第九十九話 解明
ワルフラカ帝国の首都である、帝都・リグディルーベには、それはそれは立派な図書館が存在する。ワルフラカ国立図書館は城の色と同じ、落ち着いた緑色をした建物で、たくさんの人間が出入りしている。僕たちは冒険者ウーノンのバッジを見せて入館する。図書館の匂いと言ったらこれだと、十中八九言える紙と埃とちょっとの日の光の匂いが館内全体を支配していた。僕たちは僕たちはさっそく司書さんらしき人物を捕まえて、神聖ミギヒナタ国の教典のようなものがないか尋ねた。
「教典、ですか……」
「はい。何か彼らが進行している神話のようなものが集まった本なんかはありませんかね」
「……一応あるにはありますけど……」
司書さんは僕たちのことをいぶかしげなまなざしで見つめながらも、その本を取りに行ってくれた。しばらくすると、司書さんは一冊の本を抱えてこちらにやってきた。
「これがそうですけど……」
相変わらず僕たちのことを怪しいものを見るような目で見てきながら、司書さんがその本を渡してきた。
「これが、教典ですか?」
差し出された本の題名は、「ダギンス」。意味は「本」だ。
「一応そういうことになっているみたいですけど……あ、ちなみにその本は禁帯出なので、館内のみでの閲覧になってますけど。貸し出しはできませんけど」
「ああ、そうですか」
ちょっと強めな口調でそう言われた僕たちは、近くの机の一区画を陣取り、その本を広げて中身を確認することにした。その本の最初の方は、僕たちが予想していた通り、この世界がどのようにして神に作られたかみたいな内容が永延と描かれていた。僕はさっそく飽きてしまい、本文から目をそらして、他にここにはどのような本があるのかをずっと眺めていた。その間つるぎは一心不乱に神聖ミギヒナタ国の教典と言われているものに目を通していた。
「なるほど……おい、海斗」
僕が遠くの書架に並べられている本の題名を眺めるのにも飽きてきたころ、何かわかったのであろうつるぎが僕の名前を、図書館なので小さく、だが、図書館の割には大きな声量で呼んできた。
「なに?どうしたの?」
「ここだ」
つるぎは僕の質問には答えずに、本のあるページを指さして僕に見せてきた。
「なになに?」
僕はつるぎに示された文章を一通り読んでみた。その内容は以下のようなものだった。
神が人類を作りあげ、人類が神の作り上げた場所で暮らし始めてから幾星霜。一人の少女が生まれた。その少女は神事をする巫女になるべく、育てられてきた。ちなみに巫女という職業はは、神と対話できる唯一の存在であり、信仰者の中では絶対の地位にいたらしい。はじめは周りの大人のされるがままに巫女になるための修業をしていたが、自意識を持ち始めるころになると、巫女になりたくないと言って、周りの大人を困らせた。神事をするには巫女が必要な大人たちは、無理やり少女を従えさせて巫女になるための修業をさせた。少女は抵抗することをあきらめ、修行に専念し始めた。そして、巫女として立派になった少女は、初めて神と対話をするために、天界へと昇った。神はその少女を快く迎え入れたが、少女は、自分が巫女になった原因が神にあると考えていたので、神を襲い始めた。そして、何匹もの天使の命を奪った後、神によって地獄へ落された。それ以降、神は人類に神に逆らうようなものがいないか確認するために常に世界を監視するようになり、人類は巫女という制度を廃止して、新たな役職を作りあげた。
というようなものだった。
「読んだけど……」
僕はつるぎに読んだことを告げた。これが何だって言うのだろうか。僕にはつるぎの言いたいことがいまいちつかめなかった。
「けどって、君はニブチンだなぁ、まったく。ここをもう一度よく読んでみろ」
つるぎが指し示したところは、巫女が天使をなぎ倒していく描写がされている部分だ。
「ここの部分が、私のさっき言っていたこととリンクしているとは思わないか」
