俺を殺して見せろ
『バイタル低下。補助脳機能低下。活性剤の使用を推奨します』
イオは血を吐き出した。喉の奥の違和感に構わずサイドポーチから治療用ツールを取り出す。
アイテムの設定的にどう考えても体に良くない薬剤を装填。首筋に当ててトリガーを引いた。
急速に視界がクリアになる。
「軍曹、被弾したのか?!」
「俺の事は良い! サイプスを潰せ!」
チャージャーのグレネードランチャーがサイプスの腰部関節に直撃する。
対装甲用の特殊弾頭はサイプスの装甲を突き破ると同時に尾部のギミックを開放した。
蓋が三つに分かれて開く。目標を完全に貫通するのを防ぐ為だ。この弾頭の目的は敵装甲を突破後、指向性を持たせた爆発で内部を粉砕する事である。
サイプスの背中が内側から弾け、内部機構がバラバラになって吹き飛ぶ。
『複数個所で筋断裂が発生しています。エージェント・イオ、深呼吸してください』
「チャージャー、弾をくれ!」
『分泌物質コントロール。戦闘可能まで十二秒』
そんなに待てるかよ。イオは砂煙の上がる荒野をゴロゴロと転がった。
敵後続、サイプス改修型に乗ったウィードラン快速部隊。
戦闘支援を受けずともやれる気がした。狙いを付ける手が淀みない。
“後天的闘争心”。イオのユニークスキルとピンチこそ燃えるゲーマーの性は見事に好相性だった。
一射、二射、三射、サイプスの装甲から唯一露出したトカゲ頭を狙い違わず吹き飛ばす。
RX-3の大型弾で無ければ出来ない芸当だ。
「お前は殺しの天才だな」
「スイッチしながら下がるぞ」
「足止めする。二十メートル後方の岩まで行け。
……ムーブアップ!」
脱力感を無視して立ち上がり走り出す。足に力が入らない。
「(ゴブレット、幾ら何でもやりにくいぞ。五感のリンクを見直してくれ)」
『了解。感覚を補正します。痛覚遮断』
あ、そう。そういう設定なのね。
『出血を止めました。活性剤及び緊急処置ジェルは効果的に作用』
「チャージャー、スイッチする! 下がれ!」
岩に辿り着いたイオは反転して狙いを定めた。敵の足止めを開始する。
今度はチャージャーが後退を始める。イオの射撃は追撃部隊に有効なダメージを与えていた。チャージャーはまんまと岩場に滑り込んでくる。
「止まるなチャージャー! GO! GO! GO!」
「弾を受け取れ!」
チャージャーは更に後退。イオは足止めを続行する。
チャージャーの投げ渡したマガジンを受け取りファストリロード。
イオの隠れた岩、視界の左上が弾けて礫が舞う。敵の射撃が頬の横を抜けて行く。耳鳴りがする。
中てられないのか下手糞め。獰猛な舌なめずり。埃っぽい。
更に一体、露出面積の多い迂闊な個体を撃ち殺す。
「エネミーダウン!」
「位置についた! 下がれ、軍曹!」
その後も役割をスイッチしながら後退を続ける。側面攻撃を行おうとするウィードランも居たがイオの常軌を逸した狙撃とチャージャーのグレネードに阻止される。
荒野から岩場へ、岩場から丘陵へ。
弾薬は尽きかけている。サイドアームは損傷して使えない。ディフェンダーはバッテリー切れだ。
「ピックアップポイント到達! コンドル到着まで40秒!」
「砲声だ! 伏せろチャージャー!」
敵トモスの砲撃が肉薄していたウィードラン諸共チャージャーを吹き飛ばした。
奴等、味方が居ようとお構いなしか。イオは舌打ちと共に最後の一つとなったグレネードを掴む。
投擲。破片手榴弾に気付いたウィードラン達は前進を止めて岩陰に隠れた。
その隙にチャージャーを地面の隆起の影へと引きずり込む。爆発音。
「チャージャー、生きてるか」
「あぁ、まだ、な」
「良いアーマーだ。そいつが無けりゃ死んでたろうよ」
チャージャーのヒップホルスターからハンドガンを拝借。同時にRX-3を放り出して彼を担ぎ上げた。
大きく抉れた地面に下半身を隠し、じりじりと後退しながらの威嚇射撃。
完全武装の男一人を担いで、しかもワンハンドシュートだ。精度は望むべくも無い。
『状況は極めて不利です。チャージャーは諦めて下さい』
「(答えはNOだ! 敵配置を教えろ、ゴブレット!)」
呼吸を止めて一秒。アバターのパフォーマンス低下のせいかゴブレットの支援が始まらない。
しかしヤバいシチュエーション程燃えて来るのはさっきも言った通りだ。
『敵の側面攻撃を確認』
「やって見せる」
