第八十話 二体と一人
」おいおい、ずいぶんとやられてるねぇ「
」なぜあれだけの人数送り込んでいて……と思ったが、知らぬ顔が大勢見えるな「
」あー、なるほど。二人に仲間がいたとはね「
完全に魔法陣から降りきって地面に着地すると、翼の生えた人型の奇妙な生物たちが会話をし始めた。僕とつるぎはその声を聞いて顔を見合わせる。それは聞いたことがある話し方、話し声だった。いや、正確にはそれが話しているのかどうかはわからない。しかし、耳を通してではなく、頭に直接響かせているかのようなその声は、言葉と言葉のほんのちょっとの隙間を聞いているかのような、それが言葉だとわかっているのに、脳がそれを理解することをこばむような、そんな不思議な感覚を僕たちに抱かせる。その声は、確かに僕たちをこの世界へと送った自称「神」と同じ性質をもつものだった。
」にしてもやられすぎだがな「
片方のやつが怒ったように言う。それをもう片方の方が宥める。
」ああまあ、しょせん彼らもただの人間なんだからさ。しょうがないよ。ということで、俺たちがさっさと片付けちまおう「
もう片方がそう言った後、顔のない頭をこちらに向けて、手を伸ばしてきた。僕は本能的にヤバいと感じ、全力でその場を逃げる。少し離れた場所にいたつるぎが、逃げようとした僕の手をつかんでそのまま回避行動に移る。次の瞬間、今までに見たことがないほどのまばゆい光が束になって今まで僕たちが立っていた場所を駆け抜けていく。ただただ単純に高出力で光線を発射する光系最終位魔法「上津役光延紋」によって発射されたその光はたっぷり三秒間発射し続けられたままだった。光が消えると、光が通ったその場には何も残っていなかった。文字通り何も。そこから少し離れたところでは、石畳が音を立てて溶けだしていた。僕が回避直前に放った「緑壁籠諏」によって出来た壁はもちろん溶け切っていた。僕とつるぎが今解けていないのは奇跡にも等しいと言えるだろう。僕とつるぎが逃げた方向とは逆方向を見ると、僕が汎用系第四位魔法「矢轟雨臨」を放った時よりも分厚く巨大な水の壁が三方に向かって出現していた。その水の壁は、表面上が沸騰しており、絶えず水蒸気となってここの空間から離れて行く。上に大きく作られているその壁だが、下の方の水が水蒸気となって消えると、上にあった水が流れ落ちていくことによって壁の厚さを保っていた。あのちょっとの時間にこんな大きな水の壁を三枚も作り出すことの出来るミナレという女性は、やはり最高位の冒険者であり魔術師なのだろうということをいやでも感じてしまう。水蒸気に包まれながら、ミナレとその後ろに隠れたミナレの部下たちは、いきなり光線を放ってきた翼の住人をにらみつけている。
」ありゃりゃ。結構生き残っちゃってんじゃん。やるねぇ、人間の癖に「
光線を発射したそいつは、残念そうな感じで言う。
」馬鹿者!貴様が消したのは我らが送り込んだ兵士ばかりではないか!「
憤ったような言い方でもう片方が言う。
」まあ、今のも避けきれないようじゃどのみちすぐ死ぬでしょ「
あっけらかんとしたように言う片割れ。
「それもそうだろうな」
その言葉に同調する人間の声。その声の持ち主は、自身の身長と同じ位の大剣を背負った男だった。
」君はやっぱり仲間に対するというか人間に対する同胞意識が皆無だね「
「そうでなければ、私は里を出たりはしなかっただろうな」
皮肉めいたようにその男は言う。僕はつるぎの手を借りて起き上がりながら、その男の顔をもう一度しっかりと見つめた。その男はやはり、僕たちの知っている顔に似ている顔立ちをしていた。そして、僕たちがつい最近まで囲まれていた人間たちと同じくらい美しいプロポーションとしなやかな筋肉をしている。僕はつるぎに小声で話しかけた。
「つるぎ、あれって……」
「ああ、おそらくはそうなのだろう」
僕の言葉につるぎも同意を示す。僕たちの目の前にいる、自身の身長と同じ大きさの大剣を背負った男は、ガルティアーゾの人間で、しかも、父親を殺してガルティアーゾを出ていったギルツィオーネの弟、マストロヤンニその人であろうと、僕たちは確信していた。
」……まあ良い。おしゃべりはそのへんにして、任務を遂行するぞ「
さっきまで憤っていた翼の住人は、二人の会話を打ち切ると、そう言って、先ほど光線を放った翼の住人と同じように腕を伸ばす。それと同時にマストロヤンニが背中の大剣の柄に手をかけながら僕たちの方に向かって跳躍。そして、着地と同時に剣を僕たちに向かって振るってきた。僕とつるぎは二手に分かれてそれを回避する。流れるような速さでマストロヤンニの大剣がつるぎを襲う。つるぎはなんとか刀でもってそれを受け止めるが、早いうえに強いマストロヤンニの重い一撃に耐えられず身体が後方に吹き飛んでしまう。僕はそんなつるぎに助太刀しようと汎用系第四位魔法「断槍凡鋼」をマストロヤンニに向かって放とうとするが、魔法を放った瞬間それが消えてしまった。見ると、先ほど腕を上げた翼の住人が左手も上げているではないか。きっと、この翼の住人が僕の魔法を打ち消したのだろう。そして、元々上げられていた右手から青い炎が僕に向かって放たれた。炎系第五位魔法「焔魔青激高殉」によって一万度を優に超える熱を持った青い炎が僕に襲い掛かってくる。僕はそれを後方に向かって避けながら「緑壁籠諏」を自分の目の前にいくつも発動させる。しかし、それらはあっという間に溶かされてしまう。僕はさらに第四位汎用系魔法の「白壁洞牟」を三重発動し、なんとかその炎から逃れた。僕はすぐに目の前にある溶けた鉄の壁から視線をそらし、青い炎を放ってきた翼の住人に目を向ける。顔がないので表情はわからないが、その醸し出されている雰囲気から、まだまだ戦う気があるのだということを僕は感じ取った。僕の右後ろでは金属がぶつかり合う音が聞こえている。左の方からは多くの男たちの雄たけびが聞こえてきた。こんな化け物と一対一でやるなんて僕には荷が重すぎるが、他に助けてくれる人はいなそうだ。ハルがいるではないかとほんの一瞬思ったので探してみたが、いつの間にかハルはいなくなっていたようなのですぐに希望はついえた。僕は息を一つ、大きくしてから、翼の住人と対峙するように構えた。




