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モイミスカ救出戦



 「中々走るじゃないか、トモスって奴は!」

 『改修型のようです。走破装置の改善と、タイヤの追加が見られます』


 ふぅん、以前はこうじゃなかったのか。

 イオはトモスの背に乗り、整備用ハッチらしき物のハンドルに捕まりながら踏ん張っている。


 滑らかな流線形のフォルム。その巨体から移動能力に欠けるかと思われたが、意外と快速だ。

 多脚の裏側に一抱え程もある車輪が複数設けられ、平地はそれで移動するようだ。歩行戦車サイプスと同じような理屈である。


 このメカメカしい感じ、段々とトカゲの好みが分かって来た。いや、この世界を作り上げたクリエイターの、か。


 「中々快適だぜ。トカゲも良いモン作るじゃないか」


 ぐわりと機体が持ち上がり一瞬の浮遊感を味わう。地面の隆起で跳ねたらしい。

 着地の衝撃は非常に大きい。大迫力である。


 因みにこのトモスを担当していたらしいトカゲは、今は血の染みになってトモス右後ろ脚にべったりと付着している。


 「ゴブレット! モイミスカは持ち堪えてるか?!」

 『それを判断するに十分なデータがありません。

  しかし極めて劣勢であると推測されます』


 睨み合い無しの全力戦闘なんて普通十分も続かない。

 急がなければモイミスカは叩き潰される。


 既にイオは発電施設付近まで接近していた。細い木や小さな岩などをトモスで薙ぎ倒しながら進んでいる所だ。

 発砲音、爆発音など聞きなれた戦闘音楽が聞こえてくる。


 テンションが上がり始めた。本番開始前の高揚感だった。


 「で、要救助対象のVIPってのは?!」

 『カミユ・クーランジェ。モイミスカの護衛についたコンドルのパイロットです』


 視界の隅にバストアップ写真が表示される。ヘルメットとバイザー、パイロット装備のせいで顔はおろか性別すら定かではない。

 情報には女性とある。


 『カラフ大陸ドゥイエンヌ州議会長、ヴィットー・クーランジェの長女であり、政治的取引の結果早期にカラフ大陸から撤退予定でしたがそれを拒否しています』

 「そりゃ手強そうだ。生きてりゃいいがな」

 『彼女の救出に失敗すれば、この作戦行動は無意味になります』


 中々酷い事を言う。その他の隊員達に救出の価値など無いと言う事か。

 まぁゴブレットの言う事は今は良い。このAIにその気が無くても、結局実行するのは俺だ。


 「世界の前に3552を、そして3552のついでにモイミスカを救ってやるか」

 『エージェント・イオ、接敵します』

 「ぶちかませ!」


 発電施設外周に到達した。複数のサイプスが走り回っているのが見える。

 コンクリートの壁に張り付いて施設を銃撃しているトカゲ達。完全に背後を取った格好だ。


 トモスの砲塔が発射と共に伸縮、伸長。次弾を自動装填し煙を噴き上げる。


 敵は混乱する。自軍兵器が鹵獲されていると認識するまで少しタイムラグがある筈だ。


 ……あるよな? 時々そういった細かい所を無視して、プレイヤーキャラを超反応で攻撃してくるエネミーが居るんだよな。


 『初弾は効果大。誤射の恐れがある為、施設主要部への砲撃は非推奨』

 「そっちは俺がやる! サイプスを黙らせろ!」


 ボロボロのコンクリートブロックとフェンスを突き破ってイオは突入した。

 トモスはゴブレットのコントロールで急旋回し、手近に居たサイプスを轢き潰しながら化学物質のタンクらしき設備の間を駆け抜ける。


 『敵の通信封鎖を解除しました』

 「繋げ!」


 怒鳴りながら近くの瓦礫に滑り込む。トカゲ達がギャアギャアと泣き喚きながら慌てふためいている。

 鴨撃ちだ。敵は完全に動揺していた。


 「モイミスカチーム! こちら3552小隊、トカゲどもの背後を取った!」

