敵対空陣地破壊
ブルー・ゴブレットはリトル・レディに敵戦力密分布予想を表示した。
簡素なマップが赤く染まる。そこを避けてトモスを移動させると言う事らしい。
「全部迂回していたら間に合わない」
『ある程度距離を稼いだ後は強行突破を推奨します。
敵の追撃が予想されますが貴方ならば陣地破壊の時間を稼げる筈です』
「ふん? ……破壊後はどうする。敵に捕捉されたまま隊には戻れない」
『敵対空陣地敷設ポイントの付近に過去の戦闘で使用された地下壕があります。身を隠せるでしょう』
おいおいおい、大丈夫か? トモスにしがみ付きながら鼻を鳴らす。
ブルー・ゴブレットはナビゲーションAIだが常に完全な判断を下す訳では無い。それは今までのストーリーミッションで理解していた。
ま、今更代替案も無い。実行するのみか。
「トモスは使い捨てる事になるな。残念だ」
『この個体は充分な戦果を上げました。コスト以上の働きと言えるでしょう』
「“減価償却”は終わってる訳か。AIの癖に面白い事を言う」
荒野を走り続ける。遠方に街らしき物が見えた。そして、ぞろりと蠢く何かも。
敵の気配は常に周囲にあった。一つ間違えばあっという間に包囲されて袋叩きにされる。
綱渡りも良い所だ。しかし危機的状況のスリルはイオに興奮を与えてくれる。
リトル・レディに通信が入る。
『イオ軍曹、こちらモイミスカ02。発電施設から出るぞ。
敵対空砲射程外で待機するが、敵に見つかる可能性がある。
迅速に頼む』
「迅速に、か。図々しい奴だ」
『……オーランド、アウト』
イオの嫌味に返答する事無くモイミスカからの通信は終了した。
単純な連絡以外の意味は無かったらしい。
「敵の気配がする」
『南西、七時方向』
「敵戦力を把握出来るか」
『歩行戦車サイプス改修型。数は六機。
ユーティリティポーチに遠視装置があります。確認してください』
後方からトモスを猛追する物があった。イオはアーマーに取り付けられたポーチから双眼鏡を取り出す。
ズームアップすれば逆関節とそれに跨るトカゲ面。
「サイプスにトカゲどもが乗ってやがる」
『サイプス改修型は搭載火器の火力自体は低下していますが、装甲、速度共に向上しています。
振り切るのは困難です』
サイプスには大幅な形状の変更が見られた。背に搭乗スペースが設けられている。
ウィードランがサイプスに搭乗し、直接操作しているらしい。面白い事になった。
『ステルス破棄。強行突破を開始します』
「目標ポイントまでの所要時間は!」
『残り二分』
「近過ぎる! あの騎兵隊気取りはここで潰す!」
荒野に大きな岩がいくつも転がっている場所があった。イオはトモスをそこに進ませ、迷いなく飛び降りる。
「ゴブレット、トモスは任せる! 陣地を破壊しろ!」
『戦闘支援開始。エージェント・イオ、戦果を期待します』
駆動音と共に駆け抜けていくトモス。イオはぺろりと唇を舐めた。
埃っぽい。
岩に身を隠してレイヴンの状態を確認する。不備が無い事を確認し、胸のポーチに手を伸ばした。
視界に表示される情報にはスモークグレネードとある。
煙幕を張って敵の視界を奪い、こちらはスネーク・アイを使用する。
これまでの戦いでのイオの常套手段だ。
『地形は開けています、風に注意してください。スモークは効果的に機能しない可能性があります』
「完全でなくとも有利条件を作れれば十分だ」
彼我の距離およそ700。イオはスモークを投下し大きく息を吸い込んだ。
