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騒がしき3552



 最近、ブルー・ゴブレットはパーソナルエリアに招待してくれるようになった。

 真っ暗闇の中でブリーフィングをしていた頃とは大違いだ。ブルー・ゴブレットの作り上げた領域には、イオの介入する大陸の俯瞰図とそれに付随する様々な情報が表示され、それらは青い燐光と共に宙を踊っている。


 『その認識は正確ではありません。

  このルームはエージェント・イオの認知能力に合わせて処理を行いました』

 「俺の為にリフォームしたって解釈で良いのか?」

 『その通りです。今後も貴方のパフォーマンスを向上させるため、ブルー・ゴブレットは更なるリソースを投入予定です』

 「見込まれたモンだな、俺も」


 今回の没入目的はインデックスの閲覧だった。

 世界観などはおおよそ把握出来ていたし、往年のSF物と大差ないストーリーにも深い理解……言うなれば“予習、復習”の類が必要とも思えなかったが、少し気になる事があった。


 それはイオのプレイ外でのキャラクターの動きだ。


 『必要なデータを好きにピックアップしてください。音声はテキスト出力も可能です。

  ですが、我々の作戦目的に関与しない雑多なデータも含まれています。閲覧は自由ですが、時間は有限です。

  また、貴方が求めれば、ブルー・ゴブレットはデータの補足を行います。

  以上です。現在、介入が必要な脅威は確認されていません。

  存分にどうぞ。“この光の海は、貴方の為の庭”』

 「洒落た言い回しだな、気に入った」


 このゲームはキャラゲーっぽい所もある。

 難点は個性的なキャラクターも、戦闘の推移によってはあっさりとくたばりそうな所だが。


 「適当な奴から早速行くか。新しい奴。……ん? 記録日時に異常?」


 適当に項目からピックアップしたファイル。

 ブルー・ゴブレットが宙を舞う。


 『雑談、に分類される物です。重要度は低いと思われます』

 「重要じゃ無けりゃ全て無駄か?」

 『いえ、例え非効率な行動を取っていたとしても、貴方はブルー・ゴブレットの演算を超える極めて優秀なユニットです。

  ブルー・ゴブレットは、貴方の行動を疑問視しません』



――



 ――端末ユーザー、ポラトフ第四小隊(共用ID)

