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作戦ID イオ・200



 とんでもないゲームを見つけたぜ。



――



 ゲームに心底から嵌り込むにはやっぱりVRだ。これこそ俺達が求めた答えだ。

 現実と見紛う程のビジュアルとサウンド。最新の没入型端末でプレイすれば感触や臭いまでも再現される。


 そこまで行ったら、一つの世界だ。ゲームクリエイターは天地創造の神様で、俺達はその神様が作った異世界で遊ぶ。


 近世、中世、古代、原始、或いは未来。若しくは異世界。

 クレイジーなパンク。泥臭い戦争。ポップな箱庭経営。血も凍えるホラー。

 スポーツ。シューティング。クラシックな剣や弓。超能力、超科学、魔法、なんでも御座れ。


 世代を重ねるごとにゲームは難しくなる。プレイヤーを挑発するように、クリエイター達は試練を課す。


 でも、俺達は最後にはそれを“クリア”する。

 仇敵を倒したり、気になるあの子のハートを射止めたり、迷宮入り事件を解決したり、辛い過去を清算したり。


 そして時たま、世界を救ったりなんかも。



 ――俺が今までに救った世界の数を知ってるか?



 大昔から今日まで発展を続けるAI技術は常に情報を蓄積している。

 ゲームに登場するNPCはプレイヤーの多種多様なアウトプットを受けて千差万別の反応を返す。

 人間のようなコミュニケーション能力が、更に俺達を“異世界”へと依存させる。


 俺が今までに救った世界の数は? なんて馬鹿みたいな質問にだって彼らは答える。



 『そんなに沢山あるのですか?』

 ――五十から先は数えてないぜ。

 『素晴らしい。貴方は世界を救うプロフェッショナルなのですね』



 ユニークな言い方にちょっと笑う。嘘じゃない。ジョークなだけだ。

 俺達はゲームの中でヒーローになる。


 バカにする奴は居ない。「ゲームの中だけだ」と弁えているから。



 『ならば貴方にお願いがあります』

 ――新しいクエストか? ミッションって言った方が正しいか? それは期間限定? それとも回数制限制?

 『世界を救うプロフェッショナルの貴方ならば、成し遂げられると確信しています』

 ――そりゃ構わねぇけど。



 俺は勿体ぶって“溜め”を作った。



 ――クエスト報酬は期待して良いのか?



――



 



――



 青い髪の女神様は水の中にいるみたいに髪の毛をゆらめかせている。


 身長は目測で150。この世の汚い部分なんて全く知らずに育ちましたとでも言いたげなあどけなさ。

 未成熟の瑞々しい身体を白いローブで隠して清純さをアピール。優し気な垂れ目がセールスポイント。


 正にロリコン受けしそうなNPCだ。


 ブルー・ゴブレットと名乗ったそのナビゲーションAIは、チカチカと瞬く電子情報の海の中を一泳ぎ。


 そして幾つものプロフィールカードをウィンドウで表示した。


 『貴方にお願いするのは第44観測世界、惑星シタルスキア。

  人類種の進化過程で何度も、それも長期的に惑星外起源種の干渉、或いは侵略を受け、軍事面で歪な発展を遂げた人類生存圏です』


 ほぅ、と溜息を一つ。

 この萌えキャラ全開のAIが紹介する割には随分と厳めしいと言うか……ごついフレーバーテキストだ。


 で、ゲームジャンルは何なんだ? SFシューティング? リアルタイムストラテジー?


 『ブルー・ゴブレットは人類救済計画において貴方に複数のオプションを提示出来ます』


 表示されたプロフィールカードが横一列に並び、目の前を流れていく。

 厳めしい顔の軍人、線の細い少年、身体が半分機械のサイボーグ。選り取り見取り。


 はん、と一笑い。キャラクタークリエイトって訳だ。


 『シタルスキア人類種は五十年前から惑星外起源種との全面戦争に突入しました。長く続いた一進一退の攻防は、その文明の存続を危ぶませる所までシタルスキアを疲弊させています。