呼吸を止めて五秒。薄茶色の煙が周囲に満ちる。敵サイプスの駆動音は徐々に大きくなる。
スモークを気にせず突っ込んでくる気だ。
楽な仕事になりそうだ。
『敵、二手に分かれます。正面に三機、右手に三機』
「スネーク・アイを起動」
『了解。スネーク・アイ、起動。
周辺に障害となる機器類無し。最大限の効果が望めます』
少し精度の高いシュートがしたい。岩陰から身を乗り出したイオは膝立ちになり、左肘をその膝の上に乗せた。
ニーリングの姿勢。視界に浮かび上がる熱源に狙いを定める。
ぐにゃりと世界が歪んで時の流れが遅くなる。音までもがどこか遠くへ逃げて行く。
前方へ単射。先頭を走るウィードランの頭蓋を一撃で破壊する。
『Beautiful』
「もう一発」
深呼吸。再び時の流れが遅くなる。
同じ調子で正面の二匹を撃ち殺した時、イオの身体が大きく揺らめいた。
スネーク・アイが解除される。立ち上がろうとするが膝が震えて上手く行かない。
『コンディション悪化。補助脳の負担大。
ナノマシンに保護措置を取らせます』
このタイミングでか。スリルを煽る演出にしたって間が悪過ぎる。
しかし前々からゴブレットに警告されていた事だ。
無理な戦闘を行う毎にイオにはバステ(と言う表現でまぁ間違っていないだろう)が付与され、適切な処置が施されないと回復しない。
3552同様、このアバターも極限状態にある。心なしか動きも鈍い。
だが、天賦の肉体よ。イオ・200と言うソルジャーはこういう状況にも滅法強いのだ。
「まだ敵が残ってる、もう少しもたせろ」
『機能を回復させます。戦闘を続行してください』
「スネーク・アイは?」
『起動できません。現状で対処を』
サイプスの駆動音。至近距離。
周囲に散らばる岩の間を駆け抜けてくる。
風の流れのせいで煙幕は散りつつある。イオは神経を研ぎ澄ませた。
「来いよクソトカゲ」
カバーから飛び出る。煙の向こう側、うっすらと見える影に射撃。
装甲に弾かれる。敵はサイプスを急旋回させて応射してきた。
直ぐ隣の岩に大穴が空いた。火力は低下しているとゴブレットは言ったが生身に食らえば即死物だ。
イオはもう一度狙いを定めた。敵は停止している。次は外さない。
「エネミー・ダウン!」
『敵後続接近』
射殺。残り二匹。イオは別の岩陰に飛び込む。銃弾の雨が周囲をズタズタに引き裂いて行く。
フラッシュバンを投下。出し惜しみは無しだ。
二匹の内片方がサイプスから放り出された。フラッシュバンが直撃したらしい。
イオは即座にそれを射殺。足が震えている。射撃精度の低下。レイヴンのリコイルを殺し切れていない。
「後一匹」
最後の一匹はイオに向かってサイプスを突撃させた。既に煙幕は機能していなかった。
「ジャァァァウアッ」
トカゲめ、そんな風に吠えるのかよ。
サイプスから出鱈目に発射される機関砲弾。イオの耳元を掠め、足元を砕く。
耳の奥が熱い。聴力の喪失。一つ間違えば五体がばらばらに弾け飛んでいただろう。
イオはもう一度岩に身を隠した。敵サイプスはそこに飛び込みながら急旋回。
ウィードランと目が合う。縦に割けた金色の獰猛な瞳。
しかし当然のようにイオの射撃の方が早かった。
サイプスの砲塔が旋回を終えるより前に、イオはウィードランを射殺していた。
「オールクリア」
『素晴らしい戦果です。しかしエージェント・イオ、問題が発生しました』
問題だらけのミッションを続けているのだ。今更なんだ?
