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スコーディー・プル



 ――シタルスキア統一歴266年。5月6日、AM01:05

 ――カラフ大陸中央部、スコーディー・ジャケット湿地帯。サロル地下壕。


 作戦ID、イオ・200



 チャージャーへの返答は大体決まったような物だった。

 イオがシタルスキアにダイヴした時、そこは真っ暗闇の中。


 2、3メートル先にUの字の赤い光が浮かび上がっている。爪先に何かぶつかる感触がある。嫌に蒸し暑い。


 イオはバイザーに手をやって暗視機能を起動した。


 『サロル地下壕。三層に分けられた防衛機構に司令部としての機能を持つポイントが二つあり、極めて堅固です』

 「このトカゲの死体は?」


 足に感じた感触は真新しいウィードランの死体だった。

 ナイトヴィジョン越しには分かり辛いが妙に白っぽい。


 ウィードランはそれぞれ異なる鱗を持つ。薄い青だったり、深い緑だったり。

 しかし白いウィードランは初めて見た。


 『介入前に接敵し、イオが殺害しました』

 「ふぅん……白いな。初めて見る」

 『該当データあり。シタルスキア連合軍データベース識別B-7。

  “赤トサカ”、“白いクソったれ”と呼ばれる特異個体です』


 イオは死体のヘッドギアを強引に剥がす。だらりと垂れる舌。悍ましい瞳。

 やはりナイトヴィジョン越しで色は分かり辛いが、確かに、頭部から背中に掛けて赤いトサカがある。


 「ユニークエネミーか?」


 視界の隅を泳ぐゴブレットは瞬きをして見せた。


 『ユニークとは?』

 「強いのか?」

 『カラフ方面軍では基本戦闘規範として、やむを得ない場合、命令があった場合以外での戦闘行為が禁止されている相手です。

  戦闘力と装備に優れた特殊部隊と言えるでしょう』

 「面白い」

 『エージェント・イオ。貴方は強力な敵個体をユニークと?』

 「いけないか?」

 『いえ。ブルー・ゴブレットは学習しました。

  “強き敵こそが、貴方を昂らせる”。

  その戦闘意欲は間違いなく我々のプラスとなっています』

 「はは、そしてお前のナビゲートもな」

 『光栄です、エージェント・イオ』


 ブルー・ゴブレットは定位置から抜け出るとイオの視界を一泳ぎ。

 イオが要求する前に、頬にキスしてまた戻る。


 唇の触れた部分を撫ぜてイオは笑った。面白い奴だ。


 周囲を見渡す。


 「想像していた地下壕とは違う」


 イオが目覚めた洞窟のような場所を想像していたがそうでは無かった。

 よくわからない材質の床と壁。それらには赤いラインがあり、ぼんやりと光を放っている。


 ホラーゲームっぽい雰囲気だ。無音の暗闇。

 何かの映画で見た、宇宙船の中のような印象を受ける。


 そう言えばこれはSFだった。ま、それは良いとして。


 「問題は、何故特殊部隊員に相当するウィードランと遭遇したか、だ」

 『通信。チャージャーです』

 「答えてくれそうな奴が居たな、そう言えば」


 リトル・レディを起動する。データウィンドウにはノイズだけが表示されている。


 『イオ軍曹、返答を聞きたい』

 「出し抜けだな」

 『時間が無い。お前も知っての通りカラフ方面軍の状況は逼迫している』

 「だろうな。で、俺に何をやらせたい」

 『……シンクレアは現在、敵コマンドの暗殺作戦を実行中だ。

  ターゲットはお前の居るサロル・バンカーに程近い、スコーディー・プルと言う街に居る』

 「ふぅん、俺は偶然居合わせた訳だ」


 成程、とイオ。特定のタイミング、特定のポイントで発生するサイドミッションか。


 「俺が此処に居るのを知ってるって事は、3552の事情も知ってる筈だ」

 『協力してくれるならば3552救出チームの再編成を働きかけよう』

 「お前にそんな権限が?」

 『働きかけるだけだ。……だが期待してくれていい』

 「交渉成立だ。どうすれば良い」

 『外に出ろ。もう着く』


 通信が切断される。

 どうやら迎えに来ていたらしい。チャージャーは話の早い奴だった。


 「矢継ぎ早に作戦があって、退屈しないな」

 『周辺のウィードラン部隊は既にエージェント・イオの追跡を諦め、撤退しました。

  安全です』

 「出るぞ」


 イオは地下壕入り口から程近い一室で休憩していたらしい。

 偽装された脱出路から外に出れば周囲は木々に囲まれていた。虫の鳴き声がする。


 そしてヘリのローター音。しかし姿は見えない。


 『動力、及び熱源検知。対象は不可視化しているようです』

 「おいおい透明人間って訳か?」

 『透明ヘリです』


