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第七十九話 三つ巴

「なんだあれ……?」


僕は思わずそうつぶやく。すると、神聖ミギヒナタ帝国の国旗をあしらった服を着た人間が、つるぎとミナレの部下が戦っているところにいきなり突っ込んでいく。


「おいおいおいおい、マジかよ!?」


訳がわからなかった。大体このミナレという人物が率いている、たしか「凪のシュロツィア」という名前の軍勢に僕たちが襲われているのも、僕にとっては理解できないことなのに、ここにきて僕たちがずっと探していた神聖ミギヒナタの人間が群れを成して襲ってくることなんてのは、さらに輪をかけて理解できないことである。


「あら、あれはミギヒナタの国旗……?そう、獲物が向こうからやって来てくれたなんて。アタシったら、日ごろの行いが良いからか今日はツいてるわ」


ミナレは特段驚いていない様子でそう言うと、


「一時休戦ね、坊や」


と言い、乱戦の中へ突撃していった。僕は、まだ戦ってなかったから休戦もクソもないんじゃあないかとか思いながら、つるぎに助太刀するためにミナレについていく。


「てめーら!俺たちの邪魔すんじゃねえ!」


左腕を包帯で巻いた筋肉ムキムキの大男が、いきなり現れた神聖ミギヒナタの兵隊たちを叩きのめしながら叫ぶ。神聖ミギヒナタの戦士たちは、主につるぎのことを殺しにかかっていたが、同じつるぎを狙う者同士である凪のシュロツィアのメンバーに対しても、同じくらいの殺気をこもった斬撃や魔法を放っていた。静寂だけが広がっていたこの広場は一瞬にして剣と剣がぶつかり合う金属音や魔法による爆発音、何かが壊れる音、人間の叫び声などが入り混じった空間へと変化した。血が流れ肉が裂かれ、骨が切断されている。人間が焼け焦げた匂いがする。殺すことを躊躇する様子を微塵も見せていない神聖ミギヒナタの人間と凪のシュロツィアの人間の中で、僕とつるぎだけが異様に浮いていたのは間違いではなかった。つるぎがみねうちでいなした神聖ミギヒナタの人間が、次の瞬間に凪のシュロツィアの人間によって身体を貫かれ、そのまま絶命する。凪のシュロツィアの魔術師が僕に向けて放った魔法が僕からそれて神聖ミギヒナタの兵士に着弾し、右腕を吹っ飛ばす。ここは、今まで僕たちが経験した対人間との戦いの場の中で一番血なまぐさい、戦場のような場所になった。いや、戦場のような、ではない。ここはまさしく戦場だ。僕は何とか死なないように汎用系第三位魔法の「緑壁籠諏プーシャン」を多用しながら、つるぎの元へと向かう。つるぎの周りには常に多くの敵が存在していた。


「くっ」


つるぎが鞘に入ったままの神切で真正面の相手の頭を殴り、さらに襲い掛かってきた新たな敵の応対をする。しかし、殴る強さが弱かったのか先ほどの真正面の相手は気絶することなく再び襲い掛かってきた。


「つるぎ!?」


僕はその相手とつるぎとの間に「緑壁籠諏プーシャン」を発動しようとしたが、相手の斧を振り下ろすスピードの方が速かった。しかし、次の瞬間


「だらしないわね」


という言葉とともに、その相手の首に氷が突き刺さり絶命する。つるぎは絶命によってほんの少しだけ遅くなった斧の軌道から何とか逃げ切る。その氷の矢はミナレが水系第四位魔法「氷矢琿峯ミークマリー」によって発生させたものだった。


