第八十九話 図書館侵入
裏道に裏道を重ねた裏道コンボで僕たちは難なく市立図書館の裏側までやってきた。僕たちがなんで裏道をコソコソしながら使わないといけないかということを説明する前に、この街の治安維持に関するシステムを説明しなければならない。この街、というかレーレン公国のいわゆる大都市と言われている街のシステムを把握する際に、まず第一に人間がいないということが前提条件になっているということを頭にとどめておかなければならない。第二にオートマタ同士の衝突は原則としてあり得ないということも同様だ(人間により近いオートマタの出現によりこの前提は最近崩れてきているらしいが……)。これらの理由から、基本的に監視カメラのような治安維持のためのツールが街中に設置されているところは少ない。では、どうやって治安を維持しているのかというと、個々のオートマタにゆだねているらしい。例えば、郊外から街に人間が入ってきて、それをオートマタが発見した場合、直ちに排除するのではなく、その人間の基本的な情報や町に入ってきた理由、犯罪歴などを考慮して、処理が行われる。入ってきた人間が街を見学したいから入ってきたのであったら、オートマタの同伴で短い時間だが見学できるようにセッティングするし、犯罪歴がある人間であったら、丁重に街に入ることをこばむ。もし、相手がそれを聞き入れなかった場合は武力を行使するらしい。つまり、原則として人間のために人間がいなくても持続可能な社会に奉仕している存在であるオートマタたちが常に社会を監視し合っているなかで、オートマタの内部に存在する原則による判断基準で物事を対処するということだ。ここで何が言いたいのかというと、ハル以外のオートマタに人間だということがばれてしまった場合、僕たちはこの街にいるほとんどすべてのオートマタから武力でもって排除させられてしまう可能性が極度に高いが、そもそもオートマタしかいない社会構造が成り立っているので、監視システムなどによって姿を発見される可能性が極端に低いという、なんとも絶妙なバランスの上で僕たちは今ここにいるということだ。なので僕たちはなるべくオートマタが少ない通りをコソコソとしながらやってきたわけなのである。監視システムがこんなにザルだったのは不幸中の幸いだった。これで監視システムもしっかりしていたら、図書館に忍び込むなんて無理ゲーも無理ゲーの超無理ゲーだっただろう。
「ヨシイマノウチダ!」
ハルは僕たちの先陣を切って通りにオートマタがいないかどうかを確認すると、僕たちに声をかけた。僕たちはなるべく目立たないようい、迅速にハルの元へと駆ける。目の前には図書館の裏口があった。ハルの話によれば、裏口は図書館を管理するオートマタ専用の出入り口で、基本的にオートマタがいないということらしい。ハルはそっとその裏口の扉を開け、中を覗き込んだ。そして、扉に頭を突っ込んだまま僕たちを手招きする。僕たちはそれに続いて図書館の内部に潜入した。入るとすぐに感じるのは、ムンと立ち込める、インクと紙の匂い。それに続いて少しひんやりとした空気が肌を撫ぜた。埃っぽい空気に少しむせそうになるが、咳をしないオートマタの社会で咳の音が聞こえたら人間がいることが確実にばれてしまうので何とか我慢する。つるぎは書架に並べられている本をじっと見ている。僕もそれにつられて本棚を見てみる。すると、そこには見覚えのある記号の列があった。
「つるぎ」
僕は極めて小さい声でつるぎに話しかける。つるぎは僕の方を向いて頷いた。
「ああ、あれはアルファベット……背表紙を見た限りではウムラウトなどは使われていなそうだからたぶん英語だろうな」
「やっぱり、そうだよね」
「うむ。ということは、私たちと同じような人間がいたということは間違いなさそうだ」
そして、僕はふと思う。一番最初にこの街に来て懐かしさを覚えたのは、何も風景だけが原因だったわけではなかったのだ。そういえば、その風景に溶け込んでいる文字も僕たちの良く知るモノだった。そのようなことも、懐かしさを感じる要因の一つなんだろう。そんなことを思っているとハルがまた動き出した。急いで僕も移動する。そのままハルについていくと、ある部屋にたどり着いた。ハルはその扉を開けて僕たちを中に入れる。そして、
「フウ。ナントカココマデクレバマズハヒトアンシンダ」
といった。
「喋っていいってこと?」
「ソウイウコト」
「はぁ~!」
僕とつるぎは大きなため息をつきながら、身体に走っていた緊張を徐々に解きほぐしていく。
「戦う時よりも緊張したぞ」
つるぎはそう言いながら背中を反らす。
「シャベッテモイイケドアンマリオオキナコエハダスナヨバレルカラ」
「オッケー、図書館にいるときと同じでってことだね」
「そういうことだな」
「???」
僕の発言を受けてハルだけが不思議そうな顔をしていたが、今はそれを深く掘り下げる必要はないと判断したのか、話をし始めた。
「コノヘヤニハヤクヒャクネンマエニカガクトイウモノヲコノクニニヒロメタサンニンノニンゲンニカンスルシリョウノイチブガノコサレテイル。サンニンニツイテハサッキハナシタカラショウリャクスルガココニハソノサンニンノウチノヒトリノジキヒツノニッキガホゾンサレテイル。ソレヲフタリデヨンデモラッテドンナコトガカイテアルノカトオレノサッキイッテイタセツガタダシイカドウカヲケンショウシテクレ」
「なるほど。わかった」
「あ、そういえばさ」
つるぎが春の言葉に返事をする中、僕は急に湧き上がってきた疑問をハルにぶつけた。
「ウン?」
「なんで僕たちがコソコソと図書館にやって来てその資料を見ないといけないの?」
「ナンデッテソリャアオマエジキヒツノシリョウナンダカラカシダシナンテシテイルワケガナイダロ?」
「いや、それはわかってんだけどさ。そうじゃなくて、なんでハルの説を立証するために僕たちが危険な思いをしなくちゃならないんだろうって」
「ナンデッテソリャアオマエ……」
ハルはそう言うと一拍置いた。そして再び話す。
「オマエタチヲカガクデキョウカシテヤルノニオマエラガタイカヲハラワナイノハオカシイダロ?」
「あー、なるほど。そういうことか」
僕はハルの力強い言葉に妙に納得させられてしまった。




