暗殺作戦
イオは手当たり次第にウィードランをマークした。以前から把握はしていたが、スネーク・アイは戦闘中かそうでないかで随分と消耗の度合いが違う。
特にゴブレットの戦闘支援と併用すると数分も持たない。ゲームバランスの為には仕方ない部分もあるが。
「敵をマーク。ルート解析」
『情報は充分です。敵巡回ルート予測を更新します』
敵を調べれば調べるだけゴブレットはそれを元に有効な進行ルートを示してくれる。不意打ちに適した路地。潜伏可能な家屋。どこも細かく作り込んであり、以前の住人の生活感まで感じさせる。
砲撃でも受けたのか破砕されたコンクリートと鉄筋が散らばる一戸建ての二階。
焼け焦げた人形が転がっている。海外のゲームでは子供の死体の暗喩として人形のオブジェクトを配置するらしいが、まさかこれもそうだろうか?
イオは砕け散った窓から外の敵を観測した。
「更に敵をマーク。情報をチャージャーへ」
『了解しました。チャージャーが移動中。エージェント・イオが収集した敵分布情報を元にソルトヒル教会へと接近しています』
「奴と連絡を」
『繋ぎます』
敵の観測を終えたイオは壁の穴から飛び降りる。
RX―3を構えながら前進。チャージャーは直ぐに通信に応じた。
『こちらチャージャー。順調だ』
「だろうな」
『史上最高の偵察兵の御蔭で楽をさせて貰っている。
敵陽動の為の爆薬を設置し終えた。脱出の際に使用する予定だ。
お前は?』
「目的の物を見つけた」
『目的の物?』
「俺は少し前から……ウィードランどものトモスが好きでね。
レンタル出来るように頼んでみるつもりだ」
『……成程な』
イオは敵が設置した簡易テントや何らかの機器の間を擦り抜けて行く。
不意の遭遇は一切なかった。そのようなヘマはしない。
“飢えたジャッカル”。鋭敏な感覚は、常にイオに先手を取らせる。
「敵をマーク。……単独か」
一体のウィードランが壁に背を預けて座り込んでいる。
トカゲでも居眠りはするらしい。イオは足音を消して接近し、躊躇せずアクション。
ナイフがその個体の胸骨を割りながら体内に潜り込む。二度痙攣して動かなくなる冷たい身体。
『脅威を排除。エージェント・イオ、ここはマーカーナンバーβの巡回ルートです』
「(ゴブレット、偉いぞ)」
『お褒めに預かり光栄です』
ここまで四体程迂闊なウィードランを殺してきたが、ゴブレットは死体の隠蔽が必要な場合は都度教えてくれる。
ウィードランの死体をドラムカンに放り込み、瓦礫の影に転がす。
夜陰の中だ。見つかりはしない。
『トモスに接近。オペレーターを排除してください』
イオ達の最終目標地点である中央協会からやや南東、トモスやサイプスの待機場が設置されている。
他とは違い深夜でも明かりがともり、巡回しているウィードランも多い。危険地帯だ。
整列した四体のトモスの前で端末を操作するテクノオフィサーが一体。
イオはタイミングを見計らってそれを射殺した。暗がりから転がり出てその死体を茂みに引きずり込む。
『コントロール奪取まで二十秒。トモスを起動させるまで、状態を偽装します』
「つまり?」
『ウィードランはトモスを奪われている事に気付けないでしょう』
「最高だ、ゴブレット」
『……ふふ』
ん? 今、声を出して笑ったのか? このAI。
……まぁ良い。段々コイツも可愛くなってきた所だ。精々楽しませて貰うさ。
イオは気配を殺しながらリトル・レディを起動した。
「チャージャー、問題は無いな?」
『何も。だがあまり時間はない。そろそろ合流しろ』
「トモスのレンタルは出来た。今優しいトカゲどもに感謝してた所だ。そちらに向かう」
『急げ』
チャージャーは既にソルトヒル教会の間近に居るようだった。
イオは注意深く周囲を確認しながら立ち上がる。
『複数のマーカーの巡回ルートが重なり合っています。屋内を通っての迂回を推奨』
「案内してくれ」
『了解』
視界に淡い青の光が浮かび上がり、それは滑らかな一本のラインとなって曲がり角の先へと伸びて行く。
ゴブレットのナビゲートに従ってイオは進み、老朽化した大きな建物の門を開いた。