 ――記録日時に異常



 装甲車搭載モニターはノイズ交じりの映像を映し出している。

 ノイマンは装甲車の車体に装甲を追加している。


 『ノイマン、繋がったか?』

 『ヘックス、丁度良い所に来た。プラホンのツールを取ってくれ』

 『増加装甲か? カメラを直すんじゃ無かったのか』

 『それはもう終わった。……やっぱり干渉がある。装甲形式に対応していないんだ』

 『カタログじゃぁ問題無い筈だろ?』

 『ニキッド社の製品だ。よくある事だろう』

 『あぁ、そうだな。なら、俺の得意分野って訳だ』


 装甲板をリフトダウンさせ、ヘックスが溶断ツールを起動させながら車体に近付く。

 干渉部分を切断。装甲板追加の為の取り付け部品を溶着させていく。

 火花が飛ぶ。


 『しかし軍曹はどこでこんな物を見付けて来るんだ?』

 『放棄された拠点からだと聞いてるが、詳細は教えてくれない。

  ……おいヘックス、設置個所から1.5ミリもズレてるぞ』

 『ロボットじゃねぇんだ、そこまで精度は出せねぇ。……ブラケットの方を加工するさ』

 『長い付き合いだが、お前が第一工兵教練コースを通ったのが未だに不思議だ』

 『前から言ってるだろ。ロドヴェス・スクールはエンジニアを教育する場所じゃない。

  戦闘工兵を教育する場所だ。……よし、完了』


 ヘックスはツールを放り投げると床に放り出された作業シートの上に座り込んだ。

 ノイマンが手早く部品を組み付けて行く。

 パックスが現れた。


 『パックス、お前だけか。他の奴らは?』

 『ドレースさんの所で映画見てます。二人もどうかなって思って』

 『ヒュー、タイトルは何だ? “マイルハイクラブ”とか?』

 『ヘックス、パクストンにはまだ早い』

 『……? 何です、その、なんとかクラブって』

 『ハハ、また今度教えてやるよ』


 パックスはノイマンの作業を興味深そうに眺めている。

 ノイマンは振り向かずに尋ねる。


 『パクストン、他の連中の様子はどうだ』

 『様子、ですか。……皆、大分マシになりました。

  でも平気って言う訳じゃなくて。……感覚がおかしくなってるんだと思います』

 『……そうか。早くオクサヌーンに辿り着きたいな。誰も彼ももう限界だ』

 『作業、時間掛かりそうですね。俺、皆を呼んできます』

 『止めろ。ゆっくりさせてやれ。ここは俺達だけで十分だ。

  パクストン、お前も行くんだ。TVの話題に乗り遅れると辛いぞ?』


 強い語気で言うノイマン。パックスは戸惑いながらも従う。


 『タイトルは“パピーズ”だそうです。二人も早く来てくださいね』


 ひらひら手を振るヘックス。ノイマンは相変わらず振り向きもしない。


 『パピーズ……、ホームコメディかよ。今のアイツらにはうってつけだな。

  フレッチャーズの存在はラッキーだぜ。

  俺はリアリストだが、現実逃避したい時もある』

 『同感だな。あまり真面目に戦争やってると頭がおかしくなる。

  ……休憩は充分だろう、そろそろ手伝え』


 ノイマンに言われ、小型の機械を操作するヘックス。

 再びリフトアップされた装甲板。二人はその左右から同時に取り付け作業を開始した。


 『軍曹と伍長が後少しで偵察から戻る』

 『作業が終わって無きゃどやされちまう』

 『その時はお前のせいだ』

 『安心しろよ、遅れた分はカバーする。最悪四人がかりならあっと言う間さ』

 『軍曹も頭数に?』

 『この前見たろ。アイツの知識量はエンジニア顔負けだぜ』

 『そうだな。俺達の分野だけじゃない。医療や化学、電子技術まで。

  軍曹は全て戦いの為に身に着けたと言っていた。

  ……俺が思うに、あの人は真面目に戦争をやりすぎてる』

 『まだそんな事言ってんのか。何をビビってる?