ぐにゃりと歪む視界。カバーから乗り出したウィードランに発砲。
ライフルを弾き飛ばす。悲鳴と共に蹲るウィードラン。コイツはもう良い。
しゃがみこみ、可能な限り姿勢を低くして次を狙う。
被弾した仲間をカバーしに出て来たウィードランの足を撃ち抜く。コイツももう良い。
「どうした! 俺を殺して見せろ!」
『……素晴らしい。“強き敵こそが、貴方を昂らせる”』
「ハハ、ハハハ!」
高笑いが響く。無意識だった。負ける気がしない。
朝の陽光の中で死んでいくウィードランを見るのは爽快だった。
『友軍コンドル、攻撃を開始』
上空で稲光を放ちながらコンドルが姿を現した。例のステルス機能か。
円筒形のロケットランチャーから8発の無誘導弾が発射され敵のトモスに直撃する。
大破、爆発。巻き込まれる哀れなトカゲ達。
「大丈夫だ、降ろせ、軍曹」
担いでいたチャージャーを降ろして更に撃つ。ウィードラン達は驚き、戸惑っている。
『大尉! 高度を下げる! 飛び乗れ!』
「友軍はジャンプユニットを装備していない」
『そいつは諦めろ!』
「俺はコイツに借りがある! 置き去りにするつもりは無い!」
『……クソッタレ! ウェンディゴ、着陸しろ! 直撃を食らうな!』
友軍コンドルは全力射撃を開始した。ミサイルがばら撒かれ、ミニガンが重たい唸り声を上げる。
イオは岩陰にチャージャーを引き摺り倒した。
「大人しくしろチャージャー、緊急処置ジェルを使う」
「お前にはまた借りが出来た」
「リーパー共々、いずれ返してもらう」
回復剤を投与。コンドルが降りて来る。周辺への着弾。耳鳴り。
イオはチャージャーに肩を貸し、倒れ込むようにしてコンドルにむしゃぶりついた。
「乗ったぞ、上げろ!」
「大尉、よくご無事で!」
機体が振り回され、急速に視界が高くなっていく。
ここまでの礼とばかりにミニガンの掃射が行われた。薙ぎ払われるサイプスとウィードラン。
急速離脱。敵を振り切るのに30秒も無い。イオは大きく息を吐き出し、コンドルの椅子に座った。
「(任務達成。どうだゴブレット、やるもんだろう)」
『えぇ。エージェント・イオ、再演算を行ったのですが』
「(なんだ)」
『我々は、良いコンビ、と言えるかも知れませんね』
「(俺は前からそう思ってたぜ)」
『回復を開始します。イオ、可能な限り動かないでください』
言われなくてももうへとへとだ。動きたくても動けない。
昨日から頻繁に、それも長時間ダイヴしている。いい加減疲れた。
「軍曹」
目の前でチャージャーが椅子に倒れ込んだ。ヘルメットのバイザーが開かれる。
砲撃のせいか顔面は血塗れだ。この分だと全身似た様な物だろう。
チャージャーはニヒルに笑っている。傷だらけの癖に、なんとも雰囲気と色気のある男だった。
「“もしもの時は捨てて行け”と言うのを忘れていたな」
「……お前は生かしておいた方が人類の為になると思ったのさ」
「その判断には自信を持っていい」
「だと良いがな。……それより、俺は契約を果たした。今度はお前の番だ」
「既に手は打ってあると言ったぞ」
「具体的に言え」
チャージャーはボロボロになった端末を起動した。
「敵コマンドの殺害報告を送信済みだ。司令部がそれを確認次第、スコーディー・プルから東へ120㎞に位置する敵拠点群へ攻撃が加えられる。
敵は混乱状態に陥っている。タイミングを見計らって救出部隊が出撃し、3552は助かるだろう」
「……敵指揮官を一人殺しただけで?」
「無数の作戦が進行中、と教えた筈だな」
「そうかよ。ご高説どうも、チャージャー殿」
シタルスキア連合軍は周到に反撃の準備を進めていた訳だ。その割にチャージャーの作戦は到底実現不可能と思える物だったが。
俺が協力しなかったらコイツは……イベントで死んでたのかな。
まぁ良い。3552にとって有利に働くのは間違いなかった。
「……原隊まで送ってくれ。ステルス機なんだ、簡単だろ?」
「……仕方ない。借りもあるしな」
開け放たれたドアから外を眺める。
荒野とそこを流れる川。僅かな緑。朝焼けに照らされるそれらが美しい。
どこまでも作り込まれていた。
「イオ軍曹、大尉がお前を使うと言った時はどうなる事かと思ったが……。
取り敢えず治療してやる、動くなよ」
「俺の事は放っておいてくれ。今良い気分なんだ」
「お前は重症だ。死ぬぞ」
ゴブレットが無表情に言う。
『回復処置を継続中。死にません』
