第八十八話 いざ図書館へ
「そういえば、レーレン国の詳しい話を聞きたいのだが」
つるぎは思い出したようにハルにそう言った。
「ドンナコトヲキキタインダ?」
「そうだな……例えば、今ここまで来るのに私たちは人間の姿をちらほら見かけたが、この研究所に人間はいないのか?」
「ニンゲンヲミタ?」
「あ、ああ。大きなビル群の下で君と同じタイプのロボットと歩いている人間の姿を見たが……」
「アアソウイウコトカ。ニンゲンヲミタナンテイウカラビックリシタゼ」
ハルは妙なことを言う。人間を見たことがそんなにびっくりするようなことなのだろうか。
「ソウダナ……マズサイショノシツモンカラコタエヨウ。ココニニンゲンハオマエタチフタリイガイソンザイシテイナイ」
「あ、そうなんだ」
「ウン。ソシテソモソモココラヘンイッタイニハニンゲンハイナイゾ」
「え?」
ハルは衝撃的な言葉を放った。そして、今のレーレン公国について語ってくれた。要約すると以下のようになる。
まず、レーレン公国が今のような科学技術国になったのは100年ほど前に存在していたある人物たちのおかげなのだそうだ。その人物を発端として科学というものが興隆し、今までワルフラカ帝国に比べてうまく魔術を扱えなかったレーレン公国を大国にまで押し上げたらしい。今から45年ほど前に、今目の前にいるハルのような完全自立型ロボットの開発に成功し、今では人間が働かなくても社会システムが回っていくようになったそうだ。人間の代わりに働くようになったロボットたちには、様々なタイプが出現した。例えば、ハルは初期型ロボット(本人の呼び方ではオートマタなので行こうオートマタ)で、他にも人間と見た目がそっくりで、ほとんど人間と同じ最新のオートマタや、何かに特化した形をしたオートマタなどが存在しているらしい。僕たちが最初に見た人間は、実は最新型のオートマタなのだそうだ。では、オートマタたちが働いている間、本物の人間はどうしているかといえば、郊外でゆっくりと暮らしたり、遊んで暮らしているのだそうだ。ただ、その遊びも、昔は身体を動かすようなものやアウトドア系が多かったらしいが、今では室内で簡潔するようなものにシフトチェンジしていったらしい。なので、今レーレン公国にいる人間の大半が肥満に悩まされているのだそうだ。
「マアザットコンナモンガイマノレーレンコウコクノゲンジョウッテワケダ」
「なるほどね。オートマタが働いて、人間は肥満に悩まされてる、か……」
「私たちが元居た世界よりもロボット工学的な面ではかなり進んでいるな」
「ヘエ、ソウナノカ」
「うん。完全自立型のロボットなんてないもの」
「ソウカソウカ。レーレンコウコクハスゴイダロ?」
「そうだね」
「デ、イマノハナシニカンレンシテオマエタチニヒトツタノミガアルンダ」
「頼み?」
「ソウダ。ナンノタノミカトイウト、サッキデテキタ100ネンマエニカガクギジュツヲコノクニニモタラシタジンブツニツイテナンダ」
「……というと?」
先ほども出てきた、100年前にこの国に科学技術をもたらした人物たちは、実は僕たちと同じような異世界に転移してきた人間なのではないかということを、ハルは僕たちと出会って僕たちの話を聞いてから考えるようになったらしい。そこで、僕たち二人に当時その人物が書き残していた日記や機様々な記録などを見て、自分の仮説が正しいかどうかを判断してほしいのだそうだ。
「ちなみにその人たちの名前はそれぞれなんて言うの?」
「クサカベマコト、ニイムラケンイチ、ミウラテツヤノサンニンダ。キキオボエハアルカ?」
「聞き覚えはないけど、たぶん僕たちと同じ世界から来たことは確かだと思うよ」
「ホントウカ!?」
「うん。名前の感じが僕たちの名前とおんなじだし」
「オマエラハツルギトカイトジャナイノカ?」
「つるぎと海斗なんだけど、その三人みたいに苗字があるのさ」
「ミョウジ?」
「そう、苗字。その三人のだと、それぞれ日下部、新村、三浦が苗字に当たるんだ。その苗字の下にあるのが名前ってわけ」
「ナルホドナ……オマエタチノミョウジハナンテイウンダ?」
「僕は新山で、つるぎは九重だよ」
「ニイヤマ……ココノエ……」
僕たちの苗字を聞くと、それを何度もつぶやくハル。
「いや。こうなってくると、僕もその三人についてだんだん気になってきちゃったな」
「同感だ。私たちの他にもこの世界に転移した人間がいたということは、今この瞬間にも別のどこかで私たち以外の転移者が存在しているかもしれないということでもあるだろうしな」
「それで、その日記やらなにやらはどこにあるの?」
僕はハルに尋ねる。
「ソレハ、ココリトスイートノトショカンニアルハズダ」
「図書館なんてあるの」
「トウゼンダ。カガクケイノホンハゼンブソコニアツマッテイル」
「へー、すごいんだ」
「スゴインダ」
「では、早速行くか」
つるぎは椅子から立ち上がって、移動できる準備をする。
「ア、チョットマテ!」
僕も立ち上がろうとしたところでハルが声を上げる。僕はびっくっりして再び椅子に腰を下ろしてしまった。
「どうしたのだ?」
つるぎも驚いたように、いきなり声を出したハルに尋ねる。
「フツウニトショカンニイコウトオモッテイルミタイダガムリダゾ?」
「なんで?」
僕はすぐに言った。
「ナンデッテ、ココデハオマエタチハフホウニュウコクシャダカラダヨ」
「……なんだって?」
「ダカラオマエタチハフホウニュウコクシャダッテイッタンダ」
「なんで僕たちが不法入国者なのさ?ハルが連れて来てくれたんじゃないか」
僕はハルに抗議の言葉を放った。いつの間にか不法入国者にされてしまったのだ。ハルを断固として追求しなければ。
「ダカラ、ソモソモオレガアンナノヲツクッテイルノガダメナンダッテ。カッテニヨソノクニニツナガルヨウナミチヲホッテイイワケガナイジャナイカ。アノミチハゼンブオレガバレナイヨウニバレナイヨウニワルフラカニイクタメニツクッタミチナンダカラ」
「そうなんだ……知らなかった。っていうか、だったらなんでハルはワルフラカで活動で来てたわけ?」
「ソリャコソコソヤッテタカラダ」
「こそこそって」
「ダカラオマエタチモコソコソコウドウシテクレヨ?オマエタチノソンザイガバレナイタメニココマデクルノニモウラミチヲツカッタンダカラ」
「こそこそ行動しろって、無理だろ。僕たち以外にここには人間がいないんだろう?」
「……ソコハナントカシテクレ」
なんて無責任な。ハルは勢いよくデスクの上に立ち上がると、叫ぶ。
「イザコソコソトトショカンヘ!」




