第七十三話 情報共有ラーメン
僕が宿に戻ると、つるぎが既に部屋の中で愛刀・神切を研ぎながら待っていた。
「遅いぞ、海斗!」
「いや、ごめん。なんか変な人に絡まれちゃって……」
「うん?……海斗、これ……」
つるぎは僕の顔を見ると、近寄ってきて額を触る。
「な、なに……?」
「血が付いてる」
「ああ。たぶん、さっきのやつが拭き切れてなかったんだ」
「さっきの?これは君の血ではないのか?」
つるぎは心配そうな声で僕に尋ねてくる。
「え?ああ、うん。僕の血じゃないよ」
「じゃあ誰の血なんだ?」
「えっと、話せば長くなるんだけど……」
僕はつるぎに、先ほどまで起きていたことの始終を話した。
「なるほど。それは素晴らしい復讐劇だな。そのエステティシャンみたいな名前のやつは死んだのか?」
僕が半紙をしている間、ずっとつるぎは僕の顔に残っていた血液をごしごしと拭いていた。おかげで顔がいくらか削れていると思う。
「いや、死んでないよ!?殺さないよ!」
「なんだ、そうか。海斗もついにやっちまったかと思ったが、そうではなかったのだな」
「うん。これ以上やったら死んじゃいますよって、帝国魔法協会の会長さんに魔法を打ち消されてその戦いは終わったんだ」
「なるほど、それは手練れだな……それで、神聖ミギヒナタ国についての情報は手に入れたのか?」
「もちろん。ここ最近、リグディルーベで見慣れない服装をした人たちを見かけることが多くなってるんだって。だから、それがもしかしたら神聖ミギヒナタの人間なんじゃないかって。あと、人間ではないものの存在の気配がかすかにだけど頻繁にするって、上位の冒険者の魔術師たちが言ってた」
「そうかそうか……ということはやはり……」
「何?何かわかったの?っていうか、つるぎの方はどうだったのさ?」
「私の方ももちろん神聖ミギヒナタについての情報を手に入れている。しかも、それだけではないんだ」
「というと?」
つるぎは僕と別れた後の話をしてくれた。
「つるぎも絡まれてたんだね」
「うむ。まあ、私の場合は嬉々として受けて立ったけどな」
「そういや、アニゴベでは絡まれなくて残念がってたもんね……意味わかんないけど」
「絡まれた奴をボコボコにして私の力を誇示すれば今後ここでの情報収集もしやすくなるだろうという算段を踏まえてだから、安心してくれ。決して楽しいからやっているわけではないぞ?」
「そこまでは疑ってないけど……で、その誇示した力で集めた情報は?」
「とりあえず、先ほど言っていた見慣れない人間たちは、神聖ミギヒナタ国の人間で間違いなさそうだ。やつらの来ている服に、神聖ミギヒナタの国旗と同じ模様が刺繍されているらしいからな。その模様は円の中にクロスした二つの翼があるようなものらしい」
「へー。じゃあ、それを服にあつらえている人たちを探せばいいわけだね」
「そうだな」
「で、他の情報って言うのは?」
「ああ、そのことだが、まあ、これは情報というよりかは報告に近いのかな。実は面倒なことに巻き込まれるかもしれないんだ」
「はあ」
僕は怪訝な顔をした。
「というのもだな。どうやらここら辺の冒険者というのは、最高位冒険者をトップとしたグループを作っているところが多いらしいのだ」
「ふーん。グループねえ。それがどうかしたの?」
「それで、あるグループの三人を私はけちょんけちょんにしたわけだが、そのせいでちょっと厄介なことに巻き込まれるかもしれないのだ」
「え、なんで?」
「その私が倒したうちの一人がどうやらその組織のナンバーツー的なポジションだったらしくて、ガラの悪い連中だったから、どうせその組織のガラも悪いんだろうし、メンツを保つためにもお礼参りに来るかもしれないなと思ってな」
「あー、それは面倒くさいね。何してくれてんの?」
「しょうがないじゃないか!私から絡みに行ったわけじゃないんだから!……しょうがないじゃないか!」
「いやあ、そんなふうに言われても……渡る世間に鬼はない、わけではないんだから……」
「ということだから、なるべく目立たないように行動しような」
「へいへい、わかりましたよ。じゃあ、今後はどうする?」
「そうだな。とりあえずは街中に行って神聖ミギヒナタの人間を探し出すか」
「やっぱりそうなるよね」
「仕方ないな。まあ、周りの人間に目撃情報を聞いて範囲を絞っていくみたいなことをすれば、すぐに見つかるだろう」
「だと良いんだけど」
僕たちはさっそく神聖ミギヒナタの人間を探すことにした。
本当はまた別行動で探そうと思っていたのだが、何とか言うグループに襲われたら面倒なので僕たちは二人で行動することにした。つるぎが手に入れた情報によると、皇帝の城付近で神聖ミギヒナタ国の人間がよく目撃されていたということなので、僕たちはそこへと向かう。
「円に翼。円に翼。円に翼……」
つるぎは城周りに向かう最中もずっとぶつぶつと言いながら神聖ミギヒナタの人間を探していた。僕も一応はそれらしき人間がいないかどうか探しながら歩いていたが、だんだんお腹がすいてきたのでだんだんと探し方が雑になっていく。
「ねえつるぎ」
「なんだ?いたのか?」
食い気味につるぎがそう言う。
「いや、そうじゃなくて、僕おなかすいたんだけど」
「何?腹が減ったとな」
「うん」
「……じゃあ、ご飯にするか」
「あ、うん」
やけに気合の入っていたつるぎのことだから、「まだ早い!」とか言うのかと思ってたけど、案外あっさり僕の提案を受け入れてくれてびっくりした。
「気になっているところがあるんだ」
「へー、いつの間に」
なるほど。行ってみたい店があったから僕の提案を受け入れたのか。ちょっと残念。でも、おなかがすいている中で食べられないよりはましだから、僕はその残念さを顔に出さないようにふるまう。つるぎに連れられてしばらく歩くと、「バッツィーノ食堂」の文字が見えてくる。
「あれだ。ラーメン屋さんみたいな前掛けの店!」
つるぎは少しはしゃいだように言う。僕たちが入ると、ちょうどウエイトレスがキリキリと働いていた。
「な!ラーメン屋みたいな前掛けをしているだろう!?」
僕の背中をバシバシたたきながら興奮したように言うつるぎ。
「うん。確かにラーメン屋みたいだけど……そこまで興奮するようなことかね」
「だってラーメン屋みたいじゃないか」
「でもラーメンは食べられなくない?」
「わからんぞ~?」
僕たちはそんなことを言いながら席に着く。結局、当然のようにラーメンは食べられなかった。だってそんなものここにはないから。