 『……なんだ?! 3552?! “殺し屋イオ”か!』


 何だその呼び方。もうちょっと格好良いの無いのか。

 手当たり次第にレイヴンを撃ち込みながらの舌打ち。


 「途中で敵のトモスを借りて来た。中々使い勝手が良いから攻撃しないでくれ」

 『トモスを鹵獲したと? どうやってコントロールしてる』

 「企業秘密だ。それよりやる事があるだろう」


 イオの視線の先でトモスが敵車両に突っ込んでいく。

 装甲と重量の差は歴然。車両は一回転しながら宙を舞い、設備に叩き付けられてぐしゃぐしゃになった。

 乗ってる奴が居たとしたら今頃挽肉だろう。トカゲのハンバーグなんて想像もしたくない。


 『イオ、敵が撤退を始めました』

 「なんだ? もうクリアか?」

 『態勢を立て直す物と思われます。このまま撤退を許せば再度攻撃を受けるでしょう』


 拍子抜けだが、そんなモンか。奇襲を受けた時は一度引くのが賢い。


 「トモスで追撃しろ。借りたばかりの玩具だ、まだまだ楽しみたい。

  使い潰すのは無しにしてくれ」

 『了解。暫くの間トモスを単独起動させます』


 隠れた敵に撃ち掛ける。弾倉が空になる。リロードの手間が惜しい。イオはハンドガンを抜いてカバーポイントから転がり出た。


 『モイミスカ02総員、攻勢に移れ! 3552を支援しろ!

  曹長、コンドルは行けるか?!』


 制圧射撃しながら壁に取り付いて即座に切り込む。

 露出面積を極力小さくしながらの射撃。超至近距離で一匹のトカゲの頭が爆ぜ、イオはその死体を抱き寄せて肉の盾にしながらその奥のもう一匹を撃ち殺した。


 『イオ、施設内部から敵複数』


 背後のドアが乱暴に開かれる。三匹のトカゲ面。

 施設内部で戦闘を行っていた者達が今更のこのこ現れたのか。


 「よう、コイツは俺の奢りだ」


 イオは準備を終えていた。腕で顔を覆いながらもう片方の腕でフラッシュバンを転がす。

 リーパーとの共同作戦の時シンクレアチームの車両から拝借した物の一つだ。


 破裂音がして聴覚が完全に消え失せる。腕を降ろすとトカゲどもが身悶えしているのが見えた。


 『脳機能を補正します』


 こんな距離でこんな真似をすれば当然イオも無事では済まない。

 だがイオにあってエネミーに無い物がブルー・ゴブレットの存在だ。


 耳鳴りがする。闇雲に銃を突き出し発砲しようとする一匹を即座に射殺。その次も射殺。その次も……

 撃ち殺そうとした時点でハンドガンの弾が尽きた。イオは最後の一匹に躍りかかる。


 アバターサポートは正確に働いた。リアリティに溢れた格闘モーションだ。イオはもだえ苦しむウィードランの膝に直蹴りを打つ。

 速度と体重の乗った蹴りは簡単にそれを圧し折った。曲がってはいけない方向に曲がった足。


 逆関節だ。サイプスになれたな、お前。そのまま敵の右手、右肩を捕え、身体を捻りながら腰を落とす。

 絶叫しながら倒れ伏すウィードランの頭にストンプ。砕ける頭蓋の感触。生々しい。


 「このスリル、癖になりそうだ」


 今更だった。とっくの昔に中毒だ。イオはもう、このゲームにどっぷり嵌り込んでいるのだから。


 レイヴンとハンドガンのマガジンを交換しながら背後に呼び掛ける。ゴブレットのサポートの御蔭で聴覚は急速に回復していた。


 「いつまでじろじろ見てるつもりだ?」


 施設内から弾かれたように兵士達が飛び出した。素早く周囲の瓦礫に張り付いて周辺警戒を始める。

 装備も良いが、動きもまぁ良い。少年兵部隊と一緒に武器も物資もないない尽くしのストーリーを追ってると羨ましくなる。


 指揮官らしき男が敬礼した。イオの身体が勝手に答礼する。


 「救援に感謝するが、お前一人か?」

 「残念ながら」

 「救援は望めんか」


 高望みし過ぎのNPCだった。少年兵部隊に何を期待するんだ?


