第六十八話 帝国魔法協会本部
「こうもあっさりついてしまうと、感動というものもわいてこないものだな」
帝都・リグディルーベに、特にこれと言った出来事もなくたどり着いた僕たちは、帝都へと入る手続きをするために整列していた。ここには多くの冒険者や商人の姿が見える。
「まあ、特に何事もなく荷台で揺られてる日々だったからね」
僕はそうつるぎに返しつつ、列があとどれくらいなのかを確認するために列から頭を少し出して前の方を確認する。どうやらもうそろそろで帝都の中に入れるらしい。あと五組ほどの人間が僕たちの前で並んでいた。後ろを振り返ってみると、そこにはいつのまにか人だかりができていた。きっと僕たちと同じように帝都に入りたい人間が多くいるのだろう。しばらくして僕たちの番がくる。冒険者ウーノン最高位の証であるバッジを見せながら、ついでにアニゴベでもらってきた書類をいくつか見せる。すると、あっさりと中に入れてもらった。中に入っていくと、今まで見えていなかった、帝都・リグディルーベの姿が明らかになってくる。
「おお~」
思わず感嘆が口から漏れ出てしまう。それは、街並みに対してではなく、街にあふれ出んばかりに存在する無数の人の数に対してだった。 アニゴベやガルティアーゾとは比較できないほどに人間が街を行き交っている光景は、ここが帝都であることを再認識させてくれる。
「人が多いな」
つるぎも僕と同じように、人の多さに驚いている。僕たちは、後ろがつっかえるといけないので、街に存在する人の流れに身を任せて帝都・リグディルーベを進んでいった。
「で、これからどうする?」
僕は歩きながらつるぎに尋ねる。
「そうだな……確か、あの竜の卵は帝国魔法協会に行くのだったな」
「うん。研究材料として持っていくらしいよ」
「だったら、君もついでに帝国魔法協会に行って来てはどうだ?神についての情報もそうだが、ここの魔法協会は本部なのだろう?魔法についての情報も仕入れてくると良い」
「そうかな」
「うむ」
「まあ、僕はぞれでも構わないんだけど、つるぎはどうするの?」
「私は冒険者ウーノンの方に顔を出そうと思う。アニゴベからもらえる報酬も受け取らなければならないしな」
「あ、そう。じゃあ、完全に別行動ってわけだ」
「そういうことだな」
「オッケー、わかった。じゃあ、とりあえず別行動する前に宿を探そう。あと、ここの地図を手に入れよう。たぶん迷子になったらシャレにならないようなことになる気がするし」
「そうだな。では、行こうか」
「あ、待って。その前にあの二人にちょっとだけ待っててもらうようにお願いしておくよ」
「うむ」
僕たちは今後の予定を決めると、目の前にいる、卵をはここまで運んだ運搬係に事情を説明して、帝国魔法協会に行くのを少し待ってもらうことになった。あまり長い間待たせることはできないので、僕たちはここらで一番近い宿の場所を聞き込み、そこに向かった。そして、急いで部屋をとって、地図を入手する。
「では、各自用が済んだらここの部屋に集合するということで……解散!」
つるぎの宣言と共に、僕たちは二手に分かれた。
「そう言えば、何気に二手に分かれて行動するとか初めてじゃないかな」
帝国魔法協会に向かっている最中、僕はなんとなくそんなことをを口に出して言った。僕の記憶が正しければ、知らない街でこのようにハッキリと二手に分かれて行動するなんてことはなかった気がする。ガルティアーゾではつるぎが剣を、僕が魔法を勉強していた時は二手に分かれていたとも言えなくはないが、ガルティアーゾを出てからはない気がする。なんだか少しだけこの世界に慣れてきた感じがして、少しうれしい。
「あ~、あれが魔法協会ですね」
そんなことを思っていると、運搬係の一人が指さしながら言った。僕は指で刺された方向を見る。そこには、巨大な木のような塔がそびえ立っていた。
「うわ、でっか」
魔法協会はすべて塔であるということはここに来る途中に寄った街で知っていたのだが、今目の前に建っているそれは今まで見てきた塔の中で、一番大きく、そして力強さを持っていた。その塔の近くまで行くと、木みたいだと思っていた最初の印象が間違っていなかったということに気が付く。遠くから見た時に、木っぽいと思っていたそれは、やはり木だったのだ。ざらざらとしたこげ茶色をした樹皮が、近くなるたびに存在感を増していく。上を見上げると、太い枝だけが残されているのがわかる。
「うっわ、すっげ」