『一つ目の対空陣地を無力化しましたが、トモスが二機配備されていました。現在鹵獲したトモスで応戦中』
遠方から腹の底まで震わせるような砲声が響く。
「勝てるか?」
『戦力差を覆せません。損傷甚大』
爆発音。イオは眉を顰めた。
「……状況は?」
『敵砲戦兵器トモス二機を撃破。しかし、鹵獲したトモスは大破しました』
「最悪だな。作戦は瓦解した」
敵のトモスが残っていればまたソイツのコントロールを奪えたかも知れないが、撃破してしまっては無理だろう。
徒歩で敵陣地を強襲するにしても時間が掛かり過ぎる。モイミスカは敵に捕捉される。
『作戦の修正を提案できます』
「内容は?」
『たった今交戦した敵トモスの制御部は無傷です。そしてそれはウィードラン最新のデータパックが搭載されています。これを利用すれば敵の友軍識別を誤魔化せるかもしれません』
「……ふぅん。それを具体的にどうする」
視界にコンドルの映像とトモスの映像、敵対空陣地との位置関係が表示される。
『クーランジェ曹長のコンドルとトモスの制御部を接続します。
識別を偽りつつ敵対空陣地へ接近。これは低空飛行で行います』
「VIPを危険に晒す事になるが?」
『脱出できなければ同じです。現状、最も成功率の高いプランと、ブルー・ゴブレットは演算しました』
イオは肩を竦めて笑った。
「良いだろう、乗った」
――
通信でカミユのコンドルを要請。トモスの残骸から制御ユニットを回収し、コンドルと接続。
カミユはローター音に負けないように大声で不安を伝えてくる。
「どこでそんな技術を?!」
「アンタが知る必要は無い!」
「いけ好かない奴だ!」
「……軍警察の連中が大好きだと言うなら教えてやっても良いぞ!」
低空飛行のまま大きくカーブするコンドル。
イオはゴブレットのサポートを受けながらリトル・レディを操作する。
「分かった、止めておく! お前の気遣いに感謝しよう、軍曹!」
敵対空陣地が上空から視認出来た。此処に来るまで敵の攻撃が無いと言う事はゴブレットの作戦は上手く行っている。
「信じられないな、本当に到達したぞ!」
「肉眼は誤魔化せない! 直ぐに攻撃が始まる!」
「面白い! 伊達や酔狂でパイロットやってないって所を見せてやるよ、軍曹!」
敵対空陣地はみるみる内に近付いてくる。
遠視装置を起動。幸運な事に敵に動きは無い。今はまだ。
『より高度を下げれば敵に露見するまでの時間を延長できます』
視界の隅ですまし顔のゴブレット。イオは怒鳴った。
「曹長! 更に高度を下げろ! 地を這うように!」
「これ以上は危険だ!」
「伊達や酔狂じゃないんだろ、“クーランジェ曹長”!」
「お前、後で覚えておけよ!」
「生きてたらな!」
コンドルは更に高度を下げ、おまけに増速した。
更なる接近。コンドル搭載火器有効射程距離まで後僅か。
『敵に気付かれました』
「曹長、バレたぞ!」
カミユはコンドルの計器類を睨み付け、イオに命令する。
「……軍曹、降下に備えろ! このまま行く!
コンドルで対空砲を潰せなかったときはお前がやれ!」
コンドルが斜めに大きく傾ぐ。不規則な軌道を取りながらそれでも前進を続ける。
レッドアラートが鳴り響いた。レーザー照準。対空陣地から発射されるミサイルの白煙。
「ミサイル!」
『歩兵携行火器です。持ち堪えられます』
「中てて見ろスケイルマンどもが!」
カミユは咆えた。縦横無尽にコンドルを振り回し、六発の誘導弾を全て回避する。
「こういう任務が欲しかったんだ、あたしは!」
乱暴に機器類を操作。コンドルに搭載されたガトリングガンが敵陣地を照準する。
一切遠慮の無い射撃。敵の車両が爆発炎上し、ウィードラン達手製の塹壕が耕されていく。
『敵対空砲、起動』
ゴブレットの警告。カミユもそれには気付いていた。
「チクショウ、降下しろ軍曹! GO! GO! GO!」
イオはロープに抱き着くようにしてコンドルから飛び出した。
頭上で轟音。コンドルが被弾した。大きく傾ぐ機体。振り回されるイオ。
投げ出されたイオは受け身を取り、直ぐに体勢を立て直す。
「曹長! 退避しろ!」
『軍曹、対空砲を叩け! 残り一門だ!』
「曹長?! 曹長!」
『あぁぁ! ファァァァァーック!』