 「冗談は止せよ。お前達が救援部隊だろう」



――



 埃っぽいデスクの上に地図が広げられた。


 「我々が情報に無い対空砲から攻撃を受けたのがこのポイントだ」


 モイミスカ02の隊長、オーランド・バシキムが示したのは発電施設のあるスコーディー・マウンテンから東に14㎞のポイントだ。

 東北東には市街がありウィードランの拠点になっている。


 面白いのはその東北東の街、スコーディー・プルは、事前情報では全くの無人だった筈だと言う事だ。


 「対空砲を設置したのはスコーディー・プルのウィードラン達だろう。

  ……偵察部隊が給料分の仕事をしてりゃ、俺達はこんな目に合わなかった」


 モイミスカの隊員が軽口を叩く。オーランドはスキンヘッドをがしがしと掻きながら隊員を叱った。


 「口を慎め。全ての部隊は戦力保全の為に作戦行動を制限されている。

  仕方のない事だ」

 「仕方ないだって? その口癖、直した方が良いと思われますが? 大尉殿」


 モイミスカは負傷者多数の上に装備も先の戦闘で消耗している。

 こうしてイオ達がミーティングを行っている間も、周囲では治療や脱出の為の準備が大慌てで進められていた。


 状況は悪い。そうすると雰囲気も悪くなる物。モイミスカ02の隊長であるオーランドの求心力の無さもそれを後押ししている。


 『エージェント・イオ。ブルー・ゴブレットは広域監視を継続中。

  周辺地域の流動データ量が増大しつつあります。ウィードランの攻撃部隊です』

 「(もう来たか。散々トモスでケツを蹴っ飛ばしてやったんだろう?)」

 『遣り過ぎたようです』

 「(と、言うと?)」

 『“敵を本気にさせた”、と、ブルー・ゴブレットは表現します』

 「(時間的猶予は? 大体で良い)」

 『最短で70分後には再攻撃が予測されます』


 結構あるな。イオは地図を眺めた。

 リアル志向は良いがゲームとしてはテンポが悪くなる。


 3552と別れたあのリゾート施設は南に6㎞。こうして見るとかなり近い。

 敵の目がこちらに引きつけられているならイオの作戦行動としては上出来だ。3552は危機を脱するだろう。


 「大尉、戻ったよ」

 「曹長、ご苦労だった」

 「敵を追撃してる様子を上から見てたが、トモスって奴は凄いな。もう2、3機レンタル出来ない物か」

 「それはイオ軍曹に聞いてくれ」


 がたつく扉を乱暴に開けて入ってきた女。

 刈り上げられた金髪に太い眉。頬には大きな擦り傷がある。

 身長はさほど高くない。骨格は華奢に見えるが、最低限鍛えられているようだ。


 右手にはヘルメットをぶら下げている。装備も他の隊員達とは違った。

 こいつがカミユか。


 「殺し屋イオ、会えて光栄だ。救援に感謝する」

 「……作戦IDイオ・200だ。そのセンスの無い呼び名は止してくれ」

 「200って、ナンバーで呼ぶよりはセンスがあると思うんだがな。まぁ良い」


 イオは差し出された手を取る。


 「カミユ・クーランジェだ。コンドルのパイロットをやってる」


 青い瞳がきらりと光った。要救助対象のVIPはやはり気が強そうだ。

 曹長と言えば現場の最上位の筈だが、その割には随分と若く見える。

 血筋に由来する物か。


 「自己紹介は良いな? 話を戻すぞ。

  輸送機は修理出来たが、対空砲がある限り脱出は困難だ。

  迂回も現実的ではない。敵の有力部隊に捕捉される可能性が非常に高い」


 オーランドに3552の事を気にした様子は無かった。

 ナタリーが諦観のままに吐き出した言葉は正しかったようだ。この場の誰も、本気で少年兵達を助けようとは考えていなかった。


 無理も無い事か。モイミスカの隊員達にも家族や友人が居る。死にたくは無いだろう。


 「聞くだけ聞いておくが、輸送機に俺達の席はあるのか?」

 「……すまない軍曹、こうなってしまっては、俺は指揮官として自部隊の事を優先する」

 「ちょっと待て大尉。子供達を見捨てるのか?