「ああ、まあ、言われてみれば確かにそうかもしれないけど……でも、これって、神話の話だろう?本当にこんな話があったかどうかはわからないじゃないか」
「確かにこの話が本当にあったのかどうかはわからないが、神がいるのは確かだ。なぜなら私と君は神によってここに連れてこられたからだ」
「それはそうだけど……」
僕はそう言ったが、つるぎは僕の言葉なんか聞いていないように話し始めた。
「私はついさっき、この巫女のように天使をなぎ倒していたわけだ。ここで、私とこの巫女に、天使をなぎ倒したという共通のモノが出来上がるわけだ。私が最初に倒した双子の天使の言葉を思い出してくれ。やつらは、『普通の人間なら傷つかないのに』と言っていたんだ。このことから、天使は普通の人間には倒せないことがわかる。だが、私は倒した。ということは、私はいわゆる天使たちにとっては『普通の人間』でないことが明らかだ。そして、神話の通り、巫女も『普通の人間』ではなかったのだろうということがわかる。さらに、思い出してほしいのは、私たちを転移させたあの神が、私たちのことをどうやって発見したかということだ。やつはこう言っていた。『たまたま君たちがトラックにはねられる直前のシーンを見かけて 』と。これは、これらのページの最後の『神は人類に神に逆らうようなものがいないか確認するために常に世界を監視するようになり』という部分とリンクしているとは思わないか?つまり、やつは神に逆らうことができる力を持つものがいないかどうかを日々監視していたということだ。やつは、私たちを助けた理由に『どういう意味もこういう意味もない』なんて言っていたが、たぶん、私に『神に対抗できる力』があることを知って、わざと私たちを事故に合わせて助けたのだ。そして、やつはやけに自分のそばに渡しを置きたがっていた。変態だからだと思っていたが、私の力を封じ込めるためと考えれば説明は付く。そして、私に『神に対抗できる力』が備わっていることを証明できる出来事を私は起こしている。それは、私があの時神の拘束から逃れて君を追いかけたということだ」
そこまで言って、つるぎはいったん話を区切ると、どうだと尋ねるような顔で僕を見てきた。
「……僕についてこれたのは、僕に対する愛情があったからじゃないの?」
僕は意地悪でそう聞いてみた。
「そ、それもあるけど、それはもちろん当然なこととしてあるけど、でも……」
僕のその質問に、つるぎはいきなりあたふたと困った顔をしてしまう。そんなつるぎの顔を久しぶりに見て、不覚にもときめいてしまった。かわいい。
「……今の君の質問はズルい」
「知ってる。ごめんって。でも、今の話を聞く限り、まあ確かにそうなのかもしれないなと思えるようにはなって来たね」
たしかに、つるぎは神及び天使に何らかの効力を持つ力があるのかもしれない。僕がそう言うと、カワイイ顔を一瞬で凛々しい顔に戻し、話を再開させた。
「だろう?もし私の今話した仮説が正しかったとすると、髪を殺せる確率が高いということが言える。神を殺せる確率が高いということは、元の世界に帰ることができる確率も高くなるということだ」
「そうだね」
「一気に決着をつけよう」
「え?」
「私の力はたぶん、いきなりマストロヤンニに襲われたことからもその存在がある確率が高い。神聖ミギヒナタ国は、きっと私のことを殺すか生け捕りかはわからんが、するだろう。しかし、いつまでもやられっぱなしも私の性に合わない。だから、私たちの方からミギヒナタ国に出向こう。そして、神を殺そう」
「……急だね」
「うむ。急だ。だが、いつまでもここにいてもやることは変わらない。それなら、なるべく早い方がよくないか?」
「まあ、そうかもね」
「ということで、さっそく出発の準備に取り掛かろう」
つるぎはそう言うと、バタンッと勢いよく本を閉じて、司書さんにそれを渡しに行った。




