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第九十一話 シナプス

図書館に忍び込んでから数日後。僕とつるぎはハルに詰め寄っていた。


「ハルよ。いったいいつになったら私たちの強化とやらが始まるのだ?」


つるぎがドスの効いた声でハルに放つ。僕もつるぎの言葉に続けて言う。


「おい。まさか、忘れてたわけじゃないよな?」


「ワカッテルヨワカッテルヨ。ワスレテタワケジャナクテイママデソノキョウカニツカウタメノドウグヲチョウセイシテタンダ」


ハルは焦ったように聞こえる声でそう話す。僕たちは一度互いに顔を見合わせるとハルに向き直り、つるぎが口を開く。


「だったら、今からその強化のためのレッスンをしてもらおうではないか」


「ワカッタワカッタ」


ハルは両腕を出して僕たちをなだめながら、研究所のとある部屋へと案内した。その部屋には、銀色の大きな箱状の機械が三台ほど存在して、それらが並んだところの真ん中に歯医者の椅子のようなものが設置されていた。その椅子の周辺には銀色の大きな箱から伸びた無数のケーブルが散乱している。


「ここはなんだ?」


「ココハツルギノシンケイケイヲキョウカスルタメノマシンガアルヘヤダ」


「これが私の神経系を強化する機械なのか?」


ハルが指さす大きな銀色の箱の連なりを見ていぶかしげな顔をするつるぎ。それもそのはずだ。この箱を見せられても一体どうやって神経を鍛えるのかの想像がつかない。


「まさかとは思うが、あの床に落ちているケーブルを使うのではないだろうな?」


「ツカウゾ」


ハルの言葉を聞いてつるぎは露骨に嫌そうな顔をしたかと思ったら、いきなり叫び始める。


「え~、ヤダヤダヤダ!やりたくない!怖い!何すんのか全然見えてこない!怖すぎる!ヤダ!」


「何歳児だよ……」


「ヤダヤダ!何するのか本当にわかんないもん!注射よりヤダ!怖い!」


「え、注射もダメなの?」


「いや別に」


「じゃあなんで注射って言ったんだよ」


「その方が可愛いかなと思って」


「考えが浅はか」


つるぎが駄々をこねていると、ハルが話し始めた。


「コノキカイツウショウ『スパゲッティ』ハヒトノウンドウシンケイヲキョウカスルタメノソウチダ。ソモソモニンゲンノウンドウシンケイトイウモノハケッシテキンニクキョウカナドデハキタエルコトガデキナインダ。キホンテキニカラダヲジユウニウゴカスノニヒツヨウナノハノウカラツカイタイキンニクヘノシレイダ。ノウカラシレイガデルカラテアシナンカハトオイワケダ。ソウナルトドウシテモソコニタイムラグガショウジテシマウ。ソコデコノキカイニヨッテソノタイムラグヲナルベクミジカクスルタメニ、グタイテキニハハンシャシンケイトホボオナジクライカソレヨリモチョットダケオソイクライノレベルニマデモッテイクタメニシンケイシナプスノブンピツリョウヲアクエイキョウガナイレベルデゲンカイマデヒキアゲル」


「待て待て待て。言っていることが一回では理解できなかったんだけど」


「いや、私はわかったから次に進んでくれ」


僕がそう言うと、つるぎは意外なほどに落ち着いた声でそう言ってきた。


「ええ……」


僕はそんなつるぎの姿に思わず動揺してしまう。さっきまであれだけ動揺していたのに次の瞬間にはハルの話をしっかり聞いてるって、肝の座り方半端じゃないだろ。いや、今思えばあの動揺した姿はおふざけだったかもしれない。うん、絶対にそうだ。そうに違いない。


「もう、君はしょうがないやつだな。つまり脳からの指令が速く到達するために体内の化学物質の量を少しだけ上げるんだと」


「な、なるほど……?」


「で、そのためにこの機械で何をするのだ?見た目では私の身体にこの床に散らばっているケーブルを私の清らかな身体の穴というアナニ差す未来しか見えないのだが」


「ケーブルハササナイカラアンシンシロヨ。ソノケーブルノサキニシートヲハッテソコカラビジャクナデンキヲナガスンダ」


「……なるほどな。そうするとそのシナプスから出る化学物質の量が増加するわけだ」


「ソウイウコトダナ」


つるぎの言葉にハルがうなずく。


「わかった。じゃあ、早速やるか」


つるぎがそう言いながら、ケーブルを乗り越えて廃車の治療用可動式座席に腰を下ろした。


「え、ちょっと待って。覚悟決めるの早くない?さっきまでの駄々っ子はどこに行ったの?」


「死んだ」


「ええ……いなくなったんじゃなくて死んだの?」


「うむ、死んだ。殺したんだ、私が」


「ああ、そう……」


やっぱりあの動揺した駄々っ子姿は、ただ単にふざけていただけだったようだ。何か知らないけど良かった。


ハルが『スパゲッティ』の電源を入れる。箱の内部が振動している音がこの部屋全体に響いてくる。並べられた三つの箱が、それぞれ連動しながら大きな一つの振動を作りあげる。いつの間にかこの部屋にやって来ていたハルのお手伝いオートマタたちがケーブルにシートを取り付け始めていた。つるぎはそんな様子を見て、ハルに質問する。


「このシートは身体のどの部分に着けるのだ?」


「ダイタイカラダゼンブダナ。テアシハジュウテンテキニイクゾ」


「そうか。となると服は脱いだ方が良いのだな?」


「ソリャマアトウゼンキタママヨリハヌイダホウガイイナ」


「わかった」


そしてつるぎがこちらを見てきた。目と目が合う。


「何?」


「何じゃなくて、乙女がこれから柔肌をこの空気に晒すと言っているのだから、獣である君がこの部屋から出ていくことは、自然の摂理ではないか?」


「ああ、何。恥ずかしいの?」


「恥ずかしいのって……君はたまに恐ろしいくらい女心というやつを理解しない時があるよな」


「……まあね」


「……出ていけ!」


僕はつるぎに大声で怒られながらその部屋を後にした。しばらくしすると、部屋の外からでもわかるくらいの振動音が鳴り始めた。そして、そのすぐ後にハルが部屋から出てくる。扉を開いたときに、耳元で工事されているくらいの音量が流れてきて、僕は思わず顔をしかめた。つるぎの方を見ると、ちゃんと裸が隠れるように上に布が掛けられていた。頭にはヘッドホン的なものをつけており、耳が遮断されている。これならこの音量で頭がおかしくなってしまうこともないだろう。


「サテツギハオマエノバンダゾカイト!」


ハルはすごくうれしそうに聞こえる声で僕に向かってそう言ってきた。

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