  直ぐ近くに居るんだぞ。直線距離でたったの6000だ」


 カミユが噛み付いた。苛立たし気に地図を指で突く。


 「3552小隊は20人以上も居るんだぞ。どの道そんなに乗せられない。

  我々モイミスカ02の本来の役割は護衛だ。輸送機のキャパシティを越えている」

 「大した言い草だな。空がダメなら3552の遠足に付き合ってやっても良い。

  護衛部隊なんだろう?」

 「カミユ曹長、君と議論している余裕は無い」


 険悪な様子で対立する二人。イオが割って入る。


 「一部同意する。時間的余裕は無い。

  敵の再攻撃まで早くて一時間。それまでに埒を開けなきゃお前達は全員死ぬ」


 ブルー・ゴブレットがイオの視界の中を泳ぐ。


 『作戦プランを提案します。

  障害となる敵対空陣地は二ヶ所。鹵獲したトモスであれば遠距離からの砲撃で破壊可能です。

  エージェント・イオ、トモスの護衛を行ってください』

 「(良いだろう、乗った。ぐだぐだ話し合いを続けるのも面倒だしな)」


 イオは地図にマークされた対空陣地の中からブルー・ゴブレットがピックアップした二ヶ所を指し示す。


 「この二ヶ所を排除すれば帰れるな?」

 「…………確かに可能だ」

 「俺がトモスで攻撃する。お前達は射程距離外で待機しろ。

  対空陣地の排除が完了したら後は勝手に帰れ。俺は3552に戻る」


 オーランドは険しい表情でイオを見る。


 「……良いのか? 俺は君達を置いて行くと言っているんだぞ」

 「合流してもらった所で輸送機には乗れないんだろう? 敵に見つかる可能性が高まるだけだ。

  なら、少数で逃げ隠れした方がマシだ。

  俺達が欲しいのは救援であって、あの世への道連れじゃない」

 「3552は敵密集地に居る。戻った所で何も出来ないだろう。軍曹一人ぐらいなら……」


 オーランドの言葉を遮る。


 「ガキどもを生かして帰すのが俺の義務だ」


 場が沈黙した時、ゴブレットが言った。


 『演算終了。移動ルートを3パターン提案出来ます。

  モイミスカを戦力として勘案するのは無意味でしょう。作戦を開始してください』


 話は終わりで良いな? イオは背を向けて部屋から出る。

 外ではトモスが待機していた。三名のモイミスカ隊員が不安げな様子でそれを監視している。


 「待て、軍曹」


 カミユが追って来た。腰に手を当てて上目使いにイオを見る。

 危機的状況の筈だが、いたずらっ子のように笑っていた。タフな女だ。


 「ムカつく奴だろ? あの大尉殿は」

 「ウィードランに比べれば可愛いモンだ」

 「そう来るか。軍曹が言うと重みが違うな。

  ……で、実際の所やれるのか、さっきの作戦は。お前を信用しても良いのか?」


 急にトモスが動き出す。ずし、ずし、と多脚を動かしてイオの目の前で“伏せ”の姿勢を取った。

 イオは多脚をつたってトモスの背に駆け上がる。


 「アンタに死なれると困る奴が居るらしいな、“クーランジェ曹長”」

 「……なんだそれは。残念だったな軍曹、あたしに恩を売った所で無意味だぞ。

  実家とは不仲だ。銃を突き付け合う程度には」


 カミユは苛立ちを隠しもせずに言った。イオは鼻で笑った。

 さっさと終わらせて3552に戻らなければ。


 「アンタが自分の名前にどんなコンプレックスを持ってるか知らないし、興味も無い。

  俺が信用出来なければ勝手に代替案を考えろ。

  だが何にせよ、俺は実行するだけだ」


 イオが背部のグリップを掴んだ瞬間、トモスは急旋回し、発進した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハードボイルド進行、イイですね! 楽しく読ませて頂いてます。 [気になる点] 意識のないオート進行中、勝手に子作りしてないか気になります(汗
[一言] めっちゃおもろいいです!!! 無理せず投稿よろしくお願いします!
[良い点] 素晴らしいの一言。 ワシはこういうのが読みたかったのじゃ! 血の匂いまで伝わってきそう表現ほんと好き [一言] これを読むのが楽しみなんじゃ、がんばってくれぇぇぇ!!!!!
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