第七十話 人を切った時の感覚
私は受付の前に出された報酬の入った袋をつかむとその場を後にする。その時、少し小走りでその場を離れたせいか、誰かとぶつかってしまった。
「おっと、すまない」
私は相手にそう言いながら様子を見る。相手も特に怪我などしていない様子であったから、すぐに離れようとした。しかし、いきなり肩をつかまれ、私の身体が強制的に止められる。
「お嬢ちゃん。すまない、なんて言葉で済ませようと思ってんのかぁ?あぁん?」
ガラの悪い声とともに肩に乗っている手に力が籠められる。これはまさか、初め絡んでくる輩ではないか!?アニゴベではいきなり最高位の証をもらったというのに私たちの字実力を試そうとする人間はいなかったし、ここに来るまでに少しだけ立ち寄った街でも絡まれるようなシチュエーションはなかった。しかし、ここは花の都・リグディルーベである。人が多いということはそれだけいきなり喧嘩を吹っかけてくるようなガラの悪い連中の数も多くなるということだ。これは待ちに待った実力を発揮する機会だ!私は出来るだけ相手を挑発できる言葉を選びながら振り向いて口を開いた。
「汚い手で可憐な乙女の肩をつかむな」
そう言って私は振り向きながら左肩に乗った手をつかみ、その手を親指が相手の内側に向かうようにひねる。
「痛ててて!?」
いきなり腕をひねられた相手は驚いたような声を出す。私はすぐにその手を離した。私の肩をつかんできた相手は身長が180センチメートルを越えている大きな男だった。筋肉があちこち盛り上がっていて、いかにも肉体派な体つきをしていた。しかし、ガルティアーゾの人間のような機能的な美はそこになく、ただ筋肉がデカいだけに見える。その男の両サイドには取り巻きが二人いた。そいつらはニヤニヤした顔をしていたが、私が男の腕をひねると、怒ったような顔へと表情を変化させた。
「てめぇ、俺とやろうってのか?あぁん!?」
「当然だ。売られた喧嘩は買うのが礼儀」
「ふざけるなよ……てめぇ、俺がだれか知らないのか?あぁん?」
「知らぬ」
「何だとぉ!?俺はミナレ様の右腕、ライーシュだぞ!?」
「いや、知らん。そもそもミナレって誰なんだ?」
「なにぃ……?てめぇ、田舎モンかぁ?『凪のシュロツィア』を知らねーのかぁ!?」
そう言って、男は襟についているバッジを見せてくる。そこには冒険者ウーノン御証の他に渦巻きが描かれたバッジがあった。
「ああ、なるほど。貴様はグループに所属しているのだな。そこの二人もそうか?」
「あったりめぇだろうが!」
「ああ、そうか。で、どうするんだ?殺し合いか?」
「てめぇ、まだ俺に勝てると思ってんのか?」
そこで、取り巻きの一人が叫ぶ。
「ア、アニキ!あいつ、最高位っすよ!?」
「なにぃ!?」
私の襟元を凝視してくる三人。そして、何かこそこそと話し始める。
「最高位って言ったらミナレ様と同じくらい強いって事っすよ!」
「馬鹿、アイツがたとえ最高位だとしても、ミナレ様ほど強いとは思えん。それに、俺はあと少しで最高位まで行ける男だぞ。お前ら含めて三人なら余裕で勝てるだろ」
「そうっすよね!」
「大丈夫かなぁ」
そして、筒抜けの相談が終わったらしく、ライ―シュが私の方に向き直る。
「良いぞ。三人がかりでもなんでもかかってこい」
私は先に告げる。何か言おうとしていたライ―シュは開きかけていた口を閉じると、ニヤリと笑った。
「ぶっ殺してやるよ。あぁん?」
「小者のセリフだな」
いつの間にか私たちの周りには冒険者の野次馬による人だかりができていた。それらからは「おい、あのライ―シュが戦うってよ」「あのお嬢ちゃん、可哀そうに」「あの女、最高位だってよ!」「の割には見たことないな」「あの女の人は可哀そうだけど、ライ―シュの戦闘能力が測れる良い機会だ。見ていこう」といった声が聞こえてくる。ライ―シュは割と有名な冒険者らしいことがわかる。なるほど。見物客が集まっているここでライ―シュを倒しておけば、私が手練れだと示すことが出来て、神聖ミギヒナタ国に関する情報も集めやすくなるだろう。さっさと倒すか。
「喧嘩なら外でやってくださいね?ここで喧嘩したら全員の証をはく奪しますよ?」
受付嬢の一人がここの騒ぎを聞きつけたのか、笑顔でそう言ってくる。私たちは受付嬢のすごみに若干押されつつ冒険者ウーノンの建物の外へと向かう。先ほどまでいた野次馬たちも私たちについていく。そして、私とライ―シュとその取り巻きが互いに向き合う。たがいに視線はそらさないまま間合いを測っている。ライ―シュの取り巻きの一人が何か動きを見せた。私はすぐにそれが魔法だということに気が付き、回避行動をとる。瞬間、水の塊がこちらに飛んできた。その水の塊はビシャァッ!という音を立てながら道路を削ると道路に広がっていった。私が回避した先にもう一人の取り巻きが切りかかってくる。私はそれをギリギリのところで躱しながら愛刀の神切を引き抜く。すれ違いざまに抜いた刀は切っ先で相手の胴を切り裂いたが、大したダメージを与えることはできなかった。すかさずライ―シュのこぶしがうなりをあげて飛んでくる。そう来るだろうなと予想していた私は軽くこぶしを受け流す。そして、三人から距離をとる。ライ―シュらの連携は、まあまあ上手いが大した脅威にはならないと感じる。二番目に襲ってきた取り巻きがもう少し早く動ければまた戦況は変わったかもしれないが、中級レベルの冒険者はこの程度なのだろう。私はとりあえず一番面倒な水系の魔術師を先に倒すことにした。神切を構えたまま一気にトップスピードで取り巻きの魔術師へ向かう。彼は慌てたように水の塊を放つが、それでは私の動きを止めることはできない。刀を二度振り、水の塊を破裂させる。そして水滴の中をくぐりながら相手のこめかみめがけて柄をたたきつける。