  貴方はこれらのエージェントとなって人類種を勝利に導いてください』

 「OK分かった分かった。悪いエイリアンをぶちのめせって訳ね」


 プロフィールカードから一枚を選び、触れる。

 きらきらとエフェクトの輝きが散り、そのプロフィールカードがピックアップされた。


 『イオ・200。肉体年齢21歳。身長182cm、体重79kg。

  ヘイツ共和国カーバー・ベイ出身。同地方民兵団に参加。後にシタルスキア連合軍志願兵となる。

  連合陸軍強化兵計画に選抜され、高度な強化改造を受ける。同時に機密保持の為おおよそのデータを抹消済み。

  カラフ大陸西部反攻作戦に参加し、負傷。ナノマシン補助脳に多大なダメージを受けデータの大半を損失。


  現在植物状態。冷凍睡眠中』


 知らない単語だらけのプロフィールにも慌てる事は無い。こう言うのは素直にストーリーを進めていけば徐々に明らかになっていく物だ。

 或いはゲーム内に世界観を把握するためのインデックスがある。……筈だ。


 それにしたって割とえげつない経歴である。知らない単語ばかりでも剣呑さが伝わってくる。

 洋モノのSF戦争映画に出て来そうなキャラクターだ。中々タフそうで気に入った。


 他のプロフィールカードにも目を通すが、どうもしっくりこない。


 やはりここはコイツしかない。イオ・200のカードを選択する。


 『イオ・200に付与するオプションを選択してください。オプション限界はイオの肉体のキャパシティに影響されます』


 ずらりと並んだテキスト。幾つもゲームをしてきて、何度もこういう経験がある。

 怪力、知覚力、etc、etc、イオ・200への“女神様からのプレゼント”が幾つも並んでいる。


 こちらの判断でイオの能力を上昇させられるのだ。ざっと見た感じブルー・ゴブレットの言う“イオのキャパシティ”消費には偏りがある。


 面倒だからコストと称す。イオは若く、優れた肉体を持っている。

 その為フィジカル面のオプションは比較的低コスト……少ないキャパシティ消費で得られるようだ。

 怪力などはその最たる物。その他瞬発力なども。


 半面特殊技能には大きなコストが掛かる。こういうゲーム的制約はキャラクターの個性を際立たせる。キャラクタークリエイトの方向性は制限されるが、個人的には好みだ。


 大して悩む事も無くオプションを選択する。


 イオは兵士だ。……植物状態らしいが。

 兵士は、兵士らしく。或いはより優れた兵士として。


 『“飢えたジャッカル”

    貴方は目聡く、鼻が利き、俊敏です。獲物を付け狙うジャッカルのように!

    ――知覚能力、瞬発力を上昇させます。


  “天賦の肉体”

    貴方のタフネスには脱帽です。貴方は戦う為に、内臓を撃ち抜かれても歩き続けるでしょう!

    「スーパーマンごっこは楽しいですか?」

    ――体力、持久力を上昇させます。負傷時のパフォーマンス低下を大幅に低減します。


  “幸運”

    貴方は幸運です。何故なら貴方はブルー・ゴブレットに見守られているのだから。

    ――貴方の認知の外側で、貴方に+作用があるでしょう』


 セッティングされた以上のスキル。それに元からイオの持つスキルが表示される。


 『“後天的闘争心”

    悲劇的過去と絶望的な戦況は、イオに激しい憎悪と克己心、闘争心を抱かせました。

    それは彼の精神が失われた今でも肉体に宿っています。

    ――イオ・200の肉体は、逆境で大幅にパフォーマンスを上昇させます』


 オプション設定は以上になります。無感動に告げるブルー・ゴブレット。


 黒目黒髪の青年のバストアップが表示される。おや、外見はカスタム出来ないらしい。


 「中々ハンサムだな」


 主人公タイプって感じで悪くない。長身痩躯だが体重の項目を考えれば見た目以上に筋肉がある。……と言う設定なんだろう。


 『では、貴方をシタルスキアに投入します。

  貴方はこれまで幾つもの世界を救ってきた。貴方の伝説がまた一つ増える。

  ブルー・ゴブレットは貴方をサポートします。第44観測世界の人類種存続の為に』

 「……やっぱり、中々ユニークなセリフを吐くNPCだな」


 どういうデータの蓄積なんだ? お堅いばかりのナビゲーターなのか?

