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平和なオクサヌーン



 ユウセイは数日間、大学の重要タスクをこなして教務課に通い詰め、雑事を片付ける事に専念した。

 海外の有名ゲーマーも言っている。ゲームだけしてちゃ駄目だ。勉強も大事なのである。


 やる事やらずになぁなぁで人生の荒波をのりこなせるのは要領の良い奴だけで、ユウセイはそうではなかった。


 面倒事を片付けて、さて久しぶりにトカゲを殺して遊ぼうか、と潜ってみれば、ゴブレットのパーソナルエリアは随分と賑やかな事になっていた。




 ――英雄凱旋!

 ――奇跡の小隊

 ――死の一ヶ月を潜り抜けた少年達


 派手なテロップ、仰々しい謳い文句。

 イオは青い光の海を流れる報道記事を適当に眺めながら頭を振った。


 「“イオ”も3552も複雑な経緯があるから少し心配してたが……。

  どうやら歓迎されてるらしいな」

 『アバター・イオは4日間、緊急処置を含む高度治療を受けた後、軍広報官からのレクチャーを受けています』

 「レクチャー?」

 『記者会見用の答弁講習と軍儀礼服の着こなし、各種セレモニー及び会食マナーに関してです』

 「はは、同情するね」


 ――強化兵の真実。十年前の悪夢

 ――メイ・ウォッカー「守護者を称えよ」

 ――フレッチャーTV独占生放送! イオ軍曹の真実の姿!


 アバターの行動ログは思わず苦笑いさせられる程の物だった。

 治療完了を待たず病院のベッドから叩き起こされたイオは、形ばかりの査問会に出頭した後、只管広報の任務に協力させられている。


 どうやらカラフ方面軍……と言うよりシタルスキア連合軍はこの劇物を有効活用する方針で居るようだ。


 『ミスタ・イオ! お時間宜しいですか?!』

 『俺は現在軍務中だ。貴方達の要望にはお応えできない』

 『ミスタ! ミスタの驚異的……、えぇ、極めて驚異的な活躍に人々は注目しています!

  知りたがっているのです、貴方の事を!』

 『俺は別に知ってもらいたい訳じゃ無い』


 しかしこの分だと軍広報官のレクチャーとやらは余り役に立っていないらしい。

 仏頂面のイオは押し寄せるメディアに対し素気ない。


 『実にクールですね。貴方はいつも冷静だ。やはり作戦成功のカギはそこに?』


 しかし成果を出した人間、実績を残した人間に対し、人々は好意的な解釈をする場合が多い。

 ぶっきらぼうさは不器用な実直さ、冷たい態度は冷静さ、乱暴な言葉遣いは闘争心の表れ、と書き換えられる。


 “少年兵達を守りながら敵と戦い、無数の重傷を負いながら千㎞を踏破した男”

 一度そのフィルタを通してしまえば無謀への挑戦すら勇気と称賛される。1+1を間違えても愛嬌と言われるだろう。

 映像の中で苛立っているイオが唐突にリポーターを殴り倒したとしても、「過酷な状況を潜り抜け、ストレスが溜まっていたのだ。あのリポーターは無礼だ」と許されてしまう。


 ……と言うか実際一度殴り倒してるみたいだな、ログを見る限り。


 重要なイベントを見逃したのかも知れない。惜しい事をした。


 『カーバー・ベイからここまで過酷な旅だった事でしょう。ですが貴方はやり遂げた。

  しかも貴方が救ったのは子供達だけではありません、撤退途中の友軍……えぇと、ちょっと待って』


 速足で立ち去ろうとするイオ。追いすがるメディア。


 『ミーモッシュ・ウェイでは第14歩兵中隊!

  アデナント市ではブロマット分遣隊と他二つの小隊、更には18名の市民!

  ミスト・ハイウェイでは壊滅した機械化混合小隊の生き残りを救出している!

  情報が追い付いていないだけで、他にも同じような状況はあった筈です!