瓦礫の山、と言った風情のスコーディー・プルの中でも比較的損傷が少ない。学校か何からしいが。
施錠はされていなかった。トカゲどもの足跡はあるが、中に気配はない。
物資の集積所か何かに使用されている可能性がある。
敵の武装を鹵獲できるかも知れないな、とイオは笑った。ウィードラン製のディフェンダーなど、バッテリーの枯渇で随分使えていない。そろそろあのSFチックなシールドで遊びたいと思っていた所だ。
しかし、中に足を踏み入れたイオは強烈な血生臭さに眉を顰めた。
「…………これは?」
中にはウィードランの死体が無数に寝かされていた。死体袋など、保護の為の処置は見られないが、皆一様に手を組んだ体勢である所に宗教的な意図を感じる。
「どいつもこいつも胸を撃たれてる。死体の損傷も少ない。戦闘で死んだにしては奇妙だ」
『エージェント・イオに警告』
「敵か?」
イオは並べられた死体の前で姿勢を低くし、敵に備える。
『並べられた死体の全てにカラフ・ウィルスを検知。
非活性状態ですが感染の可能性は0ではありません』
イオは暫く黙考した後、小さく言った。
「チャージャーに繋げ」
――
「チャージャー、面白くない物を見つけた」
路地裏を慎重に進みながらイオは言った。
『具体的に話せ』
「ウィードランの死体だ」
『そんな物お前は見飽きている筈だろう』
「カラフ・ウィルスに感染していた」
沈黙が返される。
教会は近い。チャージャーはそのすぐ傍のガレージで待機している筈だ。
「アレはウィードランがばら撒いていると言ったな。
奴等も感染するのか? 確かに間抜け揃いだからな。
ウィルスの管理に失敗していたとしても驚かないが」
『だったらそれで良いだろう』
「チャージャー、沈黙は金って事か。
嘘を吐けない性質らしいな。なら確かに何も言わないのが正解なんだろうよ」
『知る必要のない事、知ってもどうしようもない事は多い』
イオは鼻を鳴らす。燃え落ちた木造りの建物の屋根を蹴り、隣の家屋へと飛び移る。
チャージャーの待つガレージは目と鼻の先。RX-3の状態を今一度確かめる。
「俺が細菌兵器を使うとしたら、治療薬も準備する。
見つけたトカゲどもは全て胸を撃たれ殺処分されていた。死体は丁寧に手を組まされ、綺麗に並べられていた。治療薬があったとしたらそうはならない筈だよな。
逆に……何故シタルスキア連合軍は、ウィルスの発見からこんなにも早く治療薬を開発出来た?」
『…………到着したようだな。ロックを解除する』
地面へと着地。ずしゃりと音がする。地面はぬかるんでいた。
ガレージの扉を開く。チャージャーは俯いたまま立っていた。
「イオ、知りたいのか。“知る必要のない事”を」
「興味が無いと言えばウソになるな」
チャージャーが何か投げ渡してくる。ワッペンか?
燃え盛る炎とその中にくべられた髑髏。そして髑髏の眼窩を這いまわる黒い蛇。
「シンクレアのエンブレムだ」
「これがなんだよ」
「イオ軍曹、俺はお前を高く評価している。
お前の奇跡的戦果とその能力が決して誤りでも誇張でもない事を知っている。人類への献身もな。
……それを付けろ。シンクレアに来い。同志になれ。そうすれば教えてやる」
ルート分岐か? おいおいおい、そういうのはもっと事前に教えてくれ。
いや教えてくれなくても良いからもうちょっと伏線を張ってくれ。
「お前の作戦目的は“人類を存続させる事”らしいな」
「そうだ。今はその為の下位タスクを消化中だ」
「3552小隊のお守をするのがそうか?
確かに少年兵達には同情する。本来あってはならない事だ。
だが同時に、地獄を這いずり回っているのは彼等だけではない。
所詮俺達はちっぽけな一兵士だが……それでも少年兵達を救う事と俺達と共に戦う事、どちらがより人類を救うのに効果的か、考えてみろ。
……それにお前が張り付いていなくても、直ぐに3552は救出される」
イオは肩を竦めた。
「(だとよ、ゴブレット。お前はどう思う?)」
『現在入手している情報で演算するに、クルーク・マッギャバンより優先順位が高いとは思えません』
「(それも妙な話だよな。強化兵とは言っても子供だぞ。
あんな女の子にそれだけの期待をかける理由は何だ?