 ふと思い立ち、ブルー・ゴブレットに要求する。


 「女神様、勝利のキスを授けてくれよ」


 ブルー・ゴブレットは暫し沈黙した後、電子の海の中を泳いでこちらに急接近した。


 頬への口付け。既に五感のリンクを終えているようで、暖かい感触がある。


 「おっと、マジでしてくれるとは思わなかった」


 サービス精神旺盛なNPCだ。

 そうやって感心した時には、既にその体はイオ・200の物になっていた。


 黒目黒髪、長身痩躯。肉体に強化処理を受け、脳を破壊されたシタルスキア連合軍のソルジャーに。



――




 ――シタルスキア統一歴266年。4月10日、PM04:33。

 ――カラフ大陸中央部、エコー渓谷連合軍秘密バンカー。


 ――作戦ID、イオ・200。




 がん、がん、と冷凍睡眠ポッドが乱暴に叩かれる。

 イオの意識は既に覚醒している。薄く瞼を開く。耳に騒々しい遣り取りが聞こえてくる。


 『外れだろ、死んでるって』

 『まだ望みはある』

 『十年も放置されてたんだろ? 本当に起こせるのかよ!』

 『私達には戦力が足りない。休戦期以前の熟練兵が力を貸してくれたとしたらこれ以上の事は無い』


 計器を操作する音が聞こえる。イオは全身に力を込めてセルフチェックを行った。


 冷えた体は、しかし内側にぐつぐつと煮えるような血を巡らせていた。

 これまでに感じた事の無い臨場感とリアリティ。イオは瞠目する。


 自己没入型のゲーム端末は時として人間の脳に重度の障害を齎す。

 もう随分前にリンク可能な五感のレベルは制限されている筈だ。


 “このゲームから感じられる迫力は、明らかにそれを超えている”