「がっ」
という声を出してその場に倒れる魔術師。少し遅れてその魔術師に助太刀しに来たもう一人の取り巻きが飛び掛かってくる。私は刀の峰でがら空きになった相手の胴体を思いっきり叩きつける。マキャッという嫌な音を響かせながら二メートルほど相手は吹き飛ぶ。私は流れに乗ったままライ―シュとの間合いを詰める。ライ―シュは私と向き合うと、両手を使ってガードする体勢に入った。私は刀を軽く横なぎに一閃。刀の刃先が肉を切る感触を私の手に伝える。よほど皮が厚いのか筋肉が厚いのか、大したダメージにはなっていない。ライ―シュは私が刀を最後まで振ったタイミングでガードを解き、右腕で殴り掛かってきた。私は振っていた腕を無理やり止め、刀を返してこぶしを受け流す。こぶしから血を滴らせながら続けてこぶしを放つライ―シュ。私はバックステップでそれをやり過ごした。なるほど。ライ―シュの闘い方は、相手に攻撃をさせてからのカウンター攻撃か。両腕で敵の攻撃をガードすることによってカウンターを叩き込む隙を無理やり作っているのだ。ということは、一撃で相手を倒すか、ガードが出来ないように腕を使えなくすれば良い。私は一度神切を鞘に戻し、間合いを取る。一撃で相手を倒すとなると、相手を殺さざるを得なくなる。が、肩がぶつかっただけで人を殺すのはさすがにヤバいし絶対に海斗に何か言われるのでやめておくことにする。となると、相手の腕を使えなくするしかなくなるが、正直殺すのはダメでも腕くらいだったら切断しても良いかなと思い始めてきた。よくよく考えれば神聖ミギヒナタ国の情報を手にれるだけならそこら辺の人々に聞き込んだ方が早かったかもしれないし、この連中を倒したところで何か有益な情報を聞き出せるとは思えない。だったらなぜ戦っているのかと言われれば、それはこの連中に喧嘩を売られたからであり、なぜ喧嘩を売られたのかというと少し肩がぶつかったからだ。少し肩がぶつかったからといって、私のような可憐な乙女に喧嘩を吹っかけてくるとは何事だと、冷静になって考えてみるとムカムカしてきたのだ。だから、イライラしてきたし腕くらい良いか、と思っている。ので、左腕を切断することにした。そうと決まれば話は早い。私は神切の柄に手をかけると、先ほどのようにトップスピードで間合いを詰める。すでにガードの形をとっていたライ―シュの左腕に向かって抜刀。剣先がガードしている両腕の隙間にちょうど入り込み、左腕だけを切断する。少し鈍い音がしたのは骨に当たったからだろうか。肉と骨を断つ感触が刀を通じて掌に伝わってくる。人間以外の生物には何度も刃を通してきたが、人間の感触は独特のものがあって、少し気持ち悪い。その気持ち悪さは、決して切った感触からだけではないことはわかっている。
「っ!?」
ライ―シュの肘より少し上の部分が切断されて、ずり落ちていく。新しく出来上がった空間から見えるライ―シュの顔には驚愕の表情。私は柄をずらすと、今度は峰でライ―シュの頭を狙う。ライ―シュは避けようと頭を動かそうとするが、左腕の痛みが襲ってきたのか苦痛に顔を歪ませたまま硬直してしまう。私は死なない程度の威力でライ―シュの頭にみねうちを叩き込んだ。ライ―シュはそのまま後ろ向きに倒れていく。腕はガードしたままだった。私は神切を鞘にしまうと、周りを見渡す。私たちの戦いを取り囲んで見ていた野次馬は一瞬だけ静寂を作りあげた後、また一気に話し始める。
「おい!誰かこの中にこいつの仲間か、治癒師はいないか!?」
私はその爆発的に発生した音量に負けないように声を上げる。すると、ライ―シュたちと同じバッジを付けた者が何人かこちらに向かってきた。私は
「腕は一応綺麗に切ったから、切断創も綺麗なはずだ。すぐに再接着すれば治るはずだ」
と言って、三人の処理を任せることにした。そして、私はさらに声を上げる。
「おい!誰かこの中に、神聖ミギヒナタ国に関する情報を持っている者はいないか?どんな些細なことでも良い」
なかなか反応がなかったので、私は柄に手をかけてh刃音を鳴らした。すると、すぐさま辺りが静まり返る。そして何人かの冒険者が情報を提供してくれた。私はそれを聞いた後、教えてくれた人たちにお礼の言葉を述べると、報酬の袋がちゃんとあるかどうか確認しながら宿へと向かった。




