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第八十四話 地下道

ハルの四角い頭のディスプレイが目の前の暗闇を照らしている。僕はつるぎを抱えながら、先を歩くハルについていく。歩いている間に、自分自身に治癒系第四位魔法「麓痛衫幻空バキエールー」と「傲督癒尽幔ハナエールー」をかける。焼けるような肺の痛みやのどの痛みが消えていく。急に視界がクリアになり、自分の眼球が今の今まで傷を受けていたことを知る。煙って見えていたのは、なにも白い煙のせいだけではなかったのだ。ところどころやられていた傷もどんどん再生していく。僕はそれを確認してから、今度はつるぎに同じ魔法をかける。つるぎの足や頬の傷が治っていくのを確認する。口元が血で汚れている理由はよくわからないが、とりあえず内臓が破裂しているとヤバいのでお腹辺りに念入りに魔法をかけておく。鎮痛作用が聞き始めたのか、今まで浅かったつるぎの呼吸は、緩やかに深くなっていった。やがて、一定のリズムで寝息を立て始めるつるぎ。僕は、ひとまずつるぎが死ぬ心配がなさそうなことに安心して、ようやくハルに話しかける。


「ここは?」


「ココハオレガコノクニニハイルタメニレーレンコウコクカラホッタアナノヒトツダ」


「レーレン公国からって、めっちゃ遠いじゃん」


「ソウダ。ダカラオレガハイッテキテモフツウノニンゲンニハバレナカッタワケダ」


「なるほどね。それで、この洞窟はどんくらい距離あるの?」


「1,200キロメートルホドダ」


「は?なんて?」


「1,200キロメートルホドダ」


「せん、にひゃっきろぉ!?」


僕は思わず大声を出した。まだ完全に癒え切っていない肺が痛み出す。つるぎはピクリともしない。途方もない数字を聞いた気がする。僕はもう一度ハルに確認する。


「1,200キロ?」


「1,200キロ」


「まーじか……聞き間違いだと思ったけど聞き間違いじゃなかったんだ。本当に1,200キロなんだ……」


途方に暮れる。1,200キロメートルなんていったら日本の三分の一、四国お遍路の距離ではないか。僕のおじいちゃんとおばあちゃんが四国遍路を歩いて踏破したと言っていたが、たしか60日くらいはかかったと言っていたはずだ。ということは、僕たちは今から約60日間、この暗い穴の中をひたすら歩き続けるのだろうか?いや、待て。そもそもなんで僕たちはレーレン公国に向かっているんだ?僕は再びハルに尋ねる。


「ねえ、ハル。このままレーレン公国に行くの?」


「ソウダ」


「なんで?」


僕がそう言うと、ハルはこちらを振り向いた。


「うわ、まぶしっ」


「ソレハイマオマエタチガワルフラカテイコクニイテモサッキノヤツラニコロサレルダケダカラダ」


「殺されるだけ?ちょっと待ってよ。そういえば今冷静になったら何が何だか訳が分からないことが多すぎる。そもそもなんで神聖ミギヒナタ国の人間が襲ってきたんだ?それでもってマストロヤンニとあの翼の生えたやつらは何なんだ?なんであんなに強い?それでもってなんでハルがあそこにいたんだ?あと、さっき発生していた白い煙は?つるぎに刺さってるこの注射は?何なの?何なのなの?」


「ウルサイナ」


「うるさいなじゃないよ。重要な問題でしょうが!」


「ワカッタワカッタオチツケヨ……ホラ、アソコニチョットシタオオキナクウカンガアルカラアソコデヒトヤスミシヨウ」


ハルはハイビームで奥の空間を照らす。そこには確かに今歩いているところよりも広めのちょっとした空間があった。その空間に着くと、ハルは腰を下ろした。僕もつるぎを地面に下して横たわらせると、腰を落ち着けた。


