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第九十話 日記

僕たちはさっそく件の日記とその周辺資料を探し始めた。


「イチオウコモンジョダカラテイネイニアツカッテクレナ?」


がさがさと探している僕たちにハルがそう声をかけてくる。


「でも、本当に丁寧さを求めるなら、僕たち、手袋とかした方が良いんじゃないの?」


「アア、ソレハヒツヨウナイ。テブクロヲツケタママコモンジョヲ扱うコトハキホンテキニダメナコウイダカラナ」


「へ~、そうなんだ。なんで?」


「コモンジョノカミノセンイガテブクロノセンイニマケテクズレルダロ」


「なるほどね。じゃあ、どうすんの?」


「オートマタカラハニンゲンノヨウニユシガデナイカラキホンテキニキニシテイナイケドニンゲンハユシガデルカラテヲキレイニアラッテカラアツカウベキダナホントウハ」


「なるほど」


僕は部屋の中を見回した。しかし、手が洗えるような場所はない。


「きほんオートマタノタメノシセツダカラテアライバショトカハナイゾ」


「え、じゃあどうしよう……」


「マアコンカイハダイジョウブダロウ。ウン」


「本当かよ……適当だな」


「テキトウサモタマニハヒツヨウダゼ」


僕たちがそんな話をしていると、


「いつまでぺちゃくちゃしゃべっているんだ君たちは……さっさと探さないか」


とつるぎに怒られてしまった。そんなつるぎはもうすでに関係あると思われる資料を手に抱えている。


「タシカマエニキタトキニハココラヘンニアッタンダヨナ」


ハルはそう呟きながら一番重要な日記を探し始める。僕は二人が手を付けていない部分から資料を探し始めた。10分ほど探しているとハルがいきなり叫んだ。


「アッタゾ!」


「本当か!?」


その言葉を聞きつけて、僕とつるぎはハルのそばに駆け寄った。ハルの持つ資料を見ると、そこには「三浦哲弥」という文字が見える。そして真ん中のあたりに大きな文字で「今日という日が再び来ないことを思え」という言葉が記されていた。


「オマエタチハコレヲヨメルノカ?」


ハルがそう聞いてくる。


「うん。読めるよ。これは三浦さんの日記、なんだと思う」


「そうだな。表題の言葉は……たぶん誰か偉人の言葉なのだろう」


「ソウダッタノカ……コレハヤッパリ……」


ハルは感慨深げに手元の資料をしげしげと眺めている。そして、ハルは表紙を開けた。僕たちはそれを覗き込む。そこには、綺麗な文字の日本語で、様々なことが記されていた。


『2008年10月16日もしくはこの世界に来てから27日目


ようやく何か書きつけることができるものを見つけたので、日記を書くことにする。この世界において紙は貴重なモノらしいので、本当に日記として使ってしまっても良いのだろうかという疑問が少しずつではあるが生じてくる。それにからめとられてしまう前に、早く書いてしまおう。誰かの言葉に『日記は、孤独な人の打ち明け相手、慰安者、医者だ』と言っていたが、そうであろう。というか、そうであってほしいと切に願っている。この、私の今までの経験からは到底考えられないような非現実的な出来事によってこのなんとも荒廃した世界にやって来てからというもの、私は常に異邦人であり、真に彼らに打ち解けることはできないでいた。最初は私のことを警戒していたこの国の人間も、今ではすっかり私のことを仲間として認識するようになっていた。それはとてもありがたいことだし、私もこの国の人間になじもうと努力をした。しかし、どうしても私と彼らには超えることのできない隔たりが存在していて、それにふと気が付いてしまったときに、先ほどまでの楽しかった気持ちが嘘のように消えていってしまうのだ。……こんなに長く書いてしまうと紙がなくなってしまいそうなので、今日はここで終わりにする。いつの日かこの孤独は癒えるのだろうか。元の世界に戻ることが出来るのだろうか』


最初の一ページの一番最初の部分。僕とつるぎはその文章を見て、衝撃を受けていた。


「2008年……」


「僕たちがここに来た約十年前にも、ここに人が来てたんだ……」


「十年前で100年がたっているということは、向こうの一年で、こちらが十年経つということか」


「ナニナニナンノハナシダ?」


僕とつるぎが話していると、ハルが入ってきた。


「トイウカナンテカイテアルンダ?」


僕たちはハルの言葉を無視して、日記をめくる。


「海斗」


日記をめくり続けていたつるぎがページを止めて僕を呼ぶ。つるぎが指し示す部分を見ると、そこには日付の書き方が先ほどと変わっていた部分があった。日付が書かれていたところには、いつもと同じような書き方の日付のほかに「公暦38年」というものが付け足されてあった。


『2009年2月13日もしくはこの世界に来てから147日目もしくは公暦38年


今日はこの国の成り立ちを初めて知った。新村さんと一緒に話を聞きに行ったのだが、これが思いのほか面白かった。日下部さんも来ればよかったのにと思う。……』


レーレン公国は思ったよりも新しい国だったらしい。僕はハルに尋ねた。


「今って、レーレン公国の公暦は何年?」


「141ネンダナ」


「じゃあ、本当に大体100年くらい前の話なんだね」


「ウン。ソノニッキカラかくじつにオレタチガエラレルジョウホウハスウジクライダカラナ」


ハルはそう言った。


「この時期にはもう三人がそろっていたことがわかるな」


「うん。でも、三人いっぺんにここに来たんじゃなくて、皆バラバラで来たんだね」


「うむ。それが不思議ではあるな」


「まあ、この国を科学国にしたとされてる三人が僕たちと同じ世界から来ているだろうということは、確実っぽいね。この日記も、この世界の国の言葉じゃなくて日本語で書かれてるし」


「ヤッパリカ!」


僕の言葉を聞くと、ハルは嬉しそうに聞こえる声でそう叫んだ。


「うむ。私個人としても、この日記の内容は大変気にはなるが、いつまでもここに居られるわけではない。そろそろここから出なければ、私たちが見つかる可能性が高まる」


つるぎがそう言うと、ハルはディスプレイに不満そうな表情を映した。


「エエ!セッカクココマデキタノニ!」


「だからと言ってこれ以上ここにとどまり続けることはリスクが高すぎるように私は思う。ここは一度引くべきだ」


「……」


つるぎの言葉に明らかに不満がある顔を表示しつつもうなずくハル。


「良し。では、行くぞ」


つるぎは持っていた資料を片付けると、ハルが手に持っていた日記を奪い取り、元あった場所へしまう。そして、ハルを促した。


「……ワカッタヨ。イクゾ!」


こうして僕たちはまたもやハルを先頭にコソコソと図書館を出て、ハルの研究室へと帰ったのだった。

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