僕が元居た世界には、星の王子様で一躍有名になったバオバブの木というものがアフリカに植生している。バオバブの木は高さが三十メートルくらいにまで育つと聞いたことがあるが、今目の前に建っている、いや、育っているこの木はそれを優に越していた。
「マンション並の高さだなぁ」
上を見上げながら、そうつぶやく。
「入りますよ」
僕がボケッとしながらいつまでも塔を眺めていると、運搬係の人が僕にそう声をかけてきた。
「あ、ああ、はい。行きます」
僕は慌てて彼らの方により、一緒に中に入る。扉を開けて中に入った瞬間にまず感じるのは木の匂い。たまに小学校の図工の授業とかで感じることが出来た、図工教室に染み付いたあの木の匂いとそっくりな空気が僕の身体を包み込む。そして、次に感じるのは異様な広さだ。気の中にいるとは到底思えないほどの広さを誇っている。僕たちが扉を開けた先には、まるで冒険者ウーノンのある討伐課のような作りの設備が広がっていた。
「カイトさん、書類」
「ああ、はい」
僕は言われて書類を運搬係に渡す。すると、運搬係は慣れたように受付のような場所へと向かい、そこにいた人に書類を渡してこちらを示しながら何やら説明をしていた。しばらくすると、話が終わったのか、運搬係の人がこちらに手招きをする。僕ともう一人の運搬係の人はそれを受けて、竜の卵が入っている荷台をそちらに持っていく。
「では、こちらに……」
受付らしき人が手を伸ばしてくるので、僕は荷台にある箱に入った竜の卵をそっと持ち上げて渡す。受付の人はそれを受け取ると、一度箱の中身を確認し、状態をチェックした。
「……うん。大丈夫そうですね。では、アニゴベからの竜の卵は帝国魔法協会本部が確かに受け付けました」
「どうも~」
運搬係は受理書を受け取ると、出入り口に足を向ける。
「あ、カイトさん。無事に送り届けることが出来ましたよ」
「それは良かった」
「私たちはこの辺で帰りますので……お元気で」
「ええ、ありがとうございました。そちらこそお元気で」
「では」
そう言うと、運搬係の二人は帰っていった。
「……さて、と。どうするかな」
僕は二人を見送った後、もう一度辺りを見回した。やはり、木の中とは思えないほど広いし、人の数もかなりいる。しかも、そのほとんどの人が僕と同じようなローブを着ているところを見ると、魔術師なのだろうということがわかる。
「ねえ、今のキミの荷物?」
僕が辺りを見回していると、声をかけてきた人物がいた。僕が声のした方向に向くと、そこには魔術師の青年が立っていた。背が高く、髪の毛は金髪めいており、顔立ちもシュッとして整っていた。そして、ローブの襟元には冒険者の証のバッジが光っている。それは、僕と同じ、最高位の冒険者を示すものだった。
「え、いえ。違いますけど」
「ああ、そうなんだ。さっきこっそりのぞいてみたら竜の卵だったから、てっきりキミが竜の卵を盗み出したのかと思ったよ」
「ああ、違いますよ。あの卵は、まあ、いろんなことがありまして……」
「ふーん。それにしても、よく親の竜に襲われなかったね」
「ああ、それはもう倒してあったから……」
「倒した?キミが?」
僕が竜を倒したことを言うと、グイグイ来ていたその青年は、さらにグイグイと質問してきた。
「まあ、正確には僕と、相棒の剣士でですけど……」
「へえ!キミ、すごいんだね……あ!よく見たら冒険者のバッジ付けてるじゃないの。しかも、最高位の!?」
さらに一歩近づいてきたので、僕は思わず一歩分後ずさりながらうなずく。
「ええ、まあ」
「良いね良いね良いね!」
彼はそう叫ぶと、いきなり僕の腕をつかんできた。そして、先ほどの受付まで引きずられる。
「闘技場、空いてる?」
彼が受付にそう尋ねると、すぐに「はい。空いております」という返事が返ってきた。彼はその返事を聞いて顔いっぱいに笑顔を広げると、
「使って良い?」
と尋ねる。「はい」と、これまたすぐに返事が返ってくる。それを聞くと、今度は奥にある階段の方に僕の腕を引っ張りながら大きな声で叫んだ。
「みんな!最高位冒険者の魔術師が来た!僕は今からこの子と戦う。最高位同士の闘いを観たい人は闘技場まで!」
すると、その言葉にみんなが反応する。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。何ですか、いきなり」
僕は何とか腕を引きはがすと、その青年に向かって言った。彼は驚いたような顔をした後、すぐに笑顔に戻って言う。
「ああ、ごめんごめん。僕の名前はエテスアラップ。キミ、強いんでしょう?戦おう?」