 『パックス! 資料は?』

 『……見つけました、これです。ID1028、殆どの情報は消されてます』

 『名前も?』

 『いえ、名前はイオさんと言うそうです。……詳細なスペックは分かりませんけど、条約で制限される前の強化兵です。……怪物ですよ』

 『口を慎め二等兵。彼は祖国の為に戦った兵士の一人で、今また我々の同胞となるのだ』


 聞こえてくる声はどれも年若い……を通り越して幼くすらある。まるで子供の声だ。


 この如何にも何処かに在りがちなSF戦争ゲームは中々えげつない設定をしている。そしてそういうゲームには余り子供を登場させない物だ。


 何故なら表現の規制が厳しいから。子供が死亡するシーンを表現したら発狂するような人権屋がこの国には沢山居る。


 『“寝袋”を開け! 回復剤は見つけたのか?!』

 『準備出来てます!』

 『御対面だ!』


 乳白色の冷凍睡眠ポッドが開かれた。イオは薬品臭い煙を大量に吸い込んで咽る。


 這い蹲る様にして外に出れば濡れた土の感触。掌に握り締めた泥。かびた臭い。


 視線を上げれば子供達が居た。先頭に立つのは金の髪の少女。


 「……子供?」

 「……あぁ、貴官から見れば、正に我々は“ガキ”でしかない。

  しかしこのシタルスキアの戦況は、我々に平和な子供時代を与えてはくれなかった」


 黙っていれば人形の様な無機質な美貌だ。しかし口を開いた彼女は眉間に皺を寄せ、飢えた野良犬のように口端を歪め、この世を呪うようなセリフを吐き出す。


 「回復剤を」


 少女はイオに近付き玩具の銃のような道具を首に当てた。

 痛みは無かった。首筋に冷たい感触がして、先程まで感じていた息苦しさが消える。


 立ち上がり、目を合わせた。そうすると背丈の違いが明確になって、やっぱり小さいなと益体も無い事を考える。


 「イオ軍曹、意識はハッキリしているか?」

 「軍曹?」


 軍曹なのか。階級を言われてもピンと来ない。


 「貴官は氷漬けにされた後に一階級特進したとデータにある。得したな、軍曹」


 少女の腕に装着された端末が緑色のウィンドウを空中に投影している。

 そこにイオの経歴が表示されているらしい。少女は一々凶悪に頬を歪めながらそれを流し読みしている。


 子供たちは埃塗れの野戦服に奇妙な形のアーマーを付け、不格好にも銃を持っていた。SFチックな奴を。

 年の頃は皆十四かそこらと言った所。とても戦場に立つ事が許されるとは思えない年代だ。


 重ねて言うが、ウチの国ではどんな創作物に対してもそこら辺の規制が厳しい。

 少年兵なんてとてもとても。そんな描写があるゲームなんてどうやっても発売出来ない筈だが。


 イオはいや、と首を振った。商業作品じゃないんだな。

 今まで色んな世界を作り出してきた神様だって、偶には商売っ気無しに自分の思うままやってみたくなるんだろう。


 それが今イオがプレイしているゲームって訳だ。それなら規制レベルを超えているとしか思えない五感リンクも、今こうして目の前に居並ぶ少年兵達も理解できる。


 「ここは何処だ?」

 「カラフ大陸、エコー渓谷の連合軍バンカーだ。地下要塞化されているが、放棄されて久しい」

 「お前は?」

 「……寝起きだ、多少は仕方ない部分もあるだろう。だが貴官の為にも今、言っておく」


 少女は金の髪を揺らし、首元の階級章を指で示した。


 「噴飯物の人事に思うかも知れないが、私は少尉だ、軍曹。上官に対する義務を果たしたまえ」


 イオの身体が勝手に動いた。見事な敬礼をしてみせる。

 こういう没入型のゲームには珍しくない。専門的な技術や動作が必要になる時、ユーザーが一々それを学んでからゲームをプレイする訳にも行かないので、アバターの方で挙動をサポートしてくれる。


 「宜しい、では……」


 ずん、と腹の底まで響く様な振動を感じた。

 それは断続的に聞こえてくる。目の前の少尉はバンカーの薄暗い天井を見上げ、舌打ちした。


 「話は移動しながらする。軍曹、装備を受け取れ」


 目の前にデザートカモの野戦服と歪なアーマーが放り出される。それと使い古した感のある小銃も。


 「着方が分からん等と言ってくれるなよ? それと、貴官の逸物は年頃の娘達には目の毒だ。さっさと隠せ」


 ポッドから叩き起こされたイオは裸のままだった。

 おっと……こりゃ不味い。わいせつ表現でアカウントをロックされちまうかな?