  そりゃ人間離れしちゃいるが、話して見ればお前の十倍は面白い奴だ』

 『面白い? ……想像出来ないな。あの人がジョークを言うのは銃を握っている時だけだ。

  戦い始めると途端に雰囲気が変わる。常に……うっすらと笑っているような気さえする』

 『重症だな、ノイマン。……仕方ない、俺が軍曹から聞き出した重要な情報を教えてやる』

 『何だ?』



 『奴は……トカゲ狩りにしか興味が無いように見えて、あれで中々エロ本の趣味が良い』



 『…………そうか』

 『何だよその反応。大事な事だぜ』



――



 「ゴブレット、アバターはヘックスと何を話した?」

 『ブルー・ゴブレットはそれに関知しておらず、またログも残っていません』

 「そうか。……少し気になるな。エロ本か」

 『必要ならばデータを収集します』

 「いや、止めといてくれ」


 イオは自身のアバターが特殊な性癖でない事を祈った。

 いや、特殊な性癖でも良い。個人の自由だ。

 だがそれを開けっ広げに言って回るようなキャラクターでない事を祈った。



――



 ――端末ユーザー、ナタリー・ヴィッカー

 ――5月4日 PM09:36 記録



 『クルーク少尉、この前頼まれた件だけど……』

 『少し待ってくれ、ミス・ナタリー』


 通信機のコネクタが接続されたリトル・レディを操作するクルーク。


 『良いかショーティ、ステルスミッションだぞ。

  お前はアレッサと協力して人数分のチョコレートを確保。パックスには既に伝えてある。

  ミスタ・ドレースの上映会に乱入して各員に支給しろ。連中を喜ばせてやれ。

  コテージの中も漁れ。色々と楽しめる物が残っているかも知れん。何せここはリゾート地だ。

  明日には迎えが来る。空路で安全この上なくオクサヌーンに直行だ。出し惜しみはするな。

  ふふっ、私の分も残しておけよ。良いか、特にピートベリーのチョコレートは絶対食べるからな。

  よーし、 作戦コード“チョコ・ラッシュ”、開始しろ!』

 『イエス、マム! オゥイェー! Get down to business!』

 『手加減するな! 連中を砂糖とカカオの海に沈めてやれ!』


 クルークはワザとらしい咳払いと共に向き直る。


 『オホン! ……あー、で、貴女の用件は、もしかして』

 『……ねぇ少尉、今の遣り取り記録してあるんだけど』

 『何?! …………今の通信は重要な軍事機密だ。即刻削除して貰う』

 『勿体無いわ』

 『ミス・ナタリー、私はお願いしている訳では無いのだ。理解して頂けると思うが』


 にじり寄るクルーク。


 『分かった分かった。分かりました。……話を戻すわ』


 クルークは安心した様子で通信機に凭れ掛かった。


 『カラフ・ウィルスの治療薬に関してだな』

 『全く動きが無いわ。政府広報は何も言っていないし、私の伝手にも情報は流れていない。

  治療薬の存在は何故か秘匿されているみたい』

 『…………成程。感謝する、ミス・ナタリー』

 『少尉には何故か分かるのかしら』

 『無責任な推測ならば幾らでも立てられる』


 視界が動き、クルークの横に立った。彼女を見下ろす位置だ。


 『イオの話によればシンクレアの確保したデータとサンプルで直ぐに増産可能と言う話だったが……。それが上手く行っていないのかも知れない。

  数が足りなければ身内でパイの奪い合いになる。混乱を避ける為、情報統制は当然だ。

  ……そうでなかったとしても』

 『しても?』

 『既に治療薬の増産が進んでいたとしても、だ。

  そうすれば軍は感染者の保護に動かざるを得ない。

  カラフ大陸を放棄しようとしている今、どれほどの民間人が逃げ遅れている事か。

  そしてその内どれ程が感染しているのか。

  軍にそれらを解決するリソースは無いだろうが、だからと言って国民の感情は納得しないだろう」


 クルークは空を見上げた。満天の星空だ。


 『現状、我々は重大な機密物資を無断使用した形になる。後悔などしていないが』

 『止むを得ない状況だったわ』

 『治療薬が問題無く配給されていればと思ったが、高望みだったか』


 ナタリーの溜息。


 『止めましょうか。今は生き延びる事だけ考えれば良い。

  大丈夫よ少尉、少尉達が罪に問われそうになっても、このカメラで何とかしてみせるわ』


 二人が力なく笑い合った時、リトル・レディに通信が入る。


 『どうしたショーティ。何か問題か?』

 『少尉! アレッサが抜け駆けしやがった! ピートベリーのチョコを……もう残ってない!』

 『何だと! お前がいながら何故そんな事になった!』


 クルークの顔が見る見るうちに絶望に染まる。


 『すまねぇ少尉……少し目を離した隙に。

  アレッサは捕まえてある』

 『ゆ、許せん。私自ら尋問してやる、懲罰委員会に掛けてやる!

  委員を編成しろショーティ。我々の他にはパックスとミシェルだ』

 『軍曹達は? もう戻って来るんだろ?』

 『彼等はダメだ! 子供に甘いからな!

  アレッサ……! オクサヌーンの全てのトイレを掃除させてやるぞ!』


 ふぅふぅと荒い息を吐くクルーク。通信を切断し、勢いよくコネクタを引っこ抜く。


 『ねぇ少尉』

 『済まないがミス・ナタリー。私は緊急の用件がある』

 『今のも記録してあるんだけど』


 クルークが飛び掛かって来た。


 『重大な軍事機密だと言った筈だぞミス・ナタリー!』

 『だって勿体無い……あ、ちょっと! 待って、待ちな……!』


 映像が途切れる。



――



 「……結構楽しくやってるみたいだな」

 『現状に対する逃避行動と推測されます。

  或いは、脱出を目前に箍が外れたか』

 「ぬか喜びになっちまったが」

 『モイミスカとの合流は失敗しましたが、本作戦は成功間近です』

 「ゴブレット、お前は治療薬に関して情報を持っていないのか?」

 『応えはYESです。必要ならばデータを収集します』

 「頼んだ」


 おや、これは?


 イオは膨大な項目の中から興味深いタイトルのファイルを見付ける。



――



 ――端末ユーザー、3552小隊(共有ID)

 ――5月1日 AM04:56より抜粋

 タイトル To イオ・200



 軍曹、あった?


 ――ミシェル、我々は偵察中なのであって、ショッピングに来てる訳じゃ無い。


 お願い、大事な物なの。

 クーリィだって喜ぶ筈よ。


 ――階級に敬意を払え。彼女は少尉だ、二等兵。


 私の方が4歳も年上なんだから。その分私が面倒見てあげなくちゃ。


 ――お前に緊急通信コードを教えたのは間違いだったな。

   まさかこんな内容に利用されるとは。


 そんなに怒らなくても良いでしょう。

 良い? カルプチュアか、そうでなければイロニアの花の香りがする奴よ。


 ――俺には分からない。香水に興味を持った事は無い。


 ろくにシャワーも浴びてないんだからね、私達。

 信じられないわ。年頃なのよ?


