第九話 決闘
しばらく彼らの後を付いて行くと、大きな門のようなものが見えた。周り石で出来た壁が高くそびえ立ち、周りを囲むようにしている。その壁の少し上に、何か塔のような建物の先端がキラキラと光って見えている。きっと、この壁の中に集落があるのだろう。
「着いたぞ。ここが我々の住む村だ」
僕たちは、先ほど見えていた門のようなものを潜り抜けた。その門は、彼らが背負っている金属のような材質と同じもので出来ていた。中に入ってまず見えるのは、真ん中に大きくそびえ立つ塔のような建物だ。これはさっき先端だけ見えていた建物に違いない。僕たちはその塔を横目に、さらに奥へと案内される。チラッとしか塔の壁は見えなかったが、どうやら何かの生物の鱗を使用しているらしく、キラキラと光っていた理由がわかった。ここの家はどこも石造りになっていて、よく僕たちがいた世界で見る赤いレンガのようなものではなく、灰色をした、硬そうな石を積み上げて作られていた。どの家の軒先にも、真ん中の塔の壁に使用されている鱗と同じようなものが吊り下げられている。何かのおまじないなのだろうか?それとも古くから伝わる慣習だろうか?そんなことを考えていると、真ん中にそびえ立つ塔をのぞいて、この集落で一番大きな建物の前まで来た。
「ここは族長の家だ。今から、お前たちを受け入れても良いかどうかのお伺いを立てる」
「え、正式に受け入れてくれるんじゃないんですか?」
僕は思わず聞いてしまった。
「私はお前たちに敵意がないこと、それどころかこの世界について何も知らないことを知って、ここまで連れてきた。それは、私がこのチームでの決定者だからだ。しかい、ひとたび集落に入れば、それは通用しない。この集落の決定者は族長ただ一人だ。だから、もしも族長の許可が下りなければお前たちを集落に招き入れることはできない」
「……なるほど」
男はそういうと、家の中へ入っていった。あの男リーダーだったのか……彼を待っている間、僕たちの周りには人だかりができていた。男性も女性もみな僕よりも背が高く、男性は筋肉質な体を、女性の方はスラっとした体つきをしている。全体的には女性の割合の方が高いように思える。男の人たちはこのグループのように、どこかに行っているのだろうか?周りの人たちは、僕たちの存在が物珍しいのか、指を指してはひそひそと何か話している声が聞こえる。
「なんか、完全にアウェー空間だな、ここ」
「あたりまえだろ。この集落では私たちは異人だ。いや、この世界で私たちは異質な存在だろう。ホームな空間など存在しないと、今から覚悟しておいた方が良い」
「辛いな、それは」
「まあ、私としてはこの世界で君とホームを作ってもいいと思っているがな」
「な、なにバカなこと言ってんだ……」
「冗談ではないぞ?」
「いや、冗談じゃねーよ」
そんなやり取りをつるぎとしていると、先ほどの男が出てきた。そして、その男の後ろには、さらに大きな体格をした男があった。優に二メートルを超えているであろう身長と、どこを見ても張っていない部分がないほどの筋肉。その筋肉はボディービルダーのようないやらしいものではなく、外から見てもわかるくらいのしなやかさと張りをたたえていた。そして背中には、これまた大きな金属のような物質の板。よく見ると、それには柄のようなものがついていた。もしアして、この大きな物体が剣だとでもいうのだろうか?
