第九十四話 崩壊
「どうしたの?」
僕とつるぎはハルの魔法研究用の部屋を出て廊下に繰り出す。すると、まっすぐ伸びた廊下の先にあるエントランスの方からハルがこちらに走ってくるのが見えた。
「タイヘンナンダ!タイヘンナンダ!」
「いや、それはわかったんだけど、具体的に何が大変なのか言ってくれないと……」
僕たちもハルの方に向かって歩きながらいったい何が大変なのかをハルから聞き出そうとした。前々から思っていたけど、ハルはオートマタの割にはテンパったり焦ったりすることが多い。ここにいるほかのオートマタたちはそんなに焦った様子は見られないのに、ハルだけがこんなになっているところを見るとすごく不思議に感じる。ハルだけ何か特別な回路の作りになっていたりするのだろうか。
「コノマチガオソワレテルンダ!」
「襲われてる?」
ようやく廊下の途中よりも少しエントランス寄りのところでハルと合流すると、ハルは僕たちに向かってそう言った。
「襲われてるとは、どこがだれに襲われているのだ?」
つるぎもハルに向かって尋ねた。
「ダカラ!イマオレタチガイルコノレーレンコウコクダイニノトシデアルリトスイートガミギヒナタノテンシタチニオソワレテルンダヨ!」
「!?」
僕とつるぎはそのハルの言葉を聞いて顔を見合わせた。
「……どうする?」
僕はつるぎに尋ねた。この街がまさかミギヒナタの天使に襲われるとは思っていなかったが、確かによく考えてみれば、神聖ミギヒナタ国の領土はもともとレーレン公国の領土だったし、今でもこのような突発的なテロ行為、もしくは侵略行為が行われていてもおかしくはない。本当は天使たちの対応をした方が良いのかもしれない。だけど、今ここでで僕たちが出て行ってミギヒナタの天使と戦うのはぶっちゃけて言えばリスクが高すぎる。なぜなら、僕たちはレーレン公国にとっては不法入国者だからだ。今まで見つからないように行動してきたのも、見つかってしまえばレーレン公国側のオートマタに何をされるかわからないし、もうこの国にはいられなくなるだろう。だから僕はつるぎに尋ねたのだ。この事態を受けてどう過ごすのかを。
「ハル、一つ聞きたいことがあるのだが」
「ナンダ?」
つるぎは僕の問いかけには答えずに、ハルに向かって質問をした。
「私と海斗の強化というものは、一応終了したのか?」
「ツルギノホウハカンゼンニシュウリョウシタゾ。カイトノホウハコンゴニキタイトイウトコロダナ」
「では、終了したと捉えて良いのだな?」
「マアソウダナ」
「そうか」
ハルへの質問が終わると、つるぎは僕の方を見た。
「海斗、そろそろワルフラカに戻ろう。ハルの言う強化も終わったらしいし、ここに今すぐやらなければならない用事もない」
「ってことは?」
「一応は世話になった街が襲撃されているのだ。見過ごすわけにはいかない。まあ、どのくらいここでの強化が役に立つのか確認する意味も込めて、今からこの街を侵略しているミギヒナタの天使と戦う」
つるぎはハッキリと力強くその言葉を言い切った。
「オッケー」
僕はつるぎがそういうだろうということを予想していたので、やや食い気味に肯定の返事をしてしまった。しかし、つるぎはそんなこと気にしていないように、ハルに向かって指令を出していた。
「ハルは私たちがここまで乗ってきた機械をいつでも出せるように準備しておいてくれ。天使を倒したらすぐにこの国から出る」
「ホントウニタタカウノカ」
「そうだ」
「……ワカッタ。ジャアトリアエズオマエタチノコトヲゲンバニツレテイッテカラオレハイロイロトコノクニヲダッシュツスルタメノジュンビヲスルヨ」
「よろしく頼む」
つるぎはそう言った後、愛刀である神切を一度引き抜いて不備がないかどうかを確かめた。そして、一通り刀身を見た後、刀を鞘に戻す。ハルは研究所にいる他のオートマタたちに色々な指令を出していた。
「イッパンハデンリョクケイトウノカクニン、ニハンハシャリョウノセイビ、サンハンハマホウホジョグニツカエソウナモノヲシャリョウニカタッパシカラハンニュウシテクレ。ヨンハンハチカドウシュウヘンノケイビヲタントウシテクレ。モシオレタチガオートマタニオワレテイタトキハソノオートマタノシンニュウヲフセイデクレ。ゴハンハオレガココヲデテイッタアトノサイコウフタイノタイオウヲヨロシクタノム。ナルベクコノケンキュウジョナイニソウサタイヲイレナイホウコウデタノム」
僕はそんな指令を出しているハルに一言付け足す。
「この前唯一使えた魔法補助具をあるだけ車両の中に入れたほうがいいんじゃない?」
「ソウイエバソウダナ。サンハン!ワームキューブモアルダケイレチャッテクレ」
「あ、あれ、ワームキューブっていうんだ」
「ソウダゾ」
「指令は出し終えたか」
僕とハルがワームキューブの話をしていると、つるぎがこちらにやってきた。
「アア。アトハオマエタチヲゲンバニツレテイケバイインダナ」
「そうだな。案内を頼む」
つるぎがそう言うと、ハルは僕たちの先頭に立って進んでいく。
「ハルは僕たちを現場に連れて言ったらどうするの?」
「シャリョウガイツデモウゴクヨウニジュンビシテ、ソレガオワッタラソッチニイクヨ」
「ああ、そうなんだ」
「モウオートマタタチノメヲキニシタコウドウハシナクテモイイヨナ?」
研究所の出口でハルは僕たちに向かってそう尋ねた。
「そうだな。良いだろう。今日でこの街ともお別れになるだろうしな」
つるぎはハルの言葉にそう返す。
「ジャアサイタンルートデイクゼ!」
ハルはそう叫ぶと勢いよく外に飛び出した。僕たちもそれに続く。
「場所はどこなの?」
「コノマチノメインストリートダ!」
僕たちは初めてコソコソせずにこの街を走っている。途中で多くのオートマタに姿を観られたが気にしない。うかつに外に出ることができない状況だったので、この街はこんなふうになっていたんだと改めて気が付いたり感じたりする部分があって、なんだか新鮮な気持ちになる。しばらくすると、黒い煙が立ち上っているのが見えてきた。そして、何かが崩れる大きな音も聞こえる。
「アソコダ!」
ハルが示した先には、見たことのある白色の人型をした生物が三体いた。その周りを大勢のオートマタがずらりと囲んでいる。突然天使のうちの一体が右手を掲げた。すると、オートマタたちが立っている地面が黒く濁り出した。そして次の瞬間、一斉にオートマタたちの足が崩壊していく。何が起きたか理解出来ていないオートマタたち。足から始まった崩壊は、そのまま下半身、上半身へと侵蝕していく。闇系最高位魔法「溶魔獄拾死爛伊弉壊」によって物質すべてが崩壊させられていく様は場違いさが振り切れており、凄惨な光景にもかかわらず美しくさえ見えた。僕たちはそんな光景ををただただ立ちつくして見ているしかなかった。