 そういう細かい事は良いんだよ。

 念のために近くの大木の傍で伏せ、草の中に紛れる。


 再びチャージャーからの通信。


 『サロル・バンカーに到達。降下する。撃つなよ』


 じじじ、と奇妙な音がしたかと思うと、月明かりばかりの夜空にヘリの姿が現れた。

 微かな火花とビニールが燃えた時のような異臭。そこからチャージャーが降下してくる。


 SFチックなアーマーから圧縮された空気が放出され、着地の衝撃を殺した。

 イオは茂みから出てチャージャーを迎える。


 「お前の戦闘行動はある程度把握している。大した奴だよ、お前は」

 「ふん……。あのヘリは?」

 「テスト段階の兵器を搭載している。機密だ。口外するなよ」


 チャージャーが手を振るとヘリは再び不可視化する。

 遠ざかっていくローター音。イオはチャージャーに問い掛けた。


 「一人か」

 「そうだ」

 「俺達だけで暗殺を?」

 「現在、主軍防衛線の内外で無数の作戦が進行している。

  我々シンクレアの戦力は払底しつつある」


 猫の手も借りたいって訳だ。

 ゲーム内であれやこれやの整合性についてごちゃごちゃ言うつもりは元々無かったが、態々イオに連絡してきた理由が分かる。


 「チャージャー、俺かお前、或いはどちらもが死んだとしても、約束は守れよ」

 「既に手は打ってある。安心して死ね、軍曹。

  ……装備を渡す。レイヴンとは違うが使い方は分かるか?」


 投げ渡されたケースを開くとクラシックな形状の銃器が現れた。

 レイヴンはミリタリー感とSF感が上手く調和した外見だったがこれは違う。バリバリのミリタリーって感じだ。


 「なんとでもなるさ」


 ゴブレットのサポート。イオの視界に情報が表示された。

 RX-3、ハンドガード部に消音機構を搭載。純正マガジンの装填数は20。

 発射レートはレイヴンより低いが、より火薬量の多い弾丸を使用している。

 銃全長860mmと短めな割に長距離射撃においても精度が高い、と注記してある。セミオートでの運用が基本になりそうだ。


 チャージングハンドルを引いて初弾を送り込む。


 「行くぞ。スコーディー・プルまで敵哨戒部隊を擦り抜ける。

  お前は強化兵だ。シチュエーションは問題ないな?」

 「慣れてるさ」

 「そうだろうな。……あぁ軍曹、言い忘れていた」


 チャージャーは踵を返し、歩き出しながら言った。

 伸びた背筋、確りとした体幹。


 「作戦への参加、感謝する。お前には期待している」


 …………今のムーブ、格好いいじゃん。

 いつか俺もやろうとイオは誓った。



――



 「サロル壕内で“赤トサカ”を一匹殺した。

  疑問なのは何故戦略的価値の無い廃棄された地下壕に、それもたった一匹だけで居たのかって事だ」

 「……推測は出来る。だが聞かない方が良いだろうな。

  機密の中でも特に危険な部類になる」

 「今回の作戦の障害になるかどうかだけ聞かせてくれ」

 「それは大丈夫だ」


 チャージャーは素早く、密やかな男だった。

 荒野、森林を移動中、敵を狡猾に殺し、大胆に欺いた。


 夜陰に隠れ、自然に紛れ、音を消し、警戒網を次々と擦り抜ける。


 草むらに伏した一メートル隣をトカゲどもが移動している時は流石に手が疼いた物だ。発砲したくなる気持ちを抑えるのが大変だった。


 「動くなよ。気付かれたら勝ち目はない」


 先導役に導かれながら敵部隊の目を擦り抜けるシチュエーションはFPSでよくあるが、やはりこのゲームで体験するそれは臨場感が違う。


 川を越え、ローカルウェイの砕けたアスファルトの上を通り抜ける。街はもう直ぐだった。

 無数の息遣いが犇めいているのを感じる。イオのスキル、“飢えたジャッカル”は今日も絶好調だ。


 「リーパーはまだ生きてるか? 奴には貸しがある。返してもらう前に戦死されちゃ困る」

 「生きている。お前達が回収したデータとサンプルは極めて重要な物だった」

 「だが治療薬は……あー、なんだ? 効率的に支給されていないらしいな」

 「……フレッチャーTVスタッフの情報か。余り詮索するな」

 「お前達は本当に隠し事が好きだな。……ん? 今何か……」

 「隠し事が好きなのは俺達では無い。軍だ。

  ……伏せろ……! ファイアフライだ……」


 スコーディー・プルは瓦礫の山だった。戦いで滅茶苦茶になったそこをトカゲ達は拠点化している。

 市街のとある住宅に潜り込んだ時チャージャーは鋭く命令した。イオはそれに従い崩れかけた柱の陰に伏せる。


 ズタボロの家屋の穴の開いた天井。滑らかなフォルムの飛行体がレーザー光を照射してフロアをスキャンしている。

 大型のフライパンを二枚重ねて、その間に大きなカメラを挟みこんだような外観だった。