 イオは自分の股間を眺めながらぐにゃりと表情を歪めた。細部まで作り込んである。正気を疑うぜ。


 装備の仕方など分からなかったがイオの身体がサポートしてくれた。

 三分と掛からずに一端の兵士が出来上がる。


 「来い、敵が来ている。……聞いておくが、戦えるな?」


 イオは何と返そうか一瞬迷ったが、折角なので自信満々な兵士を演じて見せた。


 「銃を撃つのは得意だ。クソッタレエイリアンどもを殺すのも」

 「実に結構」


 少尉は走り出す。彼女の部下らしき少年兵達も。

 イオもそれを追って湿った地面を蹴った。ブーツ越しに感じる泥濘。蒸し暑さに肌がぬめる。


 「(成程、シューティングゲームの導入としちゃまぁありがちだが……)」


 それでも、本当にゲームなのかと思う程に、この世界は作り込まれている。真に迫る物があった。



――



 「我々はカラフ防衛予備軍3552小隊だ。隷属すべき上位部隊は既に壊滅した。

  私はクルーク・マッギャバン。第12期強化兵教育師団出身。貴官の同類、改造人間と言う訳だ」


 薄暗いバンカーの中を進みながらクルーク少尉は状況説明を続けた。

 イオに言える事は何もない。この……惑星シタルスキアの知識なんて何も持っていないのだから。

 唯一分かったのはこのクルークと言う美しい少女が改造人間だと言う事だけだ。


 沈黙は金。クルークは勝手に納得する。良く出来たAIだった。


 「まぁ貴官は長く冷凍睡眠状態にあった。記憶を呼び覚ますにも時間が掛かるだろう」


 途中で予備の弾薬や古めかしい拳銃(まだ動くことにクルークは驚愕していたが)を回収しつつ出口を目指す。

 歩けば歩くほど振動は強くなる。クルークが言うには敵制圧兵器の砲撃らしい。


 「連合軍はカラフ大陸の放棄を決定した。東部湾港地帯のみを死守し、他地方からは撤退すると。

  十年前に貴官らが守り抜いた故郷は、結局敵に奪われるのだ」


 途中でクルークの3552小隊が設置した陣地……とも呼べない休憩所のような場所で予備の端末を回収する。

 クルークはそれをイオに投げ渡し、腕に装備するよう指示した。

 通信、情報の閲覧、現在のタスクの確認、多機能且つ高性能だった。


 「“リトル・レディ”だ。所詮我々に配備されるような型遅れ品だが……これで貴官も3552の仲間入りだ。嬉しいか?」

 「どんな部隊なのかによる」


 クルークは鼻を鳴らして更に先導を続けた。

 只管に小走りで進む。


 「3552は少年兵の集団だ。戦意に欠け、装備も不足している。二線級と呼ぶのも烏滸がましい。

  主な任務は連合主軍の援護、と言う名の雑用。辛うじて訓練だけは施された。銃の扱い方を間違えない程度には。

  ――あぁそれで十分だろうとも。反吐が出る」


 聞き返すまでもなく皮肉だ。クルークと言うキャラクターは3552の少年少女達をこんな状況に追い遣った連合軍に心底から失望しているらしい。


 「しかし先程も言ったように我々の上位部隊は既に壊滅。

  ミドルスクールの連絡網から漏れた我々は、ピクニックキャンプから帰りのバスに乗り損ね、有害で獰猛なケダモノどもの勢力下に取り残されている。忌々しいエイリアンどもの気分一つでミンチになるかならないか、と言った状況だ。

