第六十九話 冒険者ウーノン本部
「そう言えば、海斗と二手に分かれて行動するなんて初めてではないか?」
私はそんなことを口にしながら、冒険者ウーノンへと向かって歩く。リグディルーベの街は緑色を基調としたシックなデザインで統一されており、アニゴベの赤色を基調とした割と派手めな街のデザインよりも幾分か落ち着いている印象を与えている。ここに入った時にも思ったが、やはり帝都というだけあって人間の数がとても多い。行き交う人々の服装は統一性がなく、この街に様々な人間がいるということを物語っている。例えば今私の左横を通り過ぎていった男性の服装は、ところどころ緑色に見える白い粉のついた茶色のエプロンのようなものに薄手のシャツ、そして白い粉のようなものが付いたズボンと黒色の靴だった。エプロンの影でよく見えなかったが、靴はたぶんブーツのようなものだろう。白い粉はたぶん石を削り取った際に発生した石の粉だと予想できる。きっと、彼は石造関係の人間に違いない。例えば私の目の前を歩いている女性。服は作業着のようなシャツとロングスカートを着ている。腰には白いひも状のようなものが見えているので、前掛けのようなものを付けているのだろう。手には何かの植物で編まれたのであろう籠。その中には、野菜と果物の姿があった。ということは彼女は主婦?私がそんな予想を立てていたところ、目の前の彼女は道の右の方に寄っていった。そして、そのまま建物の中に入っていく。その建物には大きな看板が掛けられていた。「バッツィーノ食堂」と書かれているその看板は、私の予想が間違っていたことを告げる。
「そうか、食堂の人だったか……」
彼女が建物に入る際に一瞬だけ見えた前掛けには、看板と同じ文字が書かれていた。
「ラーメン屋みたいなことをする食堂か。珍しいな、いや、ここでは一般的なのか?」
前掛けに店の名前を書くということは、私たちがいた世界ではラーメン屋か居酒屋くらいしかやっていなかったと思うが、ここではそれが普通なのだろうか。それとも、ただ単にそこの店が特殊なのだろうか。とっくのとうに店の前を通り過ぎているというのに、私はそんなことをひたすら考えていた。
「お」
ふと思考を中断して前を向くと、左側に城らしき建造物の一部分が見えてきた。もう少し先へと進むと、徐々に城の全貌が見えてくる。しばらくして、完全に城が見えた。その城は、よくファンタジー小説などで描写されるような白い中世ヨーロッパ風のものではなかった。まず違うのはその色である。街のいたるところに使われていた、緑色の石が使用されている石造建築だった。その緑色は決して派手なものではないが、ワルフラカ帝国の象徴たる気品を醸し出すかのような雰囲気があった。ところどころに施されている赤系統や青系統の装飾が良いアクセントになっており、それが、ともすれば威圧的にも見えてしまう城の存在感を和らげている。次に違うのは、圧倒的に個性のある建造物の形であった。まるで、その場にあった大きな岩石を切り出して作ったかのような、大きな自然を感じさせるフォルム。そして、その中にある人間の力を感じ取ることが出来る。私がいた世界にはキリスト教徒が岩の中掘ったとされるカッパドキアの地下都市があるが、それと同じくらいの壮大さがそこにはあった。しかしながらカッパドキアと違うのは、ところどころに膨らみがあるというところだ。ロシア正教会の玉ねぎ型の屋根のように、屋根が膨らんでいるのではなく、城の途中途中にその膨らみが横に広がるようにして存在している。その膨らみの中がどのような空間になっているかはわからないが、きっとなにがしかの空間として使用されているのだろう。私はそれを見て、少しだけアリの巣に似ているなとも思った。一体全体どんな風にして作られたのか見当がつかないこの風変わりな城は、きっと幾人もの人間に私が感じたことと同じようなことを思われているに違いない。そう思うと、少しだけ胸が熱くなる。道の端によりしばらくその城を眺めた後、私は冒険者ウーノンの本部に行かなくてはならないということを思い出し、本部へと足を向けた。
城のすぐ近くに冒険者ウーノンは存在していた。リグディルーベの冒険者ウーノンはアニゴベやほかの都市とは違い、市役所に併設されていなかった。独自の建物を持ち、構えている。これまたやはり緑色の建物だが、その建物にはいたるところに冒険者ウーノンの印が縫われた旗がはためいている。建物の中に入ると、外見よりも大きく見える空間に、五つの窓口が接地されていた。窓口の両端に階段があり、二階へと続いている。どうやら一階と二階で別の窓口があるらしい。一階は依頼が達成されたものを受理し報酬を受け渡す場で、二階が様々な依頼を受け付け、冒険者を募る場になっている。とりあえず私はダカリットの依頼による報酬を受け取るために一階の窓口へと向かう。帝都は冒険者の数も多く、アニゴベで混雑しているなと思っていた人数の十倍は軽く超えるほどの人数がこの場に集まっていた。受付の長蛇の列を並んでいる間、冒険者たちを何となく眺めていると、あることに気が付いた。それは、ある一定の冒険者たちが、冒険者ウーノンの位を示すバッジの他に何か付けているということだった。その冒険者たち全員が同じバッジを付けていると思ったがどうやらそうではなく、それぞれ違うバッジをつけている。一番多いのは竜の口が開いた状態の絵が施されたバッジをつけている者で、他にもトライデントの絵やひっかき傷のようなマークが施されたバッジをつけている者もいた。ただのファッションのようにも見えなくはないが、それにしては同じバッジをつけている者が多すぎると思い、何なのだろうと考えていたところで私の番が回ってきた。私はダカリットからもらっていた書類を受付に渡し、いつものように報酬を受け取る。その際、ついでにさっき疑問に思ったことを尋ねてみた。
「すまない。先ほどから見て思ったのだが、冒険者の中にウーノン以外のバッジをつけている者が多い気がしたんだが、あれは何なのだ?」
「ああ、あれは冒険者で集まってできた団体を表すものですよ」
「冒険者のグループ?それはこの冒険者ウーノンではなく?」
「はい。冒険者ウーノンは冒険者の団体とは違い、国から認められた正式な冒険者としての証を冒険者に渡したり、様々な依頼を冒険者に紹介したりする機関です。冒険者団体は冒険者たちが集まって徒党を組んだもので、いわば党のようなものです」
「なるほどな……いったいいくつ位あるんだ?」
「さあ……そこまでは把握していませんが、たいていの党は最高位冒険者が長になって運営していますから、そこまで多いというわけではありませんかね。せいぜい二百何十くらいだと思いますよ」
「それは、最高位冒険者しか作れないものなのか?」
「いいえ。そういった規則はありません……というか、貴方なら最高位冒険者ですので徒党を組もうと思ったらすぐに組めるのでは?」
「いやあ、私はここに来たばかりだから無理だろう。すまない、こんな質問に答えてくれて感謝する」
「いえ。では、お気をつけていってらっしゃい」
私は受付の前に出された報酬の入った袋をつかむとその場を後にする。その時、少し小走りでその場を離れたせいか、誰かとぶつかってしまった。




