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第九十五話 シャム双生児

物質の崩壊が止まり、辺りに空間的な静けさが残る。先ほどまでいた大勢のオートマタたちが文字通り消えてなくなってしまったことによって、辺りの空気が一段と冷え込んだ気がする。天使たちは黙って崩壊を見届けていた僕たちの気配に気が付いたようで、こちらを向いた。僕たちは顔を見合わせると、その天使たちの方へ一歩ずつ近づいていった。遠目から見えていた天使たちの姿かたちがようやくはっきりと見えてくる。わかったのは、三体いたと思われていた天使は、実は三体だけど三体ではなかったということだった。一つの完全な下半身に二つの完全な上半身がくっついている、いわゆるシャム双生児のような姿かたちをしている天使と、一つの下半身に一つの上半身がくっついている天使がそこにはいた。二つの上半身を持つ天使は、右側の上半身の右手と左側の上半身の左側に長い剣を持っている。その剣は、この街の数少ない街灯に照らされて怪しくぬらりと光っている。もう一方の天使は、お坊さんが持つような道具である錫杖のようなものを右手に持っていた。その道具と背中に生えた一対の翼のせいで、なんだか仏像のような雰囲気を感じてしまう。敵であるはずなのに、その姿にどこか神聖なものであるという雰囲気を感じてしまうということは、やはり相手は天の使いであるのだなということを否が応にも実感させる。


」新しい敵かな?「


」新しい敵だよ!「


僕たちの姿を認識して、二つの上半身の方の天使が言う。それぞれが別の言葉をしゃべっているということは、二つの上半身はそれぞれ独立した意思を持っているということだ。そのしゃべり声は、いわゆる西洋絵画でよく描かれている「幼児に翼の生えた天使」の姿にぴったりな、幼さの残る声だった。


」そうですね。新しい敵なようです。排除しましょうか「


錫杖を持った天使が二つの上半身の天使に向かって言う。


」するする!「


」するする!「


二つの上半身の天使は、まるで新しいおもちゃを買ってもらえる子供のような無邪気な、はしゃいだ声で叫ぶ。その言葉をきっかけに、天使たちが僕たちの方へゆっくりと詰めてくる。僕はつるぎに尋ねる。


「どっちにする?」


「私は剣を持った方の天使を相手にする。君はさっきオートマタを全滅させていた方を頼む」


「う~ん、その情報を言われると一気にやる気がなくなる!」


「頑張ってくれ」


「あ、ハルは……」


逃げてね、と言おうと思ってハルが先ほどまでいた場所を見るといつの間にかそこにハルの姿はなかった。いつの間にこの場所から抜け出したのだろうか。そういえば、ついこの間もこんなことがあったような気がする。つるぎが背中に背負っている愛刀・神切の柄を握りながら二つの上半身の天使に近づく。僕はどんな魔法が来ても良いように、汎用系第四位魔法「白壁洞牟ジャヤンタ」で金属製の壁をいつでも発生させられる準備をする。そしてほどなくして、どちらからともなく戦闘が始まった。




私が間合いを詰めた瞬間、双子の天使も私との間合いを詰めてきた。いきなり互いが全力で剣をぶつけ合う。


「ぎっ!?」


勢いをつけて切りかかったつもりだったが、次第に押し返されてしまう。これは私の力が弱いからなのか、相手が二人分の力で押しているからなのかはわからなかった。しかし、劣勢であることに変わりはない。私は相手の剣が下を向くことを願いながら一度刀を引き、距離をとるためにバックステップをした。希望通りにはいかず、双子の剣は下を向くことはなかった。双子はそのまま距離をとった私に詰め寄る。


「くっ」


私はとっさに右に大きくステップを踏み、双子の天使の突進をかわそうとした。しかし、上半身が二つある分通常よりもリーチが長いのか、私が大きく横に距離をとったのにもかかわらずそれに反応した左側の天使が私に向かって剣を伸ばしてくる。その攻撃を私は全く予測していなかったが、身体がその伸ばされた腕の下へもぐりこむような動きをする。そして突き出された左側の攻撃から完全に身を守ることができた。今私の目の前にはがら空きになった左側の天使の脇腹がある。私は腕が戻されるよりも、もう片方の上半身がこちらを向くよりも早く剣を横にふるった。その反応速度は以前の私には出せなかったスピードだった。ハルのあの強化も、少しは役に立っているのだなと少し実感した。神切の切っ先が脇腹を裂く。すると、そこから黒いドロッとした液体が噴出した。