……いや、良い。馬鹿な質問だった)」
ゲーム的都合だろう。アーマーを着込んだ細マッチョのおっさんより、人形のような美少女の方が見栄えが良い。
「チャージャー、考えた結果……答えはNOだ」
気取った調子で返答し、チャージャーに近付く。
挑戦的にヘルメットのバイザーを覗き込んだ。
「どうする? 機密を嗅ぎまわる馬鹿な兵士を殺すか?」
彼は銃を構えたりはしなかった。
「話を飛躍させるな。俺とお前は友軍だ。しかも今は作戦を共にしている」
「お前が杓子定規な奴じゃなくて良かったよ」
「そのパッチは取って置け。もしお前の好奇心が災いして、身の危険を感じる事があれば……。
その時は俺を頼れ。まぁそれも、生きて帰れたらの話だが」
二人は暫し見詰めあい、チャージャーは告げた。
「ターゲットは確認してある。……始めるぞ」
――
教会には複数のセンサー、監視モニターが配備してあった。コマンドユニットが滞在している割に警備が薄かったのはそれが理由だ。
ウィードランは屈強だが数が多い訳では無い。人手の少なさを優れた技術や兵器で補っている。
しかしそれらの防備はチャージャーが無効化した。人間側も黙ってやられるばかりじゃないらしい。
教会尖塔に居た狙撃兵を一名排除。八名の警備を順序良く、騒がれないよう静かに排除。
重要ポイントの警備兵を殺した以上直ぐに騒がしくなる。イオとチャージャーは裏門から静かに突入する。
「可能な限り撃つな。撃つとしても静かに殺せ」
数十秒、或いは数秒でも敵が警戒態勢に入るのを遅らせたかった。
「チャージャー、俺が前だ」
曲がり角で敵二体と遭遇。イオは既にそれを察知していた。
飛び出し様RX-3を発砲。ガシュンと言う何とも言えない動作音。ハンドガード内部の消音装置が音を抑えてくれる。
その間にチャージャーがカバーに入った。イオの発砲から一呼吸後には、後続の一匹を射殺していた。
倒れ込むウィードランを抱き留め、静かに寝かせる。
「沈黙は金、だったな」
「ふん」
チャージャーの皮肉めいた言葉に鼻で笑うイオ。そのまま二人は前進する。
突入から一分半。いつ敵が異常を察知しても可笑しくない。自然と早足になる。
右、左、右、チャージャーの指示で迷いなく進む。とある一室の前で停止の指示。
ターゲットの部屋だ。イオはスネーク・アイを起動した。
「……中には一人だけ。椅子に腰かけて動かない。寝ている。センサーの類は無い」
「何故分かる」
「リーパーも同じ事を聞いて来たな。一応こう答えておくか。
“知る必要のない事”だ、チャージャー」
「……突入するぞ。カバーしろ」
言うが早いかチャージャーはドアノブに向けて発砲していた。
三発撃ち込み、金具が飛び散ると即座に蹴破る。背後を警戒するイオ。
中に居たウィードランは椅子から立ち上がろうとしていた。これだけ音がすれば起きて当然だ。
チャージャーは抵抗させなかった。即座に射殺し、机に凭れ掛かる様に転倒するウィードランに小走りに駆け寄る。
端末を近付け写真を撮った。黒い鱗、乳白色の肌。間違いなく、ターゲットだった。
「確認完了、目標達成」
「騒がしくなってきたぞ、チャージャー!」
イオの聴覚はいつものギャアギャアと言う鳴き声を捉えていた。
何処かでモーター音が聞こえる。サイプスが走り回る音だ。
「敵通信設備に爆薬を仕掛けて来た。起爆するぞ」
ずん、と腹に響く様な振動。遠くで炎が上がる。窓の外が一瞬明るくなる。
気付けば薄らと陽の光が差し始めている。夜明けだ。
「トモスを暴れさせる。通信網破壊と併せて敵は混乱するだろう」
『エージェント・イオ、トモスを単独起動させますが、数分で鎮圧される物と思われます』
「だがチャージャー、長くはもたない。随伴のコンドルと連絡を取れ」
「了解だ。行くぞ」
部屋を出て走り出す。先程とは比べ物にならない数の気配を感じる。
進行方向の敵集団を察知。拙い事に、後方も同様だった。
「チャージャー、挟み撃ちだ!」
「こっちだ、来い!」
チャージャーは廊下の長椅子に足を掛けて飛び上がり、ステンドグラスに体当たりした。
破片と共に茂みに落下。イオはその後を追う。
「ピックアップポイントまで距離2000!
決して足を止めるな! 敵は遭遇次第射殺、突破しろ!」
「カバーしろチャージャー!」
イオはRX-3を構えて前進を始めた。