いと」
「はい、考えた事も無いのは確かです」
「本来の任務を放棄し、独断での出撃を繰り返しているからだ!」
「はい、いいえ。自分の出撃は独断ではありません。
シンクレア・アサルトチーム分遣隊コマンドユニットの承諾は得ております」
「それが命令放棄の理由になると?」
「より緊急性の高い任務の存在を認め、仕方なく志願しました」
「馬鹿め!」
デスクを叩くユアリス。ひえー怒った、とイオは他人事。
アバターサポートで勝手に返事をしてくれる。イオは呑気にイベントを眺めているだけだ。
怒声を上げるユアリスの周囲では今も彼の参謀やオフィサー達が忙しそうに、或いはデスクや端末に突っ伏したまま失神している。
過労状態のようだ。
「貴様はよほど目立ちたがりのようだな、えぇ?
メディアは連日貴様の事ばかりを報道しているが、それでもまだ足りんか?」
「自分の所感としましては、困った物だと思っております。
他に報道すべき重要事項は幾らでもありそうな物ですが。
例えばカラフ・ウィルス治療薬の増産体制など」
おっ、イオ軍曹がちくりと言ったぞ。
治療薬に関しては未だに公表されていない。痺れを切らしたナタリーが独自に調査を開始する程度には、軍は情報を出し渋っている。
この痛烈な皮肉にユアリスは鼻梁を吊り上げた。分かり辛いが、神経質なこの准将殿の怒りの表情だ。
「軍曹、思い上がっているようだな……」
「はい、准将」
とうとういいえとも言わなくなった。アバター・イオは一歩も引く気は無いようだ。
現在、イオの所属は宙に浮いてしまっている。細かい設定は読み飛ばしてしまったが、十年前の機密事項に類するイオ軍曹はその所属からして定かでなく、挙句これ以上ない程メディアに露出してしまったため迂闊に動かせないらしい。
そうでなくともここまでに上げた戦果がある。その作戦遂行能力はどの前線部隊にとっても喉から手が出る程欲しい物だ。
だからシンクレアや他部隊を隠れ蓑にここまで好き勝手が出来る。実際に困難な任務に従事し、結果を出しても居る。と、いう風にブルー・ゴブレットは説明してくれた。
イオにしてみれば面白いミッションが転がって来るならユアリス准将からの評価などどうでも良い。
だって陰険なおっさんだし。
「発言には、良いか? 発言には注意したまえよ軍曹。
私は政治屋ではない。貴様が軍の秩序を何とも思っていないようならば、例えダイヤモンドフレームと言えども容赦はせん」
ダイヤモンドフレーム。
こいつの説明も読み飛ばしたが、イオが授与される予定の勲章の一つだそうだ。正式名称はもっと堅苦しくて分かり辛いが……忘れた。
シタルスキア連合軍の長い歴史の中で15人しか与えられた者がおらず、その内の12人は戦死した後に授与されている。
生きたダイヤモンドフレーム。最近のイオのあだ名である。
「はい、准将。自分もニュースキャスターではありません。
銃を撃つのは得意な方でありますが、メディアの相手は不得手です」
ユアリスは大きく息を吸い込むと眉間を揉み解した。
「それに関しては同情もしよう。貴様が連中の無礼な態度に怒っているのは知っている。
しかし貴様は軍人だぞ。私の言っている事が分かるか?」
「はい、准将」
心底どうでもよさそうにイオは答える。
「どうやら、これ以上は時間の無駄だな」
「貴重な時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「……行け! 暫く報告書で貴様の名前を見たくないからな、軍曹!」
「はっ! 了解致しました!」
資料が散らばり増設された機器類とその配線が好き勝手に転がっている作戦室を出る。
外ではクルークが腕組みしながら待っていた。
アバターサポートが切れた。イオは肩を竦めて見せる。
この金のお姫様もイオより先に相当絞られている筈だが、まるで堪えた様子が無い。
「軍曹、准将はなんと?」
「アレだけ大声で怒鳴っていたんだ。聞こえてたんじゃないか?」
「ふふっ、あぁそうだな。くっ、くくく、ふふふ!」
手の甲で口を押えては居る物の声を殺し切れていない。肩も震えている。
3552の経緯は知っての通りだ。彼女がユアリスをよく思っている筈も無い。
「だが、正直……良い事だとは思っていない。
フリーザーから起こした私が言うのも違和感があるが、な」
