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第七十二話 リリューク

リリュークについていくと、案内されたのは六階のある一室だった。


「どうぞ」


優しい声色でリリュークは僕をその部屋に促す。僕は少し警戒しながらその部屋に入っていく。階段をのぼりながら、先ほどまであった怒りが徐々に落ち着いていき、今あるのはどうしてあんな風になるまで詰めてしまったんだろうという後悔の念だった。


「どうぞ座ってください」


僕は促されるままに席に着く。リリュークはそう言うと、しばらくこの部屋を出てどこかに行ってしまった。僕が部屋を見ながらそわそわして待っていると、ようやくリリュークが帰ってきた。手にはタオルのようなものがあった。


「君の顔、血まみれですよ。これでお拭きなさい」


そう言ってリリュークが乾いたタオルをひと回しすると、水分を含んだタオルとなって僕の手に渡される。僕は驚きながら、顔を拭いた。タオルには赤い血がべったりとついていた。僕は急いで顔を拭く。


「だいぶ綺麗になりましたね」


リリュークがそう言うので僕は顔を拭くのを止めた。そして僕はリリュークに尋ねる。


「あ、あの……どうして僕をここへ?」


リリュークは僕の顔を見て、笑いながら答える。


「そんなに怖い顔をしなくても良いですよ。別に、私は君をどうこうしようというんじゃありませんから。むしろ、いきなり戦えと言われたのにもかかわらず、よくあそこまでエテスアラップ君をボコボコにしたなと感心しているのですよ」


「見てたんですか?」


「最初からは見ていませんが、エテスアラップ君は強いと他人に認められている人間と戦うのが好きですから、どうせ今回もいきなり戦おうと言われたのだろうなと思いまして。前例がありますし……まあ、結果的にはエテスアラップ君より君の方が何倍も強かったわけですが」


「何倍とまではいかないと思いますけど……」


「いいえ、カイト君。君は君の術力を過小評価しています。君、本当は最初からエテスアラップ君を圧倒できたでしょう?」


「いやあ」


「謙遜しなくても良いですよ。私にはわかりますから……そうそう。エテスアラップ君は死んでませんから心配しなくて大丈夫ですよ。トービヤは私よりも優れた治癒魔法の使い手ですから」


僕の顔を見て僕の不安を読み取ったのか、ニコッと笑ってリリュークが言う。


「そう、ですか」


僕はそれを聞いて安心して、そんな生返事しかできなかった。


「今日はどうしてここに?ここの人間ではないのでしょう?」


リリュークがそう尋ねてくる。ここの人間ではない、という部分ですべてを見透かしたような瞳でこちらを見ながらニコッと笑うリリュークを見て、僕はこの人がどこまで僕のことを知っているのか、少し恐ろしくなった。


「え、えっと。今日はここへアニゴベからの届け物を……」


「ああ、竜の卵ですか。それを君がここまで?」


「まあ、僕は手伝いですけど」


「そうですか。そんな中エテスアラップ君に絡まれたと……災難でしたね」


本当に同情するような顔でリリュークが僕に向かってそう言う。何だかとらえどころのない人だと思った。


「さあ、そろそろ下の喧騒もひと段落しているでしょうし、今日はもうお帰りなさい。君と話せて楽しかった」


「あ、はい」


僕は再びリリュークに促されるまま席を立ち、部屋を出ようとする。そこに背後からリリュークが声をかけてきた。


「カイト君。君は間違いなく魔術師としての才能がある。もっと励んで、そして、生きなさい」


「……はぁ」


僕はまたしても生返事を返しながら部屋を出て階段を下る。背後から扉の閉まるバタンという音がした。僕は四階くらいにたどり着いたとき、もう一度さっきの部屋を訪ねようと思った。なんだか不思議な感覚で、まるでキツネにつままれたような気分だったからだ。僕は今下りてきた階段を駆け上がり、先ほどの部屋を勢い良く開ける。そこにはリリュークの姿はなかった。


僕が一階までたどり着くと、さきほどのおじさん、つまりトービヤがいの一番に話しかけてきた。


「よお!あんちゃん!お前さん、すごいな!」


その声で、周りの人が僕に気が付く。そして再びざわめき。


「あのエテスアラップをあんな風にボコしちまうなんて、お前さんやるなぁ!」


背中をバンバンと叩いてくるトービヤ。


「あ、あの、そのエテスアラップさんは……?」


「ああ?あいつは無事だよ。なんたって俺が治癒したんだからな!言ったろう?俺はここで一番の治癒師だって」


「ええ、まあ……そう言えばリリュークさんが、トービヤさんは優れた治癒魔法の使い手だって言ってました」


「なに!?それは本当か!」


「ええ、まあ」


いきなりテンションが上がるトービヤに、若干引きつつ、僕は尋ねた。


「あの、リリュークさんって、何者なんですか?」


僕がそう尋ねると、トービヤとその仲間たちが驚いたような顔をした。


「お前さん、あの方が誰だか知らないのか?」


「は、はい」


僕がそう言うと、トービヤは僕の背中を押しながら近くにあった椅子に僕を座らせた。そして自身も僕の向かいに座る。トービヤの仲間たちが、トービヤの背中側に回る。


「いいか。リリューク様はな、この帝国魔法協会の会長であり、ワルフラカ帝国第二十八代目皇帝のホルタ様の相談役だ」


「ということは、偉い人ってことですか?」


「そういうことだ」


うんうんと頷くトービヤの仲間たち。


「なるほど……」


僕が頷いていると、今度はトービヤから尋ねてくる。


「そいで、お前さんの名前はなんてんだ?ここらじゃ名の知れた手練れのエテスアラップをあそこまでこてんぱんにしたヤツの名前くらい、知りて―じゃねーか」


「ああ、僕の名前は海斗って言います。ある目的のために相方と冒険者をやっていて、最近ここに来たんです」


「なるほどなぁ!」


僕の簡単な自己紹介を聞いてワイワイと盛り上がるトービヤとその仲間たち。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


「おう、なんだ?カイトよ」


名前を呼ばれて少し照れくさくなりながら、僕は神聖ミギヒナタ国に関する質問をした。


「じゃあ、僕はそろそろ行きます。相方が待っているので」


「おう、それじゃあな。いつでも来いよ!」


僕はトービヤとその仲間たちに温かく、そして他の人たちからは好機と畏怖の目線を受けながら帝国魔法協会の本部を後にした。

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