  彼等は貴方達を救ってくれはしなかったのに!』

 『俺は何度も記者会見への出席を命じられている。必要な事は全て話した筈だ』

 『まだ足りない、と市民は思っています!』


 兵士が二名、割り込んでくる。


 『いい加減にしろ。イオ軍曹が自分で言った通り、彼は軍務中だ』

 『お前達には騒乱罪が適用される。言っとくが俺達は彼ほど優しくないし、我慢もしないぞ』


 抑え込まれるリポーター。押し返されるカメラマン。

 兵士達はイオを振り返りながら手を振る。


 『こっちは何とかしておく。行ってくれ、軍曹』

 『お前らは?』

 『気にしなくて良い。アンタは覚えちゃいないだろうが……アンタに借りがあるのさ』


 記者が押さえつけられながら叫んだ。


 『モイミスカ・レスキュー・フォース!』


 イオは立ち止まる。


 『私の息子が居ました。貴方がいなければ死んでいた事でしょう。トカゲどもに皮を剥がれて、木に吊るされていた筈です。

  息子はポールと言います。きっと知らないでしょうけど。

  ここまでの非礼はお詫びします。最後に握手させて貰えませんか。貴方に感謝を伝えたいんです』


 イオは逡巡の後、頷いた。兵士達は記者を放す。


 『イオ軍曹、本当にありがとう。貴方は英雄だ』


 握手する二人をカメラマンが捉え、そしてそれは一面記事の見出しに使われた。


 ――カラフの英雄。孤独な戦争


 役者としては相手の方が何枚も上手だったな、アバター。

 素気ない態度も、乱暴な言葉も、上手い具合に編集されて美談としてまとめられてしまっている。


 メディアってのは怖いねぇ。イオは呑気だった。自分がこなしたミッションのリザルトが高評価を得ているようで、ゲーマーとしての自尊心が酷く満たされていたからだ。


 「色々面倒事に巻き込まれているようだな」

 『大した問題では無い、と判断します。無視しましょう。

  貴方は劣悪なコンディションのままブルー・ゴブレットの要求を満たし続けてくれました。

  現在はナノマシンの最適化とボディの回復が必要です』

 「ふぅん? ミッションは無いのか?」

 『……適度な負荷を掛ける事も効果的です。

  貴方がそれを望むのならば戦闘支援を行います』


 フリーミッションか?