「マズサイショニイエルコトハオレガコタエラレナイコトモアルトイウコトダ」


「うん。それで?」


「カクジツニイエルノハツルギノカラダニササッテイルチュウシャキハオレガツルギノシュッケツヲトメルタメニサシタクスリノイッシュダトイウコトダ」


「止血剤ってこと?」


「ソウイウコトダ。マアソレモカンペキデハナイカラオマエノマホウデナントカナッテヨカッタ」


「なるほどね。で、次は?」


「ソウセカスナッテ……ツギニイエルノハシロイケムリヲタイタノハオレダ」


「そうなの?なんで?」


「オマエタチガボロクソニヤラレテタカラニキマッテンダロ!アノママオレガタスケニハイラナカッタラツルギハカクジツニシンデタシオマエモドウナルカワカラナカッタダロウナ」


「そう……だったんだ」


ハルの言葉を受けて僕はつるぎを見た。ガルティアーゾの中で一番強い戦士で魔術師だったマストロヤンニ。僕は実際に戦っていないが、つるぎがこんなになってしまうということは、めちゃめちゃに強いのだろう。僕は少しだけこぶしに力を込めた。


「オレイハ?」


「え?」


「オレイハ?」


僕がマストロヤンニの強さに思いを巡らせていると、ハルがそう言ってきた。


「あ、ああ……助けてくれてありがとう、ハル」


「マアイイゼ。オレトオマエタチノナカダカラナ」


ハルは誇らしげな表情をディスプレイに映し出して言う。


「デ、ツギノハナシダガ」


「あ、うん」


「ナゼアソコニオレガイタカトイウト、チョウドオマエタチガコノアナノアルトコロデドンパチタタカッテイタノヲ、アナニトリツケテイタケイホウキガカンチシテオレニツタエテキタカラ、オレハアナニナニカアッタノカトオモッテミニイッテタカラ、ダナ」


「つまり僕たちを助けに駆け付けたわけじゃあなかったってこと?」


「マアソウナンダガケッカテキニハタスケタンダカライイジャネーカ」


「いや、良いけどさ……なんであそこにこの穴があるわけ?北区の方が人が少ないから良いんじゃないの?」


「イヤ、キタクダトスコシアナヲマゲナイトイケナイカラメンドクサカッタンダ。ヒガシクノアソコハヒトケガスクナイシマッスグアナヲススメラレルシデチョウドヨカッタンダ」


「なるほどね……で、今僕たちはレーレン公国につながっている道にいるってわけか」


「ソウナルナ。ア、コノツウロノコトハダレニモイウナヨ?」


「わかってるよ。誰にも言わない」


「ナライインダケドサ……デ、ツギニハナスノハアノハネノハエタヤロウドモノコトダナ」


「知ってるの?」


「モチロン。アイツラカドウカハシラナイガ、レーレンコウコクガリョウドノイチブヲシンセイミギヒナタコクニウバワレタノハアイツラノチカラモカンケイシテイル」


「そうなんだ」


「ウン。アイツラヲオレタチハ「テンシ」トヨンデル。シンセイミギヒナタコクノコッキョウノカミデアルマキケサラムノツカイラシイ」


「天使、ねぇ。まあ確かに翼が生えてたし、天使って言われたらなるほどと思わなくもないけど……」


「アイツラハワルフラカテイコクトオナジマホウヲツカウンダケドドノテンシモチョウキュウノマジュツシレベルノチカラヲモッテルヒジョウニヤッカイナヤツラダ」


「それは戦っていて肌で感じたよ。第五位魔法を並行して放ってくるとかヤバすぎる」


「マアオレガシッテイルジョウホウハコレクライダナ。ナンデオマエタチガオソワレタノカナンテコトハシラナイカラカンベンナ」


「そっか……わかった、ありがとう」


「ウン」


「で、この後どうするの?本当に60日間歩くの?」


「ソンナヒコウリツテキナコトハシナイ」


僕の言葉にハルがそう答える。ハルは言いながら、何か手元のボタンらしきものを押した。すると、奥から何か機械のような音がした。


「アルキジャナクテノリモノニノッテイクンダ」


ハルが立ち上がって音のした方へと進む。僕もつるぎを抱えて立ち上がり付いて行く。


「ホラ、ミロ!」


ハルが示したものは、トロッコのような車輪の付いている乗り物だった。地面をよく見ると、線路が敷かれている。


「サア、ノレ!」


僕は促されるままにつるぎを抱えながらそれに乗り込む。そして、ハルが僕の後ろに乗り込むと、急にその轍トロッコが発車し始めた。

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