「どれが空から来たやつらだって?」
その男はそういいながら、僕らの方にやってきた。
「私たちがそうだ」
つるぎは答える。
「ほう……確かにここらへんじゃあ、あまり見ない顔だな。そして、俺たちの言語をしゃべるというのもどうやら本当らしい」
「喋っているつもりは一切ないがな」
「ふん……まあ、そんなことは俺にとってはどうでもいい。俺にとって重要なのは、お前らが強いかどうかだ。この集落に、この俺、ギルツィオーネと同じくらい強いやつはいらない。もしもいるなら、殺し合うまでよ。この集落の長をかけてな」
「私たちは強さなどは持ち合わせていない。安心してくれ」
なかなかに物騒な質問につるぎがそう答えると、その男は
「女には聞いていない。おい、そこの男!答えろ!」
と、言った。
「いや、確かに彼女の言う通り僕らは強くない……」
僕がそう答えている途中で、つるぎが横から入ってきた。
「おい、ギルツィオーネとやら……女には聞いていないとはどういう意味だ?」
「あん……?言葉通りの意味だが?弱いとわかっているやつに聞く気はない」
「なんだと!?」
「お、おい、つるぎ、落ち着けって。自称「神」の時も思ったけど、なんでそんなに喧嘩っ早いんだよ……」
「うるさい!これは私の誇りの問題だ!」
「ふっ、何をギャーギャー言い出したかと思えば、誇りだと?笑わせてくれるな。おい、聞いたか?この、ウチの集落のがきんちょよりも小さい体の女が、弱いと言われて誇りを傷つけられたらしい……よし、わかかった!」
ギルツィオーネがそういうと、周りにいたほかの者たちはやんやと囃し立てた。そして、ギルツィオーネは提案を一つ出してきた。
「そこの女。この俺と勝負して、もし俺に一太刀でも浴びせることが出来たなら、その時は謝ろうではないか。しかし、もし俺が勝ったなら、この集落に一時的に入れることすらせず、即刻ここから出て行ってもらう。いいな?」
「良いだろう。望むところだ」
つるぎは迷うことなく返事をする。
「おい、つるぎ、正気か?」
「もちろん正気だとも」
「やめとけって、絶対危ないよ。怪我なんかしたら大変だぞ?!」
「なんだ、海斗。君も私のことを弱いと思っているのか?」
「違うって、そんなわけないだろ。つるぎは僕よりも強いよ。そんなことは僕が一番知ってる。だけど、相手は化け物じみたヤツだぞ?しかも、あいつの背負っている剣みたいなのでやられたらひとたまりもないし……それに、普段つるぎがやっている剣道は相手の剣を受けても大丈夫だけど、今回はそんなこと無いんだぞ?」
「わかっている。心配するな。彼は一太刀でも浴びせればよいと言っていた。なら、どんな手を使ってでも一太刀浴びせればいいだけだ」
「……どうしてこんなことになったんだ……」
「君も知ってるだろう?あのばあさんの下で育った私が、舐められるだけで終わるわけがない」
「まあ、確かにそうだけど……」
僕は同時に、あのばあさん、つまりつるぎの祖母の顔を思い出す。確かに、つるぎの家である九重一家は、代々女性が家を継いでいるらしく、男勝りな女性が多い。特につるぎの祖母は強烈なインパクトの持ち主で、僕も小さい頃に何度も泣かされたことを今でも覚えている。
「おい、これを使え」
ギルツィオーネは、棒きれをつるぎの方によこしてきた。つるぎは来ていた制服の上着を脱ぐと、その棒を拾った。そして、ギルツィオーネをまっすぐとらえる。対するギルツィオーネは、つるぎのことを舐め切っているらしく、手に何も持っていないようだった。いつの間にかつるぎとギルツィオーネの周りに人々が集まり、ちょっとした人間リングのようなものが出来上がっていた。
「さあ、いつでも来い」
ギルツィオーネは余裕たっぷりにそう言うと、挑発するように右手をクイクイッと動かした。つるぎは剣道の構えで棒きれを持つと、そのまま静かに立った。
「ほう……見たことのない剣の構えだな」
少し驚いたようにギルツィオーネは言う。しかい、余裕たっぷりな姿は変わらなかった。つるぎはすり足で間合いを詰めていく。そして、「はぁっ!」という掛け声と共に、一気にギルツィオーネの懐に飛び込んだ!