 「なら始めよう」

 『介入開始。ブルー・ゴブレットは、貴方の帰還を歓迎します』



――



 ――シタルスキア統一歴266年。5月15日、AM08:14

 ――カラフ大陸東端、オクサヌーン・ミリタリーポート。


 作戦ID、イオ・200




 「イオ! 貴方の任務は広報だ! 出撃は許可されていない!」


 イオはレイヴンの状態を確かめながら今にも飛び立とうとするコンドルに乗った。

 曇天、湿った風。巻き上げられる砂埃に堪えながら背後の人物が何事か叫んでいる。


 プラチナブロンドの美人だ。広報任務の為に招集されたTV映えする女性である。


 イオは無視して座席に着く。黒いアーマーの隊員がそれを出迎えた。


 「良いのか軍曹。休んでたって誰も文句は言わないだろう」


 シンクレア・アサルトチーム隊員、ブーマーと呼ばれていた奴だ。


 現在3552小隊は休養中だ。部隊としての戦闘力を持たない少年兵達に任務など与えられない。

 あったとしてもイオが引っ張り回されていたような広報任務で、彼等は見世物にされる愛玩動物のような扱いを受けている。


 だが、それでも孤立無援の状態で嬲り殺しにされるのをただ待っていた数日前よりはずっといい。

 クルークはそう言っていた。


 だからイオが戦闘に参加しようと思うと、兵員徴発の許可を与えられているシンクレアの手伝いをするのが都合が良かったのである。


 「ちやほやされるのも悪くは無いが、いい加減うんざりだ」

 「ははっ、お前を見てると思わず同情しちまうぜ」

 「イオ! 聞いているの!」


 コンドルは上昇を始める。泥と埃に塗れ、小さな傷が幾つもある。

 連日の出撃に加え物資不足。最低限の整備のみで飛び続けているようだ。


 「随分煩い奴だったな。あの女は何者だ?」

 「いや、知らない。広報任務の同僚らしい」

 「らしいってなんだ。名前すら知らないのか?」

 「どうでも良い」

 「お前……ひょっとして女に興味ないのか?」


 このブーマーとか言う奴、なんだか雰囲気がジョナサンに似ているな。

 思わず悪友を思い出すイオ。余り長く話しているとロールプレイの調子が狂いそうだ。


 『軍曹、シンクレアに来る気になったのか』


 リトル・レディに通信が入る。チャージャーからだ。


 「暇潰しだ。迷惑だったか?」

 『お前なら歓迎だ。……だがお前は重傷を負っていた筈だ。無理はするなよ』

 「トモスに吹き飛ばされてた奴に言われたくはないな」


 互いに鼻で笑い合う。


 『ブーマー、軍曹をお前に貸してやる。楽をさせて貰え』

 「了解だチャージャー」


 眼下をオクサヌーンの黒い街並みが流れて行く。

 緊急改修で増設された拠点群。煙を噴き上げる何かの施設。行きかう者の殆どは軍隊関係者か、大陸からの脱出を待つ避難民達だ。


 雷鳴が聞こえる。雨になるかも知れない。

 オクサヌーンの街の煙を割って、3機のコンドルが追随してくる。チャージャーの声がした。


 『シンクレア各員、傾注。

  3時間前、コンサールのフラッシュポイントで二名が戦死した。

  ストンヘンジとファルケ、勇敢な男と、勇敢な女だった。

  黙祷。彼等の為に』


 ブーマーが手に握り拳を当てて俯く。イオはシンクレアの戦死者の事など知らなかったが取り敢えずその場の空気に合わせた。


 細かい演出とイベントが光る。こう言うのは臨場感を煽る為に重要な仕掛けだ。


 『よし、終われ。

  今回は飛び入りが居る。彼の為に作戦をおさらいするぞ。

  目標南西120㎞地点。進出してきた敵有力部隊に奪取された発電施設だ』

 「お前も物好きだよな」


 チャージャーが説明を続ける最中、ブーマーが話しかけて来る。

 彼はコンドルの扉の手摺に掴まりながらイオを振り返っていた。


 「態々俺達に付き合わなくてもお前は何も困らない筈だ。

  勲章と一時金を腐る程受け取って名誉除隊すれば良い。

  勲章付随の年金だけで贅沢に暮らせるだろう」

 「俺の作戦目的はまだ達成されていない」

 「作戦目的?」

 「人類種の存続さ」

 「ふん、お前の事が段々好きになって来たぜ」


 再び雷鳴。雨が降り始めた。

 灰色の空と灰色の街。コンドルは飛んでゆく。



――




 ソリッドビー発電施設攻撃


 「シンクレア04、降下開始」

 『ウェンディゴが施設機能をダウンさせる。各員待機しろ』


 敵に奪取された発電施設への攻撃。シンクレアは静かに突入し、静かに敵を殺した。

 僅かだがしかし有用なリソースを取り戻し、シンクレアは余韻も無く発電施設から撤退する。




 カレル中隊救援作戦


 『救援要請があった。即応できるのは我々だけだ』

 「チャージャー、手が足りないぞ」

 『01及び04のみで行う。残りは予定通りカーミタールの合流ポイントへ向かえ』


 次の作戦ポイントに向かう途中、友軍からの救援要請を受けた。

 シンクレアは即座に隊を分け、戦力の約3割が“カレル中隊”の救助に向かう。その中にはイオも居た。

 敵に攻撃されている車両部隊を救援。シンクレアは敵の横面を殴りつける形で急襲し、僅か2分40秒で目的を達成。即座に次のポイントへ向かう。




 カーミタール長距離砲破壊作戦


 「ブーマー! 俺が前だ!」

 「04前進! チャージャー、支援してくれ!」

 『フロントラインを突破しろ。友軍コンドルが支援に入るが、対地攻撃は20秒間のみだ』

 「訓練不足の素人め! 俺達だけで死ねって事かよ」

 『シンクレア総員攻勢。指定された各ポイントを奪取しろ。

  イオ軍曹、行けるか?』

 「20秒あれば十分だ」


 戦力が払底しつつあるシンクレアの全力戦闘。

 カーミタール渓谷を移動中の敵兵器を破壊するのが目的だった。

 兵器は超射程を有し、その弾頭の特性からオクサヌーンの迎撃システムでは対応不可能と判断されていた。

 シンクレアは豪雨に紛れ、敵防衛部隊を突破。1機のコンドルと6名の隊員を失いながらも作戦を遂行する。

 ブーマーとの連携は良い。妙にウマが合う。




 対クルーク・マッギャバン偽装作戦行動


 「軍曹、何処に行ってた? 探したんだぞ」

 「あぁ……ちょっと散歩にな」

 「14時間もか? 完全装備の貴官を見たと言う者も居るんだが?」

 「散歩に出る前、訓練に参加したような気がする」

 「どこでだ。シンクレアと一緒に、カーミタールまでか?」


 バレてんのかよ。


 「軍曹! 私の承認を得ずに何をしているのだ! 死ぬ気か!」

 「すまなかった少尉。流石にここでの生活が億劫でな」

 「司令部から出頭命令だ! 私だけではない、貴官もだぞ!

  精々言い訳を考えて置けよ!」

 「あぁ任せてくれ。俺の得意分野だ」


 上官の承認を得ない勝手な戦闘参加は、当然のように露見した。

 クルークは大層ご立腹で顔を真っ赤にしながら枕を投げ付けて来る。

 ナタリーがけらけら笑いながらその様子を撮影していた。



 それにしても、とイオは思う。


 「(なんだか長時間のダイヴでも疲れなくなってきたな。16時間はやりすぎだろ)」

 『ブルー・ゴブレットは長期介入に堪えうるよう、貴方の脳機能を強化しています』

 「(…………ジョークだよな?)」

 『はい、ジョークです』


 イオの視界を泳ぎながら、ブルー・ゴブレットはにこりと笑った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公とオペレーターの掛合がとてもおもしろい。 テンポが良くて読みやすい。 [一言] 最新話まで一気に読みましたがすごくおもしろいです更新が楽しみです。
[一言] こうも多彩なキャラクターがみんないい味を出しているのが驚きです。 ブーマーはまた出てくるのかな。 クルークのお冠っぷりも何だか可愛いし、ナタリーは相変わらず楽しそう。 ゴブレットはどんどん成…
[良い点] ミッション中のキレる感じはカッコいいのにユーモアもある!日常編でのいい意味でも悪い意味でも動じないイオが面白い~! [一言] こういうシニカルなノリがとても好きです!なろうではあまり見かけ…
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