 「動くなよ」

 「哨戒ドローンか」

 「以前から似た様な物はあったが最近確認され始めたアレは厄介だ。

  絶対に見つかるな」


 ファイアフライは暫く浮遊してスキャンを続けると唐突に飛び去る。

 極僅かだが、ひぃん、と甲高い音がしていた。先程聞こえた音はこれか。


 「行ったか。一旦屋根に登る。周辺を確認したい」

 「今の“空飛ぶパンケーキ”に見つかるなよ」


 天井の穴から屋根の上に出る。月明かりばかりがある。

 しかしイオの超感覚は誤魔化せなかった。眼下に広がる市街は戦闘で完全に破壊されているようだったが、暗闇の中に無数の敵の気配があった。


 「モイミスカは……スコーディー・プルを無人の街だと勘違いしていた。

  ウィードランはどうやってこの街に展開した?

  お前達は鼻面に対空陣地を構築されている事にすら気付かなかったのか?」

 「敵の戦略的サボタージュによって衛星は無効化され、カラフ方面軍は視界を失っている。

  同時に通信網は攪乱され、連携もままならない状況だ」

 「成程、以前お前達があのちっぽけな通信基地に現れたのはそれが原因か」

 「僅かなリソースも無駄に出来ない。今の状況下ではな」


 イオは思案した。カラフ方面軍の状況は一先ず良い。問題はここからの作戦だ。

 スコーディー・プルに展開中の敵はそれほど大部隊と言う訳では無いが、当然イオとチャージャー二人で相手出来る数では無い。


 いつも通り、ステルスだ。しかし今回の作戦目標は敵コマンドの殺害。

 逃走プランを練って置く必要がある。


 ……あれ? 結局いつも通りか?


 「(ゴブレット、敵をマークしたい)」

 『推奨できません。ナノマシンが機能不全に陥る可能性があります』

 「(その時はその時で何とかする)」

 『……スネーク・アイで検知した敵をマーク可能です。

  マップにリアルタイム表示しますが、リトル・レディの処理能力を超えています。

  更新タイムラグに注意してください』


 こりゃ良い。一度敵を見つければスネーク・アイの範囲から離れても追跡出来る訳か。


 「(新スキル、トレーサーと名付けよう)」

 『了解しました。トレーサー・起動。補助脳への負荷に注意してください』

 「(……冗談のつもりだったんだが)」

 『冗談とは、何がです?』

 「(いや、良い)」


 イオは闇の中に浮かび上がる敵影一つ一つを睨み付けながらチャージャーを呼ぶ。


 「チャージャー、ターゲットの情報を」

 「転送する。……ん? なんだ、お前のリトル・レディとリンクできない」

 「……あぁまぁ、そういう事もある。お前の端末を直接見せてくれ」


 チャージャーの端末に表示される敵コマンド。超遠距離からの撮影らしく、豆粒大のウィードラン。

 こんなのじゃ分からないぞ、と思っていると画像が拡大される。黒い鱗とそれより尚黒いトサカ。顎から喉、腹にかけて乳白色をしている。


 「ターゲットの予測位置はここだ。スコーディー・プル中央、ソルトヒル教会」

 「……目標を達成した後の脱出プランが必要だな」

 「お前の言う通りだ。……それを今考えている。

  敵に感知される危険性はあるが、随伴のコンドルに位置を報せる方法はある。

  出来れば静かに敵を殺し、静かに脱出したいが、そうでなければ……それなりの無茶をする必要があるだろうな」


 比較的損傷の少ない年代物の建造物。宗教的象徴を屋根に備えている。


 ターゲットの姿と場所は分かった。後必要な物があるとすればイオ自身の周到さだ。

 戦いの前はいつも思い出す。このゲームはハードコアと自由度がウリ。軽率な行いは全て自分に跳ね返る。


 逆に、イオが狡猾であればあるほど、この夜の闇は力を与えてくれるだろう。


 「チャージャー、まだ夜明けまで時間がある。

  少し仕込みをしてくる。敵に見つかるリスクを抑える為に別行動だ。

  後で合流しよう」

 「……軍曹、どうするつもりだ」

 「俺がどう言う風に戦って来たか、把握してるんだろう?

  いつも通りやるだけさ」


 それ以上の言葉を待たず、イオは屋根から飛び降りた。


 闇の中のイオは無敵だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] カッコよさがね、もう天元突破してますわ 書籍化はいつですか(輝く瞳で [気になる点] むじんイオくんでも精鋭相手に無双できる…だと… もしかして、主人公ちゃんが憑依しなくても そのまま戦争…
[一言] カッコいいよぉ!更新楽しみに待ってます
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