「俺がシンクレアと盛り上がってるのが不満か?」
「どうしてそんなに戦いたがる? 貴官はもう十分以上に働いた筈だろう」
二人は歩き出す。クルークはこの後広報の仕事が、イオは人と会う約束……と言うかイベントがあった。
「我々は一週間もせずにアウダー大陸に出発する。
……もう、良いんじゃないか軍曹。私は貴官に……危ない真似をして欲しくないんだ」
常の凛とした態度はうって変わってか細い声で言うクルーク。
「おいおい、幾らだって危ない橋を渡ってきただろう」
「だからもう十分じゃないかと言っている。
戦争とは本来、打ち付ける巨大な波のような物なのだ。兵士一人が遮二無二戦って結果が変わる物ではないんだ。
…………貴官を見ていると持論が崩れそうになるが」
司令部施設を出る。灰色の空と黒い街並みがどこまでも続いている。
施設の外にはキッチンカーが止まっていた。行きかう兵士達を相手にホットドッグを売っているらしい。
売り子の女がホットドッグ両手に降りてきて、大はしゃぎでイオとクルークに何事か捲し立てると、ソースたっぷりのそれを押し付けて戻っていく。
振り返り手を振る彼女。クルークははにかんだ。こういうふとした拍子に見せる表情は酷く子供っぽい。
いや、年相応と言うべきなのか。
「はは、奢りらしいぞ軍曹。市民の方が協力して下さっている。有難く頂こうじゃないか」
「好きなのか、コイツ」
「そうとも。世界で三番目くらいには好きだ。
特にこういう……ソーセージが大きな物は堪らない。
噛み切れない程の奴を漸く噛み千切った時、中から溢れ出る肉汁が……」
身振り手振りまで加えて説明するクルークは、ふと我に返ったのかわざとらしい咳払い。
「おほん、何にせよ貴重な食料だ。残さず食えよ軍曹。
もし無駄にしたら懲罰委員会を編成するからな」
「勘弁してくれ。ミシェルの奴が鬱陶しくて仕方ない」
言うが早いかクルークはがぶりと行った。噛み切れていないのかソーセージがぴょこぴょこと跳ねている。
士官が歩きながらジャンクフードを頬張るなどとはしたない、とか何とかこの前のダイヴで言っていたような気がするが。
少女とは言え成長期の食い盛りである。
そのままオクサヌーンのメインストリートを行く。様々な施設はそれぞれ趣きが違うが、どれも大抵排煙を撒き散らして道を汚している。
戦う為の街。不利な戦況に雰囲気は暗いが、道行く人々はイオの姿を認めると朗らかに囃し立てて来る。
「Foo! 殺し屋のお通りだ! 次は何処を潰してくるんだ?」
「トカゲどものケツの穴なんてどうだ?」
「少尉殿! また買い食いですか? 重量オーバーで帰りの便に乗船拒否されても知りませんよ!」
「馬鹿者! 貴様の顔は覚えているぞ、後で隊に苦情を入れておいてやるからな!」
どっと笑う野次馬。指笛を吹く者まで居る。
イオとクルークはその間を突っ切る。
「貴官は不思議だ。……いや、当然なのかもな。
カーバー・ベイで諦めきっていた我が隊が、お前とカーライル伍長達の力で息を吹き返したように。
皆、貴官を見るとこの圧倒的不利な戦況を忘れてしまう」
クルークの目はきらきらしていた。出会ったばかりの野良犬のような目とは違った。
随分懐かれたモンだ、俺も。ナタリーではないがイオはそう思って曖昧な笑みを返した。
ふと、イオは口に出した。
「少尉、アンタは……自分が特別だと思うか?」
「なんだ突然? どういう意味なのか分からない」
「自分に力があると思うか? アンタが言う、“打ち付ける巨大な波”に影響を及ぼすような力が」
「馬鹿な。私はシタルスキア連合軍にごまんと居る少尉の一人に過ぎない」
影響力と言う意味ならお前の方がよっぽど上だろう。クルークはそう言った。
ただ一人でありながら敗北を跳ね返し、局地的勝利に変えてしまう怪物なのだから。
「すまない、変な事を言った」
「止せ。カーバー・ベイからここまで散々情けない所を見せ合った仲だ。
思った事は何でも言ってくれて構わない。……おっと、当然だが他の将校には言うなよ」
そうこうする内に別れる時が来た。軍が接収したホテル前だ。3552の配備箇所である。
3552はその身分にあるまじきVIP待遇を受けている。メディアの注目が集まる少年兵部隊を粗雑に扱えば、直ぐに市民に広まって軍が批判を受ける。
ラッキーだ。以前、クルークは笑いながら言っていた。
