第八十五話 マッハ
ガタゴトガタゴトと狭いトロッコに乗せられて早くも二時間ほどが経過した。お尻が半端じゃなく痛い。つるぎは相変わらず僕の腕の中で眠っているが、そろそろ腕がしんどくなってきた。最初はギュインギュインと音を立てて進むこの乗り物の中で、全然起きる気配を見せずに寝息を立てているつるぎを見て、先ほどの戦いでどれほどつるぎが体力を消耗していたのだろうかと心配になったが、本当に起きる気配がないので、だんだんとその心配が、よくも起きないものだなという感心に変化していった。この乗り物はスピードがそこまで出ているわけではないので色々なことがまだマシだ。しかし、これでスピードが速かったらと思うとぞっとする。そういえば、今どのくらい進んだのだろう。僕は後ろでこのトロッコのような乗り物を動かしているハルに尋ねた。
「ハル!今どのくらい進んだの!?」
「イマハダイタイ40キロクライススンダトコロダナ」
「40!?」
「ソウダゾ」
「全然進んでないね」
「ショウガナイ。モウチョットシタラツギノノリモノニノリカエルカラマッテクレ」
「次の乗り物なんてあるんだ」
「アルゾ」
「もうちょっとってどんくらい?」
「イマチョウドハンブンクライダカラアトニジカンクライダナ」
「……マジか……」
「マジダ」
そうかそうか……このトロッコは時速にして大体20キロくらいか。ということは、次に乗る乗り物がどのくらい早いかは知らないが希望的観測として50キロだとしよう。そうすると、1,200キロから80引いた1,120を50で割って……約23時間ってところか。とすると、次の乗り物がこのトロッコよりも幾分か広いことを夢に見たら一日かかってレーレン公国にたどり着くことは夢物語ではなさそうなのだが、そもそも広さですでに夢を見ている時点でこの話は夢物語だということが確定している。しかも、次の乗り物が時速50キロで走るとも限らないわけだ。一日我慢すればお天道様に顔を見せることが出来るなんて考えは夢のまた夢って感じだ。僕が元の世界にいた時には、高校が休みの時は部活もしていないので割と引きこもりみたいな生活をしていた。一日中カーテンの閉まった部屋にこもって宿題やゲームやら読書やらをしていたわけだ。こんな経験がよくあったから、授業中暇なときにする妄想の一つに、核戦争で人類が地上に住めなくなり地下世界での生活を余儀なくされたというシチュエーションのものがある。そこで僕は楽しく生活するのだが、実際こういった地下世界で過ごしてみると、まだに時間も立っていないのに太陽(本当はどう呼ばれているか未だに知らないが僕は太陽と呼んでいるこの世界の空に存在するデカい発光体のこと)が恋しくなってきた。普段地下鉄に乗ったりするときは感じなかったこの恋しさはいったいなぜ発生したのだろうかと思っていたが、よくよく考えてみれば、地下鉄は降りたら空に太陽があるということを知っていて、どのくらいで自分が地上に戻れるのかを知っているから、太陽に対する恋心は発生しないんじゃないだろうかと思った。逆に言えば、今感じている太陽への恋しさは、いつ地上に出られるかわからないという恐怖の裏返しとも言えるかもしれない。……次の乗り物が速いと良いな……そんなことを切に願いながら、僕は残りの二時間を耐え忍んだ。
「サアツイタゾ。ココカラサラニアタラシイノリモノニノルンダ」
金属の歯を持つ巨人の歯ぎしりみたいな、甲高い金属のこすれる音を発生させながら、僕たちが四時間乗っていたトロッコが止まる。そして、ハルはさっさとそのトロッコから降りると次の乗り物が待っているのであろう場所へと行ってしまう。僕は限界が近い足をなんとか立たせると、未だに眠っているつるぎを抱えてハルの後を付いて行く。
「ホラ、コレガツギノルノリモノダ!スゲーダロ!」
「おお……!」
目の前に広がっていたのは、「スピード命」とでも言いたげな流線型のボディと先端の長い顔を持った車両だった。いわゆる新幹線なんかに近いそれは、さっきのトロッコとは打って変わって輝いて見えた。広さも、外側から見る分にはトロッコの三倍くらいはありそうに見える。
「すごいじゃない」
僕は素直にハルにそう言った。
「ダロ?オレノギジュツノカギリヲツクシテツクッタジシンサクナンダ!」
「え、これってハルが作ったの!?」
「ソウダゾ」
「すごいじゃないか!あのトロッコは?」
「アレモオレガレールヲシイテツクッタ」
「何でさっきまで乗ってたトロッコとこの車両に差がありすぎてるの?」
「アキタカラ」
「え?」
「トチュウデアキタンダ。ハシレバナンデモヨクナッタンダ」
「……あ、そう」
ロボットでも飽きることなんてあるんだと思いながら僕はハルに案内されてハルの自信作だという車両へと入っていく。中は、何人かが座れるようなシートがあった。僕はそのシートの一つにつるぎを座らせる。
「チャントシートベルトツケテオケヨ」
つるぎを座らせる作業を見てハルが僕にそう言ってきた。
「シートベルト?」
「ツケナイトシヌゾ」
「え?」
ハルはそれだけ言うとこの車両の先へと行ってしまった。つけないと死ぬってなんなんだと思いながら、僕はつるぎにシートベルトを着けた後、近くの座席に座り、自らの身体にシートベルトを巻きつける。
「ジュンビハデキタカ?」
僕がシートベルトを着け終えると、ハルがひょっこりと顔を出してきた。
「一応できたけど……これからどうなるの?なんでこんなにシートベルトががっちりしてるの?」
「イヤジツハダナ……」
ハルは申し訳なさそうな表情をディスプレイに映しながら言う。
「コノノリモノ、ユウキタイガノルコトヲソウテイシナイデツクッタンダ」
「……うん」
「ダカラコイツガダススピードニソノカラダガタエラレルカドウカワカラナイッテコトダ」
「……降ろしてくれぇい!」
僕は急いでシートベルトを外そうとした。しかし、なかなか外れてくれない。
「モウシュッパツスルカラハズレナイゾ。マア、タブンシナナイダロウカラアンシンシテキゼツシテクレ」
「嫌だよ!気絶もしたくないよ!」
「サッキノタタカイトヨジカンノナガタビデツカレテルダロウ?ネテオケヨ」
「気絶したまま体に負荷のかかった状態って起きた時今より疲れるやつじゃんか!」
「オヤスミ」
「お休み、じゃないよ!」
ハルはそう言うとまたしても車両の先端に消えていく。すると、車両がゆっくりと動き出した。
「うわ、マジ!?」
僕は観念して、今度は早く眠ろうと思い目をつぶった。気絶するより前に眠れば、気絶しなくて済むんじゃないかと思ったからだ。しかし、これから起こるであろうことを無意識に想像してしまい、恐怖による心臓のどきどきが止まらない。寝ようとすればするほど目がギンギンになっていく。そんな僕の状態なんてお構いなしに車両はどんどんスピードを上げていく。もうすでに新幹線くらいのスピードは出ているんじゃないかと思う。さらに車両は加速度を上げていく。後ろから何かが爆発したような音がした。そしてさらに極端な加速。ロケットを宇宙に打ち上げるのと同じ要領でこの車両はレールの上を走っているわけだ。いつだったか動画サイトでこれと同じようなソ連のロケット実験を見た気がする。
「ぎぎぎ……」
ジェットコースターなんか比べ物にならない位のGを身体に感じる。そして、意識が遠のいていった。