」ぎゃあ!?「


脇腹を切られた方の天使が叫び声をあげる。そしてようやくもう片方の上半身も私の方を向く。


」どうしたの?「


」痛い!切られた!「


」痛い?「


」痛い!「


」どうして?「


」切られたから!「


」でも僕たち、普通は痛みを感じないよね?「


」確かにそうだね!でも痛い!「


」おかしいね?「


」おかしいよ!「


急におしゃべりが始まって少し戸惑ってしまったが、私はすぐさま追撃を仕掛ける。傷を与えた左側の上半身に切りかかる。左側の上半身は私の剣を剣で持って受け止める。そしてすぐさまもう一方の上半身から繰り出される斬撃が私を襲う。その間にも彼らのおしゃべりは止まらない。


」普通の人間からなら切られてもいたくないはずだよ!「


」知ってるよ!でも痛いよ!「


」おかしいね?「


」おかしいよ!「


」あいつがおかしいのかもよ?「


」あいつがおかしいのかもね!「


私はその攻撃を回避し、今度は斬撃によって隙が出来た上半身を狙う。その攻撃を先ほど私の攻撃を受け止めた方の天使が防ごうとするが、私の振るう剣の方が速かった。今まで無傷だった方の上半身の剣を振るう腕を、最小限で且つ切り落とす勢いで振るう。剣先から肉に侵入する感触が伝わってくる。そのまま躊躇することなく剣を振ると、少し硬い感触があった後、また肉を切る感触に戻り、そして剣先の物質による抵抗を感じなくなった。そのすぐ後に、どさりという音が小さく響く。そして絶叫。


」いたいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!???「


」どうしたの?「


」いたいいたいいたいいたい!?!?!?「


片腕をなくした天使がわめく。それに引っ張られるように下半身も動いているので、必然的に腕を切り落とされていない方の上半身も自分の意思とは関係なく動いてしまう。今この瞬間、絶対的に私に有利な状況が作り出された。私はためらうことなく、自分の意志で動けないでいる方の上半身に向かって切りかかる。その上半身は何とか私の剣を受けたが、私は攻撃の手を緩めることなく斬撃を繰り出し続ける。そして、不安定な下半身の動きによって出来た一瞬の隙間を縫うようにして、私は傷の浅い方の上半身の天使の頭に刀を口から脳にかけて斜めに突き刺した。


」ぎゅびっ!?「


変に空気が漏れたような声を出すその天使。私は突き刺して、人間でいうところの小脳あたりから先が出た刀をなるべくそのまま下げながら、口と顎を裂くようにして剣を引き抜く。血と脳漿が張り付いた刀が姿を現す。口を裂かれた天使はいびつな叫び声を上げるしかできないでいた。


」お゛お゛お゛お゛?「


ようやく異変に気が付いた腕を切り落とされた天使が驚愕の表情で隣の上半身の様子を見る。私は頭から引き抜いた刀を、今度は腕を切り落とした方の天使の心臓部分に向かって差し込もうとした。片腕の天使はそれを防ごうと、叫びながらすでに自力で上半身を立てることができないでいる隣の天使の上半身を無理やり自分の目の前に寄せ、私の突きを防ぐ。すでに絶命している肉体に私の刀が刺さる。その感触は、まるで粘土に刺しているような感覚だった。私はすぐに刀を引き抜き、今度は横に力いっぱい振るう。壁の役割をしていた死体とその肉体を支えていた唯一自由に動く手を同時に切り裂く。上半身の半分より少し外側と、指が切断。切られたものがずり落ちる。そして私は死体が削れたことによって生じた空間を狙って剣を突き刺した。もはやなすすべのなくなった片腕の天使は、指のない腕を胸の前に移動させ心臓部分をガードした。しかし、私の突きにそんなものはあってもなくても同じだった。腕ごと心臓を貫く。先ほどまで大きな声で叫んでいた声がだんだんとしぼんでいく。そして、それが消えた瞬間、私は刀を引き抜いた。やはり黒いドロッとした液体があふれ出ている。私がもう動かなくなった天使たちに蹴りを入れると、その死体はゆっくりと後ろに倒れていった。

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