「隊は体力練成に参加している。所詮は付け焼刃だが、ただ飯を食わせては貰えんようだ」
「そう言えば少尉はこの後大仕事だったな」
「あぁ……気が重い。オクサヌーンの市長と一緒ににこにこ笑いながらカメラ目線で手を振る仕事だ。実に難しい……。
そういう貴官はナターシャを待たせているらしいな」
「相談事、だそうだ」
「相談? ……ふぅん、まぁ良い。
彼女のバイザーカメラの前では気を付けろよ。油断ならないからな」
イオは悪戯心を発揮してぼそりと言った。
「“チョコ・ラッシュ”作戦の事か?」
「?! ……?!?! な、何故知っている! ナターシャか?! そうなんだな?!」
「どれ、急ぐか。彼女を待たせても悪い」
「待て軍曹!」
ずだだ、っと駆け出して逃げるイオ。フィジカルでクルークに負ける道理はない。
――
ナタリーは粗末なラウンドテーブルに覆いかぶさるように突っ伏していた。
傍らにウィスキーのビンとグラスがある。彼女らしくなく、痛飲しているらしい。
彼女の宿泊する部屋には何かの資料や記録媒体、メモ書きや便箋が散らばっていた。
こんな有様で鍵も掛けず……。普段の彼女らしからぬ姿だった。
こういう時、結構重要なイベントが起こる物だ。イオは身構える。
「おい、寝てるのか、おい」
無反応なナタリー。イオは肩を揺する。
「起きろ」
その腕をナタリーの手が掴んだ。顔を上げる。
ぼさぼさの髪とその隙間から覗く瞳。妙な迫力がある。
「……イオ」
「どういう有様だ?」
「ごめんなさい、……呼びつけといて、こんな様で」
「何があった」
質問に答えず、ナタリーはまた伏せる。
かと思えば指をふらふらと彷徨わせ、ベッドの上に放り投げられた一枚の紙を指した。
イオはそれを拾って椅子に座る。紙には数字の羅列とどこかの地名が延々書き殴られている。
いや、これは……部隊名か?
「数字だけの部隊名、少年兵部隊だな」
3552がそうであるように、少年兵部隊には数字だけが与えられる。
軽く眺めてみればこの紙は少年兵部隊とその配属地が記録されているようだ。
「全部、防衛線か、そこから少しだけ下がった場所よ」
呂律が回っていない。ナタリーの顔を覗き込めば彼女は泣いていた。
「同業者に金を払って……聞いたの。
全ての前線部隊は、じりじりと防衛線を下げてる。後退命令が出てる。
でも彼等にはそれが無い」
「……どういう事だ?」
「今、アウダーの方で何が起きてるかしってる?
人が溢れてる。そりゃそうよね。大陸が丸ごと一つ失陥なんて、そんな事態誰も想定してない。政府は彼等を吸収し切れてないの。
オクサヌーンから送り出された人々は食べる物も寝る場所も無く浮浪者同然の生活を強いられてる」
イオはナタリーの言葉を待った。彼女はやるせなさを呑みこむようにウィスキーのビンにそのまま口を付ける。
豪快な一口。
「カラフでは……少年兵になるのは基本孤児なの。そうでなくとも何らかの問題があって親と一緒に暮らせないか。
彼等には何も無い。そうよ、まだ子供なんだから当然よね。
基礎学力も、仕事に就く為の技術や知識も無い。知ってるのは銃の使い方だけ」
成程な、とイオは唸った。
「大の大人でもそんな有様なのに、少年兵達はどうなる?
私には予想出来るわ。彼等は生きる為に犯罪に手を染める。唯一持ってる銃の知識でね。
直ぐにスラムが出来上がる。マフィアはそれを利用する。治安は崩壊する。
そして、政府は私と同じ予想をした」
「ガキどもは……“死んでくれた方が都合が良い”って事か」
おいおいおい、とイオは唸った。
扱うにはヤバ過ぎる題材だぞ。アングラゲーに言っても仕方ないが。
「私は……報道しようとしたわ。でも本社に差し止められた。
フレッチャーのオフィシャルパスも取り上げられたわ。今の私は無期の長期休暇中」
「3552は一週間後にはアウダーに」
「3552だけよ! 彼等だけが! 市民に認知されているから!」
叫んだナタリーは椅子から滑り落ちて尻餅を突いた。
完全に酔いが回っているようで立ち上がれない。イオは彼女に手を貸してどうにかベッドに座らせる。
「もう、どうしたら良いか分からない」
ナタリーはイオに取り縋る。いつも強気な彼女の身体が震えている。
こいつは拙いぜ。このイベントはヘヴィなんてモンじゃない。
イオは思考を回転させ始めた。