 ――確かに信じられないな。いつウィードランに発見されるかも分からん状況で、香水を欲しがる奴が居るとは。


 もう聞き飽きたわその台詞。

 兎に角お願いね。何かお礼はするから。


 ――子供から何か巻き上げる程、兵士の自覚が無い訳じゃ無い。

   何を言ってもお前が諦めないと言うのは分かった。可能な限り探してみる。


 流石! 我が隊の救世主ね!


 ――もう本当の緊急時以外にこのコードは使うな。

   強度の高い通信だ。敵に気付かれる可能性もゼロじゃない。



――



 「あー、なんだ」

 『何か?』

 「いや、他愛も無い雑談の類だった。しかし何と言うか……。

  このアバターも苦労しているようだな」

 『依然として、困難な状況です』

 「いやまぁ、それは分かってるがそういう事じゃない」

 『……現状に対する逃避行動と推測されます』


 さっきも聞いたぞ、その台詞。


 その後もイオは閲覧を進めた。アバターは想像していたよりもずっと“お堅い”奴だった。


 生真面目で、誠実。闘争心が強く決して怖気付かず、その反面いざ戦いの場となれば極めて冷静だ。

 絵に描いたようなタフガイだった。彼の英雄的献身は確かに3552を勇気づけている。


 止めておけば良かったかもしれない、と少し思う。

 没入先のキャラクターの個性を知り過ぎると感情移入し辛くなる事があるのだ。


 「こいつ、麻酔無しで弾丸の摘出を」

 『必要に応じての物です』

 「……へぇ、色々と博識だな」

 『ブルー・ゴブレットは補助脳の復旧を続けています。

  必要と思われる知識は随時更新』


 アバターサポートの幅が広がるって事か? それは楽しみだ。


 「何か新しいスキルはあるか?」

 『……“飢えたジャッカル”の精度は更なる向上を見せています。

  貴方の五感は対空レーダーより早く敵の存在を察知するでしょう』


 フレーバーテキストとは言えそれは言い過ぎだろ。


 けらけら笑うイオ。どうしてそのような反応をするのか理解できなかったらしく、ゴブレットは無言になった後、にっこり笑った。愛想笑いだった。


 「……学習意欲の高いAIだな。愛想笑いまで。

  俺の感情を解析してるのか?」

 『貴方の歓心を得る為、ブルー・ゴブレットは貴方の解析を続けます』

 「はっ、その言い方ちょっと怖いぞ」


 ヤンデレみたいで。

 どう言う意味かと問われると返答に困るので、イオはそれを言わずに置いた。



 ふとした拍子にぴこん、と電子音。

 新たなファイルが追加されたようだ。


 ブルー・ゴブレットが宙を泳ぎ、そのファイルをピックアップする。


 『識別不明端末からのメッセージ。重要度は極めて高い物と思われます。

  コードは“チャージャー”』


 チャージャー。その名前には憶えがある。

 イベント発生か。イオは項目を大雑把にスクロールさせる。



 『イオ・200。リーパーが世話になった。お前には借りが出来た。

  だがそれを返す前にもう一つ頼み事がある。作戦への参加要請だ。

  我がシンクレア・アサルトチームには任務の為、ある程度の装備、人員を徴発できる権限が付与されている。

  俺に恩を売っておけば損はさせない。返答期限は一時間だ。


  イオ軍曹、力を貸してくれ』



 『チャージャーの意図、作戦の詳細は不明。

  返答はお任せします。どのような場合でも、ブルー・ゴブレットは戦闘支援を行います。

  シタルスキアへの介入を再開しますか?』


 イオはユーザーインターフェースを確認した。時間的にはあまり宜しくない。用事があった。


 が、ゲーマーたる性よ。ゲームの為に人生すら使い潰す快楽の恐ろしさよ。


 「答えはYESだ。祝福のキスを頼むぜ、女神様」


 青い光の尾を引いて、ブルー・ゴブレットがイオの頬に触れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 祝福のキスシーンが定期的に挟まるのがめちゃくちゃ良い 文字だけなのにビジュアル面で面白さに訴えてくるモノがある
[一言]  が、ゲーマーたる性よ。ゲームの為に人生すら使い潰す快楽の恐ろしさよ。 ↑ どんな用事だったんだろう(>ω<)  「答えはYESだ。祝福のキスを頼むぜ、女神様」 ↑ 三回目から三度続けて祝…
[良い点] メチャクチャ面白い。 異世界転生系かと思えば全然違うけど、FPSなどのゲーム好きでかつ、異世界物もこうぶつなら絶対楽しめる。
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