  逃げ出すにも戦力が要る。貴官の情報が得られたのは全く僥倖だった」


 ふん? とイオは気の無い返事。

 どうやらこのゲームの最初の目的はこの少年少女達を護衛しつつ、味方勢力圏に脱出する事らしい。


 「が、この状況は少しばかり想定外だな」


 クルークが苦しげな息を吐いた時、イオの鋭敏な感覚が3552以外の気配を捉えた。


 前方、S字にうねった通路の途中。何かいる。イオはクルークを呼び止める。


 「少尉、音がした」

 「全体停止……! 止まれ、止まれ……!」


 クルークは直ぐに息を潜めながら背後の隊員たちに命令した。


 「軍曹、頼む」


 クルークの言葉に従ってイオは前進する。

 バンカーの壁でカバーポジションを取りながらS字通路の先を覗き込めば、怪物が居た。


 「(こりゃまたグロテスクな感じのエイリアンだな)」


 薄暗い中でもイオの目はその姿を正確に捉えていた。

 緑色の粘液に塗れた身体。頭部は芋虫のように長く、後頭部が突き出している。

 蛭のような口には歯らしき物が確認できない。奥に隠し持っているのかもしれない。

 身体は、形状としては犬に近い。四足歩行の為の造りだ。体色は黒。


 見た事も無いような大きさのトカゲにちゅうちゅうと吸い付いている。余りにも夢中でイオの存在に気付いていない。


 「何がいる?」

 「ヘドロを被ったタコみたいな口の犬だ。無駄に後頭部が長い」

 「識別ID24Aだな」

 「24A?」

 「リーチドッグと言った方が馴染み深いか? 始末しろ」


 イオは小銃のストック部をしっかりと肩に当てた。

 視界に情報が表示される。銃名称XP-11、通称レイヴン。装弾数30発。ブルパップ式。

 至れり尽くせり、ファイアレート等も表示されているがそこまで気にしない。


 カバーからほんの僅かに身体を出し、アイアンサイトを覗き込む。

 短くトリガー。激しい音と、その割には小さな反動。綺麗に三発。


 全てリーチドッグの滑った体に吸い込まれていった。頭部から赤黒い何かを撒き散らし、リーチドッグは絶命した。


 「(ゴア表現規制も無視かい。まぁ予想してたけど)」

 「手早いな、軍曹。……少年兵達ではゲロ犬一匹ですら持て余す有様だ。貴官の存在は有難い」


 イオはそのまま足音も無く前進して通路のクリアリングを行う。一匹だけとは限らない。

 幸いにしてその他の敵影は無かった。クルークが命令を更新する。


 「軍曹、後は一本道だ。出口まで先導を頼む。

  パックス、ショーティ、後ろを警戒しろ!」


 3552は確かに少年少女達の寄せ集めではあったが、それでもクルークによって統率されていた。


 通路を進むと何度かリーチドッグと遭遇した。緑色の粘液を被った蛭と犬の合いの子。子供が図工の時間に作った可愛いペットの成り損ない。


 イオはそれら全てを処理する。怪物撃ちには慣れている。


 「リアル志向だなこの作品は」


 レイヴンのマガジンを交換しながら独り言。

 大抵のFPSはユーザーライクで、マガジン内に残弾がある状態でリロードしても所持弾薬は減らない。

 このゲームはどうやら違う。マガジンが魔法のポーチから無限に出てくる事も無ければ、内部の弾が勝手に移動する事も無い。


 残弾がある状態でマガジンを外せばそれはそのまま。放り投げてしまえばおさらばよ。


 現実味を持たせるのは大事な事だが、それがゲーム全体のテンポを悪くする事もある。

 好みの分かれる所だ。イオとしてはこう言うのもアリだ。


 「出口だ」


 外の光が見えた。ヘリのローター音が聞こえる。クルークが舌打ちする。


 バンカーの出入り口は抉り取られたような崖の中腹にあり、大して広くも無い通路が蛇の様にうねって下まで続いていた。


 外は赤茶けた荒野。イオの身の丈を超すような大岩がごろごろ転がっていて、その間をロボットが走り回っている。


 「二脚、それも逆関節。良い趣味してるぜ」


 二本の流線形の足の上、二連装の砲を左右に二門。

 中央にはミラーボールのような物体が時折緑色の光を発しながら回転している。


 灰色のボディには奇妙な艶があり、丸みを帯びた全体像がどこか生々しい。そのロボットの膝は人間の物とは逆側に曲がっていて、驚異的な跳躍力をイオに見せつける。


 サイズ自体は人間の成人男性よりも僅かに大きい程度。しかし小さい分機動性は良好のようだ。


 「自立歩行戦車、サイプスだ……。気付かれるな」


 クルークの切迫した声。

 逆関節の歩行戦車は全部で五機。上空の戦闘ヘリと激しく撃ち合っている。

 先程から感じていた振動はこの戦闘のようだ。


 「正規軍の戦闘ヘリ……。助けてもらえるかも知れん」

 「全員は乗れないぞ」

 「欲しいのは帰り道のエスコートだ」


 クルークは腕の端末、リトル・レディに呼び掛けた。


 「こちらカーバー・ベイ臨時防御陣地所属、3552小隊! 応答されたし!」

 『どこからの通信だ?! こちらCBKジャンゴ1、俺を呼んだのか?』

 「我々は現在貴機と同ポイントの連合軍バンカー入り口に居る! 崖の中腹だ! 救援を要請する!」

