第八十七話 科学的な強化
高いビルの合間を縫ってハルは進んでいく。ハルは大きな通りを使わずに、小さな路地のような場所を選んで通っているようにも思えるが、一体どうしたのだろうか。とりあえず僕たちはそれについていく。しばらくするとハルはある建物の前で立ち止まった。
「ココダ」
そして、その建物の中へと入っていく。僕とつるぎもそれに続いた。その建物は周りの超高層ビルに比べてやけに低く感じたが、それでもやはり高い建物だった。中に入ると見た目よりもさらに大きい奥行きがある。中にはハルと同じようなロボットが働いていた。僕たちが入ってくるのを見ると、一瞬警戒したようなそぶりを見せたが、ハルの姿を認識してそれが瞬時に解かれる。しかしながら、視線は相変わらず僕たちの方に向けられていた。ディスプレイであるロボットの顔から視線を感じるなんて不思議だし、あり得ないと思われるかもしれない。だけど、そのディスプレイに表示されている目らしきものがこちらを見ているということは実感として肌でわかる。僕たちは奇妙な感覚にさらされながらハルへと付いて行く。振り返って見れば、このレーレン公国に来てからそんなに時間がたっていないどころかまだ大した時間も経っていないのにもかかわらず、僕たちは不思議な感覚にとらわれることが多いと感じる。それはやはり、この国が僕たちの知っている元の世界によく似ているのにも関わらず、違う世界であるということを、ロボットが多く働いていることや、街に車が一台も走っていないことなどから感じ取っているからだろうか。
いくつもの扉がある長い廊下を歩きながら、ハルはある扉の前で立ち止まるとその扉を開いて中へと入っていき、僕たちを招き入れる。その部屋に入ると目の前に広がっていたのはウィンウィンガシャガシャと音を立てながら何か神のようなものを吐き出している金属の大きな箱がある部屋だった。周りにはその機会が吐き出したと思われる紙がたくさん散らばっており、床の足の踏み場が少ししかなかった。部屋の端にはデスクとモニタがあり、ハルのような表情を表している絵などではない別の何かを映し出している。ハルは床に散らばる紙を避けようともせず、そのままがさがさと蹴り飛ばしながら隅のデスクの方へと進んでいく。僕たちは一瞬戸惑っていたが、ハルの手招きで、ハルが切り開いたわずかな道をたどっていった。僕たちがそのデスクにたどり着くと、ハルは二つの椅子を用意していた。そして、僕たちを座らせる。ハル自身はモニタの置いてある机の空いているスペースに飛び乗って座った。僕たち二人が座ったことを確認すると、大きな音を立てている金属の箱に負けないような音量でハルが話し始める。
「ヨウコソオレノケンキュウジョヘ!」
「俺の研究所?」
「ソウ。ココハオレノケンキュウジョダ」
「ハルの所有物ってこと?」
「ソノトオリ!」
「へー……」
この建物はすべてハルのモノらしい。というか、ここは研究所だったんだ。全然わからなかった。驚いている僕たちをしり目にハルは話し続ける。
「ココハオレトモウヒトリノヤツノシュミデマホウニツイテケンキュウシテイルトコロナンダ」
「ほう。魔法についての研究か」
つるぎも口を開いた。
「魔法についての研究って、何してるの?」
「マアイロイロダ。サイキンハマホウノノウリョクヲカガクテキニヒキアゲルコトハカノウカニツイテノケンキュウヲシテイルナ」
「へー!」
それは魔法を扱う僕個人としてはとても気になる話だ。後で詳しく聞いてみようか。
「ホカニモマホウハツドウノホジョグナンカモカイハツシテイタリスルゾ」
「それはすごいな」
素直にすごいと思った。前に聞いた話だと、レーレン公国には魔法を使える人間がいないということだったが、どうやって補助具を開発しているのだろうか。
「マアホンモノノマジュツシガイナイカラジッサイニツカエルカドウカハワカラナイガナ……サテ!」
ハルはこの話はおしまいとでもいうように、ひときわ大きい声を出して言葉を区切った。そして再び話し始める。
「サッキモハナシタケドココニオマエタチヲツレテキタノハイマノママデハアノテンシドモニカテナイカラダ」
「まあ、残念だし悔しいけど、確かにそうだね」
僕はハルの話に相槌を打つ。ハルは言葉を続ける。
「コノママデハオマエタチハアノテンシトセンシニヤラレテシヌノガメニミエテイル。オマエタチハソウナラナイタメニイマヨリモツヨクナラナクテハイケナイワケダ」
「それはそうだが、どうやって強くなる?私たちは一応ワルフラカ帝国の最高位冒険者だし、ガルティアーゾでそれなりの訓練を積んできたつもりだが」
マストロヤンニに殺される寸前までいったつるぎは、そのことを思い出したのか、悔しそうな表情をしながらけれどもハルに対して疑問を投げかけた。
「ココハカガクノクニレーレンコウコクダ。カガクノチカラヲサイダイゲンニツカッテキョウカスル」
「例えば?」
「タトエバソウダナ……ツルギノバアイナラ、アノセンシトノタタカイヲミテイテオモッタノハ、アットウテキニパワーデマケテイルトイウコトダ」
「……それはそうだな」
つるぎはハルの言葉にうなずく。
「ダケド、ツルギハオンナデアイテガオトコノバアイオトコノホウガキンニクリョウガオオクパワーデマケテシマウノハカラダノコウゾウジョウアルテイドハシカタノナイコトダトオレハオモウ。ダカラ、ソノブンスピードヲハヤクスルンダ」
「スピードを?」
「ソウダ。アイテニカワサレルカウケラレテシマウマエニアイテニハヲトドカセルコトガデキタラジュウブンニショウキハアルトオモウ」
「……確かに、一理あるな」
つるぎは静かにそう呟いた。
「ダカラハンシャシンケイトケンヲフルウサイノノウカラウデヘノシンケイデンタツヲハヤクスルヨウナキョウカヲキカイヲツカッテホドコソウトオモウ」
「僕は、僕は?」
僕は気になっていてもたってもいられずにハルにそう尋ねた。ハルのつるぎに対する言葉は意外なほどに筋が通っていた。とすれば、僕に対する言葉も有益なものかもしれない。ハルはなぜかディスプレイに表示させる表情をニコニコしているものへと変化させながら僕の言葉に答えた。
「ソンナノ、オレノカイハツシタマホウホジョグヲツカエバイッパツダロ!」