「おい!ライ―シュ!お前、本当にこの腰抜けの小娘にやられたのかい!?」


ミナレが左腕に包帯を巻いている大男に向かって叫ぶ。返事を待つその間にも、ミナレは次々と神聖ミギヒナタの戦士を殺していく。


「た、確かにそうでさぁ!」


ライ―シュが大きな声でそう答えると、ミナレは


「戦場で人も殺せないような小童に負けるなんて、お前もなかなか弱いんじゃないの?ねえ、ライ―シュ?ねえ?」


と叫んだ。つるぎはミナレの言葉に歯噛みしながらも、それでも鞘から剣を抜かないでいた。ミナレの言葉は当然僕にも重くのしかかってくる。そのせいで、足が一瞬だけ止まってしまった。雄たけびと共に襲い掛かってくるのは鈍い色をした金属の板。しかし、その板が僕の頭を真っ二つに割ることはなかった。何か破裂したような乾いた音が、絶えず流れていた殺意の音楽の中でより一層の殺意をもってこの空間に響き渡った。それは、僕がよく聞いたことのあった、一番身近で非日常の殺意の音と瓜二つだった。次に来る攻撃を躱す準備をしながら、僕はその音源の正体に目を向ける。そこには硝煙を吐き出した拳銃を持つハルの姿があった。


「ハル!?」


僕は驚いた。まさかこんなところにハルが現れるなんて思いもしなかったから。ハルはレーレン公国からワルフラカ帝国に不法侵入してきた身なので、あまり人のいない北区を主な活動場所としていた。だから、東区であるここに現れるなんて、本当に予想外だった。ハルはもう一度僕を攻撃しようとしてきた先ほどの凪のシュロツィアの人間に弾丸を打ち込み確実に息の根を止める。そして、言う。それは僕とつるぎに向けられた言葉だった。


「オマエラカリニモサイコウイボウケンシャナラカクゴキメロヨ!オマエタチガハタシタイモクテキヲモウイッカイオモイダシテミロ!」


僕はその言葉にハッとさせられた。僕たちの目的は、目標はなんだ?神を「殺す」ことじゃあないか。僕はガルティアーゾで初めて動物を、ラーミアクルスを殺したとき、命を奪うという行為に対して覚悟を決めていたはずだ。だけど、今の僕は覚悟なんてできていなかった。そうだ。そうだ。この世界に来て、元の世界に戻ることを決めて、つるぎが剣を、僕が魔法を手にした瞬間から、戦うことは、戦場に身を置くことは、殺さなくては生き残ることが出来ないということは、決まっていた、いや、決まりきっていたことを僕たちは最初から知っていたはずなんだ。……僕は、僕たちは、今度こそ本当に覚悟を決めなければならない。喧騒の中、そこに僕とつるぎだけの空間が出来上がる。僕たちは互いを見つめ合い、目を閉じて深呼吸をする。そして再び目を開けて頷きあった。つるぎは鞘から刀を抜き、僕は初めてラーミアクルスの頭で作られたフードをかぶった。そして、つるぎが斬撃を放ち、僕が魔法を放った。ワンテンポ遅れて、僕たちに襲い掛かっていたそれぞれの戦士は首が消え、身体が沸騰して絶命していった。


「ふ~ん」


ミナレはそんな僕たちを見てそう言うと、ハルには全く興味を示さずに、神聖ミギヒナタの兵士を倒すことを再開した。僕とつるぎも敵の迎撃を再開する。ほどなくして、ミギヒナタ国の人間の数が随分と減ってきた。すると突然僕たちの乱戦会場から少し離れたところに、まばゆい光が差し込んでくる。その光は空からではなく、空中に浮かんだ魔法陣のようなものから放たれたものだった。その光と共に何かが魔法陣から降りてきた。エレベーターが上から下の階に降りるときにも似たその様子を見て、神聖ミギヒナタの人間の表情が明るくなったのを、僕は見逃さなかった。やがて降りてきたものの全貌が見えてくる。それは、翼の生えた人型の妙な生物二体と、自身の身長と同じ位の大剣を背負った男の姿が現れた。その男の顔立ちは、僕たちが良く知っている人物の顔にとてもよく似ていた。

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