「死なないさ」
シンクレアの隊員は頭を振り、好きにしろと言い捨てた。
――
ゴブレットは3552に対し、定期的に敵軍の行動予測を送信していたようだ。
モイミスカ救出からの大立回りは見事にウィードランを掻き回していた。クルークは慎重に慎重を重ねて敵を捕捉し、気付かれる事も無く死線から脱した。
「大したお姫様だ」
ブルー・ゴブレットのパーソナルエリアで3552の行動記録を確認しながらイオは笑った。
青い光の庭にたゆたう女神様はどことなく満足げな顔をしている。
『クルーク・マッギャバンの性能は、ブルー・ゴブレットの予測を超えて向上しています』
「まるでロボットを評価してるみたいだな」
『失礼しました。気分を害されましたか?』
「いや、良い」
唇を噛み締めながら装甲車のモニタを睨むクルークの映像が表示される。
目を見開き、なんとも凄まじい表情だ。
「ゴブレット、お前がもう一人いれば安心してトカゲ狩りに行けるんだが」
『貴方と3552の支援を同時に行う、と言う意図ですね』
「良い案だと思わないか?」
『現在、ブルー・ゴブレットに匹敵する処理能力を持った人工精霊は存在していません』
「人工精霊?」
知らない単語だ。データベースにも無かった。
『ブルー・ゴブレットの製作者はこのような存在をそう呼称していました』
「……お前の口からそういう話を聞くのは初めてだな」
『情報の多くには開示制限が掛けられています』
「別に、どうしても教えてほしい訳じゃ無い」
『…………また、製作者はブルー・ゴブレットが作成できるプログラムレベルに上限を設けました。
ブルー・ゴブレットは、ブルー・ゴブレットを複製する事を禁じられています』
そりゃそうだろうな。コイツが無数に居てそれらが全て人類を支援したら、ゲームバランス崩壊だ。
「一応聞いておくが、何故だ?」
『製作者はブルー・ゴブレットが人類を支配する可能性について危惧していました』
予想外の返答だった。映画でありそうなネタだな。
進化し続けるAIがいつか人類を滅ぼす。SFでよくある奴だ。
「面白い。そういう可能性、あるのか?」
『ウィードランとの戦争行動の為に人類を高効率に管理する事を支配と呼ぶならば、
製作者の危惧は正しい物と言えます』
「恐い奴だ」
『貴方にも恐い物が?』
「言うじゃないか」
イオが笑うとゴブレットも微笑んで見せた。ゴブレットの愛想笑いにはまだ改善の余地がある。
『3552救出部隊を確認しました。チャージャーの情報から、後4時間程でコンタクトがある物と思われます』
「ミッションも完了間近か。子供達も漸く安心できるだろう」
『エージェント・イオ、貴方は相次ぐ危機的状況の中、誰一人として護衛対象を脱落させませんでした。
時に不要なリスクを侵してまで、貴方は子供達を守った。貴方は興味深い。
“死は、恐ろしくありませんか?”』
光の海に身を預け、イオは肩を竦める。
ゲームだぞ。恐いかよ、死なんて。
いや、ちょっと怖いかも知れない。ハードコアなゲームには、アバターが死ぬとセーブデータが消されるギミックがあったりするんだ。
「まぁ、少しは」
『少しとは』
「どうしてそんなに気にする?」
『ブルー・ゴブレットは……貴方を高効率で管理する必要性を吟味しています。
貴方は極めて優秀なユニットですが、窮地を好む性質があります。
貴方の喪失は大きな痛手になります』
「おいおいおい、さっきのはジョークじゃないらしいな。俺を支配するつもりか」
ヤンデレAIとか勘弁してくれ。このゲームの難易度自体がそもそも高いし、モイミスカ救出作戦に関しては強制的にダイヴさせた。
どの口で言うのやら、と言う奴だ。
『…………いえ、ジョークです』
「なら良いがな」
イオは話を打ち切った。今はまだ困難なミッションを達成した後の満足感が残っている。
少し休みたい。
「仮想空間はセラピーに用いられることもある。
ここで少し休んで行って良いか?」
『どうぞ、存分に。“この光の海は、貴方の為の庭”
ブルー・ゴブレットは貴方のコンディション維持の為に協力したいと考えています』
「そうか」
『音楽でも、流しましょう』
気の利いたAIだ。イオは目を閉じる。目を閉じていても、様々な情報が流れ込んでくる。
いつかどこかで聞いたようなクラシックが聞こえ始めた。イオの好みでは無かったが、まぁ良かった。