コンドルはウィードランの寝床らしき建造物を押しつぶしながら墜落。
イオは舌打ちしたい気持ちになったがカミユの作り出したチャンスを無為にするつもりはなかった。
周辺で大混乱に陥っているウィードランを手当たり次第に射殺する。
碌な抵抗も無いし、そもそも大した数も居ない。武装していない個体すらいる。
「ハードなミッションだぜ、クソッタレ」
逃げ散るウィードランの間隙を縫ってイオは対空砲に接近した。
銃座に居座るウィードランを引きずり出し胸部にナイフを突き込む。
イオの手を掴んでもがくトカゲ面。それを力任せに放り出すと銃座に着いた。
「ゴブレット! どうすれば良い!」
『足元のメンテナンスハッチを』
言い終わる前にイオはメンテナンスハッチを引き千切っていた。
留め具がねじ曲がって何処かへ飛び散っている。
『破壊してください』
レイヴンを向ける。マガジン内の弾を全て吐き出した。
『対空砲沈黙。脅威対象排除完了』
「……ハァ……ハァ……」
汗が噴き出した。激しい虚脱感がある。
ゲームで? 感覚のフィードバックレベルをもう少し考え直してくれ。
イオは銃座から降りて振り返った。一匹のウィードランと目が合う。
「逃げなきゃ殺してやるぞ、トカゲども」
レイヴンの弾丸にはまだ余裕があった。
――
その後もウィードランの抵抗は無かった。戦闘意欲に欠ける対空陣地守備隊はイオを見るなり逃げて行った。
イオはウィードランの寝床を押し潰したコンドルから慎重にカミユを引きずり出す。
被弾したコンドルは絶妙なバランスで建物の上に乗っかっていたからだ。何かの拍子に転落しても可笑しくない有様だった。
カミユはイオにされるがままで、呑気にタバコを銜えていた。
「……生き残ったか。不思議なモンだな」
「運が良かった。俺にとっても」
血塗れの手でジャケットのポケットを漁るカミユ。ライターを探しているらしい。
「重症だぞ、曹長」
「お前だって血塗れじゃないか、軍曹」
火をつけるカミユ。満足そうに笑っている。
「お前の事は酒の席で話しても信じて貰えないだろうな。
一日の内にトモスを奪い、敵部隊をぶっ潰して、おまけに対空陣地を二つも?
おとぎ話の英雄だってもう少し大人しいだろうよ」
「……曹長の操縦も大したモンだったぜ。アンタがいなきゃこの作戦、成し遂げられなかっただろう」
ばらばらとローター音が聞こえてくる。
『モイミスカ02輸送機、ファットマンを確認。
周辺の脅威は排除されています。降下ポイントを送信します』
ゴブレットの報告から間を置かず、モイミスカの兵員輸送機は対空陣地跡地に着陸した。
素早く飛び出して周辺警戒を行うモイミスカ隊員達。イオはカミユに肩を貸しながらヘリに向かった。
オーランドが足早に近付いてくる。
「二人とも良くやってくれた。信じられない戦果だ。直ぐに治療させる」
「俺は結構だ。時間が惜しい、敵は直ぐにでも増援を繰り出す」
イオはカミユを押し付けるように渡した。
カミユはイオのアーマーを掴む。
「イオ、止めても無駄なんだろうな」
「……コマンダーが待ってるんでね」
カミユの崩れた敬礼。
「楽しかったぞ、お前とは。
恥知らずと思うかも知れんが子供達を頼む」
「もう行け。雑談を楽しむのはまた今度にしよう」
「また今度、か。生きて戻れよ。お前の言葉、覚えておくからな」
モイミスカ隊員に引き摺られるようにして輸送機のドアに凭れ掛かるカミユ。
「グッドラック、友よ」
モイミスカチームは即座に撤収していった。
今回もハードな任務だったがやり遂げた。
「ゴブレット、作戦成功だ。敵は?」
『周辺の流動データ量増加中。包囲されています』
兵員輸送機を見送りながらイオは溜息を吐いた。
陽は既に傾き始めている。夜が来る。逃げ隠れするには有利な条件だ。
「元のプラン通りだ。地下壕に隠れる。
敵の目を欺き、3552と合流。それで良いな」
『最善です、エージェント・イオ。
ブルー・ゴブレットは貴方を称賛します。現状で最高の結果を得られました』
「世界を救うのも楽じゃない」
『我々ならば、やれます』
けっけっけ。イオは奇怪な笑みを浮かべる。
「祝福のキスを頼むよ、女神様」
ゴブレットはいつものように、イオの要求に応えた。
好き勝手なアクションをやってやったぜ
満足したぜ