 『こんな所に基地があるなんて聞いた事ねぇぞ。それに、助けて貰いたいのはこっちだぜ』


 ヘリのパイロットは巧みな操縦で歩行戦車の砲弾をかわしている。


 「こちらに居るのは子供ばかりだ! 助けが必要だ!」

 『本機は現在総軍の作戦を遂行中だ。お前達の援護は出来ない』

 「お前達“大人”って奴は! つい二日前にもそう言って我々少年兵をカーバー・ベイに置き去りにした! 今度もまたそうするのか?!」

 『……クソ、言ってくれるぜ』

 「我々が歩行戦車の撃破に協力する。貴機はその後、カーバー・ベイまでの帰り道に居る敵を間引いてくれるだけで良い」


 クルークが隊員を呼ぶ。


 「パックス! あのデカブツを寄越せ!」


 パックスと呼ばれた少年は大型のライフルを背負っていた。それを差し出す。


 冗談のような全長、冗談のような大口径ライフルだ。

 セミオート式。装弾数は6発。


 「本来我々のような部隊に配備される兵器ではないが……大慌ての主軍が撤退作業中に忘れていったらしい物を拝借した。

  軍曹、銃を撃つのは得意だと言ったな?」


 イオはライフルを受け取って初弾を送り込んだ。


 「ゼロインは?」


 このゲームにゼロインと言う概念があれば、だが。


 「していない。だがまぁ丁度このような感じの戦闘距離の筈だ。

  SOD7。強化兵用のライフル。並みの兵士では持て余すが、貴官なら大丈夫だろう。

  ……ジャンゴ1、こちら3552! これより敵の足を止める! 後は任せる!」


 やれ、軍曹。


 イオは埃っぽい地面に腹這いになり、スコープを覗き込む。

 SOD7のスコープを通して世界が広がる感覚があった。敵の動きが遅く見える。


 「(面白いゲームだ。本当の本当に、細部にまで拘って作られてる。偏執的なほどに。

  これを作った奴は天才か、サイコパスか、でなきゃ心を病んでる)」


 昨今のクリエイターにそういう奴は少なくない。言及するほどでもない事柄だ。


 イオは歩行戦車の一機が着地する瞬間を狙ってトリガーを引いた。


 火薬が弾けた、とは思えない重たい発砲音だった。だがまぁゲーム的には迫力のあるサウンドの方が良い。

 レイヴンとは比べ物にならない反動。ストックが肩に減り込んだのではと錯覚するほどの物だ。


 歩行戦車が転倒する。ジャンプの勢いそのままに赤茶色の地面を滑り、大岩に激突して止まる。

 イオの放った大口径弾丸は二本脚を纏めて貫通し、装甲板を吹き飛ばしていた。


 そこに戦闘ヘリからミニガンが浴びせ掛けられる。忽ち歩行戦車は火を噴いて爆散した。


 「中てた!」

 「(そりゃ中てるさ)」


 興奮の声を上げる少年兵達。

 クルークが耳元で囁く。イオの隣から銃口の向かう先を睨み付けている。


 「スポッターをしてやろうか?」

 「必要ない」


 イオは更にトリガーを引く。今度は続けざまに二発。

 先程と同様に一機が倒れ、更に一機はウィークポイントに命中したのかがくがくと不格好な屈伸運動をした後に動かなくなる。


 残りは二機。同様に仕留める。

 特にいう事も無く、それが当然の様に、疑問を差し挟む余地も無く。


 「(どうやらこれでイントロダクションは終了か)」


 イオは瞬く間に全ての歩行戦車、サイプスを行動不能にした。


 『Beautiful……』


 戦闘ヘリジャンゴ1からミニガンの掃射。止めを刺される歩行戦車群。


 『ガキばかりだって? これがガキに出来るシュートかよ』

 「我が隊の切り札だ。それよりも、分かっているな?」

 『…………支援要請受諾。カーバー・ベイまでの道路で火力支援を行う。

  だがそこまでだ。良いな?』

 「支援に感謝する」


 通信を終了したクルークは途端にヘリのパイロットを罵った。


 「クソッタレめ。……笑えるだろう軍曹。我々など、結局は厄介者でしかないらしい」


 怒りに震える肩。俯いた姿には諦念が見える。

 やがてクルークは大きく深呼吸すると、何事も無かったかのようにイオへと向き直る。


 「良くやってくれた、素晴らしい狙撃だった。取り敢えずこの場からは生きて帰れるだろう。

  そこから先は分からないが……、今私は希望を持っても良いのではないかと思い始めている」


 手を差し出してくる。イオと比べて二回り以上も小さい少女。

 イオは肩を竦めて見せる。タフでクレバーな兵士のロールプレイだ。


 「次のオーダーは?」




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― 新着の感想 ―
単行本、流石に買いました。何度読み直したことか。この第一話の言い回しの無駄のなさ、空いている行間の緊張感、何よりカッケェこの言い回し!最高っすな。何回も読み直してます。だからこそ、縦書きの、修正された…
[良い点] ゲロ犬って懐かしいなあ……大量のゲロ吐かれて死んだヒスロスの思い出……
[良い点] サイコーにハイなストーリーだ!!
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