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第七十六話 火事

しばらくすると、火事現場を見に来た野次馬の量が多くなってきたのがわかった。ということはきっとこの辺りで火事が起きたのだろう。そこは奇しくも僕たちが利用している宿のある場所と同じだった。


「おいおいおいおい」


僕は野次馬の群れをかき分けながら現場らしき近くへと近づく。だんだんとモノが燃えている匂いが強くなってくる。黒っぽい空気が濃くなってくる。


「あ」


最前列までたどり着くとそこは、やはりというべきかなんというべきか、僕たちが宿泊していた宿だった。まだ煌々と燃え盛っているそれは、ところどころ崩れている部分はあるが、確かに今朝見た宿の姿と同じ形をしていた。後ろからついてきたつるぎも、「あ」という声を出し、僕の横に立って燃えている様子を少し眺める。そして、つるぎが僕の方を見て口を開く。


「海斗!水系魔法だ!」


「え?」


いきなりつるぎにそんなことを言われて僕は何のことを言っているのか理解できなかった。


「だから、魔法でこの炎を消すのだ!」


「あ、ああ!」


そこまで言われてようやくつるぎが何を言っているのか理解が出来た。僕は急いで水系第三位魔法「灑水《シャーシ―》」を発動。水が勢い良く僕の手から流れ出す。しかし、建物の掘脳にはまだ届かない。僕はさらに魔力を込めて、圧を高めた。さらに遠くの方まで水が飛ぶようになる。ようやく燃え盛る炎に水が届くようになった。ただ、勢い良く燃え上がる炎に対して水の量が圧倒的に足りなかった。僕はさらに魔力を込めたが、水の量はそんなに多くならなかった。こんなことなら水系の第四位魔法くらい覚えておけばよかったと後悔しながらギリギリ自分が怪我をしない範囲まで建物に近づき放水を続ける。つるぎはそんな僕の後ろで、野次馬の最前線をどんどん後ろへと下げているようだった。少しして、「道を開けろ!」という声が聞こえてきた。そして、テンガロンハットのような帽子をかぶっているその声の主は僕のすぐ近くまで来ると、僕と同じように放水し始めた。その後に続いて、同じような帽子をかぶった人間が何人もたくさん集まってくる。みんな、僕が今使っている「灑水《シャーシ―》」よりも上位の魔法を使っているようだ。一気に大量の水が放出されて、炎の勢いが弱まっていく。しばらくすると、あれだけ燃え上がっていた建物の炎はすっかり見えなくなった。一番最初にここにやってきたテンガロンハットの人が、周りのテンガロンハットに号令をかけ、放水を中断させる。そして、半壊状態の宿の中に向かっていく。それに何人かが付いて行く。僕もそれについていった。放水によってびしょびしょになった空間に先ほどまでモノが燃えていたことを思わせるようなにおいが充満している。中に入っていくと、テンガロンハットの男が「これは……」とつぶやいていた。彼の視線の先には黒い大きな物体があった。よく見てみると、それは黒焦げになった人間の姿だった。僕は思わず口を押える。胃の中からものが逆流してこないように必死で呼吸を整える。テンガロンハットの男はその遺体の近くにしゃがみ込むと、その遺体の首元で何かを探し始めた。しばらくして、その男が遺体から何かを取り出す。一瞬キラッと光ったその物体に僕も見覚えがある。それは、冒険者ウーノンの発行している冒険者の証だった。その証を見る限り、どうやらその冒険者は上級位だったらしい。


「ラウットさん!こっちに!」


奥の方を見ていた別の男が、そのテンガロンハットの男を呼ぶ。ラウットと呼ばれたテンガロンハットの男は、冒険者の証を遺体のそばに置くと、呼ばれた方へと向かった。僕も何となくそれについていく。ラウットを呼んだ男は床を指さす。そこには扉のようなものがあった。


「ここからかすかに音が聞こえるのです」


僕はここの宿の間取りを思い出す。たぶんここは厨房だったはずだ。ということは、これは厨房に合った床下収納庫の可能性が高い。ラウットはその扉の近くにしゃがみ、戸を開けた。すかさず汎用系第一位魔法「明明光アノク」でもって中を照らし出す。するとそこには、小さく息をしたこの宿の宿主であるおじさんの姿があった。



テンガロンハットたちは急いでそのおじさんを救助すると、外へと運び出していった。しばらくしてラウットが話しかけてきた。


「君は……たしか、カイト君だったね?噂は耳にしているが……なぜここに?」


「あ、どうも……いや、もともと僕はここの宿に泊まっていて、遠くから黒い煙が見えたからまさかと思ってここに来たんです。そしたら本当にこの宿が燃えてて」


「そうか……いつ燃えたのかという情報なんかは知らないのかい?」


「ええ。僕もここにずっといたわけじゃなくて駆けつけてきたので」


「なるほど」


しばらく沈黙が続く。僕はラウットさんにいくつか質問することにした。


「あの」


「なんだ?」


「ラウット……さんたちは、消防活動師なんですか?」


「うん。まあ、そんなところだ。我々『水門の砦』は、帝都の消防活動を任されている」


「ああ、なるほど。チームなんですね」


「そういうことだ」


「出火の原因は……?」


「まだわからない。今から調べるよ」


ラウットはそう言って、かつて広間だったところに戻る。僕は、つるぎに状況を伝えるために一度外に出ることにした。僕が外に出ると、つるぎがテンガロンハットたちと一緒に宿のおじさんを介抱しているのが見えた。


「つるぎ」


「ああ、海斗。ちょうどいいところに。治癒系魔法をかけてやってくれ」


つるぎはおじさんを示しながらそう言う。


「うん。わかった」


僕は急いで治癒系魔法をおじさんにかけた。そして、しばらくするとおじさんの意識がはっきりとしてくるのがわかった。


「う……うん……」


「おじさん、大丈夫ですか!?」


「ん……うん……ここは……?」


おじさんが目を開くと、周りから安堵のため息が漏れる。おじさんが辺りを見回す。そして燃えて半壊になった宿を見て叫ぶ。


「あ……ああ!俺の宿が……!」


そして、勢い良く立ち上がる。しかし、立ち眩みがしたのか、すぐにしゃがみ込んでしまう。


「だ、大丈夫ですか!」


すぐに周りの人間に支えられるおじさん。僕とつるぎは、静かにその場を離れた。

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